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結局夜中に起こされること無く、いつもより少しだけ遅くに目を覚ました俺は、ガウンを上から羽織り厨房に向かった。
部屋に運んでもらっても良かったんだが、どうやら今日は訪問客が多い様で、屋敷内がバタついている。
セリアーナたちも隣室にいなかったし、恐らくリーゼルの方の執務室に居るんだろう。
魔物の襲撃はまだ起きていないが、それに向けての何やかんやがあるのかな。
廊下を進みながら時折すれ違う使用人たちに挨拶をして、厨房へ辿り着いた。
こちらは他と違って平常通りのようで、静かなものだ。
時間帯ってのもあるのかな?
まぁいいかと、中に声をかけながら入っていった。
「おはよーございまーす。ごはん食べに来ましたー」
「おう。朝飯と昼飯、どっちがいい?」
一服中だった料理長が、俺に向かいそう言った。
今は……お昼をちょっと過ぎたくらいの時間だな。
起きたばかりだし……。
「朝食の方ください」
厨房に漂う香りから、昼食はちょっと重そうな気配を感じて、メニューは朝食の方を選択した。
「おう。場所はここでいいな? 今日は少しお客様が多いからな。旦那さまだけじゃなくて他の方々もお相手されていて、部屋が埋まっているらしいんだ」
それだけ言うと、俺の返事を待たずに食事の用意をしに席を立った。
代わりってわけじゃ無いが、その空いた席に別の調理人が座り話しかけてきた。
「なあ……何か起きるのか? 今日も屋敷に来る時にいつもよりも警備の兵が多かったし……出入りの商人は武装している冒険者が多かったなんて言っているしよ……。昨日アレクシオ様も兵を連れて街を離れただろう?」
彼だけじゃなくて周りにいる者たちも、その彼の言葉に同意するように仕事をする手を止めて、不安気な顔で頷きながらこちらを見ている。
屋敷の様子から何となく、異変が起きているのを察しているんだろうが……襲撃の件はまだまだ話は上の方で止まっているみたいだな。
ってことは、俺がここでぺらぺら話すのも良くないか。
「んー……なんか話す事があったら、旦那様から伝えられるんじゃないかな? それに、アレクは街を出ているけど、ジグさんも団長もいるし、心配ないよ」
わざわざ名前は挙げなかったが、フィオーラにテレサもいるし、むしろ領都の戦力的にはまだまだ過剰なくらいだ。
だが、それでも彼等は不安があるらしい。
この街なんて目と鼻の先に魔境が広がっていて、魔物の脅威に対しては耐性があると思っていたけれど……。
そう言えば、この屋敷で働く人間の半分くらいは、他所の出身の者だったりするし、彼等もそうなのかも知れない。
それを思えば、彼等の狼狽っぷりも理解できるが、一応この街はもう結界が張られているんだけどな……。
アリオスの街の住民も、こんな感じになっているのかもしれないな。
アレクを派遣したのは正解だったと思うが……しかしアレク人気あるな。
「おい!」
まだ何かを聞きたそうにしている彼等を無視して首を傾げていると、料理長が俺の朝食を手にこちらにやって来た。
そして、放った野太い一言に、料理人たちは慌てて立ち上がると、すぐに持ち場へと戻っていく。
よく仕込まれてるなぁ……。
「料理長はこの街の生まれ?」
俺の前に料理の乗った皿を置いていく料理長に、ふと湧いた疑問をぶつけた。
部下の料理人たちが何かしらの異変を感じているのなら、上にいる彼もわかるはずだ。
だが、全く動じた様子を見せていない。
この街の出身で、魔物には慣れているのかな?
「違うぞ」
これまた一言。
違うのかよ……。
にも拘らずこの落ち着きっぷり。
やっぱり偉くなるには肝っ玉の太さとかも必要なのかな?
「隣の街だ。だが、俺は元々アリオス様の隊で料理をしていたんだ。まあ……お前さんならそれでわかるんじゃないか?」
「……あぁ」
凄い説得力だ。
アリオスの街は、じーさんが拠点代わりにしていた街だっていうもんな。
そこの生まれで、じーさんと行動をしていたと……荒事は慣れっこか。
◇
「姫」
朝食を平らげて、出して貰ったお茶を飲んでいると、厨房にテレサが入ってきた。
俺相手だと砕けた雰囲気の厨房の面々だが、流石に彼女相手にはそうもいかないのか、料理長までも手を止めて直立している。
「朝食はもう済みましたか?」
「うん」
「それでは、旦那様の執務室に参りましょう。セリア様もお待ちですよ」
「……何か用事かな?」
セリアーナが待っている……これはまたお使いかな?
でも俺、まだ寝巻だぜ?
だが、テレサは首を横に振り、「いいえ」と答えた。
「いつも通りで構いませんが、今日はあちらの執務室に待機してもらいます。ジグハルト殿やフィオーラ殿も一緒ですよ」
「ほーぅ……」
一ヵ所に纏まっておけってことなのかもしれないな。
「わかったよ。んじゃ、料理長。ごちそーさま」
「おう。今度はちゃんと朝起きて食えよ」
「……まぁ、うん。テレサ、行こっ」
料理長への返事は濁しつつ、足元に転がしていた【浮き玉】に乗ると、テレサの背を押しながら厨房を後にした。
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「……わぉ」
リーゼルの執務室の中で働く者は、昨日よりもさらに増えていた。
冒険者ギルドに商業ギルド……後はいつもは本部に詰めている騎士団の連中かな?
騎士団の制服を纏ったおっさんたち……おっさん率高し。
セリアーナとエレナもいる事はいるが、冒険者ギルドのおっさんたちと何かの協議を行っている。
入室した際にこちらに一瞬顔を向けたが、すぐに協議に戻っていた。
忙しそうだ……。
「姫、あちらへ」
おっさん率の高さに気圧されて、入ってすぐの所で動きを止めていると、テレサが奥の応接スペースを指した。
そちらでは、ジグハルトとフィオーラがテーブルに地図や何かの資料を広げている。
彼等もお仕事をしている様だが……周りに人はおらず、スッキリだ。
「おはよー」
テレサは何か用事があるのか奥の部屋に行き、俺だけとなったが、近付き彼等に向かって挨拶をすると、2人も顔を上げて返してきた。
「よう」
「おはよう。でも、もう昼過ぎよ?」
「オレはさっき起きたの……」
フィオーラのつっこみを躱して、空いている席に座った。
「これ、リアーナの地図?」
テーブルの上に広げられた地図は、街の位置と森、街道が載っているリアーナの簡易地図の写しだ。
よく見ると、領都やアリオスの街の周辺の何ヵ所かに印がつけられている。
この位置は確か……。
「あ、魔物の群れがいる所の予測位置か」
森の奥の少し開けた場所だったり、水場があったり……群れが留まりそうな位置だな。
俺自身は行ったこと無いが、冒険者ギルドで魔物に気を付ける様にって言われているポイントだ。
「よくわかったな。まあ……魔物相手じゃ攻め込むわけにもいかないが、それでも大体の警戒の目安にはなるだろう? 襲撃を凌いだ後に調査隊を送りもするしな」
「ほうほう……ウチの方はまぁ……いいとして、アリオスの街の方は大変そうだね。……アレク大丈夫かな?」
領都が警戒するのは、東の拠点の1キロ程南にある開けた場所だ。
一の山から繋がるルートですぐ側に水場もあり、よく魔物が集まる場所と言われていて、狩りのポイントにもなっているが、反面襲われやすい場所でもある。
さらに、多少規模は小さくなるが、魔物が群れるのに丁度いいポイントへのアクセスもいい。
襲撃時にボスが留まるとしたら、ここが最有力だ。
ただアリオスの街側は……北東部に広がる森の何ヵ所もそのポイントがある。
どこも条件は同じようなもので、これを全部警戒するの大変じゃないかな?
「あいつなら上手くやるだろ。なあ?」
だが、心配する俺に対しジグハルトは気楽な様子で答えた。
そして、地図に夢中になっていて気づかなかったが、いつの間にやらオーギュストがこちらにやって来ていた。
「あら団長……おはよー」
「ああ、おはようセラ殿。それで……アレクシオの事だったか? 確かに、警戒範囲はこちらより広いし、その割に正規兵の数も少ない。だが、魔物の強さはこちらほどでは無いし、アレクシオなら冒険者を上手く統率できるだろう。簡単にとは言わないが、心配はいらないさ」
「……ほぅ。なんかさ……アレクって評価高いよね。いや、あのにーちゃんが優秀なのは知っているけれど……」
なんかオーギュストだけじゃなくてリーゼルもだが、アレクに関しては丸投げって感じの事が多い気がするんだよな。
普段は結構細かいんだけど……なんでだろ?
「それは彼が平民出身だからですよ」
そう首を傾げていると、後ろからテレサが声をかけてきた。
振り向くと、手に箱を提げている。
アレを取りに行っていたのか……。
それはともあれ、平民出身だと評価が上がるんだろうか?
◇
アレクが平民出身ってのと彼の評価が高いことにどんな繋がりがあるかって言うと……割と納得できる理由だった。
他国出身とはいえ、ゼルキス領でそこそこ長く過ごして実力を広く認められている冒険者。
そして、貴族のお嬢様と結婚して新公爵領の騎士団の一角を担うまでになった。
その背景が重要らしい。
共通項とでも言うんだろうか?
この国の高位貴族出身で、順当に騎士団の幹部の座に収まった者よりも、平民からスタートした者の方が自分と重なる境遇もあって、言う事を聞きやすかったりするそうだ。
特に冒険者ともなれば、自分に自信があるものも多い。
今回のように対魔物の場合だと、騎士団が指揮を執っても自分たちの方が専門だと反発する事もある。
それを押さえるには、その指揮を執る者に身内意識、仲間意識を持たせると上手くいく。
「この役割は、他の者には務まりません。もちろん、アレクが優秀だからこそ任せられるのですが」
テレサの言葉に、オーギュストは頷いている。
一方ジグハルトは、何とも言えない顔だ。
彼の場合はなぁ……。
結婚こそしていないが、アレクと似たような背景を持っているが、如何せん強すぎる。
このおっさんに自分を重ねられるものはいないだろう。
簡単な魔法ならともかく、魔物の群れを消し飛ばせるほどの魔法を撃ちまくれるとなると、もう物語の住人だ。
一緒に協力して戦うよりも、ただただ従い眺めるだけになってしまう。
ジグハルト自身は、結構仲間を率いて戦うってのも好きらしいが、今回のような場合は向いていないんだろうな。
ドンマイ、ジグハルト。
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