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「フフフ……」


 オオザルを蹴って斬って突いてまた蹴って……ついでに周囲に転がっている麻痺した魔物を仕留めていく。

 核のある胸部にこそ近寄れないが、上からの急降下、そして即離脱のコンボで着実にダメージを与え続けている。

 なんとか俺へ攻撃を当てようとオオザル君も頑張っているが、上への攻撃はまともに出来ず、たまに投げてくる石は俺に届く事は無く、どれも躱すまでも無い。

 なんかこのままでも倒せてしまえそうだが……今回両腕を潰せたのはたまたまだし、次回以降もこう上手くいくとは考えにくい。


「……うん。そろそろかな?」


 タイマーを確認すると、そろそろ【ダンレムの糸】のクールタイムが明ける頃だ。

 とはいえ念を入れて、仕掛けるのはもう少し経ってからだな。


「よし……頃合いだ」


 さらに蹴り続ける事数分……再度タイマーを見て、しっかりとクールタイムが過ぎた事を確認した。

 そして、しっかりと右手に掴んだ「燃焼玉」も。

 さぁ、やるぞ!


「ほっ!」


 正面から突っ込んでくる俺に対して、何とか迎撃しようとするも上がり切らない両腕。

 四十肩かな?

 お気の毒に。


「はっ!」


 突進の勢いそのままに蹴りをぶち込む。

 オオザルの短く太い首ではあまり脳には衝撃がいかない様で、脳震盪とはいかないが、それでも一瞬だが無防備になる。

 その隙が俺の狙いだ。


「ほいっ!」


 ひょいっとその動きが止まった頭部目がけて、「燃焼玉」を放り投げた。

 散々、ヒョロヒョロな投擲を繰り返していたオオザルの事を馬鹿にしていたが、負けず劣らずヒョロヒョロだ。

 だが、コントロール重視なんだ!

 これでダメージを与えるわけじゃ無いし、命中させることが大事なんだ!


 結果、顔面に見事命中。

 そして……命中したと同時包んでいる紙が溶けて、中身が当たった場所を中心に広がっていく。

 ただの液体では無くて粘度があるため、しっかりと纏わりついているが、それが一瞬間を置いて煙を上げたかと思うと、一気に炎上した。


 ◇


「……ぉぉぅ」


 えらいことしちまったかもしれん。

 その惨状を目の当たりにして、思わず呻き声が漏れてしまう。


「燃焼玉」で燃え上がったオオザルは、火元の顔を押さえようとするも腕が上がらず、何とか火を消そうと地面に蹲っている。

 両腕にダメージを負おうと、その後も俺に攻撃をされ続けようとも、怯んでいなかったオオザルがこうなるとは……なんかえらく非道な事をしている気がしてきた。

 まぁ……いたぶった後火をつけているんだし、正にその通りなんだけど。


 …………ともあれだ!

 ついさっきまで戦っていた、俺の存在なんて最早頭に無いようだ。

 突如顔から火が出たらそりゃーパニックにもなるだろうさ。

 まして、ダンジョンでは火なんて見た事無いだろうしな……。


「……はっ!? いかんいかん」


 手で擦ろうが地面を転がろうが、そんな事ではこの火は消えない。

 だからと言って、悠長にこの状況を眺めている時間も無い。

 さっさと仕留めなければ。


 一旦10メートルほど距離をとって、今度はオオザルの側面に捉えてから、【ダンレムの糸】を発動する。

 今は蹲ったまま動いていないが、急に転がられたりしたら正面からだと外してしまうかもしれないもんな。


「んー……ほいっ!」


 狙いをつけると、蹲ったままのオオザル目がけて発射した。

 発射とほぼ同時に広間に響く地面への着弾音。

 そして、モロに着弾しただけあって1射目よりも大量に巻き上がる砂煙。


「わっとっ……!? ふぅ……。ん~……と?」


 それを避けるために慌てて上昇し、ついでに仕留めたか否かの確認も行った。

 結果は、反応無し。

 見事討ち取っていた。

 どうやら【ダンレムの糸】は直撃さえしてしまえば、オオザルを倒す威力はあるようだ。


 それにしても、なんとまー……あっさりしたものか。

 たった1つのアイテムが加わっただけで、討伐を諦めた相手をあっさり倒せてしまうとは……。

 上手く両腕を潰せたりと、今回は確かに運がちょっと良かったってのはあるが、それ抜きでも恐らく同じ様に倒せるだろう。


 オオザル……結構強いのになぁ……。


「……ん?」


 オオザルの最後を思い出しながら、ほんのちょっぴり勝利の虚しさに浸っていると、ふと左の袖を引かれた。

 こっちはアカメだが……なんだろう?

 そちらを振りむこうとしたのだが……。


「うぉぁっ!?」


 振りむこうとした瞬間に、何かが【風の衣】に直撃した。

【琥珀の盾】は残っているが反射的に張り直して、すぐに場所を変えて、飛んできた方角を見ると、数体のオーガがこちらを睨みつけている。


 ……なるほど、リポップか。

 なんだかんだで最初に倒してから30分は経っているしな。


 おのれ……人がセンチな気分になっているというのに、邪魔をしおって!

 ブチ殺してやる!

 気合いを入れなおして、諸々の恩恵品と加護を発動した。


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諸々の準備を整えて、やる気になったはいいが……どうしよう。

他の魔物達もほとんど同じタイミングで倒したし、このままじゃ繰り返しになりそうだ。

オオザルは流石にすぐ湧いてきたりはしないだろうが……毒が効くのを待っている時間はちょっと無いな。


「ぬーん……ん?」


どーすっかなー……と、投石を回避しながら考えていると、視界の隅、入口ら辺に何やら強い魔力が見えた。

そちらに視線を向けると、今まで通路に身を隠していたジグハルトが広間に踏み込んでいる。

……そして魔力を溜めて魔法を撃つ体勢に入っている。


一応俺が救援要請を出すまではって取り決めだったんだけど、これは……アレか?

時間切れって事か?

目が合うと、後ろを向けとばかりに手を振っている。

やるんだな……!


まぁ、オオザルを倒せたとはいえ、時間がかかり過ぎちゃったし、仕方が無いか……。

と、一つ息を吐いて、後ろを向いた。

もちろんその際には、ヘビたちを引っ込めて【妖精の瞳】も解除する事を忘れていない。

魔物相手に背を向けるのは少々怖いが……ジグハルトなら一瞬だろう。


「ぬぉっ!?」


そんな事を考えていると、背を向けていてもわかる強烈な光が発せられた。

となると、お次は広間中に響く轟音が…………あれ?

なんもしないな……。


おかしーなー、と振り向こうかどうか迷っていると、下からジグハルトの声がした。


「セラ! 終わったぞ」


終わったらしい。

振り向き確認すると、俺が【ダンレムの糸】をぶっ放した時の様な砂煙など一切起きておらず、さらには死体も一つもなかった。


……あれー?



下層の広間での戦闘を終えた後は、もう目的は果たしたし帰還する事にした。

急ぐ必要は無いし、行きとは違い小走り程度の速度でお喋りをしながらだ。


その際、真っ先に気になった事をジグハルトに訊ねる事にした。

下層の戦闘、あれどうやったの? と。


20体以上を一度にやったにもかかわらず、なんの痕跡も無かった。

死体が消えたのは核を潰したからだし、ジグハルトならたとえ複数だろうと一度に潰すのが可能なのは、俺も知っている。

実際見た事があるもんな。

だが、地面の破壊痕を始めなんの痕跡も無し……となると……ちょっとしたホラーだった。


「アレはな……直線じゃなくて、曲線で撃ち出したんだ。何度かお前が矢を放つのを見ていて考えていたんだ。今まで意識してこなかったが、障害物に威力を殺されちゃ勿体ないだろう? 弓を使う奴なら似たような事をするしな。魔法でだってできるさ」


「……へー」


事も無げに言い放っているが……結構とんでもない事じゃないか?


所謂曲射だが、アレは確か上に撃って重力で曲げている。

ただ、魔法は障害物や大気で減衰していくが、別に重力の影響を受けて地面に落ちたりはしない。

つまり、なにかしらの技術で弾道に介入して曲げているんだと思う。

しかも、ただ曲げるだけじゃなくて魔物を貫通させずに核だけのピンポイント射撃だ。

それも、1発だけじゃ無く何十発の同時発射。


どうなってんだ、このおっさん?


「大半はお前が動きを止めていただろう? 楽なもんだったな」


「……そーなんだー」


ちょっともう、わけわからないよ……。


「そんなことよりも」


「ん?」


全然そんな事じゃない気もするが、なんだろう?


「悪かったな……締めを俺がやっちまって。……魔物の再出現に間に合わない様なら、俺が代わりに倒しておけと言われてたんだ。お前1人でも十分やれただろうが……」


「あぁ……それこそ、そんなこと、だよ」


なるほど……事前に、俺がもたついている様なら代わりにやってしまえって、セリアーナにでも言われていたんだろう。

確かに俺1人でもやれただろうけれど、あのままじゃジリ貧だったしな。

毒を使った魔物は残しておきたくないし、どこかで離脱を選択していたと思う。


今回ので、「燃焼玉」の威力はわかったし、目的は果たせた。

今日の結果を基に、どうやって攻略するかを考えないといけないな。

下層に再度挑むのはそれからでもいいだろう。


それに……しっかり聖貨も2枚ゲットしたもんな。

成果はバッチリだ。



ダンジョンから帰還すると、俺は屋敷に戻ってひとっ風呂浴びた。

その後向かった先は、セリアーナ達がいる執務室では無くて、ジグハルトやフィオーラがいる地下の研究室だ。

中には2人に加えて彼等の部下が数人何かの作業をしている。


そんな中、フィオーラはチェック表らしきものを片手にそれを聞いて満足気な笑みを浮かべている。


「お帰りなさい。ジグに聞いたわ。上手くいったようね」


「うんうん。オレでもちゃんと使えたよ」


効果自体は検証済みだが、いかんせん「燃焼玉」は半ば俺専用アイテム。

肝心の俺の使用感を聞いておかないと、彼女の中では完成とはならないんだろう。


「「燃焼玉」は、魔物の核を素材に使っているの。ここなら供給自体は問題無いけれど、加工に1週間ほどかかるから、使用したい時はある程度事前に言っておいて頂戴」


「はーい。結構面倒なんだね」


俺がそう言うと、フィオーラは壁の棚を指した。

棚にはサイフォンのような物がいくつも置かれていて、一滴一滴液体が落ちている。


「核や魔石の魔力を抽出しているの。放置するだけでいいけれど時間はかかるわね」


「……へー」


どれくらい必要なのかわからないが、確かにアレは時間がかかりそうだ。

とはいえ、核はダンジョンがあるし魔物を回収した際に一緒に調達できるだろう。

いざとなれば俺が依頼を出したっていいくらいだ。

制作に時間はかかるが、それさえ気を付けたらストックを切らす事も無さそうだし、これならいつでも下層に挑む事が出来そうだ。

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