237

545


 本館1階の面会用の部屋。

 本日はここでセリアーナが客の相手をしているが、俺も同席している。

 といっても、例によって何かをするわけでも無く、ただただふよふよ部屋を漂っているだけだ。

 この部屋、俺がゴロゴロできるスペースが無いんだよな。

 時折、お客さんが俺の方を見ているが、別に話しかけられたりもしないし……。


「それでは、セリアーナ様。私共はこれで失礼いたします」


 男は席を立ってそう言うと、部屋を出る前にもう一度こちらに向かって頭を下げて、そして部屋を出て行った。

 会う人会う人皆そんな感じだ。


 ダンジョンの一般開放をいよいよ明日に控え、セリアーナへの客もピークを迎えている。

 商人なんかはリーゼルの管轄だが、冒険者……それも腕の良い連中はセリアーナが抱え込んでいるからな……領内の商人はもちろん、他領や外国の商人、貴族と大忙しだ。


「セラ」


 セリアーナの呼び声に目を向けると、指で肩をトントンと叩いている。


「はいはい」


 セリアーナが座るソファーの裏に回ると、そのまま彼女の肩に指を当てて、グイグイと押し始める。

 そして【ミラの祝福】も発動し、肩回りへのマッサージを続けていく。


「お疲れだね」


「疲れてはいないわ。……飽きたのよ」


「……ぉぅ」


 うんざりした様なセリアーナの言葉に、なんと返したらいいのやら……だが気持ちはわかる。


 セリアーナのお抱え冒険者との取引を、紹介を、依頼を……顔ぶれは変わっても、話の内容はほぼ一緒だもんな。

 前置きは長いが、結局はセリアーナの「却下」の一言で終わる話ばかり。

 それが一組二組なら大したこと無いが、毎日10数組相手じゃーね……。

 よくもまぁ……そんなにたくさんの人たちがこの街に滞在しているもんだ。

 そのうちの何組かは、既に領都に店を構えているらしいが、他の連中はどうなるのかな。


「エレナ、今日はまだお客さんいるの?」


「ん? あと2組だね。明日はなにも予定は入っていないし、一先ずそれで終わりだよ」


 エレナは、部屋を整えに入って来た使用人達に指示を出しながらも、質問に答えてくれた。

 一先ずってのはよくわからんが……。


「まだ2組もあるのか……。でも、もう少しじゃない」


 肩を終えて今度は首のマッサージに移りながらそう言うと、溜息を一つ。


「これからが長いのよ。何組かは領都に店を持っているけれど、流石に全員は無理でしょう?」


「うん」


 正にそこを疑問に思っていたんだ。


「彼等もその事はわかっているの。だから、出来るだけ領内で条件の良い街に店を持とうとしているのよ。ただ、他の街はココと違ってもう完成されているから、簡単には拡大できないわ」


「うんうん」


 領都はもう結界を張ったけれど、他の街はそうじゃない。

 簡単に壁を壊したりは出来ないだろう。

 ……例外は魔王種の素材が分配された街くらいかな?


 その事を言うと、小さく頷いた。


「そう。でもそう考えるのは皆一緒。代官の裁可待ちね。……だからこそ私やリーゼルに面通しをして、優先的に話を進めようとしているのよ」


「ほうほう」


 根回しか……基本ではあるな。


「私もリーゼルも、代官を置いている場所は代官に全てを任せる方針だし、意味は無いのだけれど……彼等もここまでやって来るのに相応の身銭を切っているわけだし、まだまだ諦めないでしょうね」


 続いて、もう一つ大きく溜息を吐いた。


 セリアーナの事だし、一度言ったんだから大人しく諦めろよって思っているんだろう。

 だが、向こうは向こうで粘る理由があるし、その事もわかる。

 何より、ちゃんと正規の手順を踏んでいる以上、断るわけにもいかない。

 ただの我儘になっちゃうしな。

 それはセリアーナの性格上、許せないんだろう。


 言動に似合わず真面目なねーちゃんだ。


「雨季が明ける頃には収まるはずですよ。その後はしばらくゆっくり出来るはずです」


「……長いわね。セラ、もういいわ」


「ほい」


 どうやら次のお客が来たらしい。

 俺を下げて、代わりにエレナを呼んで服を整えさせた。


 後2組。

 頑張って貰おう!


 ◇


「……ぉぉぅ。いっぱいだぁ」


 ダンジョン一般開放の当日朝、セリアーナから命じられて街の上空をぐるりと周っている。

 やはりダンジョンがある冒険者ギルド周辺は、冒険者や彼等に依頼を出そうとする商人達で賑わいを見せているが、そこだけじゃなくて、街全体がとにかく人通りが多い。

 それに合わせてか、巡回の兵も多いし揉め事が起きたりはしていないが……まぁ……人の多い事。


 街だけじゃなくて、その外……一の森も遠目にだが人の気配が沢山あるのがわかる。

 事前調査したダンジョンの情報は、冒険者ギルド経由で広めているそうだし、様子見の連中もダンジョンにチャレンジするために、魔境の依頼を消化しているんだろう。

 季節柄、しばらく人の出入りは減るだろうが……皆忙しくなるだろうな。


546


 秋の2月半ば。


 ダンジョンの一般開放から1週間が経った。

 俺はその間ダンジョンには近づいていないが、聞いた話によると怪我人こそ出てはいるが死者は出ていないそうだ。

 また、アレクを始め2番隊の中でも腕が立つ連中が、いざという時に救援に駆け付けられるように、昼夜を問わずダンジョン内で狩りをしながら詰めているが、その出番も無い模様。

 冒険者同士で揉めたりってのは少しはあるそうだが、それも街に出て酒場での出来事。

 それくらいなら許容範囲だ。


 さて、今日の俺はリーゼルのお使いで、街のすぐ外にある騎士団の訓練所と、冒険者ギルドを訪れることになっている。

 アレクはダンジョンに、テレサはその関係で騎士団本部に詰めているから、2番隊の副長として、俺にお仕事が回ってきたってわけだ。

 たまには俺もこういう事務仕事もやらないとな。


 ってことで、まずは訓練所からだ!


 ◇


 訓練所は一の森など、外の狩場を見回る兵の詰め所も兼ねている。


 2番隊の活動だけじゃなくて、領都周辺の冒険者の様子を聞いているが……概ね皆魔境に適応している様だが……2~3日に1人くらいの割合で命を落とす者がいるそうだ。

 慣れてきたのかペース自体は落ちて来ている様だが、やはり死者はゼロにはならない模様。

 ただ、その事も知られてきたようで、油断で……とかでは無くて、単純に実力不足が理由らしい。

 果たしてそれが良いことなのかどうなのかは俺にはわからないが、ダンジョンに挑むためのふるい落としとしては、しっかり機能しているって事だろう。


「……ふむふむ」


 詰所の中で、ここの班長から報告を聞いて頷く。


 彼は2番隊の所属で、元々この街で冒険者をしていたベテランのおっさんだ。

 街の住民にも冒険者にも顔が利くから、何となく班長って役割に収まっている。

 その辺はまだまだウチは曖昧だな。

 とはいえ、それでもしっかりと他者を率いる器の者がそこら辺にいたりと、侮れない。

 言葉使いはちょっとアレだからお偉いさんの前には出せないが、中々頼もしい。


「他に何か問題とかはある?」


「問題なー……。死体の処理をしない奴等がいるのは問題といえば問題か? 目当ての獲物と出くわす前に遭遇したのを倒すだけ倒して放置する連中がいてな……報告を受けて俺たちが回収はしているんだが……。気持ちはわからなくも無いが、猟師連中はいい顔をしないし、何よりアンデッドにでもなられたら厄介だから、そこはどうにかして欲しいな」


 やはり他所の冒険者だと、地元じゃないだけにマナーはいまいちな者もいるようだ。

 だが、森の見回りをする彼等には悪いが、刃傷沙汰等は起きていないようだし、思ったほどじゃないかな?


「なるほど……そりゃ問題だ。わかった、旦那様に伝えとくよ」


「おう! 頼んだぜ」


「他には何かある?」


「あー……いや、無いな。新しく入ってきたガキ共も真面目に訓練に出ているし、冬にかけての装備も昨年より充実している。そういや、ポーション類の配給も増えたな……ああ、問題ねぇ」


 班長は指折り挙げていくが、特に問題無く順調な様子。

 2番隊の役割は主に対魔物で、つまり外の狩場にも出ることに繋がる。

 街中や街道の警備が中心の1番隊よりも何かと負担は大きいが、その分優遇しているとは聞いている。

 そっちも上手い事いってるみたいだな。


 んで、子供たち冒険者見習いの教育も順調と……。


「そかそか……んじゃ、ここは問題無し……っと」


 手にしたメモに諸々を記入して、最後にそう記した。


「わざわざ仕事中に時間取らせてごめんね。ありがと」


「気にするな。団長殿や隊長によろしく伝えといてくれ」


「はいよ」


 そう言って別れを済ませると、詰所から出て街に戻る事にした。


「……むぅ。そろそろ降りそうだな」


 西を見ると厚く暗い雲がもうもうと……。

 多少前後する事があっても、大体この時期には降り始めるからな。

 今年は今日あたりからかな?


 急いで冒険者ギルドの方も済ませるかな。


 ◇


「おわわわわわ……っ!?」


 降ってきた降ってきた。


 冒険者ギルドで支部長からの報告を受け取り、いざ屋敷に戻ることになったのだが……冒険者ギルドの地下から屋敷に繋がる通路はあるが、ダンジョンの入口があるホールを通過しないといけない。

 カウンターの裏側にあるし、表からは見えないようになっているが、混雑している今は使用は一応避けておいた方が良いだろう……。

 とかちょっと気を使ったのがいかんかった。


 冒険者ギルドを出てすぐの時はまだ降っていなかったのに、屋敷のすぐ目の前のところで降り始めたのだが……ポツリポツリ……とかではなく、いきなりドバっと来た。

 街の方からも、屋根のある場所に急ぐ声が聞こえてくる。


「急げ急げ……お?」


 裏口に向かうために屋根を越えようとしたところ、2階の窓……ちょうどリーゼルの執務室があるところだ。

 そこが開き、中からこちらに向かって誰かが手を振っている。


 ちょっと濡れてはいるが、あそこからエントリーだ!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る