235

541 セリアーナ side その1


 領主によるダンジョン初探索が無事終わり、その一行が帰還した日の午後。

 昼食を済ませていつものように過ごしていると、リーゼルの使いから、関係者を連れて第3会議室に来て欲しいと伝えられた。

 特に人員や議題を提示しないあたりが、実に彼らしい。


「あら……? 待たせたみたいね」


 エレナ達4人を引き連れて中に入ると、そこには既に男性陣が集合していた。

 リーゼル、オーギュスト、アレク、ジグハルト、ルバン、リック、そしてユーゼフとその副官に冒険者ギルドの支部長……恐らく話されるであろうことを考えたら妥当なところか。


「いや、構わないよ。セラ君はいないようだが……お昼寝中かな?」


 私達の中にセラがいない事を確認したリーゼルが、からかい交じりにそう口にしたが……。


「よくわかったわね。朝早かったから、昼食をとったら寝たわ。構わないでしょう?」


 リーゼルにそう答えると、一瞬虚を突かれたような顔をした。

 どうやら冗談のつもりだったらしい。

 起こして来ても良かったが、そうなると夜にまた集まる事になるかもしれない。

 あの娘がいないだけで、どうせ同じ顔触れで集まるのだし、それなら一度で済ませた方が良い。


「……それもそうか。わかったよ、さあ君達もかけてくれ。話を始めよう」


 ◇


 リーゼルの言葉を合図に会議が始まった。

 この集まりは、議事録を取ったりするわけでも無く銘々が自由に発言できる。

 もっとも、慣れていない様でリックと支部長は口を閉ざしたままだ。

 折角リーゼルに己の存在をアピールできる場なのに……だらしのない。


 まあ、その2人の事はどうでもいい。

 それよりも、ダンジョンについてだ。

 私はまだ踏み入ったことは無いが、エレナやテレサから聞いた限りでは、浅瀬が一番厄介らしい。

 森を模したエリアで、魔物の強さよりもとにかく環境に適応できるかどうかが重要だ。

 他所の冒険者ならいざ知らず、リアーナやゼルキスの冒険者なら、魔境での戦闘経験も豊富で対応自体はそこまで難しく無いと思っている。


 これは私だけでは無くて、リアーナ首脳陣の総意で、今回の探索でユーゼフたち中央側も見解は一致した。

 これで、国中の冒険者ギルドに正式にその情報が通達されることになるだろう。


 ユーゼフたち隊長格は、自分達が運んでいた物が聖貨では無い事に気付いていた。

 流石にセラには辿り着いていないが、お父様と同じで水路を用いたとでも考えているのだろう。

 浅瀬だけではなく、ある程度先まで調査を済ませた上でのことと受け止めたようだ。

 余計なことを聞こうとしないし、話が早いのは何よりだ。


 さて、これで本来この時間で話すべきことは終わった。

 だが、ここからが本題のはずだ。


「リーゼル」


 と、彼の名を呼ぶと、返事の代わりに肩を竦めて苦笑を浮かべている。


「ユーゼフ。中央は大陸西部の情勢をどう見ているんだい?」


「はっ。来年の侵攻はまず間違いないかと思われます。時期は恐らく、秋の雨季前……ちょうど1年後と言ったところでしょうか。ある意味想定通りではありますが……ただ、明らかに動く数が少なく、西部の2大勢力は絡んでいない様ですな」


 ユーゼフの情報を聞き、リーゼルは満足そうに頷いている。


 西部の2大勢力……帝国と連合国のことだ。

 その2つが絡まないという事は、やはりこちらの読み通り精々3~4ヵ国といったところか。

 そもそもの人口が違う上に傭兵なども動員してくるから、恐らく兵数はこちらの倍以上になるだろうが……大した問題では無いはずだ。

 近代以降、政治的決着でこそ後れを取る事はあっても、実際の戦闘では常に圧倒してきた。

 にもかかわらず、未だにこの様な無駄に命を捨てにかかって来るとは……。


 西部にとって戦争とは、領土の奪い合いであって、領土を奪われさえしなければ少なくとも負けにはならない。

 一方私達大森林同盟は、そもそも西部を相手にしていない。

 絡んでくる鬱陶しい輩を追っ払う程度の事だ。

 西部の土地など不要で、賠償は聖貨や財貨にしていた。


 だからこそ西部各国は、これまでたとえ実際には負け同然でも、自国民に負けはしなかったと喧伝していた。

 そして、周囲の国にもそのように……その繰り返しだ。

 流石に主要国の首脳陣はその戦力差に気付いて来て、非加盟国に領土戦争を仕掛ける事はあっても、大森林同盟にはせいぜい国境周辺での小競り合い程度に止めていた。


 例外は、新しいダンジョンが出来た時。

 ダンジョンの出来た領地と国境の両方で事を起こせば、兵力を分散する事が出来て、勝機が生まれたり少なくともその国を一時的にだが混乱させる事は出来る。

 そうする事で介入の目が生まれるわけだが……今回リアーナはその目を潰している。

 だからこそ、2大勢力は今回大人しくしているのだろう。


 こちらが逃がさないようにしているからというのもあるが、未だリアーナに残っている連中もいるし、気を抜く事は出来ないが、リアーナから主力が移動しても、残った戦力だけで十分に凌げる。

 そういう意味では、まだ始まってもいないのに、既に今回の戦争はこちらが勝ちを収めている。


542 セリアーナ side その2


「そういえば、セラ嬢は連れて行くのですかな? 今日の探索で確信しましたが、あの少女は少数よりもむしろ大軍の中にいてこそ、その力を発揮出来るはずです」


 話が一区切りついたところで、ユーゼフはふと思いついたかのように、そう口にした。

 だが、こちらの答えは分かり切っているのだろう。


「セラ君かい? いや、彼女は屋敷に残って貰うよ」


「おや? 随分便利な恩恵品と加護を所有しておりますよ? 閣下の初陣には心強いのではありませんか?」


「学院でも、家庭教師にも……何より君にも散々言われただろう? 恩恵品や加護を前提にした軍事行動を行ってはいけないと」


 ユーゼフは、リーゼルのその言葉を聞いて、安心したように大口を開けて笑っている。


「安心しました。王都にいた頃と変わらず聡明なままですな。いや、失礼しました」


「構わないよ。これも君の役割だろう?」


 領地を手にしたりダンジョンを開通させたりと、身を置く環境に大きな変化があるとついつい気が大きくなってしまい、今までの教えを忘れて無茶な事をしてしまう。

 何度となく学院でも言われた事だ。

 騎士団総長でありながら、ユーゼフがこの隊の隊長に選ばれたのは、リーゼルに対して強く出る事が出来るからというのもあったのだろう。


 恩恵品や加護は便利ではあるが、誰にでも扱えるわけでは無い。

 それに頼り過ぎると、もしその主が殺されたり行動不能な状況に陥ると、それだけで組織が成り立たなくなる。

 たった1人を潰すだけで、それだけの成果が得られるのだ。

 敵からしたら、こんなにありがたいことは無いだろう。

 それは、軍事行動に限らず組織運営全般で言える事だ。


 だからこそ、メサリアではこの教えが徹底されている。

 もっとも、私に言わせればそれを考慮したうえで、それでも尚活用出来るようにするべきだが……。


 その後もどの様に兵を王都まで運ぶか等の打ち合わせを行った。


 折角自領に船を停泊させる村があるのだし、そこを使ってもいいが、今回はお父様の顔を立てる意味も兼ねて、ゼルキスに集まってから行くことに決まった。

 ユーゼフ曰く東部閥全体がその様に動く。

 丁度いい顔合わせにもなるだろう。

 今回リアーナの派兵は、各国への顔見せでしかないし、それで十分だ。


 そして、これで話は終わり。

 リーゼルたちが領地を空ける間の事は、簡単には触れたが詳細を聞こうとはしない。

 彼からしたら、リアーナの事はリアーナで決めろという事か……やりやすくて助かる。


 ユーゼフたちも心なしか表情が和らいでいる。

 実際には積まれていないとわかっていても、聖貨の運搬という重要任務に加えて、王都以東の各領主との協議……彼でも重荷だったんだろう。

 だが、その役目も終わり、今ではリーゼルにホスト役を任せて、王国各地の話題で盛り上がっていた。


 そろそろセラも起きる頃だろう。

 もう戦争の話になることは無いだろうし、あの娘を呼んでもいいかもしれない。


「ちょっと」


 外で待つ兵の1人にセラを呼びに行かせることにした。


 ◇


「おじゃましまーす」


 皆の話は進み丁度国内を終えて他国に移った時、セラが部屋に入ってきた。

 20分ほどかかっただろうか?

 男性兵士は南館に立ち入れないから、人を介する必要がある為仕方が無いか。

 普段だと、何かある時はセラに呼びに行かせるから数分で済むが、そのセラを呼ぶ場合はどうしても時間がかかる。

 ゾロゾロと引きつれるのは好みでは無いが、セラがいない場合は女性兵を配置するべきだろうか……そんな事を考えながら、セラに目をやったのだが……。


 セラ自らデザインしたあの妙な寝間着に、流石に冷えるのか上から一枚羽織っているが、相変わらずの裸足。

 隣に座らせて膝掛を渡すと「ありがとー」と気の抜けた声で礼を言ってきたが、この娘は寒くないのかしら……?


「やあ、セラ君。ゆっくり休めたかな?」


「ぐっすり!」


 そう言いながらも、膝掛に包まって丸くなり始めた。


「……お前まだ寝るつもりなの?」


「くるまるだけー」


 その様子を見て、慣れているのかリアーナの面々は苦笑を浮かべているが、キーラやユーゼフたちは目を丸くしている。

 ここまでとは思っていなかったんだろう。


 室内に沈黙が訪れるが、アレクが気を取り直して、先程までの話の続きをする。


「……名持ちの魔王種が倒されたんだって?」


「う……うむ。今から4年程前らしい。だが、つい最近まで隠していた様だ。それも、進んで公表したわけでは無く、たまたまその場にいた者が最近漏らした事で発覚した。それを受けて、仕方なくといった様子だったらしい」


 ユーゼフも咳払いをすると、その話に戻って行った。


「魔王種?」


 それに釣られたのか、セラがくるまっていた膝掛から顔を出して、体を起こした。

 魔王種とは戦いたくないとか言っていたが、興味自体はあるようだ。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る