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「……お? さっきの2人はダンジョンに行くのか」


 さっきロビーに来た新顔は、一緒の席だった男と連れ立ってダンジョン入り口に向かっていた。

 いらん揉め事を起こさない為にも、ここでウエイトレスをやっている間は、【妖精の瞳】を発動しないようにと言われているから、彼等がどれくらいの強さなのかはわからない。

 だが、探索の許可が下りているわけだし、事故の心配は無いかな?

 まぁ、なんか起きても今日はダンジョンにはアレクが詰めているし、何とかなるだろう。


「副長どのー! こっちにもう一杯頼むー」


 ダンジョンに向かう彼等を見送っていると、別の席からお代わりの要求が出た。

 そちらを見ると、なにやら資料を置いてアレコレ話し合いが行われている。

 何かしらの依頼を受けたんだろうな。

 万難を排すために、入念な打ち合わせを行っている様だ。

 これがただの居座りなら蹴り飛ばすところだが、真面目にやっているんなら大歓迎だ。


「はいよー。ちょい待って」


 とりあえず、向こうに行くのはこのテーブルの上を片付けてからだな。

 他の連中も忙しそうだし、さっさと済ませよう!


 ◇


 秋の3月に入って少々。

 雨季も明けたし、冬が来る前にもうひと働きしようと、冒険者ギルドにたむろしていた連中は外に狩りに出て、混雑は多少解決している。

 加えて、ダンジョンも一般開放されて一月近く経ち、探索に繰り出す者たちも各々適したペースを見つけたのか、こちらも落ち着いてきた。


 ってことで、俺もいよいよダンジョン探索を再開しようかっ!

 と、やる気になっていたのだが、セリアーナだけじゃ無く他の連中からもストップがかかってしまった。

 なんてこった。


 で、何で俺がここで給仕の真似事なんかをしているのかって言うと……要は顔見せだ。

 このダンジョンは視認性があまり良くない。

 特に浅瀬。

 ここのダンジョンに慣れていない者が多く狩りをする浅瀬がそれだからな……。

 かつての様に俺に誤射をする者が出てもおかしくない。


 もちろん、守りが強化された俺なら耐える事は可能だろうが、それでもやってしまったらそれだけで重罪だ。

 俺の立場もちょっと変わってきたし、無傷だから問題無い……とは言えなくなってしまった。

 だから、誤射を避けるためにも、俺という存在を頭に焼き付けさせようと、しばらくはダンジョンに入らずここでウエイトレスをやりながら、ダンジョンを利用する冒険者たちと触れ合っておけと言われた。

 まぁ、ここでは酒を出さないから酔っ払いもいないしな。

 早くダンジョンに潜りたいという、俺のやる気に水を差されたといえばそうだが、言わんとすることはもっともだし、大人しく真面目にウエイトレスをやっている。


 ◇


「お疲れさん。なんか飲む……? ってどうかしたの?」


 つい先程帰還を果たしたばかりの3人組だが、席に着くなり1人が机に突っ伏した。

 見た感じ大怪我なんかをしているわけじゃ無いが……なんかあったのかな?

 この3人はこのリアーナでは珍しい、若い女性のみのパーティーで、俺もよく覚えている。


 見た目は並以上で腕も悪くない事もあって、良くも悪くも注目されている存在だ。

 そう言う事もあって、今もまた何事かと周りから視線を集めている。


「ありがとう。適当に冷たいのを3人分お願い」


 季節はもう冬が近いが、ダンジョンの浅瀬は蒸し暑く、彼女たち同様帰還組には冷たい飲み物が人気だ。


「はいよ。ちょっと待っててね」


 いそいそと注文のドリンクを用意して、席に持って行ったが、相変わらず1人は撃沈している。


「お待たせ。んで? どうしたのさ」


 とりあえず、2番隊の副長サマとして、何があったかくらいは聞いてやるかね。


 彼女達3人は、剣2人槍1人のオーソドックスな編成のパーティーだ。

 そこらの一般人よりは強いが、女性という事もありどうしてもフィジカル面に不安が残り、攻撃を受ける事よりも躱して戦うスタイルを採用している。

 とはいえ、十分ここのダンジョン探索許可を得られる程度の水準は越えていて、中々優秀な冒険者たちってのが、一般的な評価だ。


 で、その中の剣使いの1人が凹んでいる。

 理由は、浅瀬でゴブリンの攻撃を受けてしまったから。

 幸い、防具を上手く使って受けたため、痣か悪くても骨にひび程度に留めたそうだが、これがオークやオーガだったら死んでいてもおかしくなかったってことで、一気にダウナー方向に入ってしまったらしい。


 ……気持ちはわかる。

 アレクとかごつい連中見ていると、割合平気そうに攻撃を受け止めているけれど、あんなん普通なら死ぬからね。

 その事を考えちゃうと、俺なんて結界に掠っただけで帰りたくなるし……。


 しかし、他の2人は平気そうだが、とにかく凹んでる1人はまずいね。

 別に肩入れする気は無いが、このリアーナだと、女性のみの戦闘グループってのは貴重なんだ。

 貴族や商家の女性の護衛に活躍してもらわないといけないし、さっさと立ち直って貰わんと……。


 とりあえず【祈り】でもかけるかな?


 と考えていると、なにやらダンジョン入り口辺りから歓声が聞こえてきた。


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 件の彼女は相変わらず沈んだままだが、他の2人と俺はその歓声の方に顔を向けた。

 いつの間にやら人だかりも出来ていて、ここからじゃ見えない。

 俺だけ少し高度を上げて、見える位置に来ると……。


「あ、アレクだ」


 アレクだけじゃなくて、ダンジョンに詰めていた2番隊の面々が帰還を果たしていた。

 全部で20人くらいかな?

 さらに手ぶらじゃなくて、重そうにコンテナを引きずっている。

 あれは中で詰めている騎士団用の物資を運ぶための物で、隊員が交代する時には持って帰って来るのだが、中身は空なのでそこまで重くないはずだ。

 ってことは……倒した魔物を、核を潰さないでそのまま死体を中に入れて運んで来たのかな?

 この歓声はそれを見たからか。


 浮いたままそちらを見ていると、アレクが部下たちに何かを指示している。

 それを受けた彼等は、そのまま奥の解体所に向かって行き、アレクはこちらに向かってやって来た。

 その際に、周りの冒険者たちに頭や背中をバシバシ叩かれているが……こいつら酒飲んでないよな?

 素面でこの盛り上がりなの?


「よう、セラ。真面目にやってるか?」


 無駄に盛り上がっていた連中に少々圧倒されている俺に対して、アレクは何ともない様子でこちらに声をかけてきた。


「あ……うん。ちゃんとやってるよ。凄い盛り上がりだったね」


「俺たちが倒した分を運んできたんだ。あの量を運ぶのは器材や人数が揃っていないと無理だしな。丁度交代と魔物の湧きとが重なったから、予定には無いことだったが……まあ、いいだろう」


 アレクは成果を思い出してか、ニヤリと笑っている。


 彼が言うように、ダンジョンの魔物を運び出すのは重労働だもんな。

 ダンジョン産の魔物の方が、魔道具の素材何かには向いているそうだが、そこまで劇的にって程ではないらしく、この街の様にすぐ側に狩場がある場合だと、無理せずそっちから調達する事が多い。

 一度に運べる数は少なくても、狩りをする冒険者の数が多い分、1日当たりで考えると相当な量になるからな。

 そう考えると、あれだけの量を運んで来たら盛り上がりもするか。


 いつの間にか周りに人が集まり、しばしの間どんな魔物を運び出したのか等の質問が飛び交っていたが、それもひと段落付いた。

 元々この場にはダンジョンに向かおうって連中の方が多かったし、いざ成果を目の当たりにするとモチベーションが上がったんだろう。

 1人がダンジョンに向かって駆けていくと、我も我もと……。

 アレクもその光景を笑ってみていたが、報告やらなにやらの仕事があるからと去って行き、ロビーはすっかり人気が無くなり、居るのは先の女性3人パーティーを含めて数組だけとなった。


 冒険者も一気にいなくなり、仕事も落ち着いた。

 そろそろ俺も上がろうかな……と考えていたのだが、今まで項垂れていた彼女が顔を上げて口を開いた。


「なー、セラ副長」


「ん? 何?」


「アレクシオ隊長の奥さんって貴族なんだよな?」


「エレナ? そーだよ。……不倫は駄目だよ?」


 独身の頃ならともかくもう結婚しているからな。

 やらかそうものなら、エレナどころかセリアーナも出て来るぞ?


「違うよ……」


 そう呟くと、大きく溜息を吐いてまたテーブルに突っ伏した。

 他の2人に視線をやると、何か思うことがあるのか顔こそ上げているが、先程までと違って、彼女たちもあまり表情はすぐれない。

 ……なんなんだろうか?


 ◇


 夜。

 セリアーナに昼間の冒険者ギルドでのことを報告していたのだが、その際にあの女性冒険者パーティーの話もした。

 最後なんか元気なくなっていたのは何だったのだろうか……悩み事でもあったのかな?

 そう思ったんだ。

 まぁ、冒険者の悩みを生粋のお嬢様であるセリアーナが、その悩みに答えられるのかって疑問はあるが……。


「……女性冒険者パーティーね。確か有力冒険者の一覧に名前が載っていたわね。まあ、その悩みはいくつかは思い当たるわ」


「ほんとっ!?」


「エレナの事を聞いたのでしょう? 男性冒険者は実力次第では貴族の女性を娶る事が出来るし、自身も貴族になる事が出来るわ。アレクやルバンの様にね。でも、女性冒険者の場合はそれはほぼ不可能なの」


「……ほぅ」


 なんかちょっとわかる気がする。

 アレクもルバンも、腕は良いし人間的にも頼りになるが、もっとシンプルにイケメンさんなんだよな。

 女性冒険者の中にも確かに美人さんはいるが、昼間の彼女たちは……おブスさんじゃないし並以上ではあったが、貴族の御曹司が身分さを越えて求婚するような相手かって言うと……。


「邪魔になるから髪も切っているでしょう?」


 セリアーナは俺の髪に手を伸ばしながら、そう言った。


「あー……確かに短かったね」


 そう言えば3人ともショートカットだった。

 俺の感覚で言えば似合っていたんだが……この世界の、それもお貴族様の価値観じゃ、その時点で無しってなるんだろうな。

 長いと邪魔だし、短い方が楽なんだけどね……。


「冒険者としての将来に迷いでも出ていたんじゃないかしら? だからちょっとしたことで塞ぎ込んでしまったのね。身の振りを決めるのは本人の自由ではあるけれど、ウチの基準を越えられるほどの女性冒険者は貴重だし……何か考えた方がいいかしら」


 そう言って一つ溜息をつくと、セリアーナは何やら思案し始めた。


 男性冒険者の場合はゴールって言っていいのがいくつかあるけれど、女性冒険者の場合はどうなんだろう?

 女性の社会進出……この世界じゃなかなか難しい。

 女性の地位が低いってことは無いけれど、やっぱり家の中を守るものって考えが浸透しているもんな。

 手っ取り早いのは冒険者だけれど、こういった問題があるんだな……。


 この領地の女性のトップであるセリアーナは、こういった事も考えなきゃいけないのか。

 大変だ……。

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