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「どうしたの?」


 ホッと一息ついた事を訝しんだのか、セリアーナが胸元の俺に声をかけてきた。


「ん? ちゃんと街の中に留まってくれたなって」


 セリアーナは冒険者ギルドから真っ直ぐ南に直進していたが、街壁の手前まで来るとそこでストップして、お次は壁周りに東に進み始めた。

 壁の上には街の外を見張る兵がいるが……俺たちには気付いていないな。

 やはりこの世界の人間は、空への警戒が甘い。


 この周辺は彼女の視察予定に入っているのか速度は大分ゆっくりで、俺も下を見たり返事をする余裕がある。

 ってことで、先程の問いかけに答えたのだが……。


「お前は私をなんだと思っているの……」


 彼女的には心外だったのか、2本の指で俺の頬を引っ張っている。

 まぁ、軽くだから痛くは無いが。

 2度3度それを繰り返すと満足したのか、セリアーナは指を放して下を見始めた。

 今まで彼女がこっちの方に来たのは、【ダンレムの糸】の試射で外の訓練場を利用した時くらいだったかな?

 物珍しいのかもしれない。


「まあ、いいわ……。セラ、お前はこの辺りも普段から通っているのでしょう? 何か変化はあるかしら?」


「変化ねぇ……」


 いつの間にやら領都の東の端、東門が見える場所にまで来ている。

 セリアーナはそこで停止すると、街の様子を聞いてきた。


 改めてそこから街の様子を見てみる。


 元々この街は、冒険者ギルドがあった場所が東の端だった。

 だが、さらにそこから東に東にと拡張を続けていき、いまでは冒険者ギルドは東の端どころかむしろ中央寄りにまでなっている。

 さて、その拡張した東側は南北に分かれていて、北側は商業ギルドと職人たちが押さえているが、南側は冒険者ギルドが押さえている。

 そこはダンジョン産の素材を取引する場所にする予定だったが、今までは手を着けず空き地のままだった。


 だが、春にダンジョンがこっそり開通されて以来、ちょっとずつ大きなホールのような建物が建ち始めて今では何棟か完成している。

 そして、先日正式にダンジョンが開通した事を公表され、一般開放もした。

 ちょうどその頃から馬車が何台も出入りしていたのを覚えている。

 商業ギルドの連中かな?

 これまでは建物こそ完成していても、人の出入りは無かったからな。


「……馬車の数が増えてるくらいかな?」


 俺がわかる変化といったらそれくらいか……?

 ちょうど今も敷地に入っていった。


 その馬車だが、普通の荷馬車や辻馬車という訳じゃなく、ちょっと良い馬車な気がする。

 かと言って貴族用ってわけでも無いし、どこぞの商会の持ち物だろう。

 その割には護衛がいないが……まぁ、仮にも領都だしな。

 ゾロゾロ引き連れて移動するわけにもいかないんだろう。


「……大したことは知らないのね」


「東門とその周辺。冒険者ギルドといくつかの工房……この街でオレが出入りする場所ってそれくらいだしね……」


 上空を通過する事はあっても、わざわざ留まったりはしないから、あまり街のことは詳しく無いんだよな。

 むしろ直接各ギルドの幹部陣と面会したりしているセリアーナの方が、街については詳しいんじゃないかな?


「それもそうね。まあ、いいわ」


 そう言うと、セリアーナは口を閉ざして下の様子をジッと見ている。


「……街に少し変化を起こしたけれど、冒険者地区に異常は無いようね」


 そうすることしばし、どこかホッとした様子で口を開いた。


 ……屋台を勧めたのはセリアーナだし、ひょっとして気にしていたとか?

 だから、この雨の中わざわざ街に出たのかな?


「もうここはいいわね、次に行くわよ」


「わっ!?」


 意外と普通っぽいところがあるなと、思ったのもつかの間。

 すぐに【浮き玉】を加速させた。

 この切り替えの早さよ……。


 ◇


「先程のお前じゃ無いけれど……馬車の数が増えているわね」


「そうだね。普段はもっと少ないんでしょう?」


「ええ。雨季の間は貴族はあまり外に出ないから……。今のところは事故も起きていないようだけれど、注意させておきましょう」


 東門からさらにグルーっと壁沿いに北に向かって移動を続けながら、街の様子を2人で見ていたが、とにかく馬車の多さが目についた。

 今も変わらず雨足は強いままで、道を行く人の姿はほぼ無い。

 だが、その分馬車が多いこと多いこと……。

 乗っている者は濡れないが、当然この雨の中走らせたら馬車も馬も濡れて消耗してしまう。

 それだけですぐにどうこうってことは無いが、それでも雨季の間は馬車の利用も減るのが常らしいが、お構いなしだな。

 リアーナ領の領都になった事で大分発展してきたとは言え、それでも住民の大半は田舎のおっちゃんおばちゃんで、まだまだ鄙びた街だったが……ダンジョンが出来ただけで一足飛びに一端の大都市だ。


「さて……後は……」


 街の様子を見ていたセリアーナは、顔を上げると西を向いた。

 ここから西は、教会に孤児院、治療院。

 さらには、西部側の冒険者たちが屯っている宿といった、西部側の施設が固まっているエリアだ。


「あっちに行くのは止めない……?」


 セリアーナがどう判断するかはわからないが、見たところ特に危険そうな存在はいないが、だからといってフラフラ近付くのもどうかと思う。

 が、セリアーナは俺の言葉を聞いているのかいないのか、ジッとそちらを睨んだまま【浮き玉】を滞空させている。

 何か気になるものでも見つけたのかな?


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「セラ。お前、この街に来てから教会地区は行っていないわね?」


俺の何度かの呼びかけを無視して、あの地区を凝視していたセリアーナが口を開いた。


「うん。たまに兵の巡回に付き合ったりした時にそばを通るくらいで、普段は近づいてないよ?」


俺の身分はもうすっかり綺麗になっているし、見た目も大分変わってはいるが、赤毛のチビって印象は相変わらず変わっていないしな。

もしかしたら気付く者もいるかもしれない。

今更後ろめたい様な事も無いが、それでも揉めるかもしれないし、場所はもちろんあの場所に出入りする人間にも近づかない様にはしている。

それは【浮き玉】を利用している時でも同様だ。


その事を思い出しながら、セリアーナの言葉に頷いた。


すると、セリアーナはさらに高度を上げると、【浮き玉】を教会地区の中央近くに進ませた。


「お前の目から見て、何か変わった所はあって?」


「ぬ……」


この位置からだと地区全体が一目でわかる。

正式名称では無いが、教会地区と銘打つくらいあってドンと教会が真ん中にある。

そして、そこの裏手に繋がる様に孤児院が併設されていて、その周囲に教会勢力と懇意な冒険者たちが主に利用している、治療院に、安宿や酒場などが並んでいる。


「うーん……」


変化変化変化……。

とりあえず、前は街の北西部を占めていたが、街が拡張された事もあって、今ではあくまで街の北部の一角に過ぎない。

それに合わせて、街の中での影響力はどんどん減って行っているそうだ。

特に、セリアーナたちが露骨に教会を省いているしな。

徐々に街の住民も、距離を取るようになってきている。


その影響もあるのか、上から見ると何となくだが閑散としているように思える。

雨季だからってだけじゃない。

かつては、それなりにあの一画は冒険者を始め、色んな人間が出入りしていたのだが……治療院にすらおよそ人の気配が無い。

孤児院も既に子供を他所の街に移していて、実質閉院状態だ。

教会と宿にはまだ少しの人間が残っているが……。


だが、俺がわかる変化はそれだけだ。


「人気が無いって事くらいしかわからないかな……」


「そう……。何か大幅に手を加えられた場所とかは?」


「手を……? うーん……いや、無いと思うよ? まぁ、俺も上からこれだけじっくり見たことは無いから、よくわからないけど……」


少なくとも、俺が気付ける範囲では何かが大きく変わったってことは無い。


「……結構」


セリアーナは小さな声で一言だけそう言うと、口を閉ざして下を注視している。


「……えーと?」


一体何をしたいのかと聞いたりもしたいが……随分真剣な表情だし、邪魔をしちゃいかんかな?

仕方が無い。

彼女が何を見ているのかわからないが、周囲の警戒でもしておこう。

俺はヘビたちを外に出して、周囲の見張りを任せる事にした。

そんなに見る物も無いだろうし、時間はかからないだろう。


……結局20分ほど経っただろうか?

セリアーナは、教会地区の上空に留まりそこの様子を調べていたが、ようやく満足したのか移動を始めた。


「ねぇ、セリア様? 何かわかったの?」


移動を始めたはいいが、特に何かを言ったりもせず、何をしたかったのかがよくわからん。


「お前が言うように、そもそもここに出入りする人間が少なすぎるわ。もちろん時期的な問題があるのかもしれないけれど、ダンジョンが一般開放されて以来私もこの周辺を探ってはいるけれど、ダンジョンの探索許可を持つ冒険者が出入りする気配は無いし……」


「そんなことしとったのね……」


街の端にある屋敷からこの辺りまでとなると、領都の半分近くをカバーすることになる。

セリアーナの加護は距離だけなら相当広げられるようだけれど、その分負担も大きくなるそうだが……相変わらずすげぇな……このねーちゃん。


「領都に様々な者が入って来ているのは把握していたけれど、それで街に直接どのような影響が出ているかは人伝に聞くだけだったし、自分の目で見るいい機会だったわ」


「ほぅ……」


リーゼルはたまにだが各ギルドに会合で顔を出す事もあるが、セリアーナはほぼ外に出ることは無い。

現時点で、この領地最大のVIPはリーゼルじゃなくてセリアーナだしな。

そうそう危険は無いとはいえ、それでも街に出る事は基本的に控えていた。

出ることがあったとしても、護衛が周囲を固めて、決められたエリアを決められたルートってだけだったからな。

もっともそう決めていたのはセリアーナ自身で、その気になれば完全に自由に……とまでは行かないが、ある程度は出歩いたりは出来ていたが……真面目だしな。

情勢が落ち着くまでは自重していたんだろう。


だが、それじゃあ、街の様子がわかっているとは言えない。

ダンジョンが出来た事で、セリアーナの重要度も少しは下がるし、だからこそ今日の様に外に出る気になったんだろう。


「セラ、お前は普段は教会地区を避けて移動しているのよね? とりあえず、これからもソレは継続しなさい」


「ぬ? う……うん」


教会地区から離れた所で、セリアーナがふとそんな事を言ってきた。

まぁ、俺もあそこには用は無いし近寄ろうとは思わないが……念押しするって事は、まだ何かあるのかな?

そこら辺の事も聞いたりしたいが……既に商業地区を越えて職人地区に差し掛かっているし、セリアーナの意識はそちらに移っている。

多分答えてはくれないんだろうな。

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