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 テレサを伴い【隠れ家】の中に入ると、まずは俺の装備や【赤の剣】を物置代わりの部屋から、セリアーナの寝室へと運び出した。

 そして、まずは俺の装備を整えているのだが……。


「姫、服はどうしましょう……。こちらに着替えますか?」


 テレサは俺の服がしまってある棚から、厚手の生地で作られたシャツとパンツのセットアップを取り出した。


「うーん……」


 テレサの言葉にしばし迷う。


 俺の武装と言えば、オオカミの魔王種の毛皮で仕立てたジャケットに、サイモドキの尻尾の皮で作った帯だ。

 ジャケットの上から、帯をバンテージのように上半身に巻き付ける。

 主に、腹部と胸部を前面と背面両方からカバーだ。

 後は、ポーション類を詰めるポーチと念のために傘も持って、完了なのだが……。


 その下に着る服をどうするかだ。

 特に下半身。

 上はともかく両足は恩恵品を装着しているから裸足だし、慣れた場所で慣れた魔物が相手ならともかく、今回のように相手が読めない場合は少々心もとない。

 ……スカートにするかハーフパンツにするか。

 両方にするか。


「服はいつものでいいかな。影は多い方がいいしね。パンツだけもらうよ」


「どうぞ」


 寝間着を脱ぎながらそう言うと、テレサも予測していたのかすぐにいつものメイド服も出してきた。

 この服動きやすいわりに生地も厚くて丁度良いんだよな。

 手早く着替えてジャケットも着込むと、帯をテレサがテキパキと巻き付けていく。

 そして、最後に腰の辺りでしっかりと留めると、俺の準備は完了だ。


「どこか動き辛かったりはありますか?」


「大丈夫。ありがと」


「はい。それでは、姫は先に戻っておいてください。私はコレも含めて準備をしてまいります」


 布を巻きつけただけの【赤の剣】を小さく掲げてそう言った。

 そういや、【赤の剣】の鞘があった。

 色々デザインにこだわっていたし、俺もちょっと楽しみにしている。


 今日の襲撃で素材を調達しないといけないな!


 ◇


 執務室に戻り、またしばしの時間が経った。

 既にテレサも戻って来ていて、いつでも出動できる状態だ。

 その俺たちとは違って、セリアーナにエレナそしてリーゼルの恰好は変わらない。


 セリアーナたちはともかく、前回のクマさんの時は陣頭指揮を執ったリーゼルも、今回は立場が代官から領主に変わっている。

 何よりウチの戦力が、街の警備隊から騎士団にグレードアップしているしな。

 この程度の事では、領主様は現場には出ないんだろう。

 その代わりと言っては何だが、部屋には新たに1番隊の隊員と女性兵たちが配備された。

 俺たちが出動したら、この部屋の戦力が下がるからな。


 ただ……彼等は魔物の相手が専門ってわけじゃ無い。

 比較的リラックスしている俺たちと違って、ピリピリと緊張感を漂わせている。

 ここで「わっ!」とか大声出したら破裂しちゃわないかな?


「……お前、何か馬鹿な事を考えていない?」


 セリアーナが唐突にそんな事を口にしたが……。


「……そんなことないよ?」


 ちょっと考えてはいたけれど……なんでバレたんだろう?

 おかしいな……と首を傾げていると……廊下を走る足音が微かに耳に届いた。

 カチャカチャと金属の音がするし、これは外の兵士だな。

 って事は……。


 顔を上げると、俺以外にも腕の立つ者たちは気付いている。

 新たに警備に入って来た者たちは気付けておらず、何事かとキョロキョロ辺りを見回している。

 ……少々ここの守りに不安を覚えるが、緊張のせいだと思っておこう。


「よく気付けたわね」


「ま……まあね!」


 少し感心した様なセリアーナの声に、詰まりながらも、胸を張って答える。


 恐らく、セリアーナたちは廊下の気配で気づいたんだろうが……俺の場合は音だ。

 彼女たちとはちょっと察知の仕方が違う。

 まぁ、これもしっかり緊張感を保てている証拠って事にしておこう。


 見ればテレサもジグハルトも立ち上がり、いつでも出られる状態になっている。

 これは、そろそろ出発って事だな!


「失礼します! オーギュスト団長より伝令です!」


 駆けこんできた兵士は、大きな声でそう言った。


 ◇


 伝令はやはり俺たちの出動要請だった。

 森の浅瀬で見かける魔物や獣だけじゃ無くて、普段はもっと奥にしかいないような魔物も姿を見せる様になって来たらしい。

 本隊って事なんだろう。


 そして、一先ず俺が本陣に直行して、オーギュストの下へ向かうことになった。


 窓から出て一直線に本陣を目指して飛んでいたのだが……ついでに街の様子も見てみると、意外と混乱はしていない様だ。

 平時より明かりの量は多いし人の行き来も少ないが、静かなもんだ。

 夜間の見回りの兵がいつもより多いってのもあるかもしれないが、これが慣れか……。

 冒険者ギルドや商業ギルドでも補給の部隊なのか、馬車が列を作っているし……住民はまだまだ余裕はありそうだな。


 ただ、街壁が近づいて来ると戦闘音や怒号が聞こえて来る。

 壁の中と違って、外は中々白熱している様だ。


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 街を出てすぐの場所にある騎士団の訓練場。

 訓練場と銘打っているが、そこは訓練場だけじゃなく隊舎や倉庫なども建っていて、今回はその隊舎を本陣代わりにしている。

 扉が開け放たれていて人の出入りも激しいが、混乱した様子は無いな。

 扉の前には伝令役らしき兵たちが待機している。

 降りるならあそこかな?


「おつかれー」


「っ!? セラ副長か」


 上から降ってきた俺に驚きの声を上げる。

 毎度の事ではあるが、夜の登場は驚かしてしまうな……。


「オレだけ先に来たよ。団長は中かな? 入れてもらうね」


 彼等に手を軽く上げて挨拶して本陣に入ると、中ではオーギュストたちが、資料を片手に机を囲みアレコレ伝令に向かって指示を飛ばしていた。

 中の皆も忙しそうで、入ってきた俺に気付いていない。

 忙しそうだし、挨拶はちょっと落ち着いてからにしようかと壁際に移動した。

 あんまりのんびりする余裕は無いだろうが、まぁ……ジグハルトやテレサが来るまでまだ時間もあるしな。


「セラ副長か。……1人か?」


 だが、折角気を使っていたのにオーギュストはすぐに俺に気付き、声をかけてきた。


「お疲れ様。オレだけ先に来たよ。ジグさんとテレサは隊員とか馬の用意をしてから来るって」


 彼等は指揮官役も兼ねていて、部下を率いらないといけない。

 俺みたいに1人でフラフラするのとは役の重さが違う。


「わかった。来てくれ。まずは状況を説明しよう」


 その言葉に、机を囲んでいる者が少し下がり、俺が入る場所を用意した。

 忙しいだろうにわざわざ説明してくれるようだ。


 そちらに行くと、オーギュストは「見てくれ」と地図を指した。

 地図は一の森を含む魔境の浅瀬が記されていて、白と黒の駒がいくつも乗っている。

 黒い駒は森に点在しているし、魔物の群れだろう。


「ここにも音が聞こえているし、君なら上から見えたかもしれないが、徐々に森から出てくる魔物の数が増えてきている。これまではさほど強い魔物もおらず、浅い代わりに広く布陣する事で対処していたのだが……」


 オーギュストは黒の駒を数個摘まむと森の上に置き、そして領都側に動かした。

 動きは一直線で、道ってのを考えていない様だ。

 まぁ……魔物だしな。


「森の奥の魔物も出て来たんだね」


 伝令が言っていたもんな。

 奥の強い魔物が出て来たって。


「そうだ。魔物側にはまだまだ駒が残っているにもかかわらず、早い段階で決めにかかってきた。このボスは中々頭がいいな」


「……なるほど」


 戦力の逐次投入は駄目だっていうもんな。

 数の利を生かしての、混戦に持ち込みたいんだろう。

 確かにオーギュストの言う通り、お利口さんじゃないか。


「ジグハルト殿とテレサ殿には今回は隊の指揮を任せるが、セラ副長はいつも通り伝令役とポーション類の配送や加護での援護だな。もし途中で崩れそうな場所を見つけたら独自の判断で動いて貰って構わないが……出来れば南側を任せたい。どうだ?」


 そこで一旦説明を区切るオーギュスト。


「うん。大丈夫」


 俺に隊の指揮なんて出来ないもんな。

 配達と加護、そして適当に戦闘参加。

 いつも通りだ。


 南側ってのも、北側は平地で馬を走らせ易いが、南は森やら川やら色々あるからな。

 俺向きって事だろう。

 そっちも文句無しだ。


 返事を聞いたオーギュストは頷くと、再び口を開いた。


「冒険者は戦士団を中心に動いて貰っているが、そちらへの支援も頼む。ジグハルト殿が到着次第、彼にそちらを任せることになるから、もし何か聞かれたらそう答えてくれ」


「ほいほい」


 騎士団や冒険者の受け持ち範囲やリーダー役についてなど、その後も10分程説明は続いた。


 ◇


 差し当たっての仕事として、戦線の一番端を担う集団の下へ、ジグハルトたちの参戦を伝えに向かった。


 ここは領都の南に1キロほどの場所と少々距離が離れていて、しかも間に森を挟んでいたりと、視界が通っていないから、異変に気付きにくい。

 その代わり、ここの担当は領都でも評判の冒険者クランのメンバーだ。


 腕利きでばかりで、何よりメンバー数も多い。

 大きく戦闘組と待機組に分かれていて、さらに戦闘組は複数のパーティーに分かれて戦っている。

 同じクランだからか、それぞれ連携もしっかりとれていて、この場を任せるには十分な実力だ。


 俺が到着した時はまだ戦闘中だったのだが、実に危なげなく魔物の群れを捌いていた。


「おつかれさまー」


 戦闘が終了したのを見計らい、上から声をかけながら降りていく。


 先程まで戦っていたメンバーは後ろに下がり、代わりにそれまで後ろに控えていたメンバーが、魔物の死体を一ヵ所に纏めるために引きずっている。

 これを怠ると、戦闘中に躓いてエライ事になっちゃうんだよな。


「……よう。お前さんが来たって事は、ジグの旦那も出陣か?」


 俺の声に顔を上げるが、リーダー格のおっさんが代表して答えた。

 見た感じこの集団でも1、2を争う位の強さだが、武器を抜いていない。

 まだまだ温存中って事かな?


「そうそう。伝令役ってことで、オレは顔見せだね。何か困った事は?」


「いや、ウチは問題ねぇな。人員もポーション類も余裕がある」


「ぉぅ……それは何より。オレは南側を中心に飛んでるから、何かあったら呼んでね? 笛は持ってるかな?」


「ああ。おい!」


 おっさんは奥で周囲の警戒をしている1人に声をかけると、口元に手を当てて笛を吹くジェスチャーをした。

 それを見た彼は、胸元から笛を出して掲げた。


 うんうん……ちゃんと持ってるみたいだな。


「さすがさすが。じゃ、こっちは大丈夫そうだね」


「おう。旦那方によろしくな」


「ほーい」


 まずはここはチェック完了だな。

 俺は念のため彼等に【祈り】をかけると、一気に飛び立った。

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