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 秋の半ばを過ぎた今日この頃。

 一般開放を間近に控えたリアーナのダンジョンは、騎士団による内部の調査を切り上げた。

 調査を担当していた2番隊はダンジョンから引き揚げて、その代わりに王都からやって来る聖貨の輸送隊を受け入れるために、領内の見回りに1番隊共々出ることになった。


 先行利用が出来ていた冒険者達も、上層の奥や中層といった魔物が強くさらに入口から距離がある難易度の高い場所ではなく、より手軽に倒せる浅い位置に集中している。

 最後に稼ごうってのもあるが、騎士団の面子が引いた以上、無理はしたく無いんだろう。


 そして今、その比較的空いている中層を疾走するジグハルト。

 俺の【祈り】があるからとはいえ、入口からここまで走りっぱなしだ。

 魔物が現れても目に付いた瞬間に「シュピッ」とビームを撃って核を貫いていく。

 鎧袖一触とはこの事だな。


 しかし……俺が上から魔物が比較的少ないルートを教えているとはいえ、なんたるハイペース。


「中層だな。セラ! 通路で一旦休憩だ!」


「はいよ!」


 下を走るジグハルトからの指示に返事をして、高度を落とした。

 顔を見ると薄っすら汗を浮かべているが……特に息が上がった様子は見えない。


「ねぇ、疲れてないの?」


「あ? まあ、少しはな。だから休憩するだろう?」


「【隠れ家】使う?」


「いや、必要ない。そこで十分だ」


 そう言うと、すぐ先の下層に繋がる通路を指して、そちらに向かっていった。


 階層内の通路は魔物が出るが、階層間の通路は別だ。

 確かに休憩するにはもってこいの場所だが……【隠れ家】を使う必要が無い程度の消耗なのか。

 結構な速さで1時間以上走りっぱなしだったのにな。


 と、呆れ交じりに見ていると、こちらを見たジグハルトと目が合った。


「お前は入りたければ入っていても構わないぞ?」


 ジグハルトは、壁を背に水分補給をしている。

 座ったりしないのは、緊張感を解きたくないんだろう。

 ここまで、危なげなく来ているのに、油断は全くしていない。


「や、大丈夫」


 例によって俺は浮いていただけ。

 消耗ゼロだ。

 その俺が【隠れ家】に入るってのは……ナシだな。


 回復までもう少しかかりそうだし……今のうちに準備しておくか。

 恩恵品や加護を発動し直して、ついでに【浮き玉】に乗りながらだが、簡単な準備運動を開始した。


「よし……。待たせたなセラ、俺は良いぜ。お前はどうだ?」


 ジグハルトは、休憩に入ってしばらくすると回復したらしい。

 10分そこらかな?

 俺も準備はバッチリだ。


 今日のダンジョン探索の目的地は、俺が以前ソロで挑んで断念した下層の最初の間だ。


 そこでの目的は、フィオーラに作って貰った「燃焼玉」を使って、俺がソロでオオザルを倒す事が可能なのかどうかを調べる事。


「燃焼玉」は読んで字のごとく、ピンポン玉くらいのサイズの玉だ。

 命名はフィオーラだが、この外連味の無さよ……。

 俺もネーミングセンスはちょっと自信無いが、彼女も相当だな。

 ともあれ、これ自体はネバネバブヨブヨしたゲル状で、薄い紙で丸められている。

 ところが、ダンジョンの魔物に当たると一気に溶けて、さらに燃焼するって代物だ。


 ただし、あくまでお目当てはオオザル。

 そいつが姿を現すまでは時間を稼ぐ必要があるし、その後も1対1に持ち込むために魔物を削って行く必要がある。

 まぁ、どちらの問題も【浮き玉】で浮いて【紫の羽】で麻痺らせればいいだけだ。


「オレは何時でも! それじゃ、行ってくるよ」


 それじゃー、リベンジと行きますかね。


 ◇


「ぬーん……」


 上空に漂うこと30分ほどだろうか?

 大半の魔物を麻痺らせる事に成功し、奥の通路からオオザルを呼び寄せることに成功した。

 中層に繋がる通路では、万が一に備えてジグハルトが待機している。

 完璧に事前の作戦通りだ。


 広間で動く魔物は、相変わらず毒が効いた様子が一切ないオオザルに、オーガの群れの中のリーダー格5体。

 前回に比べて動けるオーガの数が多いが、それ自体は問題じゃない。

 ただ……、それが影響しているのかはわからないが、無力化している魔物達は全体的に場所がばらけているんだよな。


 ここから前準備として、出来るだけ素早く倒していかないといけないが……どうすっかな。


「セラ! やれるか?」


 中々動き出さない俺を見て、通路に潜むジグハルトが手を貸そうかと言ってきた。

 要はオオザルと戦えればいいんだし、彼の手を借りること自体は悪く無いが……今後の事を考えるとな。

 折角保護者付きだし、俺1人でこの広間を全滅できるかチャレンジしたい。


「だいじょーぶ!」


 ありがたい申し出だが、断らせてもらおう。

 なに……やる事は変わらない。

 まずはオーガの目を潰して、それから1体ずつ削って行く。

 それだけだ。


 念のためオオザルを見るが……前回と変わらずこちらに対して関心を払わず、倒れている魔物の間をウロウロしている。

 うん……これなら、イケるイケる!


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「ふらっしゅ!」


 今日2発目の魔法を残ったオーガに向かって発射した。

 眼前で炸裂し、顔を押さえる生き残りのオーガ。


「ほいっ!」


 動きが止まったオーガの後ろに回り込み、首を刎ねるために一振り二振り……。

 これで、この広間で動いているのはオオザルだけとなった。

 動けるオーガの数が多かったから魔法を2発使ったが、それを除けば前回と同じ展開だ。

 後はこれまた前回と同じく、出来るだけ素早く倒れている魔物達を仕留めながら、オオザルの隙を見つけるか、あるいは向こうから何かを仕掛けて来るかを待つ。


 一旦オオザルの様子を確認する。

 相変わらず何を考えているのかわからないが、倒れた魔物の間を縫ってウロウロしている。

 前回はオーガとの戦闘中に魔物をぶん投げてきたが、今回はそれは無かったしな……。

 あまり気にし過ぎても良くないかもしれないな。


「それじゃー……行こうか」


 とはいえ、油断しても良くない。

 俺は、オオザルの監視と移動に専念して、倒れている魔物達の止めはヘビ達に任せよう。


 ◇


 この広間に踏み込んでから40分ほど経っただろうか?

 実質戦闘時間は10分ってところか。

 魔物の数をおよそ3分の1にまで減らして、残りは広間奥の魔物だけとなったところで、状況に変化が訪れた。

 広間の魔物の数か、あるいは敵の接近か……何がトリガーかはわからないが、ようやくオオザル君が動き始めた。

 手近にいたオオイノシシをこちらにぶん投げてきたが、もとより警戒していたため、危なげなく躱して、その哀れなオオイノシシにも止めを刺した。


 その一手だけで追撃を仕掛けてくる様子は無いが、今までの無関心さは無くなり、明らかに俺の存在を意識している。

 通路に控えているジグハルトは無視か。

 警戒心はしっかりあるはずなのに、範囲が限定的……この辺はダンジョンの魔物特有だな。


「ここからだな……!」


 一旦距離を取り【ダンレムの糸】を発動し、構えをとる。


 距離は30メートルほどで、射線上に魔物はいない。

 この1射で魔物を複数巻き込む事は出来ないが……今回の本命は「燃焼玉」で、この1射はオオザルに当てて動きを鈍らせることが狙いだ。

 むしろオオザルの全身が見えて、狙いが付けやすい。

 何か大きな動きをする素振りも無いし……狙い目だ。


「……ほっ!」


 オオザル目がけて矢を放った。

 いつも通りの威力で地面を抉りながら、オオザル目がけて飛んでいく矢。

 だが、前回と同じくやはり壁に着弾する音は無い。

 その代わり、弓から光の奔流が途切れても未だ残る光の矢。

 そして微かに届く、唸り声。

 受け止められている。


「ふんっ……」


 ……わかっちゃいたが、俺の最大火力が止められるってのは面白くないな。

 まぁいい……ここからここから。


 同じ軌道で真っ直ぐ接近するのではなく、やや回り込みながら上空から近づいて行く。

 既に矢は消滅しているが、巻き起こった砂煙はそのままだ。

【風の衣】と【琥珀の盾】は発動しているし守りは完璧だが、気を付けるにこしたことは無い。


「ぬーん……。うん……魔力は消耗してるっぽいね」


【妖精の瞳】で確認すると、しっかり生存している事がわかった。

 だが、矢を防いだことで相応の消耗があったんだろう。

 肉体にはどこまでダメージが入っているかはわからないが、十分十分。


「お?」


 オオザルが何かを両腕で抱え上げているのがわかった。

 生物じゃ無いし、瓦礫……岩か。

 だが、両腕か……防ぎきられたのかな?

 まぁ、いい。

 アレを躱したら、開始だ。


「…………来たっ! ん? いや、いいかっ!」


 10数秒ほど経っただろうか?

 オオザルが振りかぶって担ぎ上げたそれを投げて来た。

 だが、砂煙で見えないが途中で落下したようでこちらに届く事は無かった。

 通常なら届いていたはずなのにと、一瞬躊躇ってしまったが、要はしっかり矢でダメージを受けていたって事だろう。

 次弾は来ないだろうと踏んで、構わず砂煙の中へ突進した。

 そして、丁度オオザルの真上に来たところで……。


「ほっ!」


【風の衣】から風を噴出し、一気に砂煙を吹き散らした。

 そして晴れた視界の先には、両腕から血を流しているオオザル君の姿が。


 なるほど……前回のオオザルと違って、こいつは矢を両腕で受け止めたのか。

 単純に半分にって訳にはいかないだろうが、それでもダメージを分散できている。

 片腕を完全に潰すよりは、ダメージこそあるが両腕を使えるこっちの方が、普通に考えたらいいんだろうが……。


「ぬふふ……いかんねぇ」


 思わず笑みがこぼれてしまう。

 確かに地上で殴り合いをするんなら、こっちが正解だが、宙にいる俺相手には失敗だ。


「おっと」


 上にいる俺に気付いたオオザルが、バスケットボールほどの大きさの石を投げて来たが、ヘロヘロで【浮き玉】が無くても避けられそうなほどだ。

 余裕で躱した。

 そして……。


「たっ!」


 急降下からの蹴りを、オオザルの頭部にお見舞いした。

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