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戦場南端。
そこを任されている戦力の中心クランのリーダーのおっさん……そういや、名前知らないな。
俺が離れている間に彼も戦闘に参加していたのか、手にした斧にはなんか色んなものが付着している。
ばっちぃ。
魔物の種類や数、攻め方が変化してきた事を感じ取ったんだろう。
彼は周囲のメンバーに、その事についての指示を飛ばしている。
「ちょいと! リーダー!」
「あ? あんたか……どうした?」
とりあえず適当に呼んだが伝わったようで、こちらを振り向いた。
斧だけじゃなくて、鎧にも色々付いているが……傷は無いようだ。
「そろそろ魔物のボスも出てきそうだよ。北はジグさんが制圧しているから、姿を見せるなら南側になりそうだって。本命の本陣正面の戦場には団長が入ったよ。ただ、こっち側を抜こうとして来るかも知れないから、気を付けてって」
「わかった。おい! 聞いたな!」
リーダーに本陣からの伝言と、俺もこっち側に入る事を伝えた。
本陣からの情報だと、周りのメンバーもしっかりと聞いていたようで、すぐに返事をして行動を開始した。
ここはこのクランだけってわけじゃ無いが、ちゃんとその連中にも情報を伝えたりと、実にスムーズに事が運んでいる。
頼もしいね。
さて、周りは動いているがリーダーはここに留まったままだ。
どうやら俺に話があるらしい。
なにやら真剣な表情だ。
「副長、あんた索敵が出来るよな?」
「うん? まぁ、そうそう見逃さないけど、偵察でもして来る?」
「いや、戦場を見渡せるように真ん中にいてくれ。あんたがよくやっている、ポーションの配布も俺たちの方で引き受ける。それよりも、あんたが処理できるんならそのまま任せるが、もし抜かれたり、俺たちじゃ倒せねぇってのが現れた時は他所への救援を頼む」
「りょーかい」
中々慎重だな。
もしかしたらこのおっさん、魔王種とかそれに近い強さのと戦闘をしたことがあるのかもしれないな。
俺は彼に答えると、すぐに上空に移動した。
◇
上空に移って、下の戦況を見守ることしばし。
確かに魔物の様子が先程までとは大分違って来ている。
妖魔種のオークや魔獣種のオオシカだったりオオイノシシ系統の大型でも比較的対処しやすい魔物が中心だったが、今ではオオカミだったりゴブリンだったりと、面倒なのがワラワラ出てきている。
単純な強さなら前者の方が上だが、こいつらの特徴は数が多いこと。
そして、種族を問わずに連携をとって来る事だ。
1体1体はそこまで強くないのに、これだけ数が多いと腕利きでも手こずる。
実際、下でも【祈り】を発動しているにもかかわらず、負傷者が増えてきた。
ポーションを始め、薬品類の在庫はあるし破綻はしていないが……。
北と中央の戦場はまだまだ余裕があるし、お隣のテレサの方も変わらない。
押し込まれているのはここだけか。
戦力的にはむしろここは高い方なのにコレって事は……こっちが本命なのかな?
「むぅ……ぬ? いかん!」
腕を組みながら下の戦況を眺めていると、あるパーティーがまずいことになっていた。
突破されるんじゃなくて、崩壊しかかっている。
2組のパーティー間での魔物の受け渡しをミスったようで、横を突かれた盾役がオオカミに引き倒された。
隙と見たのか、他の魔物もそこを目指している。
片方が救援に向かっているが、間に合いそうもない。
それなら……!
「ふらっしゅ!」
傘を前に突き出しながら急降下して、その魔物の群れ目がけて魔法を放った。
「うおっ!?」
なんか人間の声も聞こえたが、今は気にしている暇は無い。
【影の剣】も発動して、アカメたちと一気に殲滅した。
個体の強さ自体がそこまでじゃないのが幸いした。
【緋蜂の針】でも一撃で仕留められるし、アカメはもちろんシロジタやミツメでも、単独で倒し切れている。
「姫さんか……助かったぜ」
一息ついていると、崩壊しかけていたパーティーの1人が、肩で息をしながら話しかけてきた。
上から見ていて俺も思ったが、彼も今のは結構ヤバいと思ったんだろうな……。
「うん。そっちのにーさんは大丈夫そう?」
俺も急いで救援に入ったが、魔物にたかられていたからな……。
「軽傷とは言えないな……。一旦あいつは後ろに下げる必要がある。……なあ、あんたあの弓は使えないのか?」
【ダンレムの糸】の事か。
確かにドカンと纏めて吹き飛ばせたら、戦況は一気にこちらに有利になるだろうが……。
「これだけ散らばっちゃうと難しいね。仲間を巻き込まないような位置からだと、ほとんど倒せないだろうし……」
戦場の横から撃つと、冒険者も絶対どこかで巻き込むし、かと言って前に撃ってもたかが知れている。
あの矢は威力も距離も凄いけれど、幅はそこまで無いんだ。
この混戦になった時点で、封じられたも同然だ。
それを聞いた彼は、苦々しい顔をしている。
そろそろ厳しいと感じているんだろう。
「わかった。すぐ戻るからそれまでここを……なんだ?」
負傷した盾役を仲間が背負ったのを確認して下がろうとした彼は、何かに気付いたのか顔を上げて、遠くを見た。
この方向は……南かな?
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「ここはいい! 行ってくれ!」
「おう!」
何かに気付いた男は俺にそう言い、俺も即座に応えて彼のいう方に向かって【浮き玉】を発進させた。
……そんなカッコイイやり取りをしたはいいが、俺はまだ何が起きたのかを把握していない。
俺が気付けない事に気付いたってことは、彼もさすがは腕利きってとこか。
さて、そちらに向かうよりも、まずはとにかく状況を把握しようと高度を上げた。
この南の戦場では、今もあちらこちらで混戦が繰り広げられているが……そのさらに南か。
あの辺は一の森の端にあたる場所で、ちょうど一の山から流れてくる川があるし、およそ魔物が溜まる様な場所でも無いが……。
だが、下を見るといくつかのパーティーがそちらを警戒しているのか、南寄りに移動をしているし……何かが来るのは間違いなさそうだ。
「あ、リーダーもいる……ん?」
そちらに向かいながら周囲の様子を探っていると、リーダーの姿を発見した。
とりあえず彼の下に降りて話を聞こうと考えて、高度を下げ始めたところ、森の端に何やら暗い光点がいくつも見えた。
緑と赤は【妖精の瞳】によるものだが……あの暗い光は……!?
「やばい! リーダー! 魔王種! こっち来た!」
久々な上に辺りが暗いから判断するのに少々時間をかけてしまったが、あの黒い光。
あれは魔王種だ。
なんだよ!?
こっちに来ないんじゃなかったのか!?
「ああ……この感じは間違いないな! おいっ! デカいのが来たぞ!」
やっぱリーダーは魔王種との戦闘経験があるようだ。
彼は、魔王種を倒したら領地でどんな待遇になるかを、周りの者に大声で伝えて鼓舞していた。
その甲斐あってか、不意打ちに近い魔王種の登場にも、動揺せずにいる。
俺もちょっと落ち着こうかな……すーはーすーはー……。
見た感じ、やはり予想通りオオカミの魔王種で、俺が以前倒したことがあるのと大差ない強さだ。
その代わり、取り巻きのオオカミは率いる魔王種に近い強さを感じるが……数は少ない。
あの時は俺の方が不意をついて、強さも何も発揮する前に倒したから、オオカミの魔王種とまともに戦うのは今回が初めてだ。
俺の方はいつもの仲間も側にはいないし大分勝手は違うが……。
「迎え撃つぞ!」
「「おう!!」」
ゴツイ盾役たちを前面に置いた布陣を済ませて、迎撃の合図を出すリーダーとそれに応える周囲と、冒険者たちはやたらやる気に満ち溢れている。
これ俺の出番あるのかな……ってくらいだな。
こちらの戦意を感じたのか、魔王種もやる気になったようだ。
自身が先頭に立って取り巻きを率いながら進路をこちらに取った。
アカメたちの目では色まではわからないが、取り巻きはオオカミ種の中でも随分体が大きく思える。
むしろボスオオカミの方が体が小さいんじゃないか?
強さも大差無い。
これは取り巻きの方が厄介そうだな。
俺は見えているが、下の連中はどうだろう。
上から明かりの魔法でも使うべき……。
「っ!?」
冒険者たちの前方上空が急に明るく光り、思わず目を閉じてしまう。
俺が使わずとも、織り込み済みだったか。
下の連中が魔法を使ったんだろう。
丁度俺が浮いている場所と同じくらいの高さに浮かぶいくつもの明かりに、感心してしまう。
明かりの魔法は初歩的なもので、魔法の訓練を積んでいない者でも勘が良ければ使う事は出来る。
それでも、これだけ揃えているんだから大したもんだ。
「はぁー……これ本当にオレのやる事なさそうだな……」
もっとも、何も無いならそれが一番だな。
下手に参戦しないで、このまま上に留まっておこう。
さて、魔法で照らされた範囲に魔王種の一団が侵入した。
向こう側にも動きがあり、そこまで先頭を駆けていた魔王種が取り巻きの中に納まり、代わりに一際体の大きいオオカミが先頭に立った。
そして、こちらに向かってさらに加速する。
魔物は同じ種類でも強力な個体ほど体が大きくなる傾向にある。
先頭もだが、この取り巻きたちはどれもウシくらいの大きさはあるし、魔境基準のオオカミでも強力だ。
恐らく、体当たりでこちらの陣形をぶち抜いて来るだろうが……下の連中には【祈り】をかけてはいるものの、耐えられるかな?
だんだん不安になってきたので、念のため上空で【影の剣】と【緋蜂の針】を発動して、下を見守っていた。
そして、いよいよ先頭と盾役がぶつかり……はしなかった。
魔法か加護か恩恵品か。
ぶつかる瞬間に先頭のオオカミの足元が弾け飛び、その衝撃でバランスを崩し地面に転がった。
相当な速度が出ていただけに、そのまま盾役の奥に控えるパーティーの下まで滑っていき、そしてその彼等の槍でブスブスっと……。
先頭のオオカミ以外も転げこそしなかったが、足を止めてしまっている。
武器である速度を生かした突進をあっさり防いでしまった。
これは本当に呆気なくいくんじゃないか……?
いや、でもまだ油断はしちゃいけないな。
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