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南館1階の応接室。
応接室や談話室は中央棟にもあるが、こちらは主にセリアーナ側の人間……つまり俺たちが外部の者を屋敷に呼ぶ際に利用している。
いわばプライベート用の部屋だな。
そこでは今、テレサが商業ギルドの人間と職人を呼んで、商談を行っている。
昨日俺が見事ガチャで引き当てて、テレサに渡した【赤の剣】だが……この剣には鞘が付いていない。
どうやら鞘は剣に含まれ無いらしい。
そこで、今日は職人をこの部屋に呼び、鞘の制作についての打ち合わせを行っている。
剣ってのはあくまで刃が本体であって、鞘や柄は付け替えたりもするらしく、専門の職人がいるそうだ。
もちろんこの街にもいる。
本来の工程だと、いくつかあるパターンの中からデザインを選び、そこに家紋を入れたりちょっとずつ手を加えていく。
それから工房に剣を預けて、その剣のサイズに合った鞘を新たに制作するそうだ。
フルオーダーでは無くて、パターンオーダーだな。
まぁ、剣の形状なんて大体一緒だし、それで十分なんだろう。
その流れってのは、平民でも貴族でも基本的に変わりは無い。
精々、持ち主が直接出向くか家人が代理人として持って行くかくらいだ。
だが、今回は物が物だ。
恩恵品……こいつはちょっと他人に預ける事は出来ないし、職人たちだって預かりたくないだろう。
制作の前までの工程を、今日ここで済ませてしまおうって寸法だ。
で、面白そうだから、俺も同席させてもらっている。
「姫はこちらの中でどれか気に入った物はありますか?」
あくまで俺はオマケのつもりだったのだが……どうも決定権は俺にあるらしい。
机の上には、職人が一応のサンプルとして自身の工房から持って来た鞘が、ズラリと並んでいる。
金属製の物もあるが大半が硬く軽い木製で、地の肌が見えているのもあれば、塗装している物、革を張っている物、彫刻や彫金が施されている物……様々だ。
それ等を見ながら、テレサが言うようにどれが良いかを選ぼうと、しばしの間見たり触ったりするが……。
「うーん……」
「……お気に召しませんでしょうか」
唸る俺に、商業ギルドのおっさんが恐る恐る尋ねた。
もっとも、俺の機嫌じゃなくて、テレサの機嫌を損ねるのを恐れているみたいだな。
先程からチラチラテレサの顔色を窺っている。
そんなおっかないんかね?
「気に入らないわけじゃ無いけど……なんかどれも普通だよね。こんなもんなの?」
いまいちピンと来ない。
何ていうか……普通の鞘なんだよな。
ファンタジーさというか、マジカルさというか……そういうのが何も無い。
折角の恩恵品なのに、普通の鞘ってのはもったいない気がする。
俺の無駄なこだわりかな?
振り向きテレサにそう言うと、彼女は一つ頷き手にしていた鞘を置くと、【赤の剣】を手に取りながら口を開いた。
「どれも出来は悪くありません。職人の腕は確かなのでしょう。ただ……姫が仰るように、どれも通常の剣のための鞘ですね。この【赤の剣】を納めるには少々相応しいとは言えません」
「はっ……はい! ここに並べた物はあくまで参考用ですので、その剣に相応しい鞘を新たに拵えます」
いつもの穏やかな感じは鳴りを潜め冷たく言い放ったテレサに、慌てて答えるおっさん。
おっさんを憐れむ趣味は無いが……青い顔してるな。
一方職人のおっさんの方は、どこ吹く風といった様子だ。
彼の場合はあくまで下請けで、直接責任を持つのは商業ギルドのおっさんの方だからかな?
ともあれ、テレサはおっさんのそのオリジナルの鞘を造るって言葉に満足した様だ。
もしかして、このためにわざとあんな言い方をしたとか?
◇
さて、話は進み大まかなデザインは完成した。
鞘の形状そのものは、ほとんどサンプルで持って来た鞘と大差は無い。
ただ、剣帯に付けるだけじゃなくて、背中に背負えるようにもしている。
テレサ的に、そこはこだわりたかったようだ。
「どっちかにするのじゃ駄目なの?」
「はい。この剣は通常の剣よりも長いですからね。徒歩の場合は背負う方がいいでしょう。ですが、騎乗した時には腰にある方が便利です。姫、この【赤の剣】は騎乗時にも威力を発揮するのですよ」
「…………ぉぉっ!?」
言われてみると確かに。
俺が見てきた騎士は、ほとんどが槍を使っていた。
走りながら叩きつけるよりも、そのまま突く方が威力はある。
剣を使う時もあるだろうが、どうしても上半身の力だけで振るうし、強力な相手を仕留めるのは難しいだろう。
だが、この剣の効果なら、踏ん張りがあまり利かない馬上でも、高威力の一撃を放てる。
長さもあるし、ピッタリだ。
「テレサ様、素材はどうしますか? 私は恩恵品は詳しくありませんが、強い魔力を持つ物に普通の素材でとなると、駄目になりやすいとは聞きますよ」
技術的な話になってからは、職人のおっさんも加わっている。
そのおっさんが、危惧する事を伝えたが、テレサは予測していたのかすぐに答えた。
「近日中に魔境の素材が大量に入りますよ。それを使ってください。ああ……それと、柄に巻く滑り止めもそれで用意してください」
まぁ……きっとゴッソリ手に入るだろうな。
中には状態の良い物もあるだろうし、期待できそうだ。
「は……? あ、はい!」
商業ギルドのおっさんは一瞬何を言っているのかわからないと、呆けた顔を見せたが、すぐに真顔に戻り返事をした。
なるほど……一般層にはまだ襲撃の事は伝わっていないんだな。
さらにその後は細かいサイズなどを計り、打ち合わせは完了となった。
大分凝った代物になったし、完成まで少々時間はかかるそうだが、それでも最優先で取りかかってくれるらしい。
俺が装備するわけじゃ無いが……鞘とは言え専用武具。
終始テンパり気味だった商業ギルドのおっさんには申し訳ないが、ちょっと楽しみだ!
578
「うーむ……まーじで、いねぇなぁ……」
領都とアリオスの街の間に広がる森。
そこのアリオスの街側をクルクルと飛びながら上空から索敵を行っているが、小動物の姿はあっても大型の獣や魔物の姿が見えない。
下ではアレクを筆頭に、2番隊や街の兵士や冒険者に猟師といった連中で組織された調査隊が、いくつもの班に分かれて森に入っている。
武装した人間が大勢いると、魔物は姿を見せない事もあるが……今回魔物の姿が見えないのは、人間が大勢いるからってわけでも無い。
彼等は魔物たちの痕跡を探っているが、俺が気付くより前……大体10日ほど前に、さらに奥に移動していた事が判明している。
この辺は街から微妙な距離で、冒険者たちが狩場にするには向いていない。
さらに、森の側を通る街道は、冬とは言え多少は人も通るが、わざわざその彼等が森に踏み入ることは無いしな。
だからこそ、気付けなかったんだろう。
目を凝らして森の奥を見るが、流石に数キロも離れると単純に視力の問題で、居るのかどうかがわからない。
森のすぐ上を飛び続けるってのは、トリとかの不意打ちに備えないといけないから危険ではあるが、風と盾で守りは十分だし、もっと奥の方まで探るのは可能だと思う。
だが、今日の俺は興味があったからただついて来ただけだしな……。
スタンドプレーは控えた方がいいかな?
そう決めると、索敵を切り上げて地上の隊と合流する事にした。
◇
「ただいま。上から見たけど、この辺にはいないね」
「だろう?」
アレクに上空からの索敵の結果を報告すると、苦笑しながらそう答えた。
周りには捜索隊の班長達も揃っているが、皆似通った表情だ。
この魔物たちがいないってのは、死んだとかではなくて森の奥に集まり一つの群れになっているからだ。
つまり、襲撃の前段階と言っていいだろう。
もっとも、魔境の魔物と違って普通の魔物だから、備えてさえいれば対処できなくは無いんだが……なんだかんだでアリオスの街は最前線ってわけじゃ無いし、そこの住民達も異常事態への耐性は領都の住民ほど高くない。
いざ襲撃が起きれば、兵士は街の中の治安維持にも人手が割かれることになる。
そうなると、中々厳しい戦いになるだろう。
「もう少し奥まで行ってみようか?」
そう提案するが、アレクは首を横に振った。
「お前しか行けないだろう? 魔物の群れがいる事はわかっているし、それで十分さ。それに、戦いになるとしたら街の周辺だからな」
「そっか……アンデッド化にも気を付けないといけないもんね」
「そういうことだ」
アレクが言うように、戦うとしたら街の周辺での防衛戦といった形になる。
これが前世だったなら、集合地帯へ進軍って事も出来たかもしれないが……この世界はなぁ……。
死体を放っておくとアンデッド化してしまう可能性があるから、回収可能な場所か焼却処理できる場所が必要だ。
森の奥でそれをするのはちょっと無理があるな。
俺はまだ見た事が無いが、アンデッドってのは随分厄介な魔物らしい。
特に街への襲撃で発生するのはだ。
倒してすぐになるわけじゃ無く、しばらくしてからアンデッドになり、そして警戒を解いた頃に襲い掛かって来る。
ただでさえ、普通の武器で倒すのが難しいアンデッドだからな。
魔物の襲撃ってのは、魔物の生息地が近くにある場所ならどこでも起きる問題だ。
まだ対処法が確立されていない頃は、魔物の群れ目がけて突貫して、人間側も多くの犠牲を出して倒していた。
そして、魔物の死体は適当に処理してしまい……人間の死体共々アンデッド化して、大惨事を引き起こした事もあったらしい。
そういった事を何度も繰り返して、最終的に街の近くの比較的視界の開けた場所で迎え撃つって形に落ち着いた。
歴史の話だな。
「まあ、こっちの事は上手くやるさ。だが……領都への援軍は厳しいかもしれないな。ジグさんやオーギュストがいるから、心配はいらないと思うが……」
「うん。冒険者の数も多いしね。旦那様たちもそれは想定しているはずだよ」
領都以西でも襲撃が起こる可能性がある。
そう結論付けたリーゼルたちは、2番隊を分けて、そちらの対処に当たらせることにした。
そして、アレクが率いるこの隊が、そのままアリオスの街に駐留することになる。
数は足りないが、魔物たちの強さも控えめだろうし、ある程度数を減らせば散らばっていくらしい。
それに、本命のボスオオカミは領都側の戦力が受け持つ。
ボスを潰せば群れも壊走するし、こちら側もそうなるはず。
最初は冒険者主導で対処する予定だったが、もう騎士団もしっかり関わる事に決めた。
ジグハルトとオーギュストがきっと大活躍するだろうし、いざとなればテレサとフィオーラもいる。
きっと上手くやってくれるだろう。
さて、その後もしばらく地上からの調査を行っていたが、これ以上は何も無いだろうとなって、彼等はアリオスの街へ、そして俺は領都へ引き返すことになった。
◇
「あら? まだ起きているの?」
調査を終えたその日の夜。
セリアーナの執務室で窓から外の様子を見ていると、リーゼルたちと何かの協議を行っていたセリアーナたちが部屋に入ってきた。
テレサだけじゃなくて、エレナとフィオーラも一緒だ。
いざという時のセリアーナの護衛だな。
「うーん……外が気になってね」
防犯のためとはいえ、寝室には窓が付いていない。
その事がわかっているだけに、窓に張り付く俺を見たセリアーナに、いつもの呆れた表情は見えない。
「そう……気持ちはわかるけれど、必要になったら起こすからお前は寝ておきなさい」
屋敷の周りの警備の兵はもちろん、街をうろつく冒険者の数が普段より多いが、今のところ街の外に変わりは無い。
今日は襲撃は無さそうかな?
「それもそうだね……。んじゃ、お先に寝させてもらうね」
「ええ。おやすみなさい」
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