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553
「ただーいまっ……と。誰もおらんね……」
セリアーナとの空のお散歩を終えて、つい先程屋敷に戻ってきたのだが、セリアーナはリーゼルに帰還を伝えに向かった。
そして、彼女に【小玉】を渡して、俺はそのまま部屋に戻る事にした。
【風の衣】は雨を全部弾いていたし、濡れたりはしていないが、まぁ……この大雨の中を出ていたわけだしな。
何となく着替えたいんだ。
そういう訳で部屋に戻ってきたのだが、子供も乳母の姿もそこには無し。
「……奥でシャワーでも浴びようかな」
着替えだけにしようかとも思ったが、これなら【隠れ家】の風呂を利用してもいいかもな。
そう考え、部屋の中を奥に向かって進み、寝室のドアを開けた。
こっちも同じく誰もいない。
無人の部屋をさらに進みベッド脇の壁に手をついて……。
「ほっ!」
【隠れ家】を発動して、ドアの中に入り込んだ。
【隠れ家】の玄関からまず目に入るのは、リビングに繋がる廊下の両端に新たに置かれた背の低い棚だ。
俺が注文した物ではなくて、ジグハルトが以前工房に行った際についでに注文を出していたらしい。
飾るための物ではなくて、とにかく色んなものを収納できる実用性重視の棚だが、今はまだ何も入れていない。
「……むぅ。また片付けないとな」
玄関のすぐ側だし、素材をドンドン放り込んでいくのもいいかもな……。
そうしたら【隠れ家】全体がスッキリするだろう。
リビングには結構色んなものを積んでしまってるもんな。
「まぁ……それはまた考えるとして、お風呂お風呂……」
俺1人でやるのは大変だし、アレクとかジグハルトが暇な時にお願いしよう。
今は、風呂だ風呂。
◇
シャワーを浴びて温まり、洗濯機に突っ込んでいた服も洗い終わり、ついでに干し終えもした。
時間にして20分ほどだろうか?
屋敷に戻ってから、そこそこ時間が経っているのだが……モニターを見るが、セリアーナは部屋にまだ戻って来ていない。
リーゼルとの話が長引いているのかもしれないが、そんなに話す様な事ってあったかな……?
シャワーを浴びている間に戻ってきたってのも無いとは言えないが……モニターから見えるのは寝室だけだが、セリアーナなら部屋に俺の姿が無くても【隠れ家】内にいるって事はわかるだろうし、呼びかけくらいはあるはずだ。
外からの呼びかけは【隠れ家】全体に響くから、シャワーを浴びていても気付くし、聞き逃しってことは無い。
見た感じ、まだ部屋には誰もいないし、今のうちにそっちに戻っておこうとは思うが……。
「ぬーん……髪どうしよう。このままでいいかな?」
唸りながら、タオルを巻いたままの頭に手を当てた。
大分乾いて来てはいるが……まだ湿ってるんだよな。
とりあえず、頭はこのままで行くとして、服はどうしようか。
未だ素っ裸。
【隠れ家】内は丁度良い温度になっているが、流石にこのままってのもよろしくない。
「服……はっと」
リビングから寝室に移って、そちらに置いてある服が入った棚の引き出しに手をかけた。
開けると、何着もの服が収納されている。
俺の着替えはセリアーナの寝室にも置いているが、こっちにも置いているんだ。
たまにテレサが入れ替えている。
「これでいっか」
その中から選んだのは、青いワンピースタイプのルームウェアだ。
腰のところに帯が付いているだけで、飾りっ気の無い地味なデザイン。
俺が着るならこれくらいで良いんだよな……。
そんな事を考えながら取り出して、頭から一気に被った。
さてと……着替えも済んだし、何か一杯飲んだら外に出るかな。
◇
【隠れ家】からセリアーナの執務室に場所を移して、相変わらず頭にタオルを巻いたまま、俺は適当な本を読み始めた。
それから30分ほど経った頃、部屋のドアが開けられた。
ノックは無し……セリアーナだ。
「お帰りー……おや?」
顔を上げて入口の方を見ると、外に出ていた時の乗馬スタイルから、俺と同じくラフなワンピースに恰好が変わっていた。
変わったのは服だけじゃなくて、髪も下ろしている。
俺の前までやって来ると【小玉】から降りて、彼女のいつもの席に座った。
「セリア様もお風呂入ってたの?」
「ええ。リーゼルのもとに行く前に用意させておいたのよ」
どうやら、セリアーナが利用したのはこの部屋のじゃなくて、南館の来客用の方らしい。
向こうの方が設備は整っているもんな。
こっちの使用人の大半は休みだし、本館の使用人に頼んだんだろう。
「髪は?」
タオルを巻いたままなのが気になったのか、こちらを見てそう言ってきた。
「うん。もう乾いてるよ」
タオルを外して髪に触れるが、しっかりと乾いている。
時間が経ったからってのもあるが、外は雨なのに、この部屋ちょっと乾燥しているのかもしれないな。
「そう……。後でテレサがお茶の用意に来るから、その時に渡しておきなさい」
「ほい」
俺たちは休暇中なのに、テレサは変わらずお仕事か。
まぁ、テレサは仕事が趣味みたいなところがあるからな……。
夜に肩でも揉んだげようかな。
554
街中を視察した昨日に引き続き、今日も外は絶賛大雨だ。
時折東の山の向こうに稲光が見えて、わずかに音も伝わって来る。
街の様子はわからないが、冒険者地区の屋台は別として、それ以外の場所だと出歩く住民はいないんだろうな。
こういう時の一般市民って何をしているんだろう……?
俺は孤児院にいた時は雨とかお構いなしで働いていたし、セリアーナのお世話になるようになってからは、ダラダラしているが……。
平民の生活はわからんな。
ちなみにお貴族様は普通に仕事をしたり屋敷内で優雅に過ごしたりで、あまり普段と変わらなかったりする。
外出は馬車を利用するし、問題無いと言えばそうなのだが、迎える側に配慮して基本的に雨季の間の外出は控えている。
どちらかと言うと、馬車を使う余裕のある比較的裕福な平民が、貴族の馬車が少ない今のうちにここぞとばかりに、利用しているそうだ。
暗黙の了解ってやつだな。
まぁ、それでも喫緊の事態の場合は、そこら辺の事情は無視するんだとか。
そういえば上手い事回避していたが、そうしなかったら、セリアーナも他所の商人と面会することになっていたかもしれない。
面倒でも、一応正規の手順を踏んで来たら、無碍には出来ないしな。
根が真面目だと、こういった時に大変だ。
そんな事を、窓の外を見ながら考えていたのだが……。
「……暇ね」
「今日も!?」
セリアーナの声に思わず反応してしまった。
振り向くと、丁度手にしていた本をテーブルに置いているところだった。
確か少し前に届いた本だったけれど、読み終わったのかな?
セリアーナは立ち上がると俺が浮いている窓の方に向かって歩いてきた。
部屋には例によって俺と2人だけで、予定も入っていないしラフな格好をしている。
昨日もそうだったが結局すぐ着替えていたし、服はあんまり関係無いかな?
「今日も出かけるの?」
無言で窓の外を見ているセリアーナに声をかけた。
街の視察は昨日で十分な気がするが、アレはストレス解消も兼ねているっぽかったしな……。
別に今日もやっても構わないと言えば構わない。
「今日はもういいわ」
だが、その気は無い様で、つまらなそうな声でセリアーナはそう言い、何を考えているのかわからないような顔で、窓の外を見続けている。
うーむ……いつもはエレナなりテレサなりも部屋にいるから、内容はよくわからないが彼女達とお喋りをしているが、俺にはそんな会話のレパートリーは無いからな。
退屈を紛らわせる事は出来そうにない。
時間があるのなら子供たちの相手でもしたら……とも思うが、彼女なりにポリシーがあるようで、極力育児は乳母に任せて自分は関わらないようにしている。
どうしたもんかな……。
「そうね……。セラ、奥に行くから準備をして頂戴」
「ぬ?」
【隠れ家】に何の用だろう?
「部屋、誰もいなくなるけど良いの?」
「中から様子はわかるし、声も聞こえるでしょう? 問題無いわ」
「それもそっか……んじゃ、行きましょー」
何をしたいのかはわからないが、別に断る様な事でも無い。
モニターもあるしセリアーナの加護もあるから、彼女が言うように人がやって来ても事前にわかるだろう。
大丈夫だな、と頷いて、【隠れ家】を発動するために、寝室に向かう事にした。
◇
「……これは何?」
セリアーナは怪訝な顔で、丸めた毛皮を手にしている。
「……何かの毛皮」
俺は、見たまんまの事を答えた。
何の毛皮だったかな……多分ダンジョンで倒したイノシシだったはずだけど、今一つ自信が無い。
それを聞いたセリアーナは、呆れたように息を一つ吐くと、側に置いたいくつかある木箱の1つにそのまま放り込んだ。
そしてまた別の物を取り出した。
「この牙は……オオカミかしら? ここに纏めておくわよ?」
セリアーナが手にしている箱は底の浅い横1メートルほどの長方形で、底には布を敷いていて、オオカミだけじゃなくてイノシシの牙なども入れている。
確か布を買った時に入っていた箱だったかな?
丁度いいから、牙とかを入れるのに使っているんだ。
セリアーナは俺の返事を待たずに箱に入れると、再び作業に取り掛かった。
さて、【隠れ家】に2人で入ったが、そこで何をしているのかと言うと……部屋の片づけだ。
以前フィオーラが来た時は、素材関連の仕分けをやっていったが、今回俺たちはその仕分けした物をさらに整理している。
なんというか……セリアーナは退屈すると家事に走るタイプなのかもしれないな。
ただ、屋敷の自分の部屋は常に片付いているし、かと言って他の場所を、領主夫人が片づけるってのも体面が悪いし、何より使用人たちにとってもおっかないことだろう。
で、丁度良いのが俺の【隠れ家】だったと……。
ここは物が散乱してはいるが、それを片付けても別に汚れるようなことは無いからな。
最近セリアーナは【隠れ家】の中に来る事が無かったから、初めは中の様子に驚いていたが、遣り甲斐があると逆に気合が入ったのか、すぐに片づけに取り掛かり始めた。
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