249

569


 外は木枯らし吹きすさぶ冬真っ盛りだが、相変わらずダンジョンは蒸し暑い。

 そんなダンジョンで、額に汗を浮かべて今日も今日とてせっせと働く俺。


「たっ!」


 俺の気合い込めて振り抜いた【影の剣】は、見事オーガの首を刎ね飛ばした。

 残りの生き残りはヘビたちが仕留めて、戦闘終了だ。


 ダンジョン上層は、蟻の巣の様に広間と通路で構成されている。

 その上層奥、まだ冒険者が進出していない一帯の広間と通路を今日の狩場にしている。


 中層でドカンドカンやるのも楽しいけれど……あの狩りは大味すぎるからな。

 かと言って、下層のシビアな狩りも神経使うし……。

 上層なら比較的楽に、かつ派手に狩りをする事が出来る。


 それに、今はまだ上層に降りてすぐの場所までしか来ていないが、そのうちこの奥にも冒険者たちは進出してくるだろう。

 そうなったら、【ダンレムの糸】を使った派手な狩りは難しくなる。

 通路を抉るようにぶっ放すのって楽しいんだよな……。


 冒険者にとって上層と中層は、俺が思っている以上に分厚い壁がある。

 もちろん魔物が手強くなるっていうシンプルな理由もあるが、それ以上にそこまでの距離が問題らしい。

 辿り着くだけなら上層で狩りを出来る冒険者パーティーだったら可能だが、到着する事が目的じゃないからな。

 むしろそこからが本番だ。

 だが、魔物との戦闘を繰り返し、重い荷物を背負って何時間もかけてようやく辿り着いた時には、流石にそこで戦うだけの余力があるかどうか……。


 ならどうするかと言うと、所謂遠征という長期の探索を前提とした編成だったり、あるいは中層までの道中で戦闘をしなくて済む様に、道中の魔物を引き受けるサポート集団を集めたりするそうだ。

 そのため、どうしても大掛かりなものになってしまう。

 

 チラっと耳にした話では、上層に進出した者の中からさらにメンバーを選りすぐり、サポートメンバーも含めて中層にチャレンジする部隊を結成中らしい。


 その成果次第にはなるが、最終的にこの上層までが日帰りで狩る場で、中層以降は中長期の探索用って別れていくだろう。

 その頃には恐らく俺がメインで狩りをする場は中層になる。

 この上層での狩りは今のうちだけだ。

 しっかり楽しんでおかないとな……。


 余談だが、ジグハルトはかつて自分専属のサポート集団を組織しようと考えていた時期があるが、とん挫したらしい。

 そこまで行けるような腕の冒険者は、やっぱり自分でも戦いたくなるそうだ。


「あ、終わった? んじゃ、拾うから警戒任せるよ」


 首だけ刎ねていた魔物の処理をアカメたちに任せていたが、考え事をしている間に完了した様だ。

 合図代わりに腕を引いてきた。

 見ると通路に遺物がいくつか転がっている。

 これはアカメたちは拾えないからな……俺の仕事だ。

 手早く拾い集めて【隠れ家】に放り込んで、再び出発する。


「……おっと、ここで終わりか」


 通路を抜けて次の間に出たが、今出てきた通路を含めても3箇所だけで、ここが東の端っこだ。

 広間の魔物の数は、妖魔種魔獣種混成で30弱ってところか。

 きりが良いし、ここを片付けたら帰還するかな。


 ◇


「けほっけほっ……あー……ほこりっぽい」


 広間の魔物を片付けて遺物も回収した。

 それじゃあ、帰還しようかと思ったが……全体的に埃っぽい。

 まぁ、土砂を巻き上げる俺の狩りの方法が悪いんだろうな。

【隠れ家】で顔でも洗いたいが、そうするとシャワー浴びたくなっちゃうしな……。

 冒険者の中には感覚が鋭い者が多いし、流石に石鹸の匂いさせてダンジョンから出てきたら妙に思われるだろう。


 ……仕方ない。


【隠れ家】でのシャワーを諦めると、両手を胸の前に何かを掬うような形で差し出した。


「ふぬっ!」


 そして、1つ気合いを込めると、両手の中に水が溜まってきた。


「……よしよし」


 最近身に付けた水を生み出す魔法だ。

 魔力と魔素を混ぜ合わせて、飲料用や傷口を洗ったりするのに使うらしい。

 熟練の魔導士なら、鍋一杯分くらいは簡単に出せるらしいが、俺にはこれが精一杯。

 だが、顔を洗うだけならこれで十分。

 パシャパシャと顔を洗い、さらにもう一度魔法を発動。

 今度はうがいをしてサッパリだ。


「さてと……それじゃー、ここからは一気に駆け抜けますか。周囲を頼むね」


 ここから先は、冒険者たちが狩りをしている可能性もある。

 通路で迂闊にドカンとぶっ放すと、流石に広間まで巻き込むようなことは無いが、それでも音やら何やらで驚かしてしまうかもしれない。

 攻撃を躱そうとした瞬間と重なってしまうと、ちょっとヤバいかもしれないし、魔物がいても戦闘は避けていくつもりだ。

 その間俺は前を見ているし、周囲の警戒はアカメたちに任せる事にしている。

 念のため、クルっとその場で一回転して周囲の確認をしたが、問題は無いな。

 ってことで、出発だ!


 ◇


「ぬ!」


 通路と広間を魔物を無視しながら突破し続けること複数回。

 ここまでは冒険者と遭遇することは無かったが、この通路の先の広間では戦闘が行われている姿が壁越しにだが見えた。

 このまま突っ込んでもいいが……。


 ピーヒョロロ……。


 首に提げた笛を取り出して思い切り吹くと、鳥の鳴き声のような音が辺りに響いた。

 この笛は、俺が外で魔物の死体処理を巡回の兵に任せる際に使う物とは別で、主に猟師が仲間内で獣と間違って誤射しない様に吹く物らしいが、森や山で狩りをする冒険者にも広まっている。

 その事を聞いて、ダンジョンには鳥の魔物は現れないし丁度いいと、俺も持つようにしたのだ。


 ピーヒョロ笛を吹きながら広間に入ると、そこで戦う冒険者たちは一瞬だけ俺の方を見たが、狙い通り混乱なくすぐに戦闘に戻っていた。

 良い感じじゃ無いか。

 今後もこの方法を採用しよう。


 さて、通用する事はわかったし……後は速度を上げて一気に帰還だ!


570


 冒険者ギルドは相変わらず盛況で、1階ロビーにも冒険者や商談に訪れる商人達が大勢いる。

 ダンジョンから帰還して、1階の窓口で報告していると、奥から出てきた職員に呼び止められた。

 彼は確か支部長の補佐の1人だったはずだ。


「セラ副長、お疲れのところ申し訳ありませんが、よろしいでしょうか?」


「よろしいけれど、何事?」


 早く帰ってシャワーを浴びたいな……とかはあるが、話くらいは聞いておこうか。


「依頼したいことがあるのです。どうぞこちらへ……」


 そう言うと彼は奥の部屋に向かった。

 てっきり支部長室に通されるのかと思ったが……どうやら違う様だ。

 あそこは確か職員用の会議室だったかな?

 この部屋が何かと教えてもらってはいたが、入るのは初めてだな。


 ともあれ、彼の先導で部屋に入った。

 部屋の中は、2台の長机を合わせた有りがちな会議室って感じだが、今俺が入ってきたドア以外にも奥にドアがあって、そこから職員たちが忙しそうに出入りしている。

 机の上には地図が広げられて、年嵩のおっさんたちが、資料を片手に若い職員にアレコレ指示を出している。

 なにやら冒険者の所在の把握やポーションの確保と手配がどうのとか、そんな事を言っているが……事件か?


「班長……それにセラ副長も」


 中の1人がこちらを見て、どこかホッとしたような顔をした。


「……なんか忙しそうだけど、何かあったっけ? 支部長は?」


 俺は特に何も聞いていないが、本当に何事だろう?

 話を聞いてみないとな。


 ◇


 冬のこの街で気を付ける事は、都市間の移動が出来ない間の、十分な物資の確保だったり、家屋の保全だったり、水路の点検だったり……色々ある。

 だが、それは街の中の問題だ。


 では、街の外……魔境で気を付ける事はとなると、数年前にもあった魔物の襲撃だ。

 こればっかりは、魔境の生態系の問題でもあるから、無くす事は出来ない。

 精々できる事と言えば、人為的に起こされないように定期的な見回りをする事と、兆候を見逃さないようにするくらいだ。


 だがもう1つ、大掛かりになってしまうがこの領地の領都であるこの街の被害を減らす方法ってのはある。

 この街よりも奥に人里を造ってしまえばいい。


 そしてそれは数年前から既に造られている。

 移住を進められるほど発展はしていないが、今では3箇所まで増えて立派に冒険者たちの探索拠点として機能している。

 そして、そこの被害も極力出さずに済む様に、領都の兵たちと連携を取れる様にもしている。

 対魔物用の前線基地だな。


 で、そこに駐留する冒険者や猟師から報告があって、どうやら魔物の襲撃が近いうちに発生しそうな気配があるらしい。


 もっとも、今回は人為的なものでは無くて自然発生らしく、それは数年ごとに起こり得ることだから仕方が無いんだろう。

 冒険者ギルドが中心となって、今まさにその対処に当たっている。

 支部長はその拠点に出向いて直接指揮を執っているらしい。

 俺を呼んだのが彼じゃないのもそのためだ。


 そして、肝心の俺がここに呼ばれた理由なのだが……。


「オレがアリオスの街に……?」


「はい。副長への協力要請は領主様には既に報告をして、許可を頂いています。こちらが届けていただく指示書になります」


 どうやら俺にお隣の街にひとっ飛びして欲しいそうだ。

 あの街は領都のバックアップが主な役割だからな……その要請を出すためだな。

 襲撃が起こると確信を持てたのが今日の昼頃だったらしく、すぐに動き始めたがその頃俺はダンジョンに潜っていた。

 ってことで、アリオスの街に関しては俺待ちで、他の事を進めていたんだとか。

 あそこまで馬で行くと、急いでも往復に半日近くかかってしまう。

 それなら俺の帰還を待って、その間に他の作業を進めておいた方が効率的だ。


「なるほど……りょーかい。すぐ行った方が良いのかな?」


 指示書を読むと、俺が届けるって事がリーゼルだけじゃなくて、セリアーナのサインもしっかり書かれている。

 それなら何も言う事は無いが……一応ダンジョン探索終了の報告くらいはしておいた方が良いかも知れない。


「確かに急ぎではありますが、副長なら時間をかけずにアリオスの街へ行けますし、そこはお任せします」


「ぬ……」


 いったん屋敷に戻ってサッパリしたいが……そうするともう一度外に出ようって気力が無くなりそうだしな……。

 アリオスの街にこの指示書を持って行くだけでいいんだし、それならさっさと行って帰って来たらいいか。


「よし……。今から向かうよ。セリア様に伝えといてもらえる?」


 急げば向こうでちょっと手間取っても1時間くらいで帰って来れるだろう。


「はい。お任せください」


 彼にそう伝えると、ビシッと返事をしてきた。

 なんか裏方なのに軍人っぽいな……。


「そう言えば、魔物絡みだしアレクとか2番隊は出てこないの?」


 軍人って言葉で、そう言えばこの事態に騎士団は関わらないんだろうかって疑問が浮かんだ。

 一応冒険者ギルドも2番隊の管轄になっているんだが、彼等は裏方だ。

 現場に出る人間はどうするんだろう?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る