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「お?」


 ドカンと北で爆発が起きてから少し時間が経ち、足元で繰り広げられている戦況に動きがあった。

 今までは凌いでいるものの、全体的に魔物に押されつつあった。

 崩れそうなところには、適時俺が入っていたが如何せん数が多いし、この状況だと俺が出来ることも少ない。

 効果的な指揮も出来ないし、ポーションを配ったりその都度魔物を倒す援護をする程度だ。

 勿論、それでも十分だとは思うが……どうにも厳しい戦いを強いられていた。


 だが、今はその崩れる場所が減ってきて、魔物を倒すペースも上がってきた。

 さらには、今までは傷を負ってもそのまま襲って来ていた魔物たちが、森の奥へと下がって行ったりもしている。

 一体何が……と思ったが、思い当たる事が一つある。


「あ、倒したのか」


 てか、これしかないよな。


 一旦高度を上げて、戦場全体を見渡してみた。

 未だにあちらこちらで戦闘は続いているが、どこも安定している。

 そして、そこで戦っている魔物に魔王種の影響は見られない。


 混戦だろうと何だかんだで戦えていたのは、ここを担当する冒険者たちが腕は立つからだ。

 その彼等が危うくなる場所ってのは、大体魔王種の影響を受けて強化された魔物が起点になっていた。

 それがいなくなっている。

 だから今はむしろ冒険者側の方が優位な展開になっているんだな。


「ちょっと!」


 下に降りて、複数のパーティーが纏まった集団の下に向かった。

 そして、そこのリーダー格の1人に声をかける。


「よう、セラ副長! これはやったんじゃねぇか!?」


「だね! 多分さっきので倒したんだと思うけど……ちょっと確認しに北の方に行ってくるよ!」


「おう! こっちの事は任せときな!」


 やたら元気な返事が返ってきた。

 彼だけじゃなくて、周りの連中も同様だ。

 上から見ていた俺ほどじゃ無いだろうが、彼等も戦っていて手応えを感じたんだろう。

 そこそこ長時間の戦闘を行っているにもかかわらず、ここに来て一番気力が溢れているんじゃないか?


 ともあれ、この分ならまだ後1戦2戦は余裕そうだし、この場は彼等に任せて俺は北へ向かう事にしよう。


 ◇


「……ぉぉぅ」


 北の戦場上空。

 俺が参戦してから今までこっちには近寄らなかったが……それで正解だった気がする。


 この辺は普通に草原地帯が広がっていて、将来的にはともかく今のリアーナではまだ何も活用していない土地なのだが……なんか色々荒れ果てている。

 ジグハルトの魔法による破壊痕だな。


 ただ、荒れ方が意外と規則正しいのは、魔物を引いてきた騎士たちの馬が足をとられないように、魔法を放つラインでも決めていたからだろう。

 風と盾で大抵の物は弾けるが、それでも迂闊にフラフラ飛んで近付いていたら迷惑になっていたかもな。


 それにしても、魔物の死体が無い。

 どんだけ火力あるんだろう……あのおっさん……。


「あ、いた」


 ジグハルトの破壊力に戦慄しながら飛んでいると、森の近くで集まっているのが見えた。

 オーギュスト達も一緒に何かを囲んでいるような……。


「でかっ!?」


 近付いて分かったが、なんかの死体を囲っていた様だ。

 頭部っぽいのが近くに転がっているし、きっとアレが今回の群れを率いていたボスだな。

 なんでこいつの死体だけ残っているんだろう……と思ったが、倒し方が違うんだ。

 多分オーギュストが首を刎ねて止めを刺したんだろう。


 それにしてもデカい……軽トラくらいあるんじゃないか?

 遺骸の周りを囲んでいるのは大柄な男性たちなのに、その彼等が子供のように思えてくる。

 もう息が無いのはわかるが……それでも近づくのはちょっと覚悟がいるな。


 まぁ……ここで浮いていても仕方が無いし、行くか!

 小さく息を吐いて気合いを入れると、そちらに向かって速度を上げた。


 ◇


「おつかれさまー」


 声をかけながら、皆の前に降りていくと、例によって俺の接近には気付いていたようで、驚くことなく返事をしてきた。


「よう」


「お疲れ様です、姫」


「ご苦労だ、セラ副長」


 周りの兵たちは消耗しているのに、恐らくメインで戦ったであろうこの3人は平気そうだ。

 なんなんだろうねこの人たち……。


 彼らや遺骸を見て何から聞こうかと迷っていると、オーギュストが先に口を開いた。


「恐らくそのオオカミがこの襲撃を率いていたのだろう。天狼の魔王種……大物だ」


「……ほぅ」


 天狼って毛皮は見た事あるけれど、実物を見るのは初めてだな。

 毛は黒なのに、なにやらキラキラと不思議な艶があり、死んでなお只者じゃない空気を醸し出している。

 魔物じゃないのに下手な魔物よりよっぽど強いって話だけれど……そういや普通の獣も魔王種になるんだっけ?


「伝令を送りはしたが、その分では入れ違いになったようだな」


 ついつい遺骸に目が行ってしまっていた事から、俺がここの状況をなにも把握していないことが分かったんだろう。

 ここだけじゃなくて、ついでに中央での事等も簡単に話してくれた。

 今の彼らの様子からだと想像できないが、本当に激戦だったらしいな……。

 聞いた感じ、【赤の剣】もしっかり活躍した様だ。

 検証や試し切りなんてする余裕もなかったのに、大したもんだわ……。


596


 ボスは倒したし、取り巻きも倒した。

 森にある拠点も無事な様だし、後は追撃と掃討だ。


「オレはどうしよう? また南端に行った方がいいかな?」


 ってことで、これから俺はどうするかを尋ねた。

 一番距離がある上に、特に指揮をする人間をこちら側から送る必要が無い戦場だしな。

 支援程度に俺がいれば十分だろう。


「いや、南全体は私が見る。それよりもセラ殿には領主様へ報告を頼みたい」


「ぬ?」


 南側全体の指揮をオーギュストが執るってのはともかく、報告なら適当に誰か伝令でも送ったらよさそうだけれど……俺が行った方がいいのかな?


 ◇


「お? こっちももう報告を受けたのかな?」


 戦場から離れて屋敷を目指す途中、冒険者ギルドの上空を通ったのだが、そこは夜が更けたにもかかわらず、俺が出発した時よりも人の出入りが増えていた。

 主に商業ギルドの連中だな。

 魔物の素材の取引だったりと、彼らも早いうちから関わっておきたいんだろうが……それだけじゃない。


 なんだかんだで、この襲撃が始まってからもう4時間5時間経っている。

 戦っていた者たちはその間ほとんど食事なんか碌にとれていないってことで、彼らへの食事を用意する必要がある。

 要は炊き出しだ。

 俺は【風の衣】があるから気にならないが、もう冬だし外は相当冷える。

 温かい物でも食べないと、回復できないよな。

 そこら辺の事は既に打ち合わせ済みで、だからこそ今用意に取りかかっているわけだが、主導しているのは領主サイドだ。


 今回の襲撃の対処は騎士団と冒険者ギルドが主導で、リーゼルが直接関わる事は無かったがこっちは別らしい。

 一応有志で商業ギルド側も協力してくれるそうだが、もう冬だしな。

 あまり食料を大盤振る舞いできるほどの余裕は無い。

 それなら、最初から街の備蓄を使って、使った分は豊かな領地……具体的にはマーセナル領なんかから運び込めばいいんだろう。

 襲撃を察知してから、ちょっと日数に余裕はあったし、元々近いうちに起きると想定していた。

 その辺の根回しは既に済んでいるそうだ。


 他領との連携だし、そう考えると領主の仕事だよな。

 ただ、今はまだリーゼルにまで話は届いておらず、あくまで事前に決めた通りに動いているだけだ。

 そこで、俺がリーゼルやセリアーナの名代として、街のあちらこちらに顔を出すわけだ。


「ってことで、ただいまー!」


 街の様子を見ながら屋敷までやって来ると、例によって開いている窓に向かって飛び込んだ。

 執務室にはリーゼルや1番隊隊長のリックに、オーギュストの副官ミオ、そして、普段だとこの時間帯なら自室に戻っているセリアーナとエレナもいる。


「お帰りセラ君。その様子だと上手く片が付いたのかな?」


 出迎えはリーゼルで、戦況を聞いてきた。

 ふぬ……どれくらいここに報告が入っているんだろう?


「まだ全部は片付いていないけれど、魔王種は全部倒したかな? 南端で冒険者クランが1体と真ん中で団長が1体、北でジグさんが1体、んで、団長とテレサも加わって3人で全体のボスを1体倒したね。ボスは天狼の魔王種だったよ」


 とりあえず簡単に報告をすると、部屋全体がざわめいた。

 まぁ、4体も出てきたらそりゃー驚くよね。


「こちらの被害はわかるかい?」


「何人か亡くなってるって聞いたけど、詳細はオレも……」


 魔物側の戦力から、こちらも相応の被害が出たんだろうと考えたのか、リーゼルはこちらの被害を尋ねてきた。

 ただなー……俺もほとんど把握できていないんだよ。

 重軽症者は、あちこち戦場を飛び回ってポーションの配達をしていたから、何となくは把握できているけれど、戦場で亡くなってた人はそのまんまだったもんな。

 本陣まで運べていた分は向こうで把握できているだろうけれど、どうなっている事やら……。


「そうか……ありがとう」


 首を振った俺に察したのか、リーゼルも小さく頷いた。

 きっと落ち着いたら彼の方でも手を打ってくれるだろう。


「さて……なにはともあれ、襲撃は凌げたとみていいようだね。街でもそろそろ前線への補給支援などが行われている頃だろう? それに対しての指示書を用意しているから、セラ君。君はそちらに顔を出して、現場の責任者に渡してきてくれ」


 リーゼルは自分の席に戻ると、手紙を何通か取り出してこちらに渡した。

 結構簡単に命じてくれたが、領主専用の封筒が使われている。

 やる事は現場に任せるけれど、領都内では滅多に使わないし、いいアピールになるな。


 ふむふむ……と感心している俺をよそに、リーゼルは他にも出している。


 まず、こちらがひと段落した事をアリオスの街に伝えに行くそうだ。

 なんと言っても彼等も今は戦闘中のはずだしな。

 その役目は1番隊が任されて、リックは足早に部屋を出て行った。

 誰が行くのかわからないが、急いで行っても到着は夜中になるだろう。

 魔物が絶賛うろついている中を突っ走る、かなり危険な任務だ。


 それこそ俺がいるんだし、任せてもらえたらすぐ行くんだけれど……役割はしっかり分担していこうってことなのかな?

 まぁ、いいか。


「んじゃ、これ配達してくるねー」


「ああ、よろしく頼むよ」


 俺は俺でやる事さっさと済ませちゃうかね。

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