252

575


 10枚の聖貨を右手に掴み、聖像を一睨みしながら、今の俺が手にしている恩恵品や加護を思い返す。


 戦闘に関しては近距離中距離遠距離……完璧では無いがカバー出来ている。

 機動力と守りはほぼ完璧。

 索敵もヘビたちと併せてバッチリだ。

 バフにデバフも備えていて……あれ?

 俺って完成してないか?


「……どうしたの?」


 思わず首を傾げてしまった俺に、セリアーナが声をかけてきた。


「い……いや、なんでもない。だいじょぶ」


 大丈夫大丈夫。

 ちょっと深呼吸をしよう。


 あれだ……俺の弱点は接近戦だ。

【影の剣】も【緋蜂の針】も威力はあるが、戦闘向きかと言うと一概には言えない。

 むしろアレは不意打ち向きだ。

 もっと正面から戦えるような何か。

 そう……例えば槍とか。

 なんかそういうのが欲しい。


 よし……イメージは出来た。

 やるぜ!


 両手を腰だめに構えて、目を瞑り大きく息を吸って……。


「きぇぇぇっ!」


 気合いの声と共に、右手を正拳突きのようにグっと突き出した。

 なんか視界の端でビクっと動く者が見えたが、気にしない!


 右手に握った聖貨の感触が消えると共に脳内に鳴り響くドラムロール。

 久々の音だ。

 ゆっくり心落ち着くまで聞いておきたいが……いつになるかわからんしな。


 カっと目を開くと、ストップと強く念じた。

 鳴り止むと同時に頭に浮かんだ文字は……【赤の剣】。


 ……剣!!

 これは来ちゃったんじゃないか!?


 赤と言えば、アレクが使っている【赤の盾】を思い出す。

 今でこそカッコイイ盾の形だが、開放前は長方形の大きな板のような形だった。

 これもちょっとどんな形で現れるかわからないし、念のために一歩下がった。


「当たりね……。恩恵品よね? 何だったの?」


 その様子を見て、セリアーナは恩恵品だとわかったんだろう。

 何が出たのかを尋ねてきた。


「うん……あっ」


 答えようとしたその時、1メートルほど前の顔の高さの場所に、光る何かが現れ始めた。

 剣……なんだろうが、棒状で結構デカいな。

 現れてすぐは重さは無いが……それでもこの大きさか。


「姫、私が」


 持てるかな……と少々ビビっていると、テレサが前に出て受け止めた。

 彼女は、受け止めたそれを床に置かずにそのまま持っているが、そこまで重くないのかな?


「テレサ、そこに置いていいわ」


 セリアーナはテーブルの空いたスペースに置くように指示した。

 それを受けて、テレサがテーブルに置くが……何というか、木剣?


「それで……これは何なの?」


「あ、うん。【赤の剣】だね。アレクの盾とお揃いだね」


 恩恵品【赤の盾】。


 俺が拾われてすぐの頃に、セリアーナのガチャでゲットした盾の恩恵品だ。

 頑丈で優秀な盾だが、ただそれだけでは無くて特殊効果もある。

 その効果は、対象の注意をその盾に引き付けるものだ。

 アレクはその効果を巧みに使い、複数の魔物だったり強敵の前に立ち、パーティーの盾役として大活躍をしている。

 名前に赤が付く恩恵品は、主にフィジカル系の代物で、きっとこれもそんな物なのかな?


「【赤の剣】……これがそうなのね」


「あれ? 知ってるの?」


 俺は初めて知ったが、セリアーナはどうやらコレを知っている様だ。

 ……有名なのかな?


「ゼルキスの騎士団に代々伝わっている恩恵品だよ。つまり、ミュラー家の物だね」


「わっ!?」


 いつの間にか後ろに回り込んでいたエレナが、俺の頭の上から言葉を発した。


「団長が所持しているけれど、いつも鞘に納めているから、抜いた姿は私は見た事無いね。セリア様はどうですか?」


「私も無いわ。おじい様が所持していた事もあるから、効果は知っているけれど……」


 じーさんが使っていた時期もあるのか……。

 って事は何となくこれって、マッチョ向けの恩恵品なのかな?

 テーブルの上に置かれた剣から視線を上げると、こちらを見ていたセリアーナと目が合った。

 何やら苦笑しているが……そのまま説明を始めた。


「【赤の剣】はアレクの加護と似たような効果があるそうよ」


「アレクの加護って【強撃】だよね?」


 攻撃の際にその威力が上がり、さらに瞬間的にだが、肉体の強度も上がり反動に耐えられるようになる、シンプルながら強力な加護だ。

 加護の場合は武器種を問わず何にでも使えるが、恩恵品の場合はそうじゃない。

 その分、加護を使いこなす手間は省けるし、この【赤の剣】の場合なら、剣の腕次第ですぐ使いこなせるようになるだろう。


「ただ……まあ、いいわ。先に開放を済ませましょう」


 何かを言い淀んでいるが、一通りの説明を済ませたところで、セリアーナは開放するために剣に手を置いた。

 そして、手を触れるや否や木剣は一瞬だけ強く光り、形を変えた。


 両刃で、サイズは柄もあるからか元より少し伸びていて、刃が大体1メートルちょっとか?

 一般的な両手持ちの剣と同じくらいか。

 飾り気の無い剣ではあるが……銀色の刃の中央に赤のラインが入っている。

 中々お洒落じゃないか。

 そして、柄の長さが40センチ程。


 セリアーナが先程何か言い淀んでいた理由がわかった。

 これ、両手で踏ん張れば持てない事は無さそうだが、俺にはちょっと重すぎる。

 そして、大きすぎる。

 俺より大きい。


 ……これは俺向きじゃ無いね。


576


【赤の剣】……割かし真っ当な武器で尚且つ強いという、俺のウィークポイントを補う、正に望んだ物ではあったのだが……。

 そのウィークポイントが原因で、まともに扱えそうにない。


「テレサ、その剣はあなたが使うといいわ」


「はい。姫、よろしいでしょうか?」


「うん」


 俺がぐぬぬ……と剣を睨んでいる間に、セリアーナは処遇を決めた様だ。


 テレサが自分が所持しても構わないか? と聞いてくるが……うん、問題無いだろう。

 両手持ちの大剣だし女性のテレサが振り回せるだろうか? と一瞬思ったが、彼女は俺を片腕で簡単に抱え上げられるし、戦闘時も盾と剣を片手ずつ手にして戦っていた。

 単純に筋力という点では、両手で持つのなら十分だ。

【祈り】も使えば、もしかしたら片手でもいけるかもしれないな。


 はぁ……カッコイイ剣か。


 結構ピンポイントで今の俺が欲しい物を引き当てたものの、この身で扱う事は難しく、諦めなければならないという悲しい現実に少々凹んでいたのだが……、黄昏る俺の頬を、隣に座ったセリアーナが突いている。


「……なに?」


「お前が生意気にも落ち込んでいるのが面白いのよ」


「ぬぅ……!」


 とんでもないこと言うな……このねーちゃん。


 と、思ったのだが、少々申し訳なさそうな顔のテレサが目に入った。

 ……まぁね、別に怒っているわけじゃ無いし、落ち込んでいるわけでも無いんだよ。


「落ち込むっていうかさ……折角カッコイイ剣なのに、自分じゃ使え無さそうなのがね……はぁ……」


 やっぱ落ち込んでるわ。

 ドッカンドッカン出来そうな武器なんだけどな……。


「まあ……お前が使うのはね……」


 セリアーナは、頬を突いていた手を今度は俺の手に持って行く。

 そして手を取ると、自分の手のひらと大きさを比べたりしている。


「……小さいねオレの手」


 もうこの体も慣れたもんだし、今更どうこう言う気は無い。

【浮き玉】のお陰で特に困る事も無い。

 ただ……時折こう……ピンポイントでそこをついて来る事態ってのが起きるんだよな。


「そうね。お前が使うのは諦めなさい。代わりにテレサが活用するはずよ」


「はーい……」


 気の抜けた返事をして、そのままセリアーナの膝にゴロンと頭を乗せた。


 ◇


「失礼します。夕食の用意が出来ました。皆さまご案内します」


 ガチャからしばらく経って、部屋に中央棟の使用人が夕食に呼びに来た。


「ええ。セラ、テレサ。その剣は奥に置いて来て頂戴」


 セリアーナの言葉に、体を起こした。

【隠れ家】にしまっておくのか。

 まぁ……今は保管体制が整って無いもんな。


「はーい。テレサ」


「はい」


 テレサにも意味はちゃんと伝わっているようで、すぐに剣を手にして立ち上がった。

 下賜も済ませて、今では実質彼女の物となった【赤の剣】だが……全く重そうなそぶりを見せない。

 やはりコレは彼女の手にあるのが相応しいかもしれないな。

 ガチャってから2時間くらい経って頭も冷えたのか、素直にそう思える。

 そもそもアレを俺が持ったら引きずっちゃうしな……。


「んじゃ、奥に入るよ」


 寝室の奥の壁に手をつくと【隠れ家】を発動して、テレサと共に中に入った。


 ◇


 夕食の席にはリーゼルはオーギュストとミオの2人に文官が数名と、彼の直属の部下を呼んでいた。

 そして、それに加えてアレクとジグハルトにフィオーラも一緒だ。

 俺たちがリーゼルの執務室から出た後、彼等を呼び出してアレコレと対策を練っていた様で、そのままココへ呼んだんだろう。

 ご苦労様だ。


 さて、このそうそうたるメンバーでの夕食だが、ここ最近のリセリア家は食事の席では基本的に仕事の話はしない。

 明文化しているわけではないが、何となくそんな感じになっている。

 もちろんのっぴきならない事態の場合は別だろうが……今日の夕食の席では、いつも通りだった。

 どうやら、今のリアーナにはよほどの事態は起きていない様子。


「聖貨を使ったのかい?」


 初めは他愛のない話をしていたのだが、途中から話題が俺のガチャに移った。

 まぁ……ネタには丁度良いだろうしな。


「ええ。【赤の剣】が出たけれど、セラでは無くてテレサが所持することになったわ」


【赤の剣】の名が出た時、少しだが部屋の中がざわついた。

 やっぱり【赤の剣】は有名なのかもしれない。

 効果に関しても、シンプルでわかりやすいからかな?


「確かにテレサなら十分に使いこなせるだろうね。だが……セラ君は良かったのかい?」


「しばらくはむくれていたわね」


 笑いを噛み殺す様にセリアーナは言うが、もう機嫌は直ったぞ?


「オレじゃ持てても振れなさそうだしね。その分テレサに頑張って貰います」


「お任せください。姫の分まで私が魔物を倒して見せますよ」


 俺の言葉にしっかりと答えるテレサ。

 頼もしいじゃないか。

 俺の侍女が俺の引いた恩恵品で大活躍……これはもう俺の手柄と言っても良いよね?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る