243

557


「…………ぬぐ」


 ベッドの上をコロコロと転がり真ん中まで移動すると、大きな欠伸を一つして体を起こした。


「……今何時だ?」


 壁にかかった時計を見ると10時を少し過ぎている。

 思ったより早く起きたな。


「さむっ!?」


 布団から出ると部屋の寒さに思わず声を上げてしまった。

 一瞬で目が覚めたぜ……。

 この部屋は当然魔道具の暖房が設置されているが、微妙な季節だからまだ点けていなかったが……そろそろお世話になる時期かもしれないな。

 とりあえず何か羽織るか……。

 ベッドの下に転がしている【浮き玉】に乗って、タンスに向かおうとした時、寝室のドアがノックされた。


 向こうにいた者が俺が起きた事に気付いたようだが……セリアーナじゃ無いな。

 エレナかな?


「どーぞー……あれ? テレサ」


「おはようございます。姫」


 部屋に入って来たのは、いつも通り一分の隙も無いキッチリした格好のテレサだった。

 この時間だといつもは仕事に取り掛かっているのに……今日はお休みなのかな?

 そんな事を考えている俺を他所に、彼女はタンスに向かい中からストールを一枚取り出した。


「どうぞ」


 そして、それを俺の肩にクルリと……。


「あ、ありがと」


 羊毛か何かで編まれていて程よく暖かい。

 良いチョイスだ。


「あちらでエレナが朝食の用意に取り掛かっています。参りましょう」


「はーい」


 ◇


 先日エレナを誘いに行って以来、何だかんだで彼女もセリアーナの部屋に朝から晩まで入り浸っている。

 これまで、彼女への客がある時なんかは自分の屋敷に戻っていたが、セリアーナの方もだが、この時期は調整したら突発的な客ってのは本当に無いからな……。


 そして、エレナだけじゃなくて、フィオーラもこの部屋に通うようになった。

 彼女の場合は、仕事に天候は関係ないのだが、街の住民に合わせて、彼女の部下たちに休暇を与えたらしい。

 そのため、ジグハルトもダンジョンに通っている事もあって、地下の研究室も今は閉めている。

 作業自体は一人で出来る事もあるそうだが、やはり1人であの施設を使うのは効率が悪いそうで、フィオーラも自宅で休んでいたそうだが……飽きたらしい。

 その事は知らなかったが、セリアーナが彼女に声をかけると、二つ返事でやって来た。

 なんとも暇を潰すのが下手な3人だ。


 この3人は、別に部屋に集まっていても何かを一緒にやるって事も無いんだよな。

 それぞれ本を読んだり、手紙を書いたり、たまにお喋りしたりと……好きな事をしていた。

 そして、今日からそこにテレサも加わった。


 この雨季の間のテレサの主な仕事は、ダンジョンや領内の対魔物対策で狩場に出ている、2番隊の兵たちの補給に関しての折衝だった。

 だが、それも落ち着き、流石にずっと働き詰めだからって事で、リーゼルとオーギュストから休暇を取る様にと言われたんだとか。

 テレサは仕事が趣味みたいなもんなんだよな。

 それを止められたため、こちらに合流したってところか……まぁ……適度な休息は必要だよな。


 しかし、セリアーナの部屋はすっかり溜まり場になっているな。

 お洒落にサロンとでも言うべきだろうか?

 もっとも、今日は大分その言葉に似つかわしくない光景が広がっている。


 セリアーナの執務室は、土足厳禁になっている。

 ドアを開けて部屋に入った所で靴を脱いでスリッパを履く。

 そこも6畳近いスペースがあるので、使用人等の中に入らず呼びに来ただけの者は、中には上がらずそこから用件を告げたりする。

 そして、部屋の中は毛足の短い絨毯が敷かれて、日々掃除が徹底されている。

 まぁ、何が言いたいかって言うと、セリアーナの部屋はとても清潔で、マットを敷いてはいるがそのまま絨毯に座っても問題無いって事だな。


 相変わらず続けている日課の柔軟……数年前にマットを入手してからはヨガになっているが、手持ち無沙汰になった俺は、それをテレサと一緒に始めた。

 セリアーナとエレナは日頃から見慣れているが、フィオーラには奇異に映ったんだろう。

 興味を示し、彼女も参加している。


「セラ、軽く背中を押して頂戴」


「ほい」


 フィオーラの声にそちらを向くと、足を90度ほど開いて体を少し前に傾けている。

 いつもはローブやスカート姿だが、今はテレサから借りたパンツ姿だ。

 その彼女の要請に応えるべく、ペタペタと彼女の後ろに歩いて行き、背中に手を置いた。


「押すよー。おいっちにーさんっしー」


「っ!?」


 掛け声とともに、背中を押していく。

 日頃から何かと【ミラの祝福】を彼女にかけているし、怠惰な生活をしているわけじゃ無いから、年齢に反してウチの女性陣の中では、一番女性的なスタイルをキープしている。

 だが、それでも普段からあまり激しい運動はしていないからか、関節は硬い様で、小さな悲鳴を漏らしている。


「……お前のソレも随分長いわね。私と出会う前から続けているんでしょう?」


 セリアーナの呟きが耳に届いた。

 そういえば、このねーちゃんは誘っても乗って来ることは無いな。


「ずっとだねー。セリア様もやる?」


 フィオーラの背中を押すのを止めて、右足を真上に上げて片足で立つ……いわゆるI字バランスを決めながらセリアーナに答えた。

 筋力とか運動能力とかは自信無いが、柔軟性とバランス感覚だけは自信あるんだ。


「……足を閉じなさい」


 今日も誘ってみたが、セリアーナは半眼でそう言った。


「ぉぅ……」


 足を開くのが嫌なのかな……?


「普段っ、動かしていない箇所をっ、動かすからっ、悪くはっ、無いわよ?」


 前屈を頑張りながらフィオーラがフォローをするが、効果は無い模様。

 まぁ、そのうち気が向いた時にでも一緒にやろうかね。


558


 2週間近くに渡って降り続けた雨も、今日の夕方頃から勢いが弱まり、夜にはすっかり止んでいた。

 セリアーナ達とより積極的にダラダラするといった、例年とは少々勝手が違った過ごし方をした今年の雨季だが、どうやらそろそろ終わりを迎えそうだ。


「ねー。もう明日は晴れるかな?」


 窓の外を見ながら、隣に来て俺と同じく外の様子を見ているセリアーナに向かって聞いてみた。


「……そうね。この分ならもう明けたとみていいんじゃないかしら?」


「ほぅ」


 以前はこの街の冒険者は、雨季の間は休暇に充てていた。

 そして、その間に装備のメンテナンスを行っていて、職人たちは大忙しだった。

 それは、他領も含めて広く募集した事で緩和されていたらしい。

 その分ダンジョンが出来たし、今年はまだ間がないからそう変化は無かったが、来年以降はどうなるかはまだ分からない。

 まぁ、それは俺が考える事じゃないか。


 ともあれ、これで外での狩りも出来るようになるし、街に留まっていた冒険者たちも外に出るようになるだろう。

 ダンジョンで狩りをしている連中もそうだ。

 なんてったって、街のすぐ側により稼げる魔境が存在するからな。

 本命はダンジョンでも、たまには外に稼ぎに行ったりもするはずだ。

 ダンジョンの混雑も緩和されることだろう。


 そろそろ俺もダンジョンでの狩りを再開する頃合いかも知れないな。


 と、こっそり気合いを入れていたのだが……。


「お前は明日から忙しくなるのだし、外に遊びに行くのはまだまだ先よ」


 なんでかストップをかけられた。


 遊びにってのは……間違いとは言えないからいいとして、俺が忙しくなるってなんだ?

 隣のセリアーナの顔を見るが、言うだけ言って既にこちらを見ていない。

 明日になればわかるんだろうけれど……一体何が起こるんだろう……。


 ◇


 さて、今日は秋の2月末日だ。

 つまり……俺の誕生日。

 昼食時からフィオーラも部屋にやって来て、いつもの女性陣が勢揃いした。

 一体何が……と思ったが、そこでそう言えば誕生日かと思い当たったのだ。

 割と他人の誕生日は覚えているんだが、自分の分はなー……。


 渋い顔をしている間にも、セリアーナの執務室にどんどん運び込まれ、そして積まれていく俺への贈り物。

 今までも何だかんだで貰う事はあったが、今年はちょっと桁が違う。

 理由は一つ。

 俺がいずれミュラー家の養子になるからだ。

 ……我ながら大人気。


 今も大した権限は無いが、何だかんだであちらこちらに顔が利くからな。

 それが、貴族になるとどうなるか。

 まぁ、多分今と変わらないんだろうが、それでもやれる事は増えるし、名前だけでも覚えておいてもらいたいって連中が張り切ったんだろう。


 だが……。


「次は……あら? また人形ね。それも猫」


 大きめの箱を開けて中を見ると、入っていたのはリアル寄りの黒猫の人形だ。

 目録を読み上げるテレサによると、王国北部のどこぞの領地の商会主からだが、これで何体目だろう……。


「……なんでこんなに猫が多いんだろう?」


 今までも人形やヌイグルミを貰う事はあったが、大体がヘビだった。

 それが、今年は猫ばかり。

 ヘビグッズは結構気に入ってたんだけどな……。


「マリエラの件でしょうね。あの時は屋敷に他所からの客が滞在していたし、その事を耳にしたんじゃないかしら?」


「……あぁ。コール君ね」


 じーさんが引退した後の王都屋敷を任されることが決定している、マリエラ夫妻。

 そのマリエラと、記念祭の折に屋敷で顔を合わせたからな。

 そして、彼女が契約している従魔のコールともだ。

 実際のやり取りはともかく、その事を知った送り主たちが例年との変化を求めた結果が、この猫グッズの山か。


「まぁ……猫は嫌いじゃないから良いかな? でもこの量はね……。レオ君たちのおもちゃにはなるかな?」


 子供たちは3人とももう1歳になるし、この猫の大軍を見ても泣いたりはしないだろう。

 1つか2つ気に入ったのを自分の物にして、後はおすそわけだな……。


「ん?」


 この贈り物の山の処遇について考えていると、俺以外の皆が何やらドアの方に顔を向けている。

 誰か来たのかな?


「ミオね。もうすぐ部屋の前に来るから通して頂戴」


 それを聞き、待機していた使用人がすぐにドアを開けに行った。

 その間に、少しテーブルに広げられた荷物を整理するが……本当に今年は多い。

 今の俺の身分なら気軽に贈れるからって事もあるんだろうが、今日初めて知った土地の、聞いた事もない者から物を贈られるってのは……ちょっと落ち着かない。


「……これってお返しとかするのかな?」


「直接物を贈る必要は無いけれど、礼の手紙は書いておく方が良いわね」


 俺が何となしに呟いた言葉をセリアーナが拾った。

 そうかぁ……お手紙を書かないといけないのか……どんな事書きゃいいんだ?

 唐突に出現した難題に、頭を抱えていたのだが……。


「姫、礼状はこちらで用意していますから、最後にサインだけお願いします」


「そんなんでいいの!?」


 テレサの言葉に驚いていると、横からセリアーナが補足を始めた。


「親しい方への手紙は自筆の方が良いけれど、そうじゃないのなら、どうせ書く内容は一緒なんだし、代筆させることがほとんどよ。私もそうしているし……大変でしょう?」


「……なるほど」


 そう言えば、セリアーナが手紙を書いているところをよく見るが、確かにスピードがやたら速かった。

 そんな絡繰りが……!

 他にも手紙の作法などを聞いていると、ミオが到着したのが開いたドアから見えた。

 何かの荷物を持っているようで、ミオだけじゃなくて女性兵たちも一緒に持っている。


 状況的に俺へのお届け物かな?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る