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 領都から南側を飛び回り、その範囲内で戦っている一通りの冒険者パーティーと挨拶を終えたところで、一旦本陣に戻る事にした。

 幸いどこのパーティーも、小さな怪我はあっても、死者を出すような事態にはなっていなかった。

 また南端のパーティーを除いてほとんど急造にもかかわらず、しっかり対処出来ているあたり、この街の冒険者の平均レベルはかなり高いって事だ。


 今回も無事乗り切れそうだな……と、安堵しながら飛んでいると、すぐに森を越えて訓練場手前まで辿り着いた。


「おや?」


 訓練場では、本陣周りだけじゃなくて訓練スペースにも、多くの人間が集まっているのがわかった。

 ジグハルトやテレサが率いる冒険者と2番隊かな?

 まだ20分位しか経っていないと思うが、随分お早いことで。


 訓練場内に入ったところで、俺に気付いたのか何人かが手や武器を掲げていたので、俺も手を振り返した。

 彼等に挨拶もしたいが……まずはオーギュストに報告だな。


「ただいまー」


 本陣がある隊舎内に入ると、俺が出て行った時よりも中の人間はさらに増えていた。

 大半は騎士団の面々でキッチリした装備の者が多いが、中には砕けた格好の者もいる。

 彼等は冒険者だな。


「お疲れ様です。姫」


 オーギュストやジグハルトたちと机を囲んでいたテレサが、こちらを見た。

 彼女は、革の鎧の上に夜でも目立つ赤いマントを纏い、【赤の剣】は間に合わせの鞘に納めて、肩に背負っている。

 指揮だけじゃなくて、思い切り戦うっぽい雰囲気だ。


「どうだった?」


 ジグハルトは……執務室に居た時とほぼ同じ恰好だ。

 強いて言うなら、サンダルからブーツになったくらいだ。

 他人のことは言えないが、このおっさんは一体どんな了見なのかと。

 まぁ、この恰好でも問題無いんだろうけれど……。


「南側は今のところ大きな問題は起きてないみたいだね。一番端の集団も、物資も含めてまだまだ余裕があったよ」


「それは結構。ご苦労だった、セラ副長」


 俺の報告を聞いて、また地図の上の駒をちょこちょこ動かした。

 なんか街のすぐ北がぽっかり空いているが……なにか考えがあるのかな?


「外に沢山待機してたけど、あの人たちはどうするの?」


「彼等は、冒険者はテレサ殿が、2番隊の兵はジグハルト殿が率いて、それぞれ南北に分かれてもらう」


 テレサが冒険者でジグハルトが騎士団……。


「率いるのは逆じゃなくて?」


「今回は時間をかけたくないからな。討ち漏らしも極力避けたいし……北側は俺が潰す。その為にも統制の取れた動きで魔物を俺の前に集める必要があるんだ。冒険者よりも騎士団向きだろう?」


「ぉぅ……なるほど」


 その俺の疑問に、どこか楽しげな様子のジグハルトが答えた。

 確かに、素材を残したり冒険者に稼がせようとしたりと、手間をかけるような真似をしなくていいのなら、ジグハルトの射線上に広範囲から魔物を集めて、ドカンと範囲で一気に決めてもらった方が効率は良い。

 そして、その動きは冒険者じゃ難しいだろう。


 しかしそうなると……北側はきっと派手なことになるんだろうな。

 ジグハルトが楽しげなのは、今まで外だと抑え目に戦う事が多かったからかな?


「ジグさん、これ使う?」


 首に提げた【竜の肺】を見せる。

 俺は傘もあるし、魔法を連発する事なんて無いだろうしな。

 ジグハルトも、今まではどちらかと言うと援護役で、抑え目に魔法を使っていた。

 だが、どうやら今回は彼が主力の様だし、コレの出番なんじゃないか?


「そうだな。今回は借りるぜ」


「ほい」


【竜の肺】を首から外して、ジグハルトに手渡した。

 受け取ったジグハルトは、首に付けるとすぐに発動して、感触を確かめている。

 彼がコレを使うのはダンジョンのボス戦以来かな?


 発動して模様が顔に浮かんでいるが……俺と違って凄い迫力だ。

 周りの者も何かと忙しいだろうに、思わず手を止めてジグハルトを見ている。


「失礼します!」


 そこに外から伝令が入ってきた。

 どうやら魔物も本腰を入れてきたようだな。

 外で待機している者たちにも情報を伝えているようで、なにやら雄叫びがそこかしこから上がっている。

 ウチの連中も荒々しさは負けちゃいないな……。


 ◇


 さて、魔物が本腰を入れてこようが俺のやる事に変わりは無い。

 ってことで、上から南の戦場を眺めているわけだが……。


 南側には丁度領都と南端の中間あたりに、開けた場所がある。

 そこを担当していた冒険者のいくつかのパーティに、新たに乗馬が出来る冒険者が加わり、釣り役として魔物の群れをコントロールしている。

 散発的に後ろに攻撃を加えながらの釣りなので、騎馬の方が速く、上手く魔物の群れを伸びさせている。


「はああっ!!」


 そして、その伸びた群れをぶった切るテレサ。

【赤の剣】を発動しての、騎馬突撃だ。


 群れを貫くとそこで一旦馬首を返して、再び突撃……それの繰り返しでどんどん群れがやせ細っていき、待ち構える冒険者たちの下に辿り着いた頃には、数体ずつに分散されて群れとはとても言えない状態になっている。

 それを逃さず各個撃破。


 魔物の死体は散らばってしまっているが、ここの戦場を走るのは馬だからな。

 お構いなし……圧倒的だな。


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「テレサがいるこっちの南端も盤石……となると、オレはあそこのサポートに回ればいいかな?」


 もちろん他の場所もカバーできるように動くつもりだが、流石に身体一つじゃ無理だし、ある程度行動範囲を絞っておいた方が、周りもわかりやすいだろう。

 笛の音なら多少離れていても俺ならわかるしな。

 この南の戦場の南端は腕利きの大規模クランが、中央はテレサが指揮を執っていて、俺の出番もそうそう無さそうだ。

  


 で、南の戦場の北端。

 全体で見たら中央寄りのこの場所は、雑多な集団になっている。

 その分、隣の戦場には騎士団が控えているし、すぐ後ろの訓練場にも予備戦力はいる。

 何かあればすぐに彼等が支援に来てくれるだろうが、消耗しないで済むならその方がいいはずだ。

 それに、規律の取れた戦場よりもこっちの方が、俺も動きやすいもんな。


 加えて……。


「っ!?」


 北から聞こえてくる轟音に思わず身を竦めてしまう。

 音の正体は、ジグハルトの魔法だ。


 先程からいよいよ彼の戦闘も始まっている。


 いやー……凄いわ。

 数組の騎士隊が魔物の群れを引き連れて、上手い事一塊にする。

 そして、そこ目がけてジグハルトの魔法がドーン……。

 多分、俺が中層でやっている引き狩りを、部隊単位で行うとこんな感じになるんだな。


 こちら側は南側と違って、視界が開けていて戦場全体を良く見渡せる。

 むしろ俺が参戦したら邪魔になりかねないし、こっち側は彼等に任せてしまうか。


 やっぱ南だな!


 ◇


 中央の冒険者集団の戦い方は、パーティー単位で前列と後列にざっくり分かれて、広く布陣する。

 基本的に前列が戦闘を担当するが、抜かれた場合は後列が押さえこむ。

 もちろん前列の方が負担は大きいから、合間合間に後列と交代をしている。


 誰が言いだしたわけでも無いが、俺がここに来る前からこんな感じの戦い方をしていたそうだ。

 大分シンプルな戦い方ではあるが、複雑な動きをするよりはこっちの方がいいって事だろう。


 とはいえ、魔物の強さも上がっているし、交代のタイミングで突破される事もある。

 ただ突破されるだけなら、後ろで控えている兵たちが処理してくれるが、たまにそこから反転してバックアタックかましてくる厄介なのもいるからな……。


「そっち! 蹴とばすよ!」


「おうっ!」


 俺の声に威勢良く返してくる冒険者。


「たっ!」


 そちら目がけて、前列と後列を突破したオオシカを思い切り蹴り飛ばした。

 すかさずそれに止めを刺す冒険者たち。


 何もこれは手柄を彼等に譲っているんじゃないし、ましてや俺が手を抜いているわけでも無い。

 単純に俺が一撃で倒す事が出来ないんだ。

 ダンジョンの魔物と違って、核を潰せば一撃でって訳にはいかないからな。


 ともあれ、ここはこれで立て直し完了だ。

 ポーチに詰めたポーションも後数本になってきたし……南端まで一旦行ってから本陣に戻るかな。

 北はー……相変わらずドカンドカン鳴ってるし、問題無いだろう。


 ◇


「セラ副長か」


 グルーっと南の戦場を一回りした後、ポーションの補充も兼ねて本陣に戻ってきたのだが、少々中の雰囲気に変化が起きていた。

 先程までは鎧だけしか着けていなかったのに、完全武装の兵の姿が増えている。


「補充がてら報告に来たよ。……それよりも、団長もそろそろ出陣?」


 部屋の中の兵のようにオーギュストも装備を始めている。

 これはそろそろ前線に出るって事かな?


「ああ。君は北側は見ているか?」


「北は見てないね。近づくと危なそうだし……」


 それが聞こえたのか、周りにいた者たちが何となく北側を向く。

 うん……ここまであのドカンドカンって音が届いているね。


 オーギュストは一つ咳をすると、気を取り直したように話し始めた。


「まあ……あそこには近づけないか。北側からの報告だが、現れる魔物の数と強さが下がってきたそうだ。ジグハルト殿があのペースで削っているからな……主力を南側に集めているのだろう。そのまま突撃してくるか、さらにそこから少数に分けて奇襲を仕掛けて来るか……対処するには私が直接中に入る必要がある。考えたものだな」


 北側が抜けないから南に強力な魔物を集めて、さらなる手を打つのか。

 そりゃ魔物だって、あんなん突破するのは無理だって思うよな。

 襲撃を早めたり戦力を集中したり……オーギュストが言うように、ボスも色々考える。


「逃げるってことは無いの?」


 これだけ色々な手を打つだけの知恵を持つボスだ。

 そりゃ、ボスの座を追われるのかもしれないが、勝ち目のない戦いから逃げるってことは無いんだろうか?


「それは無いな」


 と、笑った。

 確信があるみたいだけれど……魔物の本能みたいなものなのかな?


「南の中央にはテレサ殿が入っているんだろう? 正面には私が入る。セラ副長は南端を任せる。もっとも開けている正面を突くとは思うが……南端から抜けて行く可能性もあるからな」


 突進力を生かしたいなら、障害物が少ない正面から一気に突っ込んで来る。

 領都まで一直線だしな。

 ただ、南端を突かれると、こちらからの救援も遅れるし突破されるかもしれない。

 その場合は領都は防げても、領地の西側が危険に晒される。

 重要な場所だな。


「りょーかい」

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