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「それでは、よろしくお願いします」
「はいはい。んじゃ、行ってくるよ」
班長に冒険者ギルドの裏口まで見送られて、出発した。
空を見上げると、無駄に澄んだ青空だ。
俺の防具は防寒性能は高いし風もあるから問題にはならないが、きっと寒いんだろうなぁ……。
ぼんやりそんな事を考えながら、【浮き玉】の高度を徐々に上げながら街の外へと進路を取った。
ふと振り返って冒険者ギルドの方を見ると、なにやら入り口前で職員たちが声を上げている。
襲撃に備えて、この街の冒険者相手にも募集をかけるんだろう。
先程会議室で話を聞いている時に浮かんだ、騎士団は動かないのかって疑問。
それの答えは、冒険者に稼がせるため……だった。
メサリア王国では、対魔物の対処法は特に定められていない。
もちろん街が落ちるような事があれば、領主に何かしらの罰が与えられるようだが、自領の戦力で守り切れさえすれば、特に方法は問わないそうだ。
リアーナはどうかと言うと、今回は冒険者主体で対処するそうだ。
領都が陥落したら、それはそのままリアーナ領の存亡の危機に繋がるわけだが、日頃から備えている上に、今のリアーナには腕の立つ冒険者が沢山いるからな。
だが、それでも騎士団が出てきたら、彼等に軍配が上がる。
なんといっても装備が違うし馬にも乗っているからな。
領内だけじゃなくて他所からもわざわざリアーナにやって来ているのに、折角稼げるイベントを騎士団に掻っ攫われてしまったら、彼等も面白く無いだろう。
なんといっても、戦闘中のポーション類や終了後の治療は領主側が持つわけだしな。
領主側にしても魔境の素材が大量に入手できるわけだし、うま味はある。
騎士団も2番隊が参加する予定だが、それも少数で冒険者たちのサポートがメインになりそうだと、班長は言っていた。
今回のがどれくらいの規模なのかはわからないが、魔境の魔物が大挙して攻めて来るって言うのに、結構余裕だよな……。
もちろん油断していいことじゃ無いしするつもりもないから、冒険者ギルドの職員が忙しく働いているわけだが、クマさんの時とは違うな。
などと、領都の成長を実感しつつ移動を続けていると、いつの間にやら領主の屋敷近くまで来ていた。
「……おや?」
屋敷の正面を通過しようとした時、視界の端に何かが光ったのに気付いた。
そして、そちらの方を振り向くと、リーゼルの部屋の窓が開いている。
……俺の接近に気付いて魔法で合図をしたのかな?
それなら挨拶くらいしておくか。
◇
「セラ副長。どうぞ中へお入りください」
窓のすぐ前まで行くと、窓を開けていた男性が中へ入る様に言ってきた。
だが……。
「やー、入ると外に出たくなくなるから止めとくよ。セリア様か旦那様は中にいるかな?」
外を飛ぶ俺に気付いたって事はセリアーナもいるはずだ。
冒険者ギルドから報告は来るだろうが、折角目の前まで来たんだし直接報告しておこう。
「はっ。少々お待ちください……!? 奥様……」
部屋の中に呼びに行こうとした彼は、振り向くや否や驚きの声を上げた。
床には柔らかい絨毯が敷いているとはいえ、足音一つなくセリアーナがやって来ていたからな。
そりゃ驚く。
「セラ」
「やー、セリア様。ちょっとアリオスの街まで行ってくるね」
「休まないで平気なの?」
「大丈夫大丈夫。コレ渡したらすぐ戻って来るから。そしたら休むよ」
ポーチから出した指示書を見せると、セリアーナは頷き口を開いた。
「結構。無理をする必要は無いけれど……お前なら問題無いわね」
「うんうん。んじゃ、行ってくるねー」
中に向かい手を振り挨拶を済ませ、再び移動を開始した。
もう街の外れだし、速度を抑える必要は無いな。
すぐ戻って来るって言っちゃったし、一気にかっ飛ばすか!
◇
かっ飛ばす事20分弱。
アリオスの街に到着し、さらに検問を顔パスで通過してストレートに代官屋敷の執務室までやって来た。
そして、代官に指示書を渡して、今は彼が読み終わるのを待っている。
今までも、似たようなお使いで何度かここに来たことがあるが、いつもはもっと時間に余裕があったし、奥さんに【ミラの祝福】をかけつつ時間を潰していたが、今日はちょっとその余裕は無い。
指示書の内容もシンプルだしな。
近いうちに魔境からの襲撃がある。
討ち漏らして領都を抜けてきた魔物の討伐と、討伐後の領都の警備への協力要請を出すから、それに備えておくように……こんな感じだ。
……協力とか言ってるけど、命令だな。
今回もだが、この街に期待するのは人手だ。
ポーションを始め薬品類は、ダンジョンがあるし領都内で十分必要な量を確保できる。
魔物との直接の戦闘も、領都に集まった冒険者を中心に戦力は足りている。
だが、その後が問題だ。
襲撃に集まった魔物全てを倒し切るのは不可能で、その魔物たちが領内で暴れる事を防ぐ為にも、1番隊2番隊共に領内を警戒することになる。
そうなると、領都の守りが薄くなってしまう。
セリアーナのチェックをパスしているとはいえ、騎士団と冒険者の戦力バランスが崩れてしまうのは、あまり良いことじゃないからな。
まぁ、今回は前回と違ってさほど危険は無いし、代官も指示書を一通り読むと、すぐに控えに了承のサインをして、こちらに差し出した。
「はい。確かに……。それじゃあ、オレはこれで失礼します」
それを受け取ると、【浮き玉】を動かし出発の準備に入った。
だが、代官はその様子を見て声をかけてきた。
「あまり休憩できていないが、いいのか? 部屋ならいつでも用意できるが……」
「ありがとうございます。でも今日はもう帰るって伝えてますから」
こちらを気遣う彼には申し訳ないが、飛ばせば本当にすぐなんだよな。
数日かかるとかならともかく、数十分で戻れるのなら、慣れた屋敷の方が疲れも取れる。
「そうか……まあ、無理強いはしまい。気を付けて戻ってくれ」
そう言うと、部屋の入口に控えていた使用人に指示を出して、ドアを開けさせた。
それじゃー、一気にかっ飛ばしてさっさと帰りますかね!
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「ぬぬ……もう向こうは暗くなってきてるな」
アリオスの街を発ってしばし。
領都を目指して飛ばしているが、東の空はもう暗くなっている。
冬だからなー……日が落ちるのも早くなってきた。
街道も、アリオスの街に向かっている時はまだ人の往来があったが、今はもう誰もいない。
「まぁ……危ないもんな。明るいうちよりも暗くなってからの方が魔物の活動は活発になるし……」
魔物も獣も夜行性ってわけじゃ無いんだろうが、昼間よりも夜の方がアグレッシブになるそうだ。
俺は夜外に出ることは滅多に無いから、あくまで伝聞に過ぎないが、街道なんかも夜の方が危険らしい。
らしいのだが……。
「おかしいな?」
街道沿いに【浮き玉】を飛ばしていたのだが、いったん止まりその場で滞空する。
そして、周囲を見渡した。
……魔物や獣の気配がない。
この街道は草原や森が両端に広がっている。
リアーナならちょっと街の外に出たら、どこも同じ光景が広がっているが、当然そこには魔物も獣も多数生息している。
昼間だろうと、街道を歩く人間が油断したらすぐさま襲ってきたりする。
俺も【風の衣】を得る前は、そこまで速度を出さずに飛んでいたため、よく追いかけられたもんだ。
よく見るとウサギやリスらしき小動物の気配はあるが、人を襲うようなある程度の大きさの魔物や獣の気配が一切感じられない。
そう言えばあまり気に留めていなかったが、行きでもそうだった。
街道に姿を現すかどうかはともかく、いつもは森の端に潜み、隙のある人間が通らないかを探っているのがいたのに……。
「これも襲撃が影響しているのかな……? 急いで戻るか」
襲撃に関連しているかはともかく、何か異常事態が起きているのは間違いなさそうだ。
役に立つかはともかく、報告しておいた方がいいだろう。
「……ほっ!」
風と盾を張り直して、領都目指して一気に加速した。
◇
領都の屋敷に辿り着くと、例によって俺の接近を察したのか執務室の窓が開いていた。
そこへ飛び込み、中に向かってまずは一言。
「たでーまー!」
次いで中を見渡すと、行きの挨拶の時に寄ったよりも人数が増えている。
支部長本人はいないが、彼の部屋で見た事のある冒険者ギルドの職員たちが来ているな。
文官達と一緒に何やら仕事をしている様だ。
普段は見かけないし、襲撃の備えについてだろうな。
「お帰りなさいませ」
窓のすぐ側に控えていたのか、テレサがすぐにやって来た。
最近の彼女は騎士団本部に詰めている事が多いが、今日はもうそっちは終わったのかな?
ポーチを受け取ろうと手を出してきたが、それは断った。
「ありがと、テレサ。でもちょっと報告したいことがあるからね」
「何かあったのかい?」
今のやり取りが聞こえたのだろう。
リーゼルが、何事かと声をかけてきた。
「うん。帰って来る途中なんだけどね……」
領都とアリオスの街の間で気づいた、魔物たちの気配が無い事を伝えると、すぐさま文官達を集めて話が始まった。
断片的に漏れ聞こえる内容から推測するに、どうやら今回の襲撃のボスは、一の山に縄張りを持つオオカミの魔獣らしい。
広範囲の魔物を集めていて、一の森を始め魔境の浅瀬から魔物の姿が消えている。
魔王種かどうかはわからないが、多様な魔物の群れを率いる器量がある、中々強力な個体なんだとか。
ここ最近は、ダンジョン探索許可を得るための魔境の狩りもひと段落しているにもかかわらず、妙に浅瀬での魔物の遭遇率が低いことから、冒険者ギルドは念のため調べさせていたらしい。
浅瀬の広範囲に渡って魔物の数が減り、代わりに森の奥に行くほどに姿は見えなくても、多くの魔物の痕跡が見つかった。
さらに追跡を続けて行き、遂には一の山の麓に集まる魔物の大群を発見したんだとか。
そして、遠吠えの順番からオオカミがボスであると突き止めた。
で、彼等が持って来たその情報から、そこの餌が尽きて群れが破綻するタイミングを計算して、こちら側を襲ってくる日時を推測した。
……凄いね。
だが、俺の持って帰って来た情報が何か不味かったのか、皆深刻な顔をしている。
「セラ副長。その……勘違いという事は無いのか?」
ある1人が恐る恐ると言った様子で、俺の情報に間違いが無いかの確認をしてきた。
確認は大事だが……。
「コレとこの子らの目で見たから、少なくとも街道周辺の森に魔物がいないのは確かだよ」
俺は、頭の上に浮かんでいる【妖精の瞳】と首元から頭を覗かせているアカメを指した。
第六感的なもので捉えるんじゃなくて、俺は目で直接見る事が出来る。
外の魔物の生態に詳しいわけじゃ無いから、もしかしたら何かの事情で姿を消しているって可能性もゼロではないが、少なくとも姿が見えなかった事が勘違いってのは、無い。
「確かに……君の恩恵品と従魔なら見間違いという事は無いだろうね。ありがとうセラ君。貴重な情報だよ」
と、リーゼルはいつもと様子に変わりは無いな。
だが、後ろの連中を見るに、ちょっと面倒な事態が起こっていそうだ。
「セリア、僕たちの方は少し長引きそうだから、君は先に上がってくれ。それと、アレクシオとジグハルトが戻って来たら彼等を借りるよ」
あの2人を呼ぶって事は結構な事態だと思うが……なにかあてが外れたのかな?
「ええ。好きにして頂戴」
セリアーナも普段と変わらない。
軽く答えると席を立ち、自室に戻ると俺たちに言い、ドアへと歩き始めた。
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