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 秋の1月も後僅かとなり、いよいよ聖貨の運搬部隊が到着間近となった。

 予定では2日後だ。

 騎士団からはアレクと1番隊の隊長リックが、それぞれ兵を率いて合流に向かっている。

 周辺の魔物や、いなかったらしいが野盗も一掃して、安全面の不安は何もないそうだし、大げさな気もするが……それは俺が中身が聖貨じゃないってことを知っているからかな?

 何といっても1万枚だもんな。

 ひと財産どころの話じゃない。

 まぁ……本物は俺が運んだんだけど……。


 さて、にわかに活気づく領都ではあるが、本命の部隊とは別に1組のお客が領主の屋敷に姿を見せた。

 ルバンと正妻のキーラ、そしてもうすぐ1歳になるらしい長男リーザリオ君。

 馬車で1日の距離だし、ご近所と言えばご近所だが……よく来るにーちゃんだな。


 もっともちゃんとした理由がある。


 ダンジョンが開通すると、それを国側が確認するそうだ。

 今回は、運搬部隊の隊長がその役目も務めるが、領地に誕生したダンジョンに踏み入る最初の人物は、領主であるリーゼルに決まった。

 まぁ……本当の最初の1人はアレクなんだが……デモンストレーションだな。

 こういったところでもしっかり武力をアピールしておかないと、ゼルキスの親父さんがまさに苦労しているが、後々苦労することになるそうだ。

 既にダンジョンは開通し、騎士団や冒険者の一部が利用しているが、彼等もそこらへんはお約束って事で理解を示すだろう。


 で、リーゼルはその第一歩目を担当するわけだが、ただ単に足跡を付けるだけってわけにもいかない。

 そんなことをしたら、逆に舐められるだろう。

 そこで、浅瀬を軽く狩りして回るのだが、その際のメンバーとしてウチからオーギュストとアレクとジグハルト、索敵役として俺。

 さらに、領地の精鋭としてルバンが指名された。


 呼ばれたのはルバンだし、来るのは彼だけでいいんだろうが、キーラとお子さんもやって来たのは色々アピールしておくためだろう。

 この一大イベントの最中に、表立って領主や領主夫人、そしてその子供たちと面通しが出来る。

 このことは王都にも伝わるし、うまくいけば国中あるいは近隣諸国にまで伝播するだろう。

 まぁ、役得ってやつだな。


 ◇


 掛け声があちらこちらから響いている訓練場の一角に漂いながら、俺は今訓練の様子を眺めている。

 

「はっ!!」


 1歩横にずれたかと思うと、短い掛け声とともにリーゼルは手にした木剣を振りぬいた。


「くっ!?」


「うあっ……」


 一見ただの大振りに思えるリーゼルの一振りだが、彼に斬りつけて来た2人を……それも剣と槍の間合いが違う2種類の武器を撃ち落とした。


「まっ……参りました」


 荒い息で降参を告げる兵士。

 もう1人も同様だ。

 さらに少し離れたところにはもう3人いて、彼らは既に武器を置いている。

 1対5でこれだ。


 俺が見た感じ彼らは弱いとは思えない。

 実際リーゼルの護衛を務めているくらいだし、腕はいいんだろうけれど……こうなるか。

 以前俺が手も足も出ないことはあったけれど、護衛の兵でもこれか。

 このにーちゃん、やっぱクソ強いな!


 ダンジョンに潜ることになったからって訓練所に来ているが、まぁ……何というか。

 魔物との戦闘を想定して、多数を1度に相手取って訓練を続けているが……これ必要無いよな?


「セラ君」


「ほい?」


「次は【祈り】を頼む。彼等にもかかって構わないからね」


「はーい」


 俺がこの訓練に呼ばれたのは、このためだ。

 ダンジョン探索の際には遠慮なく【祈り】を発動する。

 その効果に慣れておきたいんだろう。

 むしろこっちが本命かもしれない。


 5人の方を見ると彼等ももう復活して、再び武器を手にしている。

 中々のガッツだ。

 それじゃー、遠慮なく……。


「ほっ!」


【祈り】を発動すると、リーゼルと5人全員が薄っすらと光を帯びた。


「セラ君、簡単な説明をしてもらえるかな?」


「ぬ? ……あぁ」


 リーゼルには説明をしているがとおもったが、そっちの5人に聞かせるのか。

 了解だ。


「えと……。身体能力と魔力が上がります。どれくらいかはちょっとわかりませんが……。それと回復能力も上がります。疲れてもすぐ回復するね」


「そう言うことだ。遠慮はいらない、掛かって来い!」


 それが合図だったのか、5人が一斉にリーゼルを囲むように動き出した。


 槍持ちは2人いて、その彼らが正面に立ち残りの剣を手にした3人が側面と背後に回りこんだ。

 恐らく、槍組がチクチク突っついて、剣組が3方向から一気に仕掛けるつもりだったんだろう。


 だが……包囲が完成した瞬間にリーゼルが正面の槍2人に攻撃を仕掛けた。

 素の状態でも十分速かったが、【祈り】で強化されただけあってさらに速く、あっという間に槍の間合いを潰して懐に入り込むと、即座に首元に剣を当てていく。

 剣組も当初のプランが崩れはしたものの、強化された身体能力を活かしてリーゼルに詰めていくが……。


「あらー……」


 さらなる速さをもって、剣組の3人を各個撃破していった。

 ……あっという間だね。


 その様子を見て唖然としていると、その視線に気付いたリーゼルが笑いかけてきた。


「この加護は効果時間も長いんだったね。範囲も広く効果時間も長い……頼りにさせて貰うよ」


「……そりゃーよかったです」


 若干声の調子が硬くなってしまった。

 いやさ……加護抜きでも十分中層とか下層で戦えそうな強さだよ?

 浅瀬の魔物たち……蹂躙されるのかなぁ?


534


 今日はキーラを部屋に招いてお茶会をすることになった。

 と言ってもそんな大したことでは無く、リーゼルとルバンが会談をしている間の時間潰しってだけだ。


 リーゼルも、どうせならルバンという折角強いにーちゃんがいるんだ。

 一緒にダンジョンに潜るんだし、訓練も一緒にしたらいいのにと思うが、色々複雑らしい。


 ルバンはセリアーナ側の人間と周囲に思われている。

 アレクがスカウトしたし、リアーナにやって来た経緯を考えるとそれ自体は間違っちゃいないが……どこにでもある話だが、例によって派閥問題が絡んで来る。

 ちなみに、騎士団の1番隊と街の商業ギルドを擁するのがリーゼル派閥で、2番隊と冒険者ギルドを擁するのがセリアーナ派閥だ。

 さらに、住民もミュラー家のお姫様って背景を持つセリアーナへの好感度は高い。


 そしてなにより、資産や領地の運営権ならリーゼル派閥がほぼ全てを持っているが、如何せんセリアーナ派閥は単純に武力が抜きんでている。

 アレクにエレナ、ルバンたちに、ジグハルトにフィオーラ、そして魔境での活動が中心のベテラン冒険者たち……。

 リーゼル派閥で対抗できそうなのは、リーゼルとオーギュストだけだ。

 リックは戦っているところを見た事が無いから知らん。


 その彼等が訓練所でとは言え、剣を交えるのは好ましくないそうだ。

 本人達はそんなの気にしないし、誰が気にするのかはわからないが、気にする人は気にする。

 ……面倒な事だ。

 面倒な事だが、それでも気を付けるにこしたことは無いって事で、とりあえず会談だけにしておこうってなったらしい。


 仮に一緒に訓練をしたって、その事を不用意に外部に漏らす様なものはいないと思いたいが、断片的にでも外に漏れて、それがさらに伝言ゲームの様に変に脚色されたり曲解されて広がっていく可能性を考えると、しゃーないんだろうね。

 俺くらいあっちもこっちもと付き合いがあると、逆に問題は無いそうだが……いるかどうかもわからない存在に気を付けないといけないなんて、大変だよね……。


 ◇


「素敵なお部屋ですね」


 壁に飾られたあれやこれやを見ていたキーラは、割とお世辞抜きな様子でそう言った。

 ちなみにセリアーナは苦笑を浮かべている。

 俺の物だらけだもんな。


 あの後さらに、リアーナの風景画とかも揃えて一緒に飾ったりもしている。

 大きな物は無いが、絵を中心としたちょっとしたギャラリーの様だ。

 特別狙ったわけじゃ無いが、モチーフも作者も自領の物が大半で、リアーナの領主夫人の部屋としてはコンセプトも悪く無いと思う。


 それを理解しての言葉なんだろう。


「そこの物の大半はセラの私物よ」


「あら? そうなのですか? あまりセラ嬢らしくない物が多い気もしますが……」


 俺らしい物ってなんだろう……?

 そう思い首を傾げていると、背後の出来事なのに気配が伝わったらしい。


「ヌイグルミとかですよ」


 伝わりはしたようだが、答えはちょっとよくわからないものだった。

 ヌイグルミってなんだ?

 俺は別にそんなもの集めたことは無いけれど……。

 どこ情報の誰情報?


 セリアーナも想定外だったのか、一瞬答えに詰まっている。

 ビックリだよな。


「その娘は、ヌイグルミを集めていたりはしないわよ……?」


「そうなのですか!? セラ嬢は可愛らしい物が好きだと噂されていますが……」


 驚いた様な声を上げているが……俺の方が驚いたわ。


「ねぇ」


 今まで話に加わらず、せっせとキーラの髪を梳かしていたが、彼女の背中からヒョコっと顔を出して、俺も加わる。


「なんでそんなことになってんの?」


「……なんでかしらね? お前が持っている物なんて、大きなヘビのヌイグルミくらいでしょう? いつも寝る時に枕代わりにしているけれど……」


「うん……抱き枕」


 昔貰ったヘビのデカいヌイグルミだが、サイズが丁度良くて寝る時によく一緒にベッドに乗っけているが、俺とヌイグルミの接点何てそれくらいだぞ?

 確かにヌイグルミを始め、他にも色々貰ったりするが……それらは全部、屋敷で働く子持ちの者に譲っている。

 俺が可愛い物好きって話には繋がらないと思うんだよな。


「……私が姫用に化粧品を注文したりしているからでしょうか?」


 しばし皆で「?」となっていたが、ふと思いついたようにテレサが呟いた。

 それが切っ掛けになったのか、セリアーナとエレナもどうやら心当たりがあったらしく、アレコレと話し始めた。

 俺が身に着ける物は、甚平を除いて基本的にセリアーナ達に任せている。

 そして、用意された物に文句を言う事は無い。


 その結果、少女趣味とまではいわないが、少々可愛らしい物が多く揃えられている。

 彼女達3人だけじゃなくて、ゼルキスのミネアさんや王都のオリアナさんも似たような事をしていた。


 過去に、ヌイグルミを受け取ったことがあり、私物は可愛らしい物が多い。

 ……その積み重ねか。

 同時に判明したのが、この屋敷には俺が存在を把握していない俺用の服や小物がまだまだ保管されているって事だ。

 どこにあるんだろう?


「……エリーシャ様もお前用に揃えているかもしれないわね」


 由々しき事態だ。

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