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リーゼルや文官衆は魔物の群れの数から襲撃の日時を推測していたが、セリアーナは俺の帰還時刻を予測して、風呂の用意をしていたようだ。
リーゼルの執務室から出てセリアーナの部屋に移ると、風呂が用意されていた。
それはそれですげぇ!
ってことで、まずは俺はセリアーナの部屋にある風呂に直行した。
探索を終えてからすぐアリオスの街に出発して、いつもの探索後のひとっ風呂を浴びる時間が無かったからな……ようやく一息
これで他の事を考える余裕も出来たってもんだ。
って事で、少し頭を使ってみようと思う。
先程のリーゼルの部屋での文官衆のやり取りで、気にはなっていたがわざわざ問い質すのは面倒で放置していたんだ。
「ねー」
と、少々くぐもった声が浴室に響いた。
今の俺は顔の上にタオルを置いているからな……。
体を洗い終えて、浴槽につかりながらテレサに髪を洗ってもらっている状態だ。
お湯に浮いているが、前世の美容院みたいな感じだな。
「なに?」
答えたのはセリアーナだ。
ここの浴室はお客用ほど広くは無いが、それでも侍女等複数人が中に入れる程度の広さはある。
で、エレナも含めて3人が中にいるが、別にテレサの手伝いってわけじゃ無い。
風呂だからな……人が入って来ないし、密談をするのに都合が良いんだ。
最近はセリアーナの執務室でも、いろいろ領都に滞在する者が増えたからか、夜は使用人が待機している。
そのため割と俺が風呂に入っている間は、ここに集まることが多い。
ともあれ、質問の続きだな。
「あのさ、旦那様たちがさっき慌ててたのって、やっぱり何か魔物の動きに影響があるからなのかな?」
何かあれば教えてもらえるだろうが、それでも事前に心構えくらいはしておきたい。
3人も途中であそこを引き上げたし、この件に関しては持っている情報量にそこまで違いは無いはずだ。
だが、それ以外の事に関しては段違いだからな。
何かしらの推測くらいは立てられるだろう。
「ああ……領都以西の魔物の動きに異常が出ていた件ね。今回の群れを率いているのはオオカミ種らしいけれど、お前はオオカミ種の特徴をわかっているかしら?」
「……群れで動くのと、どこにでもいる?」
「そうね。だから今回は雑多な魔物に備える必要があるのだけれど、所詮は魔物よ。魔境で狩りを出来る冒険者なら、問題無く対処できるわ」
「まぁ……そうだね」
だからこそリーゼルたちも冒険者主体で事に当たろうとしているんだ。
「でも、お前の情報で気を配る必要のある範囲が一気に増えてしまったわ。あれだけ広範囲になると、もう冒険者だけでは対処できなくなるし、恐らく騎士団主導で対処することになるでしょうね。アレクとジグハルトを呼ぶようだし、彼等に隊を率いらせて、そこに冒険者を組み込むことになるはずよ」
セリアーナはそう一気に言うと、どんな表情をしているかわからないが、ふぅ……と一つ溜息を吐いた。
「……何か不味いの?」
リーゼルたちもだったが、そんなに冒険者主導で進められない事が問題なんだろうか?
冒険者は稼げないかもしれないが、それでも領内で被害が出るよりはいいんじゃないかな。
「不味いのよ……。セラ、お前も冒険者ギルドに出入りしているから少しはわかるはずだけれど、今の領都の冒険者は数は多いけれど、少数の集団ばかりで統率が取れていないの」
「うん」
確かに、個人だったり数人パーティーで行動する者がほとんどだ。
クランの様に大規模な集団ってのは、既存の連中を除けば誕生していない。
「アレクやジグハルトが前に立てば、それなりに動かせるようになるでしょうけれど、そうなると今度は2人が動けなくなるでしょう? だから、今回の襲撃への対処のついでに、戦士団に上手く冒険者たちを組み込ませたかったのよ……。時期的に近いうちに起きる事は予測出来ていたし、丁度良かったのだけれど……」
そう言うと、再び大きく溜息を吐いた。
「……あぁ」
戦士団の連中にわかりやすく功績を挙げさせて、言ってしまえば上下関係のような物を作りたかったんだな。
セリアーナの声がどこか面白く無さそうなのは、その機会を逃してしまうからか。
流石に魔物の襲撃は頻繁には起きないからな。
また今回みたく、事前に備えられる様なお誂え向きのとなると……そうそう起こらないだろう。
「セリア様、元々上手くいけば儲けもの……その程度の事だったわけですし、切り替えましょう」
エレナは宥めるような口調でセリアーナにそう言っているが、割と軽い雰囲気だ。
実は思ったより深刻な状況じゃないのかな?
「わかっているわ。ただ、折角ダンジョンの開通と時期が合ったのよ? 増えた冒険者を纏めてウチの組織下における機会だったのに……」
どうもセリアーナは最高効率を目指していた様で、不満げなのは、それがとん挫しそうだからって訳か。
でも、リーゼルも何か慌てていたけれど、彼も同じような事を考えていたのかな?
それはちょっとらしく無い気もするけれど……。
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「旦那様たちも同じことで悩んでたのかな?」
「リーゼル? ああ……あれはまた別の問題よ」
セリアーナは、一瞬何のことかと思った様で、返答に間が空いたが、すぐに思い当たったのか答えた。
「範囲が広がってしまったけれど対処自体は問題無いわ。いくら連動しているとはいえ、魔境の魔物が抜けてきたわけでは無いでしょう?」
「うん」
群れた魔物はおっかないが、本当にヤバいのは魔境の魔物で、それはしっかりとせき止められている。
だが、セリアーナは「でも」と付け加えると、一旦区切った話を再開した。
「警戒する範囲が増えると、それだけ街の兵士から戦力を割く必要が出るの。領都でもそうなのだから、他の街も当然そうなるわね。ただ、リアーナの方針でダンジョン探索への補助を優先させているの。2番隊は地元の冒険者からも多く採用しているけれど、今年以降も採用は絞っていく予定だったし、他の街もそれに倣うはずだったのだけれど……」
微かに聞こえる溜息。
顔は見えないが、何となくどんな表情かはわかるな。
「身近に魔物絡みの問題が起きちゃうと、兵を増やしたくなるよね」
ただでさえ少し街道から外れれば魔物に襲われるような土地だ。
いくら対処出来るからって、街の中にいてもそれを感じたのなら、守りを増やして欲しくなるだろう。
「ええ。その声を無視させる事は出来ないわ。かと言って、この情報をここで止めておくわけにもいかないでしょう?」
そして、再び溜息を吐くセリアーナ。
その辺の予定が狂っちゃったんだな。
きっと調整が大変になるんだろう……。
頑張れ偉い人たち。
◇
さて、風呂から上がり髪の手入れも済んだ。
昼寝……と言うにはもう遅いが、夕食までの間ひと眠りするのも悪くないが……。
先程まで部屋にいた使用人は、お茶の用意をしに屋敷の厨房に行っていて、部屋にはいない。
チャンスではある。
「ね、セリア様」
ソファーに座るセリアーナの膝に手をつき、おねだり開始だ。
「なに?」
「聖貨使っていい?」
俺の申し出を聞いたセリアーナは片眉を上げている。
「……お前、100枚貯めるとか言っていなかった?」
確かにそう言った。
一度あの10連っていう贅沢を知ってしまったら、チマチマしたのをやる気には中々ならない。
ダンジョンでの狩りも開始したし、ちょっと時間はかかるが俺なら可能だ。
「1回だけ!」
だが、ごく近いうちにちょっと物騒な出来事が起きそうなことが事前にわかっている。
今の俺の装備でも十分過ぎるくらいだし、何より俺に出番があるのかどうかもわからないが……まぁ、景気付けだ。
ここは一発、ガチャで運試しをやっておきたい。
「まあ……いいわ」
セリアーナは、呆れた様な顔をしつつもソファーから立ちあがり、聖像を取りに寝室へと向かった。
「ありがと」
礼を言い、俺も聖貨を【隠れ家】から取り出すために発動した。
使用人が戻って来る前に出してこないとな!
◇
寝室から戻ると、セリアーナは応接用のテーブルの上に聖像を置き、自身はソファーに座った。
エレナとテレサも席に着き、3人の視線は俺に集まっている。
「それで? 使うのは1回分なの?」
「うん」
一応1回だけとは宣言していたが、セリアーナは俺の聖貨の所持数をしっかり把握している。
【隠れ家】から出て来た時に、本当に10枚しか持っていなかったのを見ていたんだろう。
部屋には既に使用人が戻っていてテーブルにお茶の用意を済ませると、部屋の隅で待機している。
もう1回分取りに【隠れ家】に入るには、寝室まで行かないといけない。
それはちょっと妙に思われるだろうし、かと言って部屋から出すような真似はしたくない。
彼女たちの存在がちょうどいいストッパーになるな。
そういや、なんかヤバ目な物が出た時はどうしようか……。
チラっと彼女たちの方を振り向くと、静かに待機しているもののガチャに興味があるようで、こちらを見ている。
「あなたたち、ここでの事はたとえ誰に聞かれても黙っておくのよ? 私がそう命じたと答えなさい」
「っ!? はい!」
俺の視線がどこを向いているのか気付いたのか、セリアーナが使用人たちに口止めをしている。
まぁ……セリアーナ直々に命じられたら漏らす様な事は無いだろうが……彼女たちのためにもちょっと今日は抑え目にやろうかな。
もしうっかり漏らしてしまって、セリアーナの雷が落ちたりしたら可哀そうだもんな。
なんか……こっそり、控えめに……だ。
「さあ、セラ。冷める前にさっさと済ませなさい」
どうやらセリアーナはガチャよりもお茶の温度の方が大事らしい。
淹れたばかりでまだ湯気が立っているが……まぁ、あんまり引っ張る様な事でも無い。
久々なのは確かだが、1回だけだし使用人の目もある。
サクッと控えめに済ませてしまおう!
俺は【浮き玉】から降りて、聖像の前に仁王立ちした。
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