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 さてさてさて……ようやくお目当ての中層に辿り着くことが出来た。

 以前なら浅瀬と上層をかっ飛ばして、一息でここまでやって来れていたが、流石に身内以外の人目が多過ぎて、速度は抑え目にしていた。

 途中で駄弁ったりしていたからってのもあるが、1時間近くかかったかな?

 だが、その分今日の中層での戦い方をしっかりと練る事は出来た。


 強いて言うなら、久々の狩りだし手頃な魔物でちょっとした慣らしをしたかったが……それは贅沢かな?

 まぁ、今から行うのは普通の狩りじゃ無いし、問題無いと言えば無いか。


「魔物はウヨウヨいるけれど、人の気配は無し。うん。予定通りだね」


【風の衣】と【琥珀の盾】を発動して、さらにヘビたちも服の下から表に出した。

 さらに【足環】を発動して【浮き玉】を掴み、準備完了だ。


 この中層での狩りに【紫の羽】は使わない。

 やたら広いから効果が全域に及ぶのに、どれだけ時間が必要かわからないし、そもそも可能かもわからないからな。

 それに、この狩りに毒は向いていないもんな!


「よし……いっくぞー!」


 グルグル肩を回して、気合の声を一つ。

 中層に入ってすぐ右側を見ると、少し離れた場所からこちらの様子を窺っている魔物の群れがいる。

 その群れ目がけて突貫を開始した。

 そして……。


「ふらっしゅ!」


 群れの真っただ中に魔法をぶっ放した。


 本来はこの魔法で動きの止まった魔物達を、【影の剣】や【緋蜂の針】で仕留めて行くわけだが、ここでの狩りだとちょっと違う。

 目潰しを食らい動きを止めた魔物達に、攻撃を仕掛けたりはせずにゆっくりと距離を取っていく。

 目潰しの効果があるのは精々10数秒程度。

 速度を出さないと碌に距離を取る事は出来ないが、今日の狩り方ならこれでいい。


「んー……よし。ついて来てるね」


 移動しながら後ろを振り返ると、先程の魔法の範囲にいた魔物達が怒りの咆哮をあげながら、俺を追って来ている。

 ここでの狩りは久しぶりだが、うむうむ……狙い通りだ。


「お次は……あそこだ!」


 視界の先には次なる魔物の群れ。

 10体ほどの魔物を引き連れたまま、そこ目がけて突っ込んで行った。


「ふらっしゅ!」


 本日2発目の目潰し。

 これも見事に決まった!


 ◇


 あの後も、この一画に点在する魔物の群れに魔法を撃っては引っかけていき、引き連れている魔物は恐らく100を超えたと思う。

 時折後ろ目がけて魔法を撃っては挑発をしてと、この一団が途中で大きくバラけない様に気を付けながら移動をし、ようやくお目当ての場所である、この中層の北東部の隅に辿り着いた。

 そして振り向くと……。


「んっふっふっふ~……壮観だね!」


 ズドドドドっと一目散に俺目がけて突進してくる魔物たち。

 仮に俺が宙にいなかったのなら、その振動で体が揺れていただろうな。


「んじゃ、やりますかね。よっと……」


【ダンレムの糸】と【蛇の尾】を発動した。

 弓が倒れないように尻尾で支えながら体の位置を調整して、【足環】で弓を掴み【緋蜂の針】で弦を思いきり後ろに押し出す。

 ギュンギュン音を立てる矢を、魔物の位置に気を付けながら狙いをつけて……発射した。


 放たれた矢は地面を抉りながら、こちらに襲い来る魔物たちを纏めて貫いて行く。

 矢と魔物たちの両方によって巻き起こる土煙が邪魔で、直接視認する事は出来ないが……【妖精の瞳】とヘビたちの目を通して見ると、今の一射で一気に数が減った事がわかる。

 そして、射線から外れていたため直撃を避けられた魔物たちも、余波で相応のダメージを受けている事もだ。


「……わっはっは! 残り、逃がさず刈り取るぞ!」


 弓をしまい、代わりに【影の剣】を発動して、ヘビたちに指示を出した。

 3体ともその指示に従い、体を伸ばして戦闘モードに入った。

 高度を上げて土煙が晴れるのを待って、突貫だ!


 ◇


 北東部から始めて、南東部、南西部、北西部……中層の魔物の大半を、同じ狩り方で殲滅した。

 もっとも、残念な事に釣って引いている途中でそこから外れていく魔物もいるから、階層の魔物全て……とまでは行かない。

 その浮いた魔物たちも倒そうと思えば倒せるが、如何せんそれ以外の魔物たちを纏めて一息に倒しているから、リポップする時にうっかりそのど真ん中で……とかなってしまうと、流石に怖いからな。

 もったいないが、諦めよう。

 2周目行くのはちょっとしんどいしな。

 ふっ……命拾いしたな!


 とはいえ、遺物はそこらに転がっているし、それは拾えるだけ拾っておくか。

 前は放置していてもそこまで問題無かったが、今はもう冒険者がダンジョンに入って来ている。

 いずれは中層にも来るだろうし、遺物が転がっていたら何事かって思わせてしまう。


「うーぬ……今度から【隠れ家】に籠でも置いておこうかな……」


 そんなわけで遺物を拾い集めているが、小物ばかりじゃ無いし、1個2個拾えば両手が塞がってしまう。

 ちょっと拾っては【隠れ家】に置きに行く……その繰り返しだ。


 遺物は魔物を倒しても確実に落とすってわけじゃ無い。

 割合で言えば1割あるか無いかってところらしい。

 だが、階層の魔物数百体の大半を倒したからな……どっさりだ!

 入れ物なら木箱なんかもあるが、アレはちょっと持ち運びは出来ないからな。


 農家のおっちゃんたちが野菜を入れるのに使う様な籠……アレってどこに売ってるんだ?

 商業ギルドで良いのかな……?


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「……これで粗方拾い終わったかな? 湧き始めているし、結構きわどかったな」


 矢で直線状に射抜いたわけだし、遺物は大体隅からそのライン上に散らばっている。

 拾っては置きに行ってと、少々手間はかかるが、それでもあちらこちらを移動しながら拾い集める必要は無く、何とかリポップした魔物たちに囲まれる前に片付ける事が出来た。


 上から見下ろすと、新たに湧いた魔物たちが先程の釣りから逃れた魔物たちと合流して、何やら俺の方を見ている。

 何らかの手段で意思の疎通を図ってでもいるのかな?

 まだ新たに湧いた魔物には何もしていないのに、あからさまに敵意を向けられている。


「折角やる気になっているのに申し訳ないが……撤退させてもらうよ」


 その言葉と共に、下に向かって2本の伸ばした指を、こめかみに当ててからピっと振った。

 わざわざ魔物相手に格好つける必要も無いが、なんかこのままじゃ逃げたような気がするしな。

 次へのモチベーションにも繋がる様な気もするし、きっと大事な事だ。


 ってことで、中層から撤収だー!


 ◇


 上層を浅瀬目指して快調に飛ばしている。

 まだ冒険者たちは、上層に入ってすぐのエリアまでしか進出していない様で、中層からの復路の魔物たちは健在だ。

 だが、今日はもう十分稼いだし、さっさと帰りたいからスルーだ。

 手前の方で狩りをしていた連中も帰還しているだろうし、上層はもう人がいないか……おや?

 そろそろ浅瀬に出るってところで、通路の先をアカメたちが気にしていた。


「誰か狩りをしてるね……」


 俺も気合を入れてそちらを見ると、10人ほどの気配があった。

 皆結構強くて、広間の魔物たちを圧倒している。

 連携も取っているし、即席じゃなくて普段からパーティーを組んでる連中だな。


「念の為君達は隠れといてね」


 10人ほどで行動しているパーティーっていたかな……?


 ちょっと思い当たらないが、ここで彼等が帰還するまで待機するわけにもいかない。

 邪魔にならない様に……ついでに魔物と間違われない様にヘビたちを服の下に引っ込めてから、コソコソと通路から広間に出た。


「……なんだウチの連中か」


 一体どんな連中かとドキドキしていたのだが、そこで狩りをしていたのは、1番隊と2番隊の混成パーティーだった。

 槍と剣と盾、しっかり役割を分担して、隙無く狩りをしている。

 痕跡から、広間の端から徐々に中央に向けて魔物を倒していっているんだろう。


 と、どうやら彼等も俺に気付いた様で、軽く手にした武器を掲げて挨拶をしている。

 緊張して損したかな。

 まぁ……邪魔しちゃいかんし、遠回りしていこう。

 俺も彼等に手を上げて応えてから、そのまま広間を通り抜けて、浅瀬に向かうことにした。


 彼等とも少しくらい話をしても良かったが、今日の狩りは埃をかぶるやり方だったからな。

 さっさと帰って風呂に入りたい。

 ダンジョンの感想を聞くのはまた今度にしよう。


 ◇


 さて、ダンジョンから帰還してセリアーナの部屋に戻ると、部屋に備え付きの方だが、風呂の用意がしてあった。

 今日はどんな狩りをするかってのを伝えていたから、備えておいてくれたようだ。

 ってことで、お言葉に甘えて風呂に入り、サッパリしてきた。


 そして今、ソファーでグダーっとなりながら、エレナに髪の手入れをしてもらっている。

 髪を乾かすのはいつもの魔法だが、髪を梳かすヘアブラシが違う。

 エレナが俺の誕生日プレゼントにと手配してくれた物で、なんでも王国西部に生息する野生の馬の毛で出来ているそうだ。

 貴族女性の間では人気な様で、エレナやセリアーナも日頃から使用しているそうだ。


 ちなみに、テレサはまた違ったタイプのブラシを使っているそうだ。

 なんでも、髪質に合わせて使い分けるんだとか。

 美の道は中々難しい……。


「随分稼げたようね。ダンジョンが空いていると違うのかしら?」


 髪の手入れをされる俺を見ながら、セリアーナが机の上に置かれた聖貨を見て、そう言った。


「そうだねー。人がいないってのもあるけど、広い場所を1人で使えたからってのも大きいね」


 俺が今日稼いだ聖貨は6枚。

 久々に稼いじゃったな。

 もっとも、ダンジョンが正式に誕生したって事もあり、セリアーナに献上する分もあるし、全部をって訳にはいかないが……まぁ、それでもやっぱりダンジョンは気軽に稼げて良いね。

 外だと死体の処理とか色々考えないといけないし、現金を稼ぎたいわけじゃ無い俺には、あまり向いていないんだ。

 さらにわがままを言うなら、もっと弱い魔物が唯々延々湧いてくれるといいんだが……それは贅沢過ぎるか。


「でも、やっぱり1人での探索は疲れるね。しばらくのんびりするよ」


 あの狩り方は効率こそ良いが、魔物の大群を引き連れながら移動して、仕舞いには正面から向き合う。

 肉体的にはそうでも無いが精神的に疲弊する。

 風呂入って一息ついたらもう何もする気が無くなったよ……。


「私は直接見た事無いけれど、君の戦い方はちょっと特殊だというからね。無理をせず安全に行こうね。……はい、終わったよ。セリア様、髪型はどうしましょう?」


「そうね……。右の高い位置で纏めて頂戴。リボンはその白を使って」


「はい」


 髪の手入れを終えたエレナにセリアーナが髪型の指示を出した。

 俺の髪なんだけど、何で俺には聞かないんだろう……?

 不思議だ。

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