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593 オーギュスト・side 2
前線から一歩下がり戦場を見渡すが……先程の魔王種の突撃からは落ち着きを取り戻したようだ。
また、北から聞こえてきたジグハルト殿の魔法も納まり、あちらの戦場も落ち着いた気配を感じる。
戦況を調べるために両隣の戦場に兵を送りもしたし、今はこちらに集中していいだろう。
「このままいけるでしょうか?」
「無理だろうな。見ろ」
戦況を伺いに来た部下に、戦闘中のある冒険者パーティーを指してみせた。
恐らく2つか3つのパーティーが合流したのだろう。
10数人で戦っているが、その相手は20体ほどのゴブリンだ。
魔境のゴブリンとはいえ、冒険者側もそこで狩りをする事を前提にしているだけあって、本来ならいくら数的不利とはいえ、油断さえしなければなんてことの無い相手なのだが……。
「……あっ!?」
盾で受けたにもかかわらず、ゴブリンのただの一撃でよろめいている。
先程から何度か見られている光景で、あきらかにゴブリンの膂力を越えた一撃だ。
「ゴブリンのものとは思えませんね……まだ魔王種がいるという事でしょうか……」
「そうだ。ここでももう一戦あるかもしれん。お前たちもそのつもりでいろ」
「はっ!」
幸い、多少の苦戦はしているが本格的に崩れるようなパーティーはいない。
魔王種を目の前で討ち取った事で、士気が高まっているからだろう。
これを維持できると良いが……。
戦況を眺めながらそのような事を考えていたが、流石にそうたやすい相手ではなかった。
森の一角から新たな魔物の群れが飛び出してきたが、こちらを襲うためと言うよりは何かに追い立てられるような様相で、冒険者たちを蹴散らしながら領都を目指している。
今まで潜んでいたが、いよいよそうもいかなくなって飛び出してきたのだろう。
姿はまだ見えないが、森の奥から先程の魔王種とは比べ物にならない威圧感……。
冒険者たちも察したのか、戦線が徐々に下がって来ている。
まだ耐えられはするが、この状況が続くと危険だ。
手を打つ必要がある。
◇
再度前線に入って指揮を執り、戦線を立て直すために前線の入れ替えやその援護をしていた時、北に送っていた伝令の1人が戻ってきた。
「団長!」
さらに、彼だけでは無くて別の隊の兵も一緒だった。
その兵は、森の中の拠点に詰めていた兵だ。
幸い魔王種は含まれておらず、数の多さから苦戦はしたものの、支部長を中心に各拠点と連携をとって、襲撃を凌ぎ切る事に成功したらしい。
朗報だ。
これで、残りの魔王種は森の浅瀬に潜みこちらを窺っている、あの1頭のみとなったわけだ。
それなら……っ!?
「先に動いたか!」
温存していた兵を動かして、一気に殲滅に移ろうとした矢先に、森から1つの影が飛び出した。
「1頭のみだが……アレは天狼か?」
天狼……魔物ではないが、生半可な魔物よりもはるかに強力な、魔境に生息する獣だ。
本来群れを作る性質のオオカミでありながら、単独の行動を好む。
そのためか、他のオオカミと違って魔王種でありながら取り巻きを連れていないが……。
大きさこそ、先程倒したオオカミと大差ないが、その強さは格が違う。
勿論、複数の魔王種を従えていたのだから強いのは当然ではあろうが、これほどとは……。
その進路にいた冒険者が、もう既に何人も肉塊と化している。
アレは私単独で対処するのは不可能だ。
「強いな……私だけでは無理だ。北に流す。こちらでしばらく時間を稼ぐから、お前たちはジグハルト殿に急ぎ伝えてこい!」
周りにそう伝えると、馬を走らせた。
ジグハルトが迎撃の態勢を整えるまでの間、魔王種を引き受けることになったが……とにかく厄介な存在だ。
この群れを率いるボスであるにもかかわらず、周りの魔物すら巻き込みながら暴れまわる。
なんとか注意を引き付けてはいるが、このままでは先にこちらの馬が潰れてしまう。
かと言って、準備が整う前に移動を開始しても、被害が増えるだけだ。
背後から迫る牙を剣で弾きながら、そのような事を考えていると、不意にボスが飛び退り距離を置いた。
「アレが群れを率いているようですね。団長、貴方は新しい馬に替えて来なさい。その間は私が引き受けます」
「テレサ殿か。助かる!」
こちらの様子を察知し、隣の戦場から1人援護に来たようだ。
彼女は【赤の剣】を構えて、ボスと対峙していた。
流石に彼女でもアレを単独で仕留めるのは不可能だろうが、馬を替える時間を稼ぐ程度なら余裕だろう。
お言葉に甘えて、一度本陣に下がる事にした。
◇
馬を替えて再び前線へ戻ると、場所は少々移動していたが、テレサ殿が変わらずボスを引き付けていた。
「待たせた!」
「構いません。それで、アレはどう倒すのですか? ここの戦力では犠牲が出過ぎますよ?」
急ぎ彼女の隣へ戻り、ボスの正面を交代した。
同時に、彼女はボスをどう倒すのかを尋ねてきた。
彼女も対峙する事で強さを感じたのだろう。
我々だけで倒すのは難しいと判断した様だ。
「北のジグハルト殿に伝令を送っている。準備が整い次第合図があるはずだ」
「わかりました。私が浮かせて、ジグハルト殿が落とす。そして止めは貴方が。それでいいですね?」
「承知」
そして、2人でしばらくの間牽制を続けていると、北の空に魔法が数発撃ち上げられた。
ジグハルト殿の準備が整った合図だろう。
594 ジグハルト・side
こちらの迎撃する用意が整った合図を出してしばし。
体をほぐしながら、オーギュストが魔王種を引っ張って来るのを待っていると、偵察に行っていたこちらの兵たちが馬を飛ばして戻ってきた。
どうやら近づいてきている様だが……森に潜んでいた時と違って、今は気配を隠す気が無いらしく、わざわざ人を出すまでも無かったな。
「ジグハルト殿、来ました! 団長とテレサ様が引き付けています」
「天狼の魔王種です。かなり強力です」
さて、その兵たちが我先にと情報を伝えてくる。
あれだけの群れを率いるボスだ。
強力なのはわかっていたが……それよりも気になる事が1つあった。
「ん? テレサもいるのか?」
あいつは確か、もう1つ奥の戦場を担当していたはずだが……向こうは片付いたのか?
「はっ。団長とともに魔王種の牽制をしながらこちらに向かっております」
「そうか……あいつがいるんなら、またやれることが変わってくるな」
これから迎え撃つ魔王種の倒し方は、こちらの兵たちで一旦足止めをして、その後俺が深手を負わせる。
そして、オーギュストが止め。
こう考えていた。
時間をかけて尚且つ周りを巻き込むことを気にしないでいいんなら、俺の魔法でも十分仕留められたが、流石にそれをやるわけにはいかない。
何より、この群れのボスは随分頭がいい。
魔力を溜めて下手に警戒されようものなら、折角引いてくるオーギュストの働きを台無しにしかねない。
だからこそ、少々手間はかかるし場合によっちゃ兵に犠牲も出かねないが、この方法でいこうと考えていた。
だが、テレサもいるなら話は別だ。
「お前ら! 前を空けろ!」
魔王種とそれを引いてくる2人の姿が徐々に見えてきたところで、前に立つ兵たちにその場を退くよう命じた。
足止め役として俺の前に布陣する兵たち……こいつらも覚悟を決めていたんだろうが、より良い手がある以上こいつらは不要だ。
まあ、下手すりゃ何人かは死んでいたんだし、それを思えばこいつらだって悪くはないだろう。
実際どこかほっとしたような表情を浮かべている。
「その……ジグハルト殿、どう戦うのでしょう?」
伝令として俺の側に控えている1人が声をかけてきた。
「テレサが浮かして俺が落とす。そしてオーギュストが止めだ」
俺の魔法もテレサの【赤の剣】を用いた攻撃も、威力だけなら十分止めを刺せるだろうが、そうなると遺骸がまともに残らない。
やるならオーギュストに首を刎ねさせるべきだ。
さて……問題はそれをどうやって2人に伝えるかだが……こいつらに走らせるか?
「……ああ、それも要らんか」
前を見ると、オーギュストが俺を指差してから、空に向かって弓を射る仕草をしている。
どうやら考えていることは同じようだ。
なら、さっさと片付けてしまうか。
了解の意味も込めて、一発上空に明かりを打ち上げた。
◇
その明かりに引き寄せられた魔物たちを一気に片づけた。
大分デカい音が出てしまったが、2人が引き付けているからか魔王種はそれに怯むことは無かった。
そして、大分近くまでやって来たところで、オーギュストが馬の進路を一旦魔王種の正面から外れさせて、脇へと逸れていく。
代わりにテレサが正面に立つが、馬から飛び降りて剣を腰だめに構えている。
体のサイズは違い過ぎるし、そのままじゃいくら恩恵品の剣とは言え、頭や首に威力のある攻撃を当てるのは不可能だ。
魔王種もそれがわかったのか、まずはテレサを仕留めようと速度を上げたが、そこへすかさずオーギュストが明かりの魔法を魔王種の鼻面にぶつけた。
自分やテレサの馬が驚かないように、セラが好んで使っているほどの光量ではないが、それでも不意打ちとしては有効だったようで、速度を緩めている。
そして、それはテレサの準備が整うのに十分な間だ。
すれ違うように脇を駆け抜けると……。
「!!」
剣の刃では無く腹を上に、そのまま真上に振り切った。
剣を振り切ったテレサは、体勢を崩してしまっている。
もし、これが1対1ならその隙は命取りだろうが、問題無い。
さて、今の一撃はダメージもそれなりに入るだろうが、それでも倒せるほどじゃない。
だが、魔王種の巨体を5メートルほどまで浮かせている。
十分だ。
「はあっ!!」
一息で5発の魔法を放った。
右前足と右後ろ足に2発ずつと、頭部に1発。
これも多少のダメージは入るだろうが、倒すには程遠い。
だが、体をひっくり返すには十分だ。
いくら強力で頭が回る魔王種でも、猫じゃあるまいし空中でひっくり返されたらどうにも出来ないだろう。
狙い通り、背中から地面に落下した。
そして、勢いは残っているからそのまま何十メートルか地面を転がっていき……。
「はっ!」
馬から飛び降りたオーギュストの加護を乗せた一撃が、首を斬り飛ばした。
念の為追撃の一撃を用意していたが……不要だったな。
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