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555


 カチャカチャとキッチンから食器の立てる音が聞こえてくる。

 同じくキッチンから漂ってくるお茶の香り。

 なんでセリアーナにお茶の用意を任せて俺はリビングにいるんだろう……?


「なんか手伝うー?」


「必要無いわ」


 キッチンに向かって、手伝いはいるかと声をかけるが、必要無いらしい。

 まぁ、お茶を淹れているだけだしな……ここで飲むわけじゃ無いし、手伝うと言っても運ぶくらいだし、必要ないか。


 ちなみに、茶葉やカップ類は片付けがひと段落した際に、セリアーナの部屋から取ってきた物だ。

 彼女の部屋にもキッチンがあるが、【隠れ家】の方が使いやすい様で、こちらを利用している。

 だが、【隠れ家】内の食器類も徐々に充実してきてはいるが、まだまだ彼女のお目には適わないようだ。

 俺が使いやすい物を選んでいるし、仕方ないかな。


 ふむ……と納得して、リビングを見渡す。

 片付けを始めるまでは、素材や木箱があちらこちらに積んでいたが、残しておきたい素材は別にして、近いうちに処分して問題無いものは、すぐ動かせる様に一ヵ所に纏めている。

 物自体は減ったわけでは無いが、なんというか【隠れ家】全体がスッキリしたな。

 雨季が明ける頃にはダンジョンも落ち着いているらしいし、そうなったら俺も探索を再開する。

 そしたらまた素材が増えてくるだろうけれど……果たしてこの状態をキープできるだろうか。


「ぬぬぬ……」


「なにを唸っているの」


「ぬ? いや、部屋綺麗になったなーって」


 セリアーナの声に顔を上げると、トレーを手にこちらにやって来ていた。


「片づけたのだから当然でしょう? さ、行くわよ」


「へーい」


【浮き玉】に乗ると、彼女の前に出て玄関に向かった。


 ◇


 セリアーナの部屋に戻ってお茶を飲んでいるが、その間は特に何かを話したりってことは無く、それぞれ適当な本を読んでいる。

 俺が読んでいるのは、領都の冒険者ギルドが領内の各街にある支部向けに発行している、領地に出現する魔物と、その生息地が纏められたものだ。

 非売品ではあるが、先日ゲットした。

 もっとも、載せられているのは領都以西で、魔境の魔物情報は無い。

 今後の冒険者の働きにかかっているんだろう。

 とはいえ、これはこれでなかなか興味深い。


 基本的に、俺は狩場以外での戦闘は行わない。

 なんといっても移動は【浮き玉】を使って空を飛んでいるからな。

 たまに馬車を使う事もあるが、そういう時は大体護衛付きで、魔物が現れても彼等が倒している。

 その為、領内にどんな魔物がいるのかってのを、実はあまり知らなかったりする。


「随分真剣に読んでいるけれど、面白いの?」


「……ぬ? うん。面白いよ」


 興味深く、ついつい真剣に読んでいたのだが、その様子がおかしいのか、セリアーナがからかうような口調で言葉をかけてきた。

 騎士団の資料で似たような物はあるが、アレはあくまで集団で一掃するための資料で、正面から対峙する用の資料じゃ無いんだよな。

 こちらの方が見応えがあって、ずっと面白い。


 しかしだ、俺が読んでいる本は確かに一般的なものでは無いと思うが、セリアーナが読んでいるのも中々どうして……。


「セリア様こそ、それ面白いの?」


「悪くは無いわね。そもそもこれはお前の物でしょう? 何のために手に入れたの?」


「……何のためって、レシピ本なんだし料理するためじゃない」


 それを聞いたセリアーナは、フッと笑っている。


 セリアーナが読んでいるのは、俺が王都やゼルキスなんかで入手した料理のレシピ本だ。

 もっとも前世のように、詳しい作り方や正確な分量などが載っているわけではなくて、なんとなくのふんわりした情報しか書かれていない。

 他所の情報が手に入りにくいこの世界では、これでも貴重らしくて、お値段はそこそこした。

 だが……まぁ、折角手に入れたはいいけれど、【隠れ家】に積んでいたままだった。

 それを、掃除中のセリアーナが発見して、今に至っている。

 彼女が笑ったのは、料理をしない俺が買っていたからかな?


 料理なー……。

 1人で移動する時なんかは自分で作るが、1人分だから失敗しないような物ばかり作ってるんだよな。

 中々新しい物にチャレンジする機会は無い。

 一応簡単には目を通してはいるが、あまり内容は覚えていない。

 そういえば、その本にはどんなのが載っていたっけ?


「折角買ったのに残念だけれど、これはあまりお前に向いた料理は載っていないわね。私も作ろうとは思わないわ」


 セリアーナの方を見ていると、視線に気付いたのか、本を掲げてそう言った。


「どんなのが載ってたっけ?」


「大型の獣の捌き方や、その場での調理法ね。狩猟が中心の山村の様子も書かれているわ。自分がそこで暮らしたいとは思わないけれど……色々な暮らしがあるものなのね」


 と、感心している。


「……ぉぅ」


 なんとも豪快な……確かに俺向きでは無いな。

 そして、それを聞いて何となく内容を思い出した。


 確か、その料理はどんな場所で食べられているのかって、筆者の簡単な説明が一緒に載っていたんだ。

 セリアーナはそれを読んでいたんだな……。


 その後も1冊2冊と読み進めて、果てには互いの読んでいた物を交換したりと、そんな事を続けているとすっかり夜になった。

 【隠れ家】の片づけと読書だけで1日潰せてしまったな……もったいないとみるか、有意義とみるか……悩ましいところだ。


556


 雨音しか聞こえない夜のリアーナ領都。

 俺はセリアーナに命じられて、領主屋敷の1段下に建っている、2番隊隊長ことアレクとエレナの屋敷に、お空からお邪魔する事にした。


「おじゃましまーす」


 アレクの屋敷の3階にある、領都の外を監視するための部屋。

 役目が役目だけに雨が降っていても窓を開けて、兵士が外を監視している。


「っ!? ああ……セラ副長か……」


 暗闇の中、突如上から降って湧いた俺の声に、慌てて腰の剣を抜こうとしたが、すぐに俺だと気付いたようだ。

 危ない危ない……声かけてなかったら斬りかかられていたかも。


「驚かせちゃったかな? ごめんねー」


「本当に音も無く現れるんだな……。危うく斬りかかるところだったぜ。それで……こんな時間にどうしたんだ? 隊長に用か?」


 彼は小さく笑っているが……危なかったっぽいな。

 今度から照明を持っておこう。


「いや、アレクじゃなくてエレナになんだ。入らさせて貰うよ」


「奥様か……わかった。入ってくれ。普段通りなら2階の談話室にいるはずだ」


 そう言うと、彼は一歩下がり俺が通る場所を空けた。


「ん。ありがとー」


 礼を言って中に入ると、【風の衣】を解除した。

 ついでに部屋の中を見渡すと、奥の方にベッドが何台か置いてあるのがわかる。

 今はそこには誰もいないが、ここは宿直室も兼ねているのかな?


 ご苦労様だ。


 ◇


「ここかな……?」


 2階に降りてエレナの下に行こうと廊下を漂っているが……この屋敷も中々の広さ。

 エレナの部屋は、前お邪魔させてもらったから覚えているが、他の部屋はな……。

 領主の屋敷の様に、そこら辺に護衛の兵や使用人がうろついているわけじゃ無いし、とりあえず2階の中央辺りにある、ひときわ大きなドアがある部屋に目星をつけたんだが……。


 とりあえず、ノックしてみるかな?


「……おわっ!?」


 いざノックを……としたところで、中からドアが開けられた。

 そして、顔を見せたのは……。


「さっさと入って来いよ……」


 ドアの前でまごつく俺の、気配的な何かを察知したんだろうな。

 毎度の事だが、本当になんでわかるんだろう?

 呆れ顔のアレクが、中に入るように促した。


 ダンジョンの一般開放以来、彼はダンジョンに詰めている事が多く、顔を見るのは随分久しぶりだ。

 あまり疲れた様子は見えないが、順調なのかもしれないな。


 ともあれ、彼の背を追って中に入ることにした。


 部屋は20畳くらいの広めの部屋で、ソファーとテーブルが数セット置かれている。

 そして、その一つにエレナが座っていて、見ればテーブルに酒らしきものが置かれていた。

 晩酌でもしていたのかな?


「いらっしゃいセラ。こんな時間に君が来るなんて珍しいね」


 空いた席を手で指しながら、エレナが口を開いた。

 アレクもそうだが、彼女も部屋着に着替えている。

 もうしっかりオフの様相だ。

 あまり時間はかけずに、さっさと済ませてしまおう。


「お邪魔しまーす。今日はエレナに用事があってね」


 俺はソファーに降りずに、そのまま話を始めた。


「うん? 私かい?」


「そうそう」


 エレナは、俺がやって来たのはてっきりアレクに用事があるからとでも思っていたのだろう。

 用があるのが自分の方だと知り、目を丸くしている。

 まぁ、そんなに驚くような内容じゃないんだけどね……。


 ◇


 雨季に入って、もうすぐ終わるが今日で4日目。

 後10日ほど続くわけだが、その間の仕事を全部片づけたセリアーナたちは、この雨季の期間を丸々休みにする事に成功した。

 言ってしまえば、2週間ほどにわたっての雨季休暇だ。


 ……だが、セリアーナは昨日の時点で休暇に飽きてしまっていた。

 話し相手も、俺じゃー共通の話題が少なく、折角のまとまったお休みなのに、むしろストレスをためてしまう事態になっている。


 それなら仕事でもしたらどうなんよ?

 と思うが、既に仕事の割り振りは済ませてあって、そこにセリアーナが急遽割って入るってのも迷惑になりかねないと、遠慮している。

 妙なところで常識的な顔を見せるもんだ。


 そこでセリアーナは、同じく休暇中のエレナは何をしているのだろうかと、俺を使いに出した。

 そして、もし明日予定が入っていない様ならお茶会にでも誘って来いと言われた。

 もし用事があって断るような事態になっても、俺相手なら遠慮しなくていいだろう……ってことで、夜にもかかわらず、アポ無しで俺がやって来たわけだ。


 その説明をしたのだが……2人が何やら顔を見合わせて苦笑を浮かべている。


「どしたのよ?」


 首を横にコテンと倒してどうしたのか尋ねると、アレクが笑いながら口を開いた。


「ああ、似た者同士だなって思ってな……。エレナも、休みが飽きてきたようで、明日にでも屋敷に顔を出すつもりだって話していたんだ」


「……へぇ」


 エレナの方を見ると、少し照れたような顔をしている。


「セリア様とは、もう随分長く一緒にいるからね。手が空いた状態で何日も離れているとなると……落ち着かないんだ」


「あらぁ……」


 確かセリアーナに雇われてから12~13年くらいなのかな?

 その間ほぼ毎日顔を合わせて、一緒にいたんだ。

 そんなもんなのかな?


 ……その後少しだけ話をしたが、エレナは明日の朝から屋敷に来ることになった。

 出仕ではなく、遊びにってのがアレではあるが、まぁ……やる事無いもんな。

 理由はなんでもいいんだろう。

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