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543


 ダンジョンから戻って、昼食とって、お昼寝して……気付けば乳母の1人に起こされていた。

 なんかの会議に出かけていたセリアーナが俺を呼んでいるそうだ。

 セリアーナどころかリーゼルも一緒だからか、随分と慌てていた。


 ……急いだ方が良いのかな?

 俺甚平なんだけど……せめて何か上に羽織るか。


 なんかあったかなー?


 ◇


「おじゃましまーす」


 ついついいつもの癖でリーゼルの執務室に向かいかけてしまったが、第3会議室に到着だ。

 中に入るといつもの面々に中央のおっさんたち。

 リックもいるが、今日はムッとしていないな……つまらん。


 リーゼルに挨拶をしてセリアーナの隣に座ると、膝掛を貸してくれたのでそれに包まり、ついでに彼女のお膝を失敬した。

 今日は早起きしたり昼寝したりで、眠気こそ無いがなんともボーっとしているんだ。

 そのまま蹲っていると……気になる単語が耳に入った。


「魔王種?」


 名前持ちの強いやつがどっかで倒されたらしい。


 魔王種……俺がソロで倒したオオカミは別として、サイモドキしかりダンジョンのボスザル、ボスカマキリと、どいつもその称号に恥じる事の無い、強力な魔物だった。

 もう魔王種とは戦いたくないと思う程だ。

 魔人とも戦いたくない。

 俺は楽に倒せる魔物が好きだ。


 でも、自分が戦わなくてもいいのなら、魔王種とかの情報はめっちゃ好き。


「そうだ。大陸の北西部にマルクト王国という小国があるのだ。どうやらそこで討伐されたらしい。リアーナに向かっている道中で知らされたので、私も情報はあまり持ってはいないが、遺骸の一部を引き受けた商人が他所の国でその話を漏らしたそうだ」


「ほー……」


 マルクト王国……大陸の西部の地形を思い浮かべるも、思い当たらない。

 もっとも、他の皆は違う様で、その国の名に心当たりはある模様だが……浮かべる表情は一緒。

 変な国なのかな?


「……マルクトでか? あそこは名持ちを倒せるような奴はいないだろう?」


「……その国強くないの?」


 申し訳ないがついつい話の腰を折ってしまった。

 魔王種だけじゃなくて、冒険者にも二つ名持ちがいる。

 その彼等は目録で所属が明らかにされている事が多いが、強い者は当然その彼等だけじゃない。

 だから、断言したジグハルトの言葉を疑問に思ったんだ。


「ああ……賢者の塔は知っているよな? マルクトって国はそこと隣接していて、窓口の様な役割も果たしているんだ。他国との折衝なんかの面倒事を全て引き受ける代わりに、塔の後ろ盾を得ている。俺が知る限りあの国に攻め込んだ勢力は無いな。だからだろうな……政治力や治安を維持する力はあるが、直接的な戦闘力ってのは育ちにくいんだ」


「……ほぅ」


「他国との交流も多いし、あの国で名持ちの魔王種を倒せるだけの兵力があったら噂くらいは流れるはずだが、それも無いからな」


「なるほど……」


 西部だし魔物はほとんど現れず、よその国とも争う事が無い。

 軍事力ってのを必要としない国なんだな。


「じゃあ、倒したのは冒険者とか?」


「あの辺りは腕の立つ冒険者はそうそう稼ぐ場所は無いからな。可能性としては傭兵だろうが……傭兵ならそれこそ実績として、大々的に広めるだろう?」


 ジグハルトは腕を組んで首を傾げている。


「討伐した者は何者か……それも気になるが、その前に討伐された魔王種は何なんだい? ユーゼフ、それは判明しているんだろう?」


「はっ。「白霧」と呼ばれる魔物です。ですが、詳細は我々もわかりません……」


 ……知らない魔王種だな。

 目録に載っている魔物全部を覚えているわけじゃ無いが、そんなシンプルな名前なら覚えていそうなものだけど……。

 俺だけじゃ無く、他の皆も心当たりは無い様で


「……僕は聞き覚えが無いな。誰か知っている者はいるかい?」


 リーゼルの言葉に、皆一様に首を横に振るが、1人だけ手を挙げた者がいた。


「少しなら」


 フィオーラだ。

 博識というかなんというか……何でも知ってるな。


「フィオーラ、教えて頂戴」


 リーゼルから変わってセリアーナがそう言うと、フィオーラの説明が始まった。


 魔王種「白霧」

 大陸北西部に生息すると言われている魔王種で、特徴は夜にしか姿を現さない事と白い巨体。

 目立ちそうな姿をしていながらも、まともに近くで姿を見た者はおらず、存在を疑われた時期もあったそうだが、犠牲者は確かに増え続けているし痕跡も戦闘跡もある事から、魔王種と認定され遂には二つ名も付いた謎多き魔物だとか。


「……それはアンデッドか何かなの?」


 そこまで聞いたセリアーナが不思議そうな声でそう訊ねた。

 どちらかというと、アンデッドっていうよりはお化けっぽいよな。

 だが、フィオーラは首を横に振ると話を続けた。


「いいえ。いつも姿を消した場所の側に、大きな穴が開いているそうで、そこから逃げたのだろうと言われているわ。危険だから誰も調査はせずに穴を埋めていたそうだけれど、近年そこを調査した者がいて、その彼が白くて長いロープの様な物を発見したの」


「……体毛か?」


「そう。王都の魔導士協会の研究所にも、数本だけれど買い取った物を研究用に保管しているわ。恐らくモグラかウサギの魔物と言われているわね」


 ジグハルトの言葉に頷くフィオーラ。


「……へー」


 それにしても……俺にはあんまり強そうには思えないけれど、周りを見ると戦闘慣れした連中は違うのか、真剣な顔をしている。


「そのような脆弱な魔物がそこまでの強さを持てるほど成長したのか……」


 なるほど……実際結構な被害が出ていたようだし、そこまでの強さに成長したと考えたら、脅威ではあるな。

 でも、倒されたんだよな?


 ◇


 最後の最後で少々深刻な雰囲気になったが、程なくしてお開きとなった。

 今日ダンジョン探索をしたのに大分急ではあるが、彼等は明日この街を発つ。

 ルバンが治める村から、直接船で王都を目指すそうだ。

 ついでに、ルバンたちも彼等と一緒に村に帰還する。

 護衛にはもってこいだしな。


 直通の道ももう少し整備すると、頻繁に行き来出来るようになるだろうが……もうちょい先になりそうだ。


544


 会議室で行われた夕方の会談の後は、特に何も催し物が開かれること無く時間は過ぎていき、すっかり夜だ。


 まぁ、中央騎士団の連中にしたら、早朝出発するし浮かれるわけにもいかないんだろう。

 船便だしここまでの道のりを思えばずっと楽だろうが、それでも王都までの長い道のりだもんな。


 だが、リアーナにとってはちょっとおめでたい出来事でもある。

 男性陣は明日彼等の前に出るそうだから控えているが、女性陣は関係無い。

 ってことで、セリアーナの寝室に集まってお酒を飲んでいる。

 メンバーはエレナにテレサ、そして珍しい事にフィオーラもだ。


 もっとも精々いつものお茶の代わりが軽いお酒になったという程度で、様子に変わりは無い。

 髪を下ろしたりと、少し姿勢が崩れているくらいかな?

 まぁ、酔っ払っても翌朝俺が引き受けるし問題無いな。

 キーラも先程までいたのだが、明日が早いという事もあって、彼女だけ退散した。


「おかえりー」


「はい。ただいま戻りました」


 そのキーラを部屋まで送っていたテレサが部屋に戻ってきた。

 キーラが泊っている部屋は同じ南館の数室隣なだけなのに、送り迎えが必要なのが実にお貴族チック。

 テレサもなんだけどね……お客様だもんな。


「あ……ねぇ」


 俺は流石に酒は飲めないので、おつまみのナッツ類やクルミっぽい物をポリポリ摘まんでいたが、ふと思い出したことがあった。


「ねぇ、夕方話してた魔王種倒したってやつさ。なんでみんな深刻な顔してたの? 弱い魔物も場合によっちゃそこまで強くなるって事はわかったけど……」


 あの後すぐ解散になったし、その後は聞ける機会が無かったが、折角集まっているんだし話もひと段落しているし、聞くなら丁度いいタイミングだ!

 と、気軽に聞いたのだが……4人が互いの顔を見合わせている。


 ……なんか俺の知らないところで面倒な事でも起きるんだろうか?


「大したことじゃ無いわ。「白霧」を倒した者……冒険者か傭兵かどちらかとしたら、リアーナにもやってくる可能性があるでしょう?」


「新しくダンジョンが出来たかんね」


 セリアーナの言葉に頷く。


「それ自体は良いのだけれど……」


 と、そこで溜息を一つ。

 そして、説明が始まった。


 要は、地元の利権の問題になるらしい。


 新興の領地として、領地外……外国も含めて、外から多くの人間を集めている。

 当然冒険者もだし、商人もだ。


 ここリアーナ領の最大の特産品は、魔境の魔物素材だ。

 そのままでも良し、加工しても良し……大陸中で高値で取引されている。

 それを獲って来るのは魔境での狩りに慣れた、地元の猟師や冒険者で、彼等とほぼ独占的に取引をしているのが、やっぱり地元の商人であり商会だ。

 その関係は、ここがゼルキス領の端っこで領主の手が届きにくく、自分達で全てを賄わなければいけない時代から続いている。

 そのため非常に強固で、他所から来た者が食い込む事は難しい。


 だが、ダンジョン関連は今まで領内に無かっただけに、地元の商人達もノウハウが無く、そこを商機と考えている者たちも多いらしい。

 だから、なんだかんだでリアーナに店を構えようとやって来る商人も多いそうだ。

 まぁ、人は集まるし普通に商売をやっていく事も可能だしな。


 ところが、名持ちの魔王種を倒せるような者が、実力を隠したまま入ってきて外部の商人達と手を組むと、その関係に割って入って来ることも可能かもしれない。

 後は、単純に警備上の問題だな。

 男か女か1人か複数か……そもそもいるのかどうかすらわからないのに、注意を払い続けなければいけないのは負担が大きい。

 ってことでの、警戒だったらしい。


 警備はまぁ……注意が必要だと思うけれど、冒険者としてはどうだろうね?

 魔境の魔物って倒す事も大変だけれど、その倒した獲物を運ぶ事こそが重要なのに……。


 俺は自分で倒した際には周辺の見回りの兵に任せているが、あくまでそれは森の浅瀬での事だし、奥に行くとなると、自分たちで運ぶか手配するしかない。

 それが難しいんだ。

 魔境産の魔物素材が高価なのは、魔物の強さもさることながら、運搬手段が乏しい事もあげられる。


 無理だろ。

 うーむ……なんかはぐらかされているような気がしなくも無いが……まぁ、俺には話さない方が良いって事なのかもしれない。

 何かあったら、その時は教えてくれるだろう。


「……ふぁ」


 聞く事聞いてスッキリしたら、欠伸が出た。


「…………お前、他人に説明させておいて……」


「姫は今日は早朝から忙しかったですからね。そろそろお休みになられてはいかがですか?」


 その欠伸を見て、呆れるセリアーナとフォローに入るテレサ。

 今日は朝早かったってのもあるが、寝たり起きたり横になったりもしたからな……眠いのかも。


「そだね。そろそろ寝るよ」


「そう。私たちは……場所を変えましょうか」


「ああ、オレ明るくてもうるさくても平気だから、そのままでいいよ」


 セリアーナが部屋を移動しようかと口にしたが……この部屋の方が皆寛げるだろうしな。

 俺はよほどのことがあってもグッスリだ。


「……そういえばそうね。ならこのままでいいわ」


 他の皆も思い当たるふしがあるのか、小さく笑っている。

 それじゃー歯ー磨いてとっとと寝るかな。

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