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「セラ副長へのお届け物です」


「ご苦労様。運んで頂戴」


「はっ。失礼します」


 そう言うと、靴を脱いで部屋の中に運び入れてきた。

 荷物は4つで、見た感じ重さも大きさもそれほどではない。

 だが……木で出来た箱だが装飾が施されていたりと、妙に凝っている。

 テーブルに置かれたそれをジッと見てみると、そもそも箱の素材もただの木じゃないな……誰からのだ?


「あっ!?」


 豪華な箱に少々気圧されていたのだが、その俺を無視して、セリアーナがさっさと箱を開け始めた。


「お前のことだから、どうせ下らない事でも考えているのでしょう? 私とリーゼルからよ」


「なんとっ!?」


 確かに身内からはまだ貰っていないが……ここで来たか。


「はい」


 そう言って、セリアーナが箱から布に包まれた四角い何かを取り出して、俺の方へそれを置いた。

 自分で開けろって事だな。

 ゴソゴソと包みを剥がしていく。


「なにかなー……ぬ? ……時計だ!」


 包みの中から現れたのは、高さ30センチほどで大きな文字盤がよく目立つ、立派な置時計だった。

 本体は黒い木製で装飾が無く、その代わりにドッシリと安定感のある造りだ。

 壁掛け時計と置時計の差はあるが、この部屋にあるセリアーナの時計と似ているな。


「携帯は出来ないけれど、奥に置くには十分でしょう?」


 奥=【隠れ家】の事を知らない者たちはその言葉の意味が分からず、不思議そうな顔をしているが、俺にはしっかり伝わっている。

【隠れ家】のリビングの棚の上に置くにはピッタリだ。

 雨季の間に片付けもしたから置くスペースもしっかりあるし……このために片付けたのかな……? 


 時計……時間を計るだけならタイマーがあるし、精密機器を持って戦闘をするのは怖いからな。

 俺が時間を知りたくなるのなんて、遠出した時くらいだし、【隠れ家】に置いたままでもいいわけだし、携帯性に関しても問題無い。

 しかしだ……時計は欲しいと思っていたし、買うだけの現金は俺も持っている。

 にも拘らず、今まで買っていなかったのには理由がある。


「この街の工房で作ったの?」


 時計ってのは正確でズレない事が前提の道具だ。

 大体年に1回くらいの頻度で時間合わせも兼ねて整備が必要になる。


 量産品の時計なんてこの世界には無いし、どれも工房の手作りだ。

 さらに、時計は工業製品じゃなくて魔道具。

 俺も詳しくは知らないが、基幹部分の技術は一緒でも、細かい部分は工房や職人の個性が出るんだとか。

 だから、時計の整備は作った工房に任せるそうだ。


 この街にも工房はもちろんあるが、辺境の1都市から新興領地の領都へとなった事で、時計を求めるような者たちがこの街にも増えて、工房の仕事が詰まっていると聞いた。

 そりゃー、セリアーナの名前を使えば割り込む事も出来るだろうが、そんな事はしたくないしな。

 結局、欲しいとは思いつつも後回しにしてきたのは、それが理由だ。


「この街の工房で作ってはいるけれど、基幹部分は私が手掛けたの。整備は私が出来るから、問題無いわ。安心なさい」


「ぉぉぅ……本当に何でも出来るんだね……」


 整備はどうするんだろう……と言う疑問に答えたのはフィオーラだ。

 得意気な様子も無く、ごく当たり前って感じだ。

 この人マジでなんでもできるな。


 ともあれ……念願の時計だ。

 しっかりお礼を言わねば。


「ありがと、セリア様。時計欲しかったんだ」


 それを聞き、返事こそしないがセリアーナは満足そうだ。

 まぁ、表情にも変化は無いんだけどね!

 こちらのアクションに何も返してこない時ってのは、機嫌が良いことが多いからな。

 最近分かってきた。


「それよりも、リーゼルの分もあるわね。それはお前が開けなさい」


「はいはい。中身はセリア様知らないの?」


「ええ。何かを贈るとだけは聞いたけれど、中身は知らないわ。まあ、同じ時間に届いたって事は、この街の商業ギルドに依頼したって事でしょうね」


「……ほぅ」


 セリアーナも知らないのか。

 リーゼルのセンス……彼の見た目だけなら花とか贈りそうだけれど、流石に違うだろうし……予想がつかないな。

 箱は底の浅い長方形の箱だが……開けたらわかるか。

 ってことで、オープンだ!


「……お?」


「服……かしら?」


 蓋を開けて中を見ると、赤い布らしきものが入っていた。

 取り出して広げたソレは……長いシャツ……かな?


「ガウンかしら?」


「そうですね。ミオ」


「はっ……」


 服を手にして首を傾げる俺をよそに、セリアーナとテレサ、さらにエレナも加わって、ミオに説明を促していた。

 ミオはそれに応えて、生地の産地がどうとかどこの職人の作かとか、うんちくめいた事を話している。

 そこら辺の事はテレサ達に任せて、俺は残りの2つの箱も見ておくか。


「色違いね」


「だね」


 フィオーラは箱の中身の方に興味があるのか、ミオの説明を聞かずに、俺の後ろに来ている。

 そして、彼女が言うように、箱の中身は青と黒のガウンだった。

 黒が黄色だったら信号機カラーだな……。


 ともあれ、時計も貰ったし、このガウン3着も良い物だ。

 いい誕生日じゃないか。


 まだ第2弾第3弾が来るそうだし、テーブルの脇のあの山を見るとちょっと気が重くなるがな!


560 リアーナの冒険者 side


「よう!」


 リアーナ領都にある冒険者ギルド地下2階のダンジョン前ロビー。

 カウンターで茶を出すなど、ちょっとしたカフェの様相を見せる、リアーナの冒険者ギルド独自のデザインが施されているその場は、今日もダンジョン帰りやこれから潜ろうとする冒険者がひしめき合っている。

 そしてまだ朝早い今は、共に探索する臨時のパーティーを組もうと考える者達も多く、互いの品定めが行われている。


 そんな中に踏み入り、たむろする冒険者の中に顔見知りを見つけた男は、敢えて目立つように大きな声で呼びかけた。


「おっ? なんだ、お前らもついに来たか!」


 ロビーの一席に腰かけたその男は、その声の主を見ると一瞬驚いた様な顔をしたが、すぐに手を上げて応えた。


「おう! まあ、随分前に基準は満たしていたんだがな……。雨季の関係で動くことが出来なかったんだ」


 男は返って来た言葉に肩を竦めながら答えた。


「この辺の狩場じゃ取り合いになっていたからな。北か南か……どっかその辺の狩場で獲物を倒してきたか」


「ああ。北の鉱山周辺でな……。なんでもあの辺りを縄張りにしていた冒険者が引き抜かれたとかで、街では随分重宝されたぜ」


 男は現地の状況を思い出しながら話を始めた。


 このリアーナのダンジョンは、年間探索許可を得るのに聖貨2枚納める必要がある。

 もっともそれは数年間の間だけで、いずれ変更されることになっているが、新興領地のダンジョンとはいえ少なめに設定されている。

 だが、それとは別に、もう1つの基準も設けられている。

 それが、リアーナ領地の東側に広がる魔境の探索依頼の消化数だ。

 地元の冒険者ギルドで独自に設けられた難易度を基に、一定数の依頼を消化する事でクリアとなる。

 魔境は領地の東全域に広がっているが、街や村といった拠点との距離を考えると、狩場の数は限られていて、そこで足踏みする者たちも多い。


 男はその状況をどうやって抜け出したかを、熱く語っていたが、それも終わり、今度はダンジョンの様子に話題を変えた。


「で? ダンジョンの具合はどうよ」


「悪くないな。お前も事前に聞いているだろうが、浅瀬は視認性が悪いし油断も出来ないが……周りの冒険者も階層に駐留する騎士団のレベルも高い。今のところ死者はゼロだ。俺も死ぬ気はしねぇな。少なくとも、浅瀬は他所のダンジョンと大差ねぇ」


「はぁん……そりゃ稼ぎやすそうだが、それにしちゃ随分手厚いな」


 ロビーには万が一の際の救助に備えて、騎士団や治療師が待機する一画まで用意されている。

 上層以降はともかく、浅瀬の様子を聞いた限りでは過保護もいいところだ。

 男はロビーを見渡しながらそう言ったが……。


「ウチの方針だよ。ポロポロ死なれたら困るからね」


「うおっ!?」


 その言葉に、突如後ろから返事が降ってきた。

 慌ててそちらを見ると、盆を手にしたメイド服の少女が宙に浮いている。


「よう。セラ副長」


「やー。なんか飲む?」


「俺はいらないな。お前はどうする?」


 未だ狼狽したままの自分と違って、慣れた様子で話をしている。


「あっ……ああ。いや、俺もいらないな……」


「そっか」


 少女は一言だけ呟くと、フワリと浮き上がり、奥に向かって飛んでいった。

 その際にふと、少女が何かに座っているのが見えた。

 それで、ようやくあの少女が何者なのかがわかった。


「あいつが「蛇姫」ってやつか……?」


「まだ正式には決まっていないがな……。妙なチョッカイ出すなよ? シャレ抜きでぶち殺されるぜ」


 先程までの軽い様子からうって変わって、真剣な声色だ。


「蛇姫」。

 領主夫人の専属冒険者の事で、多くの恩恵品や加護を持ち、それだけじゃ無くて複数の従魔とも契約をしている少女。

 多くの貴族と面識を持つ少女で、王妃とも面識があるなんて噂もあるほどだ。

 そんな相手にちょっかいを出すような真似をする者はいないだろうが、それでも、そこまで言う程なのだろうかと首を傾げる。


「あ……ああ……。そりゃ、ガキに手を出したりはしないが……そんなにヤバいのか?」


 何故酒場の店員のような真似をしているのかはわからないが、見たところ彼女からは全く雰囲気を感じない。

 駆け出しの冒険者の方がまだマシなくらいと言える。

 今もまた、空いた席の片付けなどをしているが、その背中は隙だらけだ。


「まあ、領都で暮らしてりゃそのうちわかって来るさ……。それより、わざわざここに来たって事は、お前も今日潜るんだろう?」


 椅子に立てかけた剣に手を当てながらそう聞くと、男も同じく剣に手を当てて返した。


「……ん? ああ、もちろんだ。顔見せだけじゃねぇよ」


 わけの分からない存在に虚を突かれてしまったが、地元を離れてこんな辺境までやって来たのはダンジョンに潜る為だ。

 その事を思い出したのだろう。

 先程までの気の抜けた表情をしていたが、今はもうすっかり消えている。


「行くか?」


「おう!」


 短いやり取りを済ませると、剣を手に席を立ち、ダンジョンに繋がる通路へと歩いて行った。

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