260
591
北で起きた光と爆発。
なんだも何も、ジグハルトの魔法に決まっている。
思わぬ事態に狼狽えてしまっていたが、よくよく考えるとジグハルトを始めとした3人の事を俺が心配するのも烏滸がましいってもんだ。
「今のジグさんだね……向こうはもう任せちゃおう。オレは1度本陣に顔を出して、それからこっちの戦場に入るよ」
お隣も大変そうだったけれど、とりあえず今立て直す必要があるのはここだ。
ポーションを補充したら、俺もここでもうひと働きした方が良さそうだな。
「わかった……。周りの連中にも伝えておけばいいんだな?」
中々気の利くあんちゃんだ。
「うん。お願いね」
よし、それじゃー急いで戻るか!
そう決め、【浮き玉】を本陣に向けて出発させた。
丁度入れ違いになる様に、向こう側からも正面と北の両方に向かって部隊が出発している。
本陣はしっかり機能しているのかな?
◇
訓練場に戻って来たはいいが……随分物々しくなっている。
俺がここを発った時は、まだ街から荷物を運んで来たり、あるいは運んで行ったりする馬車が沢山あったが、今は1台も無くその代わりに、戦場から下がってきた怪我人が治療を受けている。
冒険者、騎士団の兵問わずボロボロだ。
そして、端の方に寄せられて横たわったまま動かないのは……死体かな?
何人もいるが、まぁ……しゃーないのか。
悼むのは後にして、状況を確認しよう。
「今どーなってんの!?」
俺は本陣に入るなり、部屋中に聞こえるような大声でそう言った。
改めて中を見ると、人数も大分減っているな。
援軍を出したりしていたけれど、外の様子からもうあまり余裕は無いとか……?
にもかかわらず、俺の入室になにやらホッとした様な顔を見せている。
「お疲れ様です、副長。今はこの様になっています……」
1人が俺からポーチを受け取り、ポーション類の補充に行き、もう1人がすぐに色々書き込まれた地図を用意して説明を始めた。
前線の戦力や薬品類の在庫数に、予備戦力。
さらに、ここまで下がってきた負傷者の数等々をざっくりとだが記してある。
なんというか……現場での応急処置で凌げる怪我と、ここまで下がって本格的な処置が必要な怪我を負った者と、二極化している。
やはり寄せ集めが多いからか、正面の戦場を担当している冒険者に重傷者が多いみたいだ。
オーギュストの指揮力云々よりも単純に冒険者の力量の問題なのかも。
そして、倒した魔物についてだが……。
「中央で団長が1体を倒して、今はその後現れたもう1体を追って、テレサ様と共に北へ向かっています。それと、ジグハルト殿が焼き切ってしまい遺骸が残らなかったので判別は出来ませんが、北の戦場でも魔王種が現れたようです。どうやら複数の魔王種を束ねているようですね」
「みたいだね。南でも1体倒したよ」
「ああ……やはり南にも……」
どうやら複数の魔王種がいた事から、南の戦場にも魔王種が現れているかもしれないと考えていたそうだ。
だが、一応戦力的には南は揃っているし、俺もいる事から援軍をどうするかで彼等は悩んでいた。
まぁ、予備戦力だって限りはあるしな。
だから、俺がやってきた事で南の状況がわかるとホッとしたような顔をしていたんだろう。
んで、オーギュストたちだが、多少の被害が増えようとも、とにかく魔王種の討伐を優先する考えらしい。
魔王種と対峙しながら、強化されたごちゃ混ぜの魔物たちの相手をするよりも、その方が最終的には被害が抑えられるって判断だ。
「まぁ、そこら辺の事は3人に任せちゃおう……。何かオレへの指示とか聞いてる?」
「副長の判断に任せる……とだけですが……」
ふむ……自分達だけで大丈夫って事か。
まぁ、俺がこっちに戻って来るかわからないってのもあったかもしれないが、それならそれでさっき考えた通りに動くかな。
「なるほど。んじゃ、オレは正面に入るね。南の2つの方は安定してたし、余裕もあるからね」
「はい。お気を付けて」
「副長、こちらをどうぞ」
「うん。じゃ、こっちはよろしく」
ポーションを補充したポーチを受け取ると、再度正面の戦場に向かって飛び立った。
◇
ピーっ! と喧騒の中でも聞き取れる笛の音。
そちらに向かうと、いくつかのパーティーが合流して20人ほどの集団が出来上がっている。
そして、彼等の前には魔物の死体が転がっていた。
一戦闘を終えたんだろう。
「お待たせ!」
「済まん!」
その彼等の下に降りていくと、1人が横たわり治療を受けていた。
防具ごと肩から背中にかけて大きく裂かれている。
俺が渡したポーションをその彼に飲ませていたが、彼はこのままリタイアかな?
「どんな感じ?」
「悪くない。魔物も突破じゃなくて俺らを狙うようになって来たからな。戦闘に専念できる。それに……後少しだろう?」
「そだね。他もそんな感じになってるよ」
少し前からだが、魔物の行動に変化が起きている。
突破を図ろうとする動きは一応しているものの、すぐに退いては森の手前でウロウロと……。
リーダー役がいるわけでも無いが、撤退の機を探っている感じだ。
統制が崩れかけてきているんだろう。
魔王種が討伐されたら即退くはずだ。
あともう少し……そう気合いを入れようとしたところ……。
「お?」
何やら北でドカンと爆発が起きた。
592 オーギュスト・side 1
セラ殿を送り出して、そして私自身も本陣正面の戦場に入って指揮を執りしばらく経った頃。
ようやく待ち望んだ目標が姿を現した様だ。
真正面から直属の配下を引き連れた、大型のオオカミがこちらの様子を窺っている。
セラ殿がいなくても一目でわかる、他の魔物との格の違い。
さらに、付き従うオオカミもそうで、恐らく魔王種の影響を受けているのだろうが、それを抜きにしても強力な魔物のはずだ。
「前を空けろ。完了したら、適当に突いてこちらに釣り出すんだ。アレは私が引き受ける」
群れの奥に控えるひと際大きな体のオオカミを指した。
アレが魔王種で、あの群れのボスだろう。
「はっ!」
アレは生半可な戦力では足止めにもならないだろう……この寄せ集めの冒険者たちでは無理だな。
命じた部下たちもそれを理解しているようで、すぐさま冒険者たちを退避させている。
同時に、万が一仕留めそこなっても、そのまま街まで抜けないように後ろで隊列を組んでいる。
右を厚く代わりに左ががら空きなのは、ジグハルト殿がいる北の戦場に流すためか。
「やれ!」
冒険者たちの退避が完了したところで、あの群れを釣りだすために騎士たちが魔法を撃ち込もうと、前に進み出た。
だが、まだ何もせず前に出ただけでボスを先頭に、一斉に駆けだした。
その行動に少々違和感を感じるが、釣り出す事が目的だし、成功したといえば成功だ……まあいい。
まずは目の前の魔物だ。
「お願いします!」
「強いです! お気を付けて」
釣り役の騎士たちが、すれ違いざまに口々にそう言ってきた。
背を向けていても強さが伝わるほどなのだろう。
だが、問題無い。
腰に差した剣を抜くと、馬から降りて前に立つ。
「ふっ……」
【心殻】の加護を発動し、まずは剣全体に行きわたらせる。
徐々に範囲を狭めていき片側のみへ。
そして、最後は刃先にのみ集中させて完成だ。
本来【心殻】の加護は、装備全体に行きわたらせて強化するものだが、この剣は純魔鋼製で、切れ味はもちろん強度に何よりも優れている。
魔力を通す事で強化すれば、まず折れることは無い。
故に切れ味のみに集中させることが出来る。
群れの数は12……先頭のボスを含めて、接触するのは……5体か。
大きさも速さも並のオオカミよりはるかに上だが、問題無いな。
剣を腰だめに構えて、間合いに入るのを待ち続けて……。
「ふっ!」
入る直前にボスの足元を魔法で弾け飛ばすことで、態勢を大きく崩した。
そして……。
「はあっ!」
ボスの首を刎ね、さらに、すぐ後ろを走る群れを1体2体と切り伏せていく。
4体目を倒したところで、状況を把握したのか残りの群れは一気に散らばろうとしたが、それは後ろの隊員たちが許さずに、こちらも一気に仕留めていった。
周囲を見渡すが、追随する群れは無し。
一息つくと、右手の中に硬い感触が生まれた。
聖貨だ。
もう自分の実力では、並の魔物が相手では聖貨を得られる対象になることは無い。
魔境の魔物でも、浅瀬では無くてもっと奥に生息する魔物か、それこそ魔王種くらいだ。
つまり、今倒したオオカミは魔王種で間違いは無い。
「考えすぎだったか……?」
襲撃の時間帯を本来魔物が得意とする夜から前倒しにして、こちらの準備が整う前にしてきたり主力の投入を余力があるうちにしてきたりと、随分と知恵が回るだけに、単純に釣り出され尚且つ先頭を駆けるなどと、およそ思慮深いとは思えないような行動をとっただけに、違和感を感じていたが……気のせいだったか。
「団長、お見事です!」
後ろへ逸れたオオカミたちの討伐を終えた部下たちが戻ってきた。
被害は無し……上等だ。
「ああ。私が倒したのが魔王種に違いない。まずは今いる魔物を一掃して、それから他所の……!? なんだっ!?」
時折単発ずつ聞こえていた北からの爆音が、連続で鳴り響いた。
それも牽制用の弱い魔法では無くて、高威力のものだ。
ジグハルト殿とはいえ、あれだけの威力の魔法を連発となると……ああ、そう言えばセラ殿から恩恵品を借りたと言っていたな。
だが、今も続いているという事は戦闘が続いているという事だ。
北の戦場に現れる魔物の数が減って、弱い魔物ばかりになっていると報告にあったが……あちらにも出たのか?
「魔王種でしょうか……?」
「恐らくな。……それにまだ続くかもしれん。お前は本陣に戻り、兵を送り出す用意をしておけ」
北よりもこちらの方が走りやすいだろうし、突破を図るならこちらを選ぶはずだ。
まさかそんなところで博打を打つとは思えないからな……。
今戦っている北も、私が倒した分も囮……そう考えた方がいいだろう。
「それと南への伝令もだ」
「はっ!」
増援と各所への伝令の手配の指示を出した。
周りを見ると、一旦下がらせていた冒険者たちが再び前に出てきて、同じく魔王種の突撃で空いた隙間を埋める様に、魔物たちも森から新たに湧いて出ている。
まだまだ戦闘は続きそうだな。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます