233
537
リアーナ領の領都にダンジョンが誕生した。
まぁ、実際は随分前から出来ているわけだが、秋の2月1日、今日この日をもって正式に誕生した。
実に憶えやすい。
開通は夜中って事にしているので、ダンジョンが誕生する瞬間の地震とかそこら辺のことを知る者がいたとしても、何となく誤魔化せるだろう……多分。
さて……その早朝、リーゼルを筆頭にダンジョンに挑む者が玄関ホールに集合した。
それだけじゃ無くて、セリアーナやエレナと言った身内や屋敷で働く者はもちろん、騎士団一行までもが大集合だ。
壮行会みたいなもんか。
集まった者達は、リーゼルの訓示に耳を傾けていた。
途中でユーゼフも加わり、なにやら勇壮な事を語っている。
数百年にわたる宿願とか……東に国土を拓くのは同盟国の命題なんだろうけれど、知らんがな。
盛り上がる彼等を他所に、俺たちは俺たちで準備に取り掛かっている。
「……起きてるか?」
「だいじょぶ……」
呆れた様な声のアレクに、キリっとした口調で答える。
頭は起きているんだ……そのうち体も起きる。
問題ねぇ!
そのまましばしぼんやりしていると、向こうの演説は終わりを迎えた様で、扉が開かれた。
そして、リーゼルを先頭にゾロゾロと出発していく。
ファンファーレなどは無いが、歓声が上がったりと大盛り上がりだ。
ここからは、ダンジョンがある冒険者ギルドまで1番隊の護衛の下、馬車で向かうことになっている。
地下通路から直行も出来るが、領主として住民に対してのちょっとしたデモンストレーションだ。
果たして早朝にわざわざ見物に出るようなもの好きがいるかどうかはわからないが……。
「よし。俺たちも行くか」
アレクの言葉に、ジグハルトとルバンが短く答える。
「おう」
「ああ」
「……ぉぅ」
当たり前だが、向こうの雰囲気に中てられるようなことは無く、俺たちに気負いはない。
装備こそ領主主導のパーティーだから、俺以外はキッチリとした物を身に着けているが、気分的には軽いお散歩。
余裕だな!
とりあえず、ダンジョンに着くまではアイドルタイムって事にしておこう。
漂いながらも辿り着いたアレクの肩に掴まった。
「……ぬ?」
屋敷を出る直前で、ジグハルトがフィオーラから何かを受け取っているのが目に入った。
まぁ、ソレだけなら別におかしなことじゃ無いが……なんか俺の方を見ていたな。
なんだろう?
「セラ、俺たちはこっちだ」
「あ、うん」
前の馬車にリーゼルたちが、俺たちはその後ろの馬車に乗り込んだ。
◇
「セラ、これを」
屋敷がある高台の坂を下りた辺りで、ジグハルトが袋から出して、緑の小さな錠剤を渡してきた。
先程フィオーラから預けられた物だが……。
「なにこれ?」
酔い止めかな?
俺は酔わないぞ?
「奥様からお前に眠気覚ましだ。お前がその状態でも働けるのはわかっているが、一応外に姿を見せるからな。飲み込まずに噛むんだぞ」
「なるほど……」
アレはセリアーナの指示だったのか。
外から馬車の中は見えないが、冒険者ギルドに着いた時に、ちょっと外を移動するもんな。
それを受け取り口に入れる前に軽く匂いを嗅ぐと、スッとするミントのような香りがした。
薬というよりはラムネ菓子みたいな感じだ。
「ほんじゃ、いただきます」
ひょいっと口に放り込むと、まずは香りから想像通りの味が口内に広がる。
その後は、やや強い酸味がジンワリと……そして。
「んがっ!?」
◇
「おや、セラ君。目は覚めたのかい?」
冒険者ギルドに到着して、馬車から降りた俺を見たリーゼルの一言目はそれだった。
馬車から降りて、すぐに冒険者ギルドに向かわず俺たちを待っていた様だ。
「もーばっちり!」
俺そんな眠そうな顔をしてたのかな?
とはいえ、あの薬の効果はもう……凄かった。
わざわざ噛んだりしなくても、舌下薬の様に口に入れるとすぐに溶けて、味が一気に広がった。
苦いわ酸っぱいわえぐいわ……。
目が覚めるどころか一周回っておねんねするかと思ったわ。
ただ、それもほんの一瞬の出来事で、味はすぐに消えた。
後にはただただびっくりして目が覚めたという結果だけ……エナジードリンクやカフェインなんか目じゃねーな。
「それは良かった。折角これだけの者たちが集まってくれているわけだしね」
これだけの者……野次馬の事だな。
停車場から入口に向かって歩くとすぐに入口に着くが、その短い距離でも俺たちを見ようと人垣が出来ている。
顔を見た事のある冒険者や、商業ギルドや街のおっさんたち。
そして、見習いのガキンチョ共も。
なるほど、一大イベントか……。
確かにこれだけ期待されているのに、寝ぼけ眼でフラフラ浮いていたらいまいち箔が付かないだろう。
俺を除くセリアーナ組はいつものダンジョン探索時に着ている、動きやすさ優先の装備だが、リーゼルたちはどちらかと言うと見た目優先の派手な装備だ。
アレクたちの様な革製の黒っぽい地味な鎧よりも、金属のキラキラしている鎧の方がカッコいいもんな。
たとえ、実際に動きやすいかどうかは別として……。
当のリーゼルは、集まった者たちに笑顔で手を振っている。
どこのアイドルかと……これも領民へのサービスなのかな?
カリスマ性も求められるんだろうが……領主様は大変だ。
538
冒険者ギルドに入ると、リーゼルは中で待っていた武装済みの支部長と軽い挨拶を交わして、支部長も一緒に真っ直ぐ地下に向かった。
ダンジョンがある地下2階への階段は、今まで入口があるホールとは繋がってこそいなかったが、途中までは造られていた。
完成した階段は幅10メートルほどで余裕はたっぷりある。
武装した冒険者たちがぶつかったりせずに、余裕をもってすれ違えるな。
その階段を2階分下って行くと……。
「随分と……寛げる造りになっているのですね」
「セリアの趣味だよ。他所のダンジョンとはまた違った趣だろう?」
ダンジョン前のホールに出たユーゼフは、その内装を見て感心したような声を上げた。
この入り口前の空間は、これからダンジョンに潜る者と帰還した者がごちゃ混ぜになるから、揉め事が起きないようにあまり物を置かず、互いが距離をとる様な造りになっている事がほとんどだ。
あくまで、地上に上がる前の最後の話し合いの場として用意されているわけだ。
だがウチの場合は、板張りなのは他所と一緒だが、バーカウンターの様な物やテーブルとベンチがいたる所に設置されている。
ラウンジとオープンカフェが一緒になった様な造りで、酒は無いが簡単なドリンクくらいは出せるようになっているんだ。
流石に絵画や花は飾っていないが、ほのかに漂うアロマと言い……優雅に過ごせって事かな?
ここには「燃焼玉」の実験以来訪れていなかった。
こんな風にするとは聞いていたが、あの時はまだテーブルとかは運び込まれていなかったもんな。
俺も新鮮な気持ちだ。
「視察用の特別室など基本的な設備は、他所と変わりはありませんが、このデザインは独自の物です。我々も冒険者同士の連帯を高めたいと思っており、セリアーナ様の案を採用させていただきました」
と、内部の説明をしていた支部長が、終わりにそう言った。
なるほどと、それに頷く一同。
大抵の領地は、外よりダンジョンの方が難度は高いが、ウチの場合は逆だからな。
求められる役割もいろいろ違うんだろう。
まぁ、俺たちは事前にミーティングを済ませてある。
折角だが、ここの利用者第1号って訳にはいかなそうだ。
支部長はダンジョンに繋がる通路の前に進むと、そこでこちらを振り返り準備はいいかと聞いて来た。
「もちろんだ。皆も良いね?」
「いーよー!」
リーゼルの言葉に、返事をしたのは俺だけだったが……良いんだよな?
実は何か暗黙の了解で、返事をしないとか無いよな?
キョロキョロしていると、小さく笑うリーゼルと目が合った。
何がおかしいのかはわからんが、別に問題ってわけじゃなさそうだな……。
「じゃあ、行こうか」
仕切り直すように一つ手を叩くと、リーゼルは通路に向かって歩き始めた。
その後ろをついて行く一行。
先頭はリーゼルで、そのすぐ後ろにユーゼフたち、そして俺たちと続く。
「セラ、そろそろ頼む」
通路も出口間近になったところで、アレクから【祈り】の要請が出た。
その言葉を合図に、皆も足を止めてこちらを見ている。
一応事前に簡単に説明をしているが、ちょっと感覚に慣らしが必要だもんな。
「りょーかい。……ほっ!」
【祈り】を発動した。
全員を見るが……上手く全員にかかっているな。
良かった良かった……注目されて失敗とかカッコ悪いもんな。
◇
相も変わらず森っぽい雰囲気のダンジョン浅瀬。
先頭を歩くリーゼルは、最初にそこに踏み入った。
何の感慨も無く……。
まぁ、公式にはリーゼルが最初になるが、実際はアレクだったしな。
その事は中央の連中は知らないが、俺たちはもちろんリーゼルだって知っている。
ギャラリーでもいれば別だったかもしれないが、このメンツじゃこんなもんだろう。
「魔物は……まだいませんね。セラ、どうだ?」
「んー……向こうの方に固まってるけど……ぶつかるのはまだまだ先だね」
ダンジョンに入ってからは、先頭にはアレクが立っている。
流石は我らが盾。
だが、その盾の出番はまだ訪れない。
上空から見ても、見つけるのに苦労するほど離れた所まで下がっている。
手前の魔物達は、突然現れた俺たちに驚いて、距離を取ったんだろう。
リアーナからは、リーゼルを筆頭に支部長も含めて7人。
中央騎士団は、ユーゼフと隊長格2人の3人で、合計10人だ。
このまま進んで行くといずれはぶつかるだろうが、好戦的なダンジョンの魔物だっておいそれとは手を出さないはずだ。
下ではユーゼフが支部長と、ダンジョンの一般開放についてのスケジュールについて話している。
ちょっと面倒臭そうなダンジョンだってのは、一歩でも入ればわかるもんな。
実際には調査はもう完了しているが、今日すぐに開放……とはいかない。
少し間を置いてからになるだろう。
さて、彼等以外も適当に喋りながら進んでいるが、決して気を抜いているわけじゃ無い。
「お? アレク、待って」
その証拠に、俺の声に皆即座に構えをとる。
「来たか?」
「うん。向こうの大きい木の先に5体ほど……ゴブリンかな?」
木や生い茂る茂みの陰に隠れて、肉眼じゃまだ確認できないが、20メートルほど先に小さな影が5つ。
ようやく魔物達もやる気になってきたようだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます