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さて、魔王種一行の先頭グループの足は止まったが、まだ本命は残っている。
もちろん俺が言うまでも無くその事はわかっていて、下の連中も気を抜くような真似はしない。
仕留めたオオカミはそのままに再び陣形を整えて、残りを迎え撃とうとしている。
このまま問題無くやれそうだとは思うが……気になる事が一つ。
魔王種を含むオオカミたちは、先程やられたオオカミたちと変わらぬ速度で突っ込んで来ている。
今のを見ていたはずなのに……。
ただの獣ならともかく、こいつらは随分知恵が回るんだ。
にもかかわらず……このままだと同じようにやれそうか?
「あっ!?」
上から見ていて思わず声を上げてしまった。
下は、またも足場を崩してから一連のコンボに繋げようとしたのだろうが……その直前に盾役を飛び越えて、彼等の内側に入り込んだ。
そして、1頭だけで終わらずに次々と入り込み、遂には残りのオオカミ7頭全てだ。
「しまったっ!」
「囲めっ! 走らせるな!」
「おいっ! 急げ!」
彼等の陣形は前方に盾役を置いて、その後ろに鶴翼を敷くって形だ。
盾役との間には30~40メートルほどの空間があって、足を止めた獲物をそこに追い込んで仕留めるんだろう。
だが、それはあくまで前で勢いを止めることが前提なので、その内側に入られてしまうと……大混乱だ。
なんとか囲いの外に出さないようにと、各パーティがバラバラに動いて連携が取れていない。
リーダーが率先して正面に立って、立て直そうとしているが……あ、ぶっ飛ばされた。
オオカミたちは、冒険者側が立て直そうと動くと、すかさずそこを襲って邪魔している。
流石に腕利きが多く所属しているだけあって、本格的に崩れてこそいないが、これはいかんね。
となると……俺も参入するべきだが、どう動くか。
出来れば魔王種を一息で仕留めたいが、上空の俺にも気付いているようで時折上を気にするそぶりを見せている。
隙は突けないか……となると。
今しがた、冒険者への攻撃を終えて一旦距離をとった1頭のオオカミがいる。
他の6頭との距離もあるし……狙い目だな!
「はっ!」
急降下して、右腕を振り抜きそのままスパっと首を刎ねた。
念のためにと、仕留めそこなった際に背中に取り付くための【足環】を発動していたが……このレベルなら一撃でやれるか。
「副長か!」
「今のうちに立て直して!」
「すまん!」
立て直す様伝えると、再び上空へ戻る。
この狭い空間じゃオオカミも走る事は出来ないが、俺だってあまり速度を上げられない。
この混乱した状況じゃ【緋蜂の針】の突撃も【蛇の尾】を振り回す事も難しい。
やれるとしたら、今の様に孤立したのを1頭ずつ仕留めて行くくらいだ。
だが、数が減っていけばやれる事も増えるだろう。
残り6頭。
焦らず慎重にやっていこう!
◇
「仕留めたぞ!」
「おう!」
上空に留まりながら、隙を見て介入しようと思っていたのだが……。
俺がやった一ヵ所を起点に自分達だけで立て直しに成功し、今声が上がったように、彼等は順調にオオカミを倒していった。
残りは未だ健在な魔王種と、もう1頭のみだ。
今では陣形もさらに狭めていき、オオカミたちも加速するだけの距離が無く、もはや打つ手なしといった様相。
だったのだが……。
「もらったぁ!!」
魔王種の側面にいた1人が、上手く隙をついて仕留めようと槍を突き出したその瞬間。
それを狙っていたのか、槍を弾き囲みの突破を図った。
まずは1列目を蹴散らし詰めて来ようとする2列目を振り払い、そして3列目を飛び越えようとジャンプしたが……。
「わっはっはー!」
回り込んでいた俺が、横から蹴りを鼻面に叩き込んだ。
地上でならともかく、空中でなら避ける事は出来ない。
魔王種もこれは想定の埒外だったのか、モロに食らい地上に落下した。
【影の剣】なら一撃で仕留める事も出来るかもしれないが、接近しないといけないから妥協して蹴りの方にしたが、これで十分だったな。
ぬふふ……知恵が回るはずの魔王種が、ここまでなすがままだったしな……絶対どこかで突破を計ると思っていたんだ。
読み通りだ!
「うおおおおおおおおっ!」
下では落下した魔王種がここぞとばかりに冒険者たちに袋叩きにされていたが、雄叫びと共に振り下ろされた斧が魔王種の首を刎ね飛ばした。
「やったぞおおおお!! うおおおおおお!!」
止めを刺したのは……リーダーか。
周りも手にした武器を掲げて歓声を上げている。
魔王種を倒したんだし、盛り上がるのはわかるが……。
「後は1匹だ! 逃がすなよ!」
あ、大丈夫だったか。
ちゃんと最後の1頭の事も忘れていなかった。
などと、偉そうなことを考えつつも、俺もオオカミから目を離してしまっていたな。
ちゃんと最後の1頭を仕留めるところを見届けよう。
「…………ん? あ! 待って!」
その1頭に引っかかるところがあり、待ったをかけようとしたのだが、ちょっと遅かった。
俺の声は間に合わず、オオカミは槍で貫かれていた。
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魔王種を倒して、その取り巻きやこの場を襲っていた魔物たちも殲滅した。
後はその事を他の戦場にも喧伝して、掃討戦へ……そうするべきなんだろうけれど……。
「副長。何か言いかけていなかったか?」
湧き上がる周りと違って浮かない顔をしている俺に気付いたのか、リーダーがどうかしたのかと声をかけてきた。
「うん……まぁ、いいや。オレはこっちで魔王種を倒したって他へ伝えて来るよ。皆はまだ何が起きてもいい様に備えておいてよ」
「あ? ああ……まだ何か起きるのか?」
「さっきの最後の1頭がちょっとね? 魔王種死んだ後なのに、影響が残ってたんだよね……」
ダンジョンでの事しか知らないが、魔王種が死ねば、その影響を受けている魔物たちは強化が解けていた。
だが、先程のオオカミの場合は違ったんだよな。
ダンジョンと外の魔物との違いなのか何なのか……。
魔王種による配下への強化は、目で見れるのは俺しかいないから他の者に聞いてもわからないだろう。
「まだあるかもしれないって事か……。わかった。警戒は続けておこう」
「うん。お願い」
俺の気にしすぎで、襲撃はこれでひと段落……それが一番なんだけど、違った場合は大変だしな。
それに、本命って想定している中央がどうなってるのかも気になる。
この場はリーダーに任せて、俺はそちらへ向かうことにした。
そんな訳で、南端の戦場から隣のテレサが受け持っている場へ飛んできたわけだが……。
「テレサがいないな……」
下では戦闘が続いているものの、テレサの姿が無かった。
冒険者の数が減ったりとかはしていないし……隣に行ったのかな?
見た感じここの魔物に魔王種の影響は及んでいないし、特別これといった変化は起きていない。
魔物の群れを分断させていたテレサがいなくなっても、この戦場は問題無さそうだし、降りる必要は無いか。
なら隣だ!
◇
「…………ぬ?」
本陣がある訓練所。
その正面には一の森との間に平原が広がっている。
領都の東門も面していて、魔王種が突破を図るならここだろうと、オーギュストが直接この戦場の指揮を執ると言っていた。
彼は結構几帳面な所があるし、きっとキッチリした戦いをしているんだろうと思っていた。
「……ぐちゃぐちゃだ」
だが、上空から見る戦場は、人も魔物も入り乱れて陣形も何も無いって感じだ。
魔王種は南端の戦場で倒したはずだが……それにテレサもオーギュストの姿も見当たらない。
彼等がやられるってことは無いと思うが、本陣に移動したのかな?
「ぬぬぬ……とりあえず俺も一旦下に入るか……?」
本陣まで行ってみるのも有りだが、下は明らかに苦戦しているもんな。
「よし……まずは……あそこだ!」
たった今オオイノシシに弾き飛ばされて陣形が崩れたパーティー。
そこへ突貫だ!
「ほっ!」
突破した後に反転して追撃を入れようとしたオオイノシシ。
ガラ空きの後頭部に蹴りをぶち込んだ。
その一撃では倒せなかったが、すかさず追撃でアカメたちが止めを刺す。
ダンジョンの魔物なら俺も核を潰せば一撃で行けるんだけどな……。
オオイノシシの死体はそのままに崩されたパーティーの下へ向かった。
派手に吹っ飛んでいたが、幸い軽症な様で話は出来そうだ。
「随分崩れているけど、何があったの? 団長たちは?」
「セラさんか……」
とはいえ、中々疲弊しているため、【祈り】を発動した。
戦闘中に急に発動すると驚くかもしれないからと、使用は控えていたが……気にせずやっておくべきだったかな?
「ああ……済まない。それで、何があったかだったな……。魔王種の2匹目が出たんだ」
「うん……うん?」
やはりこっちでも出たかと頷いたが……1体は南で倒したけれど……それはこっちじゃカウントしてないよな?
ってことは、こっちの戦場で2体も出たのか?
「1匹は団長殿が討ち取ったんだが、そのすぐ後にもう1匹……さらに巨大なオオカミが現れて、団長たちもすぐ対応に向かったが一気に突破されて、あちらに抜けて行ったんだ。団長はそれを追って、テレサ様もこちらの状況に気付いたのか、合流して一緒に追っていったんだ」
と、北を指してそう言った。
どうも聞いた感じ1体はオーギュストが単独で倒した様だな。
流石と言ったところか。
だが、その彼でも仕留めそこなったっと……。
「団長たちは抜けたが、残った魔物たちは俺たちだけで倒せはしたんだが……その後さらにもう一度魔物の群れの襲撃があって……この有様だ」
「ぬぅ……」
今この戦場にいる魔物は、大型小型が入り混じっている。
突破力のある大型に、力はそこまで無いが群れで動いて小細工もしてくる小型。
さらに魔王種の影響も受けたのが混ざれば……こうなるか。
しかしどうしよう……。
魔王種を放っておくわけにはいかないが、かと言ってこの混乱しまくっている戦場も放っていくには……。
見た感じまだ前線だけで補給は追いついているし、崩壊とまでは行っていないが、それでも押されている事に違いは無いし、この状況をいつまで保てるかわからない。
「ふぬぬ……」
話を聞きながら俺がどう動くべきか、悩んでいたのだが……。
一瞬北に強い光が生まれたかと思うと、こちらにまで届いて来る爆音が連続して生まれた。
「なんだ!?」
驚いたのは目の前の彼だけじゃなくて、他の冒険者たちもだ。
そして、もちろん俺も。
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