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 10枚の聖貨を右手に掴み、聖像を一睨みしながら、今の俺が手にしている恩恵品や加護を思い返す。


 戦闘に関しては近距離中距離遠距離……完璧では無いがカバー出来ている。

 機動力と守りはほぼ完璧。

 索敵もヘビたちと併せてバッチリだ。

 バフにデバフも備えていて……あれ?

 俺って完成してないか?


「……どうしたの?」


 思わず首を傾げてしまった俺に、セリアーナが声をかけてきた。


「い……いや、なんでもない。だいじょぶ」


 大丈夫大丈夫。

 ちょっと深呼吸をしよう。


 あれだ……俺の弱点は接近戦だ。

【影の剣】も【緋蜂の針】も威力はあるが、戦闘向きかと言うと一概には言えない。

 むしろアレは不意打ち向きだ。

 もっと正面から戦えるような何か。

 そう……例えば槍とか。

 なんかそういうのが欲しい。


 よし……イメージは出来た。

 やるぜ!


 両手を腰だめに構えて、目を瞑り大きく息を吸って……。


「きぇぇぇっ!」


 気合いの声と共に、右手を正拳突きのようにグっと突き出した。

 なんか視界の端でビクっと動く者が見えたが、気にしない!


 右手に握った聖貨の感触が消えると共に脳内に鳴り響くドラムロール。

 久々の音だ。

 ゆっくり心落ち着くまで聞いておきたいが……いつになるかわからんしな。


 カっと目を開くと、ストップと強く念じた。

 鳴り止むと同時に頭に浮かんだ文字は……【赤の剣】。


 ……剣!!

 これは来ちゃったんじゃないか!?


 赤と言えば、アレクが使っている【赤の盾】を思い出す。

 今でこそカッコイイ盾の形だが、開放前は長方形の大きな板のような形だった。

 これもちょっとどんな形で現れるかわからないし、念のために一歩下がった。


「当たりね……。恩恵品よね? 何だったの?」


 その様子を見て、セリアーナは恩恵品だとわかったんだろう。

 何が出たのかを尋ねてきた。


「うん……あっ」


 答えようとしたその時、1メートルほど前の顔の高さの場所に、光る何かが現れ始めた。

 剣……なんだろうが、棒状で結構デカいな。

 現れてすぐは重さは無いが……それでもこの大きさか。


「姫、私が」


 持てるかな……と少々ビビっていると、テレサが前に出て受け止めた。

 彼女は、受け止めたそれを床に置かずにそのまま持っているが、そこまで重くないのかな?


「テレサ、そこに置いていいわ」


 セリアーナはテーブルの空いたスペースに置くように指示した。

 それを受けて、テレサがテーブルに置くが……何というか、木剣?


「それで……これは何なの?」


「あ、うん。【赤の剣】だね。アレクの盾とお揃いだね」


 恩恵品【赤の盾】。


 俺が拾われてすぐの頃に、セリアーナのガチャでゲットした盾の恩恵品だ。

 頑丈で優秀な盾だが、ただそれだけでは無くて特殊効果もある。

 その効果は、対象の注意をその盾に引き付けるものだ。

 アレクはその効果を巧みに使い、複数の魔物だったり強敵の前に立ち、パーティーの盾役として大活躍をしている。

 名前に赤が付く恩恵品は、主にフィジカル系の代物で、きっとこれもそんな物なのかな?


「【赤の剣】……これがそうなのね」


「あれ? 知ってるの?」


 俺は初めて知ったが、セリアーナはどうやらコレを知っている様だ。

 ……有名なのかな?


「ゼルキスの騎士団に代々伝わっている恩恵品だよ。つまり、ミュラー家の物だね」


「わっ!?」


 いつの間にか後ろに回り込んでいたエレナが、俺の頭の上から言葉を発した。


「団長が所持しているけれど、いつも鞘に納めているから、抜いた姿は私は見た事無いね。セリア様はどうですか?」


「私も無いわ。おじい様が所持していた事もあるから、効果は知っているけれど……」


 じーさんが使っていた時期もあるのか……。

 って事は何となくこれって、マッチョ向けの恩恵品なのかな?

 テーブルの上に置かれた剣から視線を上げると、こちらを見ていたセリアーナと目が合った。

 何やら苦笑しているが……そのまま説明を始めた。


「【赤の剣】はアレクの加護と似たような効果があるそうよ」


「アレクの加護って【強撃】だよね?」


 攻撃の際にその威力が上がり、さらに瞬間的にだが、肉体の強度も上がり反動に耐えられるようになる、シンプルながら強力な加護だ。

 加護の場合は武器種を問わず何にでも使えるが、恩恵品の場合はそうじゃない。

 その分、加護を使いこなす手間は省けるし、この【赤の剣】の場合なら、剣の腕次第ですぐ使いこなせるようになるだろう。


「ただ……まあ、いいわ。先に開放を済ませましょう」


 何かを言い淀んでいるが、一通りの説明を済ませたところで、セリアーナは開放するために剣に手を置いた。

 そして、手を触れるや否や木剣は一瞬だけ強く光り、形を変えた。


 両刃で、サイズは柄もあるからか元より少し伸びていて、刃が大体1メートルちょっとか?

 一般的な両手持ちの剣と同じくらいか。

 飾り気の無い剣ではあるが……銀色の刃の中央に赤のラインが入っている。

 中々お洒落じゃないか。

 そして、柄の長さが40センチ程。


 セリアーナが先程何か言い淀んでいた理由がわかった。

 これ、両手で踏ん張れば持てない事は無さそうだが、俺にはちょっと重すぎる。

 そして、大きすぎる。

 俺より大きい。


 ……これは俺向きじゃ無いね。


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【赤の剣】……割かし真っ当な武器で尚且つ強いという、俺のウィークポイントを補う、正に望んだ物ではあったのだが……。

 そのウィークポイントが原因で、まともに扱えそうにない。


「テレサ、その剣はあなたが使うといいわ」


「はい。姫、よろしいでしょうか?」


「うん」


 俺がぐぬぬ……と剣を睨んでいる間に、セリアーナは処遇を決めた様だ。


 テレサが自分が所持しても構わないか? と聞いてくるが……うん、問題無いだろう。

 両手持ちの大剣だし女性のテレサが振り回せるだろうか? と一瞬思ったが、彼女は俺を片腕で簡単に抱え上げられるし、戦闘時も盾と剣を片手ずつ手にして戦っていた。

 単純に筋力という点では、両手で持つのなら十分だ。

【祈り】も使えば、もしかしたら片手でもいけるかもしれないな。


 はぁ……カッコイイ剣か。


 結構ピンポイントで今の俺が欲しい物を引き当てたものの、この身で扱う事は難しく、諦めなければならないという悲しい現実に少々凹んでいたのだが……、黄昏る俺の頬を、隣に座ったセリアーナが突いている。


「……なに?」


「お前が生意気にも落ち込んでいるのが面白いのよ」


「ぬぅ……!」


 とんでもないこと言うな……このねーちゃん。


 と、思ったのだが、少々申し訳なさそうな顔のテレサが目に入った。

 ……まぁね、別に怒っているわけじゃ無いし、落ち込んでいるわけでも無いんだよ。


「落ち込むっていうかさ……折角カッコイイ剣なのに、自分じゃ使え無さそうなのがね……はぁ……」


 やっぱ落ち込んでるわ。

 ドッカンドッカン出来そうな武器なんだけどな……。


「まあ……お前が使うのはね……」


 セリアーナは、頬を突いていた手を今度は俺の手に持って行く。

 そして手を取ると、自分の手のひらと大きさを比べたりしている。


「……小さいねオレの手」


 もうこの体も慣れたもんだし、今更どうこう言う気は無い。

【浮き玉】のお陰で特に困る事も無い。

 ただ……時折こう……ピンポイントでそこをついて来る事態ってのが起きるんだよな。


「そうね。お前が使うのは諦めなさい。代わりにテレサが活用するはずよ」


「はーい……」


 気の抜けた返事をして、そのままセリアーナの膝にゴロンと頭を乗せた。


 ◇


「失礼します。夕食の用意が出来ました。皆さまご案内します」


 ガチャからしばらく経って、部屋に中央棟の使用人が夕食に呼びに来た。


「ええ。セラ、テレサ。その剣は奥に置いて来て頂戴」


 セリアーナの言葉に、体を起こした。

【隠れ家】にしまっておくのか。

 まぁ……今は保管体制が整って無いもんな。


「はーい。テレサ」


「はい」


 テレサにも意味はちゃんと伝わっているようで、すぐに剣を手にして立ち上がった。

 下賜も済ませて、今では実質彼女の物となった【赤の剣】だが……全く重そうなそぶりを見せない。

 やはりコレは彼女の手にあるのが相応しいかもしれないな。

 ガチャってから2時間くらい経って頭も冷えたのか、素直にそう思える。

 そもそもアレを俺が持ったら引きずっちゃうしな……。


「んじゃ、奥に入るよ」


 寝室の奥の壁に手をつくと【隠れ家】を発動して、テレサと共に中に入った。


 ◇


 夕食の席にはリーゼルはオーギュストとミオの2人に文官が数名と、彼の直属の部下を呼んでいた。

 そして、それに加えてアレクとジグハルトにフィオーラも一緒だ。

 俺たちがリーゼルの執務室から出た後、彼等を呼び出してアレコレと対策を練っていた様で、そのままココへ呼んだんだろう。

 ご苦労様だ。


 さて、このそうそうたるメンバーでの夕食だが、ここ最近のリセリア家は食事の席では基本的に仕事の話はしない。

 明文化しているわけではないが、何となくそんな感じになっている。

 もちろんのっぴきならない事態の場合は別だろうが……今日の夕食の席では、いつも通りだった。

 どうやら、今のリアーナにはよほどの事態は起きていない様子。


「聖貨を使ったのかい?」


 初めは他愛のない話をしていたのだが、途中から話題が俺のガチャに移った。

 まぁ……ネタには丁度良いだろうしな。


「ええ。【赤の剣】が出たけれど、セラでは無くてテレサが所持することになったわ」


【赤の剣】の名が出た時、少しだが部屋の中がざわついた。

 やっぱり【赤の剣】は有名なのかもしれない。

 効果に関しても、シンプルでわかりやすいからかな?


「確かにテレサなら十分に使いこなせるだろうね。だが……セラ君は良かったのかい?」


「しばらくはむくれていたわね」


 笑いを噛み殺す様にセリアーナは言うが、もう機嫌は直ったぞ?


「オレじゃ持てても振れなさそうだしね。その分テレサに頑張って貰います」


「お任せください。姫の分まで私が魔物を倒して見せますよ」


 俺の言葉にしっかりと答えるテレサ。

 頼もしいじゃないか。

 俺の侍女が俺の引いた恩恵品で大活躍……これはもう俺の手柄と言っても良いよね?

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