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「ぬっふっふ~」


「随分ご機嫌ね」


 鼻歌を口ずさみながら、セリアーナの部屋の窓辺にふよふよ風船のように漂う俺。

 その俺を見て、やや呆れたような口調でセリアーナが口を開いた。


「まーねー」


 それに窓の外を見たまま答えた。


 注文していた棚や魔物の彫刻が、今日いよいよ届くのだ。


 昨日商業ギルドからリーゼル宛にその報せが届いた。

 何だかんだで結局2ヶ月くらいかかったもんな……待ち遠しかったぜ。

 置き場所に関しても、最初は【隠れ家】にでも飾っておこうかと思ったが、セリアーナがこの部屋を使って良いって言ってくれたしな。


 セリアーナの部屋は寝室と併せて一応2部屋という形式になっているが、L字型の2LDKに近い構造だ。

 風呂トイレそしてキッチン付き。

 広いし、物を置くスペースはたっぷりある。


 思うに、もっとたくさんの侍女や使用人を控えさせることが前提なんだろうが……俺にエレナにテレサの3人と、たまにフィオーラだけだ。

 一時は乳母と子供達もこの部屋にいたが、今では隣の子供部屋に移っている。


 それに加えて、セリアーナはあまり物を置かないからな……。

 肖像画やミラの絵に、この街や周囲を記した大きな地図……後は俺が貰ったり買い集めた絵だったり、魔物の爪や牙だったりは飾っているが、まだまだスペースは余っている。

 このまま俺の物をどんどん増やしていこうかな?


 そのまま外を見続けていると、チラっと何かが近付いているのがわかった。


「あ! 来たかも」


 屋敷に繋がる坂を馬車がガタゴトと上って来ている。

 後ろに荷台が繋がっているし、何かデカい物を運んでいることに間違いない。

 この部屋は端にあるから、ハッキリは見えないんだよな……。


「到着したらちゃんと呼びに来るのだし、落ち着きなさい……」


 呆れ交じりなセリアーナ。


 セレブなねーちゃんには俺の興奮が理解出来ないようだ。

 今までも色々オーダーメイドしてきたけれど、今回は棚だ。

 金額だけなら傘の方が上だが、前世でだって家具をオーダーした事は無かったもんな。

 この一点に関しては、前世を超えたな……!


 ◇


 程なくして部屋に、荷物が届いたと報せが来た。

 予定では、本館の玄関ホール正面の階段を上がって、2階まで運んでもらい、そこからは南館のメイドさん達に部屋まで運んでもらうつもりだった。

 中身は入っていないし【祈り】を発動したら、女性だけでも十分運べるはずなんだ。

 報酬は、既に前払いで【ミラの祝福】を行っているしな。


 ところが、呼ばれた先はリーゼルの執務室。

 なんでじゃ?


 1階に降りると、なにやら所在無さげに棚の前で突っ立っている商業ギルドか工房の者たちがいるが、その彼等を横目に通り過ぎて、執務室の前に到着した。

 そういえば棚しかなかったけれど、置物はどうしたんだろう?

 まだ外なのかな?


「入りまーす」


 そして、いつも通り一声かけてから中に入ったのだが……。


「あれ?」


 部屋の中ではいつもの面々が真面目にお仕事をしているわけだが……いつもとは違う者の姿もそこにはあった。


 まずは屋敷の中の警備を担当している兵士達。

 彼等は外の廊下を通る事はあるが、この部屋に入って来ることは無い。


 そして、小ざっぱりした服を着ているおっさん達。

 1人は知っている。

 俺が注文を出した工房の職人で、名前は確か……ダンだったかな?

 彼がいるのは俺から直接注文を受けたからだしおかしくは無いが……他のおっさんたちは一体なんなんだろう。

 足元に大きな木箱がいくつか置いてあるし、それに俺が注文した物が入っているんだろうけれど……3人とも妙に恐縮しきっている。

 領主の前にいるからってのもあるかもしれないけれど、はてさて?


 と、訝しげな顔をしていると、こちらを見ているリーゼルと目が合った。


「彼等は商業ギルドの職人頭と工房の親方だよ。アレの制作者だね」


 そう言うと、壁側の棚に飾られたデカい彫刻を指した。

 クマと巨獣リアーナ……俺が記念祭でお土産に買って来た物だな。


 なるほどこの2人が、腕はいいけれどちょっと商売勘が残念な偉い人か。


「どもども」


 紹介を受けて頭を下げた2人に、俺も同じく挨拶する。


「ソレはオレが注文した物だよね? わざわざここに持って来たってことは何かあったの?」


「ああ、問題という訳じゃ無いよ。ただ、セリアの部屋に置くんだろう? 一応こちらで中身の確認をしてからと思ってね。それで、持ち主の君にも立ち会ってもらおうと、呼んだんだよ」


「ははぁ……」


 まぁ、確かにちょっとした小物でもドカンといくような物もあるだろうしな。

 3人が青い顔をしているのも、俺に渡して終わりって思っていたら、領主の前に連れて来られるわ兵士に囲まれるわ……そりゃ驚くわ。


「んじゃ、さっさと済ませちゃおう。箱はオレが開けてもいい?」


 別に封を開けたら価値が落ちるってわけじゃ無いし、皆の前で確認すること自体は問題無い。

 だが、折角注文出して作って貰ったんだし、まずは俺が最初に中を見たい。


「ああ。構わないよ」


 リーゼルは笑ってそう言うと、兵に木箱の釘を抜くよう指示を出した。


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 釘を引き抜かれた木箱の蓋に手をかけると、【浮き玉】を操り上に引き上げた。

 ……クレーンゲームみたいだな。

 ともあれ、箱の中身とご対面だ。


「……ぉぉ?」


 木屑がびっしりと……。


「それは運んでいる最中に破損しない様に、木屑を詰めているんですよ。1つの箱に5体ずつ入っています」


 首を傾げる俺に、慌てて説明するおっさん。


「あぁ……なるほど」


 梱包材みたいなものか。

 プチプチとか無いもんな。

 木屑なら丁度自分のところで調達できるし、一石二鳥だ。

 そういや、祭りの時もこんな風にしていた。


「えーと……あ、あった」


 両手を突っ込んでゴソゴソ探ると、すぐに指先に触れる硬い感触があった。

 しっかりとつかみ引っ張り出したソレは……。


「オオカミだ!」


 オオカミの魔獣。


 ダンジョンも含めて割とどの地域にも出現するゴブリンと並んでポピュラーな魔物で、ご多分に漏れず一の森にも姿を見せるが、あそこのオオカミは結構頭がいいからな……連携して来たりフェイントを仕掛けてきたりと中々気を抜けない強敵だ。

 そのオオカミを、牙をむき尻尾を立てて今にも襲い掛からんといった様子で彫っている。

 塗装こそされていないが、カッコイイ。


「いい出来じゃないか」


 俺が掲げたソレを見て、リーゼルも感心した様子でそう言った。


「ね!」


 それに答える俺の声もついつい弾んでしまう。


 10センチ程度の大きさだが細部もしっかりしているし……これ1体お値段銀貨2枚なんだよな。

 全部で20体だが、それでも大銀貨4枚か……。

 棚の出来はまだ確かめていないが、全部ひっくるめて金貨2枚で作って貰った。

 単純に額だけを考えると安くは無いが……もうちょっと渡しても良かったかな?


 とりあえず先に中身を全部確認して、それからちょっと追加の報酬についても話してみるかな。


 ◇


「それでは、ここから先をお願いします。……重たいですがよろしいでしょうか?」


 本館2階の南館との境まで、棚と木箱を運んで来た男たちは、こちらを見て不安そうにしている。

 棚は高さ2メートル横1メートルで、幅は30センチほど。

 上段は開き戸で下段は引き戸……どちらもガラスだ。

 サイズ的には標準的だが、しっかりとした木材を使っているから、重さは見た目以上だ。


 こっちの面子はうら若き女性ばかりだもんな。

 それも、報酬として先に新型【ミラの祝福】を施しているから、シュッとした美人さんばかり。


 ……気持ちはわかる。


「ええ。大丈夫ですよ。ご苦労様です」


 だが、その気遣いを実にあっさりとあしらった。


「はっ。それでは、失礼します」


 そう言うと引き返していった。

 少し肩を落としている気がするが……何か下心でもあったのかな?


 彼等は商業ギルドの職員だが、位はそこそこ高い者たちらしい。

 まぁ、この屋敷に入り込んでも問題がない人物って事なんだろう。

 お見合い相手としては、悪くないと思うけれど……彼女たちの態度を考えると、お眼鏡にかなわなかったのかな?


 ともあれ、その彼等がえっちらおっちらと1階から木箱も一緒に運んできた。

 いまいち判定がわからないが、どうやら俺の中では彼等は仲間とみなしていなかったようで、試しに使ってみた【祈り】は適用されず、素の力のみで運んでいた。

 ……重かっただろうね。


 すまねぇ……と思いながら彼等が階段を下りていくのを見送っていると、後ろから声をかけられた。


「それじゃあ、セラちゃん。お願いね」


 その声に振り向くと、既に彼女たちは運ぶ準備が出来ていた。


「っ!? りょーかい!」


 慌てて【祈り】を発動する。

 薄っすら光を帯びるメイドさんたち。


「んじゃ、行きましょー」


 号令をかけると、セリアーナの部屋目指して【浮き玉】を進ませた。


 ◇


「あら? そうやって並べてみると思ったよりも見栄えがいいじゃない」


 壁側に設置された棚を見て、意外なようにセリアーナがこぼした。

 エレナとテレサも一緒に、自分の机からは離れず遠い場所から見ているが、それでもこの良さは伝わるらしい。


 下の段はまだ何も置いていないが、上の段は魔物シリーズが整列されている。

 この棚自体は黒に近い濃い茶色だが、内部は白い塗装が施されていて、部屋の照明に照らされて彫刻がはっきりと見えるようになっているのだ。


 そこら辺の注文は俺がしたんだが、前世でもフィギュアを集める趣味も陳列する趣味もなかったからな。

 何となくうろ覚えの知識だったが、セリアーナが言うようにこれは悪くない。

 悪くないどころか、いいじゃないか……!


「あなたたち、セラが世話をかけたわね。下がっていいわ。ゆっくり休んで頂戴」


 棚の出来に「ぬふふ」と笑みを浮かべていると、セリアーナは俺にはまず向けない様な優しい声色でメイドさんたちを労っている。

 その言葉を受けて、ここまで運んでくれたメイドさんたちが部屋を下がっていった。


 代わりに、席を立ち棚の前にやってきたセリアーナ達3人。

 随分性急だなとは思ったが……もしかして近くで見たかったのかな?


「セラ、その下の段は何を置くつもりなのかな?」


「……何を置こうかね? オレが倒した魔物の素材とかでも置こうかな? そのうち下層とかの狩りも安定するだろうし、そこで手に入れた遺骸とか置くと良くない?」


 似たような事は【隠れ家】でもしているが、こっちはより閲覧に特化した箔付けようの物を揃えるとか!

 ……まぁ、セリアーナの客に冒険者的な箔付けをしてどうするんだって気もするが……。


「まあ、急いで埋める必要もないし、じっくり考えるといいわ」


 セリアーナは興味深そうな顔で棚の中を見ながら、呆れたような声でそんなことを言った。

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