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「……? せらー」


 秋の3月もそろそろ終わるという頃、セリアーナの部屋の隣にある子供部屋にお邪魔した。

 エレナも今は屋敷に通っているし、乳母と共にルカ君も連れてきている。

 この部屋には、乳母達の子供も含めて子供が沢山だ。

 俺があちらこちらから頂いた猫の人形やヌイグルミを、しがみついたりクッション代わりにしながら、仲良く遊んでいる。


 さて、俺が部屋に入った事に気付いた子供たちは、遊んでいた手を止めて俺の名を呼び手を振っている。


「やほー。げんきー?」


 俺もそれに手を振り返した。

 言ってからなんだけど、この世界ってヤッホーって言葉あんのかな?

 謎の挨拶を仕込んでしまって無いだろうか……?


 この部屋もセリアーナの部屋の様に、土足は禁止でドアのすぐ前で靴を脱ぐようになっていて、子供たちがそっちに行かないようにと、柵のような物で部屋が区切られている。

 子供たちは俺に近づこうとしているが、その柵に阻まれている。

 我ながら中々の人気っぷりだな。


 セラ。

 実に憶えやすい名前だ。

 乳母たちの子は別として、セリアーナの子供たちが一番最初に覚えた人名は俺の名前だったりする。

 理由は覚えやすいからってのもあるが、俺の場合誰が相手でもセラって呼び方に変わりは無いんだよ。


 例えばリーゼルの場合だと、領民は領主様で、俺たち屋敷の人間は旦那様って呼ぶ。

 他所の人間だと、爵位の公爵様って呼び方をして、さらに貴族の場合だと閣下って呼んだりもする。

 まだ出くわしたことは無いが、リーゼルを辺境の領主では無くて、王家の人間と捉えている者なんかは、未だに殿下って呼び方をしているらしい。

 セリアーナはまだ奥様かセリアーナ様と、リーゼルに比べて呼び方は少ないが、一番身近な俺やエレナやリーゼルが、セリアって呼び方をしている。

 夫婦揃って沢山だ。


 乳母たちがちゃんと、お父様お母様って呼び方を教えているのは見た事あるが、これだけ色んな呼び方をされていると、ちょっとわからなくなるよな。

 それに引き換え、俺は見た目でも区別付けやすいしね……。

 まぁ、もう少ししたらちゃんと呼べるようになるだろう。


「セラ様、どうかされましたか?」


「ん? いや、ちょっと様子を見に来ただけ」


 俺だけ部屋に現れた事を不思議に思ったのか、乳母がどうしたのかと訊ねてきたが……大した理由は無い。

 今言った通りだ。

 年上の乳母の子供たちが面倒を見て仲良く遊んでいる様子を確認できた。

 ってことで、目標は達したし退散だ。


 ◇


「ただいまっ」


「早いわね。もう良かったの?」


「うんうん。猫の人形で遊んでたよ」


 子供部屋からセリアーナの部屋に戻ると、早い帰還に目を丸くしている。

 部屋を出て数分しか経ってないもんな……でも、それで十分だ。


「そう……」


 セリアーナは一言呟くと、部屋のテーブルの上に置かれた3つの箱に目をやった。


「なら、このままコレを贈るのね?」


「うんうん」


 セリアーナの言葉に、俺は頷いた。

 あの箱はレオ君たち3人の誕生日プレゼントで、中身はヘビのヌイグルミ兼抱き枕だ。

 俺も似たような物を持っているが、こちらのサイズは半分ほど。

 小さい子用だ。


 わざわざ俺が子供たちに祝いの品を贈る必要は無いらしい。

 俺も毎年毎年ネタを考えるのはしんどいが、折角1歳のお誕生日だし、なんか贈りたい。


 そう考えたのだが、如何せんこの世界のまともなお子様事情ってのを知らないし、何を贈ればいいんだろう……と。

 前世では俺自身は独身だし子供もいなかったが、それでも友人知人の子供に出産祝いや誕生日プレゼントを贈った事くらいはある。

 オムツやベビーカー、振ったら音が鳴るおもちゃ……この世界には存在しない物ばかり。


 そして、迷いに迷って、結局これに行きついた。


 商業ギルド経由で寝具などを作る工房を紹介してもらい、そこに注文した。

 それが今日無事出来上がって屋敷に届いたのだが、セリアーナ達と一緒に出来を確認していた時に、ハタと我に返った。

 そう言えば子供たちは使うんだろうか……と。


 で、先程子供たちの様子を見に行ったわけだ。

 太さ15センチ程で長さは50センチ弱。

 抱き枕にするかはともかく、掴んで振り回すくらいなら出来るだろうし、怪我をするような物でも無いから、あそこに加わっても問題無いだろう。


「誕生日は数日しか違わないし、渡すのはルカに合わせましょうか? セラ、それでいいかしら?」


「うん」


「セラ、ありがとうね。君の影響か、ルカは長い物を見るとヘビヘビ言うんだ。きっと喜ぶよ」


「……それは良いことなのかしらね?」


 突如エレナが放ったルカ君の驚きの新事実に、困った様にするセリアーナ。

 俺もそれが良いことなのかどうかはわからない。

 もしかしたら未来ある子供に変な影響を及ぼしてしまったかな……?


 ま……まぁ、もしなんか変な影響を与えそうなら回収したらいいか。

 その時は、結構いい出来だし俺が自分で使おう。


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 セリアーナたちの子供の誕生日は、内輪だけで集まり静かに祝われた。


 まだ1歳とは言え、公爵様の長男長女とその片腕候補。

 将来を見越して、遠方からも足を運ぶだけの価値はあるが、もう冬という事もあり、リーゼルが客の来訪を断っている。

 まぁ、冬の移動は危ないもんな。

 自分の子供のお祝いにやって来て命を落としたなんて聞いたら、気分良くないだろう。

 今後もその方針で行くそうだ。


 その代わり、翌年の記念祭でしっかり祝うことになるらしい。

 そう言えば、今年も記念祭で集まった時にお披露目とかやっていたな。


 特に不自由なく生活しているとついつい忘れがちだが、何だかんだでこの領地は国どころか、大陸の人類生息圏の最東端だ。

 船を使った水路があるとはいえ、それもまだ限られた者しか使えないし、訪れるにはそれなりに覚悟がいる。

 まぁ、その辺の問題はリーゼルや周辺領主に任せるとしよう。


 さて、プレゼントとして俺が用意したヘビグッズだが、懸念していたようなことは無く、そのまま彼等の物となった。

 寝る時だけじゃなくて、起きている時も掴んだり引きずったりと、3人とも中々気に入ってくれたらしい。

 贈った物を喜んで使ってもらえるってのは嬉しいものだ。

 嬉しいものなのだが……子供とは言え人が使っていると、ちょっと自分も欲しくなるな。


 ◇


 子供たちの誕生日から数日経った今日。

 中央広場から一本奥に入った所で営業をしている、ある店を訪れた。

 ここは主に寝具を取り扱っているのだが、客層は貴族や裕福な者がターゲットの、ハイソなお店だ。


 店の前には寒いだろうに、シャツの上からベストを着た年の頃50歳ほどの男が、立って俺を待っていた。

 オーナーは別にいるが、この店の現場の責任者がその彼だ。

 その彼に、事前に今日行くとは伝えていたが、昼頃に……とだけしか伝えていないが、あの格好でずっと待ってたのかな?

 着込んで着ぶくれした格好で出迎えるっていうのは確かに不格好だが……根性だな。


「こんにちわー」


「セラ様。お待ちしておりました」


 その彼は、ピシっと一礼すると寒そうな素振りを見せずに、店の中へと先導した。


 この店は、中に入るとすぐに商談用の応接スペースが広がっている。

 1階が商談用のスペースで、2階3階が工房になっているそうだ。

 まぁ、寝具と言っても扱う物は、布団やマクラやシーツ等の軽い物ばかりだからな。


 これが、ベッドや棚などの家具だったり武具なんかだと、重くてかさばったり保管に気を使ったりもするから、工房と倉庫が一体化しているデカい建物が必要になる。

 そうなると、どうしても店の場所も街の中心地から外れた場所になってしまう。

 職人街が街の端にあるのはそのためだな。

 扱う品の性格が違うしそれぞれ利点があるから、一概にどっちが良いとは言えないか。


 さて、工房についての考察は脇に置いて、店の中を見渡すと、執事風の男や裕福な商人風の男が複数商談を行っている。

 前来た時は、時間帯も同じだったがお客はそこまで居なかったが……繁盛しているみたいだな。


「どうぞ、こちらにおかけください」


 通されたのは、奥の一際豪華な席。

 特別席だな。

 前回もそうだったが、ここにはセリアーナやリーゼルのお使いでじゃなくて、俺の個人の用事で来ているんだが……店側の気持ちはわかるが、少々心苦しい。

 領主御用達ってことには多分ならないと思うんだよな。

 まぁ……ここに通される間、店に来ていた客たちが俺の事を見ていたし、少しは宣伝になっているかもしれないか。


「それでは、本日はどのようなご注文でしょうか?」


 席に着くと、他の席の様に雑談することなく商談に移った。

 前回急かした事を覚えているんだろう。

 手間が省けてよかったよかった。


 それよりも、彼はお偉いさんなはずなのに、このまま商談の席に着くんだろうか?

 あれかな……担当的な……?

 およそ一般的な注文はしないであろう俺でいいんだろうか……って気がしなくもないが、むしろ我儘が通りやすくて良いのかな?

 うん……ここは甘えておこう。


「今度はクッションをお願いしたいんだ。こんなやつ」


 ゴソゴソとポーチから紙を取り出し、テーブルの上に広げた。

 彼はそれを手にして、目を通している。

 注文の仕様書は俺が丁寧に書いた物で、特に分かりにくいところは無いはずだが……。


「これは……猫でよろしいですか?」


「うんうん。黒猫と白猫ね」


 ……なるほど、絵がわからんかったのか。

 俺の注文はイラスト調の猫の顔のクッションだ。

 サイズは座布団サイズで、黒と白の2個。

 先日注文したヘビのも良かったが、同じ物ってのも芸が無いし、自分でデザインしたのだ。


「なるほど……承知しました。素材はどのようにされますか?」


「オレが座るから、あまり硬くないのが良いな。それ以外はお任せするよ」


 この世界じゃ、デフォルメ調のデザインは見かけないから少々彼も混乱していたが、説明を聞き納得したのか話を進めていく。

 まぁ、特注とはいえクッションだ。

 座るのに負担にならなければそれでいい……って事で、基本的に店側に任せる事にした。

 大きな物じゃ無いし完成までさほど時間はかからない様で、完成したら屋敷に届けてくれるらしい。


 特注なのに職人にお任せで、そして完成したら届けてもらう……ちょっと贅沢だな!

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