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 それから数日、いよいよ領都に聖貨の運搬部隊が到着した。


 昨日の夕方には2つ手前の街に辿り着いていて、俺たちはその事が知らされていたが住民はそうではなく、突如現れた街に近づいて来る大部隊に少々街が混乱しかけたが、武器を帯びていない礼装のリーゼルが馬に乗って現れた事で、その混乱は収まった。

 元々ダンジョンの事は記念祭でも話していたし、時期的にそろそろだって事もわかってはいたしな。

 ただ、もう少し早めにこの事を知らせていたら、混乱も何も起きなかった様な気はする。

 それくらい、リーゼルもセリアーナもわかりそうなもんだけど……わざとかな?

 最初のうちは俺も上から眺めていたが、どことなくやらせっぽさを感じた。


 ともあれ、無事に部隊は街に入り、そのまますぐ下の騎士団本部へとやって来た。

 部隊の人数は全部で50人ほど。

 王都から超高額な荷を運んでいる割には人数が少ない気もするが、リアーナ領に入った時点で半数を帰還させたらしい。

 王都を出発した際は100人の部隊だったとか。


 それでも少ない気がするが、通過中の領地の兵が道中一緒に行動をするから、結局いつもは200人くらいになっていたそうだ。

 領主側も、自領で自前の兵を自由に動かす良い機会だとかで、快く協力してくれるらしい。

 ウチやゼルキスと違って、お上品な領地は各街がそれぞれ縄張り意識を持っていたりで、領主と言えど好き勝手に兵を動かすのは難しいんだとか。


 色々あるんだな……。


 ◇


「ね、セリア様。この後って何も無いの?」


 外から部屋に戻りしばらくした頃、セリアーナの部屋に騎士団の受け入れの手続きが完了した報せが届いた。


 流石に全員をこの屋敷で受け入れる事は出来ず、アレクやオーギュストの屋敷、そしてウチの騎士団の宿舎などに分散はしている。

 ここに滞在するのは、少数の幹部クラスだけだ。

 もっとも、全員男だしこの南館には関係が無い。

 テレサがそちらの取り仕切りに向かっているし、彼女が戻ってきたらあとで教えてもらおう。


 街も、彼等の登場に一瞬盛り上がりはしたものの、何かするでも無いし……いつも通りで良いのかな?

 一応これからダンジョンを開通させるための儀式をする事になっているが、冒険者ギルドも数日前から閉鎖して地下と繋げたりと、既に作業は完了している。

 予定では明後日の朝にリーゼルと共にダンジョンに行くことになっているが、それまでの事は特に何も言われていない。


「ええ。今回は運搬の部隊だけで、それに合わせて移動する商隊もいないでしょう? 住民に影響は無いわ。もちろん、これから訪れる冒険者たちには備えてもらう必要はあるけれど……」


「……あぁ。なるほど」


 普通兵が大量に移動する場合は、一緒に商人を始めとした民間人も移動する。

 野盗なんかの犯罪者はもちろん、魔物だって武装した大量の兵には近づいたりはしないからだ。

 顕著なのが、春の入学シーズンだ。

 別に推奨しているわけでは無いが、民間人はだいたいそれに合わせて一緒に移動している。


 兵力だけなら今回の一行はそれより上だが、運んでいる荷が聖貨だ。

 警戒するのは魔物よりもむしろ人間の方。

 だから、後ろをついて来ることを許さなかったのだろう。


 そういえば、上から見ていても部隊の後に続く者たちはいなかったな。

 規律がしっかりした中央の騎士団だ。

 目的地に到着したからって街でハメを外す事も無いだろうしな……。

 ついでに数日で街を去る。

 うん……それなら、ダンジョンが出来てからそれ目当てにやって来る冒険者に的を絞った方が良いだろう。


「あら?」


「どしたの?」


 なるほどなーと考えていると、なにやら驚いたような声をセリアーナが上げた。

 手続き完了の報せと一緒に持って来られた手紙を読んでいたが、何か変な事でも書いていたんだろうか?


「ええ。この隊を率いているのはユーゼフのようね」


「……ユーゼフって言うと、総長さん?」


 家名は忘れたがユーゼフは騎士団総長で、伯爵領以上なら自前で騎士団を持てるから、国の全ての騎士の……とはいかないが、それでも有事の際は彼の下に指揮権が集約される。

 実質この国の騎士のトップだな。


 ちなみに、ミュラー家のじーさんと仲が良い。

 年も近いし、似た者同士って感じだ。

 しかし、そのユーゼフがわざわざやって来たのか。

 まぁ……聖貨1万枚ともなればそれだけの事かな?


 ……本当の事を思うと、胸が痛むぜ。


「そのユーゼフね。これをリーゼルの執務室に届けて頂戴」


 セリアーナは話しながらもその返事を書き終えたらしい。

 インクが乾いたのを確認すると、クルクル丸めて封を押し、こちらに渡した。


「ぬ? りょーかい」


 内容はわからないが話のタイミング的に、挨拶でもして来いって事かな?


「ジグハルト殿はどうかわからないが、アレクやルバン卿も一緒のはずだよ。ダンジョンの探索についても触れるかもしれないし、色々聞いておいで」


「おぉ! 確かに!」


 エレナの言葉にポンと手を打つ。

 アレクは彼等との合流に備えて街を空けていたし、ルバンも何やかんや忙しそうだったしな。

 いい機会だ。


「んじゃ、行ってきまーす」


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「……お?」


 リーゼルの執務室に繋がる廊下にやって来たのだが……いつもだとそこからはドアの前に立つ兵士が1人見える。

 だが今日は、なんかいっぱいいる。

 身に着けている恰好もウチのとは違うし、中央の兵か。

 中にユーゼフがいるっぽいし、その護衛かな?


「セラ副長! 少々お待ちください」


 近付いた俺に気付いたウチの兵士が、いつも以上にテキパキと動き中に伺いを立てた。

 ……いつもはもうちょいラフな態度だけど、他所の兵がいるからかな?


「あ……ども」


 見ていると軽く頭を下げて来たので、俺もペコっと小さく返した。

【浮き玉】に乗って宙に浮いている俺を見ても、驚いたりしていないし怪訝な顔もしていない。

 俺の事を知っている様だし、やっぱ中央騎士団の兵か。


「お待たせしました。セラ副長、中へどうぞ」


「ん。セラ、入りまーす」


 まぁ、だから何だって話だ。

 さっさと中に入ろう。


「……いねぇ」


 部屋の中に入ったはいいが、文官達が忙しそうにしているだけで、肝心のリーゼルたちの姿は無かった


「セラ副長。領主様方はあちらだ」


 部屋の中の1人が奥のドアを指した。

 なるほど……向こうの応接室ね。


「ありがと…………セラでーす。入りますよー……っと」


 応接室のドアの前で、中に声をかけながらコンコンとドアを叩くと、俺が開けずともすぐに開かれた。


 ◇


 執務室の方も人はいっぱいだったが、こっちも中々どうして。

 部屋の広さが違うから人数差は比べるまでも無いが、密度ならむしろこっちが上か?

 ジグハルトはいない様だが、他のゴツイのが何人もいるからな……。


「やあ、セラ君。セリアの返事かな? わざわざ悪いね」


 カロス経由でセリアーナの返事を受け取ると、リーゼルは封を開けて読み始めた。

 小さく頷いたりしているが……何が書かれているんだろうね?

 問題無いようなら後で教えてくれるか。


 それよりも……部屋の中の様子だ。


 リーゼルに、オーギュスト、アレク、リックといったリアーナの騎士団の幹部陣に、ルバンが揃って席についている。

 そして、テーブルを挟んだその向かい側では、ユーゼフを始めとした偉そうな恰好のおっさん達がどっかりと……。

 まぁ……実際偉い人たちなんだろうな。


 別に険悪な雰囲気という訳では無いが、今は会話が途切れているのかみな黙り込み、なんとなく空気が重たく感じる。

 迫力あり過ぎるんだよな……どいつもこいつも。

 ウチの連中も黙り込んでいるし、俺はどうしたらいいんだろう……浮いてりゃいいのか?


 所在なさげにふよふよしていたのだが……。


「セラ様、ご無沙汰しております。お変わりない様で安心しました」


 ……ユーゼフ?

 なんだその気持ち悪い話し方は……。

 と、ついつい嫌そうな顔をしてしまった。


「そう嫌そうな顔をするな。お前はいずれミュラー家の義娘になるのだろう? 私より家格は上だ。むしろ年頃の令嬢に対しては当然の対応だ」


 と、したり顔のおっさん。


「……今のオレは平民よ?」


「細かい事を気にするな。慣れておけ」


 そして、周りに同意を得る様に「なあ?」と言って大口を開けて笑っている。

 それに釣られる様に他の面々も「わっはっはっ」と……。


 ぬぅ……。


 だが、俺の機嫌を損ねた代償に、部屋の空気を変える効果はあったらしい。

 ウチ側も向こう側も表情が緩んでいる。

 リックは……変わっていないな。


 まぁ、いいや。


「んで? 皆は何の話してたの?」


 無理に聞き出そうとは思わないが、人のことをダシに使ったんだから、それくらいは教えてもらいたい。


「ダンジョンの事だ。旦那様が探索に向かわれるだろう? その際の護衛で、リアーナの騎士団からは団長と俺とジグさん、それとお前が。外部からはルバンだな」


「うん」


「そして、見届けるために向こう側からも何人か出てもらうんだが……ユーゼフ総長を始めとした1部隊を推してきた」


「多いねっ!?」


 1部隊が何人か知らないけれど、ウチは6人だ。

 見届け役の方が多くなるんじゃないか?


「そんなことは無いぞ? 新規のダンジョンに若い公爵閣下が乗り込むのだ。むしろ足らんだろう?」


 なるほど。

 若さが関係あるかはわからないが、少人数で新規のダンジョンに潜るって言われたら、王都からやって来た身としては、「ちょっと待ってよ」と言いたくなるのもわかる。

 実際はもう十分な調査をして、そんな警戒は不要だって事はわかっているが、彼等はわからないもんな。

 互いの主張に折り合いがつかず、あんな雰囲気になってたのか。


「旦那様無茶苦茶強いじゃん。ジグさんもいるし何が起きても大丈夫でしょ?」


 ただ、リーゼルは十分強いし、ジグハルトはもちろん護衛も強い。

 加えて周囲の索敵に専念する俺もいるんだ。

 たとえ未知のダンジョンだったとしても、浅瀬の軽い探索ならそんな警戒は不要だ。

 それに、あまり大勢での行動は色々やり辛いから好きじゃない。


 そこに、リーゼルの笑い声が入ってきた。

 こっちの話がひと段落するのを待ってたのかな?


「ユーゼフ、セラ君にそこまで言われたら仕方ないだろう? 君と後は……1人か2人までだ」


「……仕方ありませんな」


 そう言うと、ユーゼフは深く溜息をついて首を振った。


 ……このために呼ばれたのかな?

 俺の答え合ってた?


 ◇


 後で聞いたが、なんてことは無い。

 俺がどう答えようと、少数にするように話を持って行くつもりだったそうだ。

 普通に俺の答えを予測するなら、少数でとなるし、仮に大人数が良いと言っても、「セラを不安にさせるような実力なのか?」とかそんな感じで煽るつもりだったんだとか。


 まぁ……ユーゼフ達にしても、すぐに帰還しないといけないんだし、兵を疲労させなくて済むから実は有難かったらしい。

 ただ、やはり立場上自分達から切り出す事も出来ず……。

 結局、俺に委ねるのが一番どこにも角が立たない方法だったそうだ。

 建前は大事だもんな。

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