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さて……施療は無事終わり、夕方頃からパーティーが始まった。
面倒臭そうだし俺は出席しないが、エレナはもちろんテレサやフィオーラはしっかりと出席している。
セリアーナがメインなのだが、エレナの誕生日も数日違うだけだし、どうやら彼女の祝いも兼ねていて、中々豪勢な事になったそうだ。
思えば一昨年は新領地の設立云々で慌ただしかったし、昨年はお腹に子供がいたしでパーティーどころじゃなかったもんな……。
今回のが第一回目。
そりゃ、派手にもなるか。
俺が眠る前には、既にパーティー自体は閉会していたが、屋敷には客はまだまだ多数残っていた。
北館南館とで男女に分かれて、それぞれお酒片手に遅くまで会話に興じていたそうだ。
楽しい席だったんだろう。
ついつい酒が進み、セリアーナはお開きになった後に部屋まで戻るのが億劫になり、手近な空いた部屋で休む事にしたと……。
セリアーナの部屋は2階の一番奥にあるもんな。
その事は朝食を部屋に持って来たメイドさんから聞いていたのだが……その後、部屋に俺を呼びに来たテレサに案内されてついて行った先は、階段すぐ手前の客室。
この部屋に入るのは、屋敷の改築が完了した時に、中の探検をして以来だな。
「んで、こういう状況なのね……」
眼前には、同じベッドの上に転がって呻いているセリアーナとエレナの姿がある。
二日酔いだな。
「はい。姫を呼んで欲しいとお2人が仰られて……。よろしかったでしょうか?」
俺の言葉に、申し訳なさそうに答えるテレサ。
なんとなく彼女も何をするのか予測がついているのかもしれない。
「うん……前もやった事あるしね。まぁ、滅多に無い事だし」
セリアーナが王都の貴族学院に通っていた頃、似たような事があったが、それ以来だ。
その事を思い出しながら、【浮き玉】から降りて、ベッドの上に寝る2人の間に座った。
そして、お腹に手をかざして【祈り】と【ミラの祝福】を発動して、治療を開始する。
「セ……セラ……。悪いわね……」
「うん。いいよいいよ」
「あ……ありがとうね」
「うんうん」
少しずつ回復してきたのか、口を開く余裕が生まれたようだ。
2人して俺に礼を言ってくる。
エレナはともかく、セリアーナはこういう風に弱ると弱気になるな。
面白い。
お祝い事で、それも主賓が飲めるのに酒を口にしないってのも宜しくない。
頻繁にっていうなら、健康面から小言の一つや二つは言いたくなるが、数年に一度……むしろもっと遊んでもいいくらいだと思う。
この程度、お安い御用だ。
◇
治療する事1時間弱。
死体の様な青ざめた顔をしていた2人も、体を起こせる程度には回復したし、これ以上はもう俺の力は必要無いだろうと、治療を切り上げる事にした。
「テレサ達は平気だったの?」
テレサと、この場にはいないがフィオーラもパーティーには出席していたはずだ。
こっちの2人はあんな有様だったが、そっちの2人はどうなんだろう?
見た感じ、テレサはいつもと何も変わらないが……。
「私は、口にしたのは最初の一杯だけですから。フィオーラ殿はどうかはわかりませんが、帰る際にはいつもと変わらない足取りでした。ジグハルト殿も一緒ですし、心配はいらないでしょう」
「なるほどー」
お酒の付き合い方というか、そういった場への経験値の差かな?
まだ若いもんな……。
しかし、この2人がここまで潰れていたって事は、リーゼルはどうなんだろうか?
領主の仕事をサポートするメンバーはそれなりにいるが、パーティーとかの場でのサポート役って誰かいたっけ?
オーギュストと後はアレクくらいか。
女性よりも男性の方が酒は飲むだろうし、その2人はアルコールに強そうな気もするけれど、リーゼルはどうかな?
……ふむ。
3人は、そろそろこの部屋を出てセリアーナの部屋に移動しようとか話しているし、こっちはもう大丈夫だろう。
「もう2人は大丈夫そうだし、オレはちょっと旦那様の様子を見て来るよ」
そう言ってセリアーナの方を見るとこちらに手をプラプラと振っている。
行けって事かな?
「はい。こちらは私にお任せください」
それをテレサも見ていたようで、後は自分が看ておくと言っている。
それじゃー、任せるかね。
俺はベッドから降りると、【浮き玉】に乗りドアへ向かった。
◇
リーゼルの部屋に繋がる廊下にやって来た。
そして部屋の前には警備の兵が立っているが……なんか俺が姿を見せるとドアを開けたな……。
彼が勝手に判断したってことは無いだろう。
部屋の中に誰がいるのかはわからないが、この距離で俺に気付いたか。
いつも思うけれど、何で気付けるんだろう……?
「おじゃましまーす」
中に向かって声をかけながら部屋に入ると、室内には3人の姿があった。
カロスとロゼ、そして部屋の主であるリーゼルだ。
「いらっしゃい、セラ君。君がこちらに来るのは珍しいね。セリアのお使いかな?」
リーゼルはいつも通りのやたら爽やかな笑みを浮かべている。
部屋には酒の臭いどころか紅茶の香りが漂っているし……これは二日酔いには程遠い光景だな。
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リーゼルが二日酔いで死んでないか、様子を見に来たのだが……いらぬ心配だった。
酒に強いのかあまり飲まなかったのかはわからないが、まぁ……見事にいつも通り。
それどころか、セリアーナやついでにエレナの事を気遣う余裕も見せている。
……こいつ弱点とか欠点とか無いのかな?
ついついそんな事を考えてしまいながら彼の顔を見ていると、視線に気付いたようだ。
まぁ、正面だしな。
「どうかしたかい?」
「なんでもないです……」
なんとなく勧められるままに席について、用意されたお茶を飲みながら、昨晩のパーティーの様子を聞いている。
客は領都の人間が大半だが、ちょうど雨季に備えて忙しくなる時期の前という事もあって、英気を養う意味も兼ねて随分盛り上がったんだとか。
この世界のパーティーはどんな盛り上がり方をするのか知らないが、セリアーナの髪もその盛り上がりの一端をになったそうだ。
「セリアはいつも身だしなみに気を付けているけれど、昨日は僕もさすがに驚いたよ。セラ君がやってくれたんだろう?」
「ん。誕生日のお祝いにです」
まぁ、確かにあの髪はやった俺ですら驚いたもんな。
昼間の、窓から入って来る明かりですら髪全体が光を反射していた。
光量の多いホールの照明の下なら尚の事だ。
しかし、やっぱり髪に注目がいくんだな。
仕方ないかな?
ぐぬぬ……と唸っていたのだが、リーゼルが新しい方法の俺への負担はどれくらいなのかと聞いて来た。
時間はかかるが大して変わらないとは伝えたが……彼もやりたいのかな?
足ツボやっちゃうよ?
そう思ったのだが、どうやら違うようだ。
「今回のセリアの件は劇的だったからね……。恐らく一月か二月後には、母上や姉上の耳にも届くはずだ。君が王都やマーセナル領に向かった際に、頼まれるかもしれないが……。難しいようなら僕の方で断っておくけれど、どうだろう?」
「あー……」
俺1人で行くかはともかく、いずれは両方を訪れる機会もあるだろう。
その時に、国の天辺よりの女性の頼みを断れるかどうか……。
まぁ、2人とも無理な事は言ってきそうにないが、それでも事前に手を打ってくれるのか。
「髪の方は問題無いけれど……もう1つの方がですね……」
「もう1つ……。ああ、新しいマッサージだったかな?」
「そうそう、それです。それ、痛いんですよね。だから、それはやりません」
どうも髪しか注目されていないようだけれど、もしその話も聞いていて興味を持って試したいと言われたら……。
施療中に当の2人は何も言わなくても、周りの護衛がどう動くか……殺されかねねぇな。
「……セラ君の力で痛いのかい?」
不思議そうな顔をしているが、痛いのだ。
多分。
ともあれ、納得してくれた。
これから数ヶ月の間、ダンジョンや聖貨の事で王都や周辺領地とも色々やり取りをするため、その際に上手い事伝えてくれるようだ。
しかし……気の利くにーちゃんだな。
その後も話を続けたのだが、そろそろお茶が飲み終わりそうになった頃、リーゼルがふと思い出したように口を開いた。
「ああ、それと……。フィオーラ殿から提出されていたアイテムだが、検証も済んだし、君限定になるがダンジョンでの使用許可を出す事にしたよ。事故を避けるためにも、いくつか所持する際の条件はあるが、自由に使って構わない」
「む! 早いですね!」
物が物だけにもっと時間がかかると思っていた。
さしあたって俺だけとなるそうだが、元々俺の特注品だし問題無い。
これは近いうちに、チャレンジの機会が来るのか!?
「セリアから、君が退屈するから早めにしてくれと言われてね。明日にでも騎士団本部に取りに行くと良いよ」
「ぉぉぅ……。ありがとうございます」
明日かー。
ちょっと準備するとして、明後日か明々後日か……その辺にチャレンジだな!
◇
夜。
セリアーナの部屋でいつものメンバーに加えて、フィオーラも一緒になって集まっている。
朝は二日酔いで苦しんでいたセリアーナとエレナも、夕方にはもう完調していたし、日常って感じだな。
ただ、ちょっと常とは違う光景が広がっていた。
普段俺が誰かの髪を梳くなんてすることは無い。
だが、同じ誕生日のプレゼントなのに、エレナの方は髪をやっていなかったからな……。
時間も大してかからないし、と集まったついでに彼女の髪のケアを行った。
そして、時間もあるし、日頃世話になっているテレサとフィオーラもいる。
なら彼女達の髪にもやる事にした。
先にフィオーラを済ませて、次にテレサの髪をやっている時に、リーゼルからアイテムの使用許可が下りた事を知らされたと伝えた。
「そう……許可は下りたのね」
「うん。明後日か明々後日にでもダンジョンに行こうと思ってるんだ。いい?」
セリアーナの方を見ると、エレナと一瞬顔を見合わせ、頷いていた。
「構わないけれど、また下層に1人で行くの? これからしばらくの間、アレクは領内の見回りに出るわ。救援は期待できないわよ?」
「あ……そうなの? んー……まぁ、大丈夫と思うよ?」
許可は出すが、あまり下層へ行くことは歓迎していないようだ。
まぁ、わざわざ備えたとは言え、セリアーナは俺が一度は断念しているのを知っている。
いざとなれば【隠れ家】もあるが、それとは別に保険くらいは用意して欲しいのかもしれない。
んー……アレクが暇になるまで待つのか……?
ちょっと時間がかかり過ぎるなと、迷っていると、フィオーラが一つ案を出してきた。
「それならジグを連れて行くといいわ」
「……彼をお守に連れて行くの?」
ジグハルト。
ウチの最強戦力で何でもできるオッサンだ。
保険としては十分……というよりも過剰なくらいだ。
セリアーナも流石にそれはもったいないと感じたのかもしれない。
だが……。
「実戦でのアイテムの使用感を調べたかったし丁度良いのよ」
なるほど。
俺専用に近いアイテムだが、せっかく作ったんだしデータが欲しいんだろう。
それじゃーお言葉に甘えさせてもらうかな?
……本人はここにいないけどな!
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