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「ほいじゃ、失礼して……」


 セリアーナをベッドに移して横になって貰い、俺は彼女の足元に移動してふくらはぎに跨った。

 そして、足に手をかけて、棒をグリグリグリっと……。


「ん……痛くは無いわね? ………………っ!? 痛っ……ちょっ、待ちなさい!」


「おわっ!?」


 最初のうちは痛くなかったのか平気そうだったが、何ヵ所目かの時に丁度そこがクリティカルだったのか、痛がり始めた。

 そして、セリアーナが身じろいだ拍子に、彼女の上からコロリと転がり落ちてしまった。

 踏みとどまれたが、危うくベッドからも落ちてしまうところだったぞ?


「ちょっと、危ないじゃん!」


 と、セリアーナに向かって抗議の声を上げるも……。


「エレナ!?」


 セリアーナはそれを無視して、やや悲鳴じみた声でエレナの名を呼んだ。


「はい!」


 それを受けて、ソファーから立ちあがり慌てて駆け寄るエレナ。


「なによアレ……!? あなたもやったのよね!?」


「はい。確かに得体の知れない痛みはあるのですが……」


 と、少々取り乱すセリアーナを宥めている。


 この新しい手法やマッサージの事は先に受けたエレナが説明していた。

 もちろん、多少痛みがある事もだ。

 傷を負うわけじゃ無いし比較的すぐに痛みも治まる……そんな感じにだ。


 だから、甘く見ていたのかもしれないな。

 セリアーナも痛みにはあまり強くないようだ。

 いや、まぁ……別に強くある必要は無いか。


「……大丈夫なの?」


 いつの間にかテレサとフィオーラもやって来ていた。

 施療当初は3人ともセリアーナの様子を見守っていたが、1時間も2時間もとなると……ね。

 飽きたのか、ソファーにかけたままお喋りをしていたのだが、セリアーナの声に何事かとでも思ったんだろう。


「大丈夫だよ。痛いだけ」


 答えになっているのかはわからないが、間違っちゃいない。

 それに、俺もツボの事を解説できるほど詳しいわけじゃ無いしな。


 それよりも……。


「ねぇ、続きするから早く横になってよ」


 その言葉に、セリアーナは心底嫌そうな顔を見せた。

 まぁ……気持ちはわからんでも無いが、ここは諦めておくれ。


 ◇


「もう痛みは無いのかしら?」


「ええ……足を終えたら数分で収まったわ。不思議ね」


 フィオーラの問いに、不思議そうに答えるセリアーナ。

 背後に立つ俺を睨んでいる事は気にしないでおこう。


 あの後は10分ほどで足を終えて、他の箇所のマッサージも行った。

 以前の様に指でやる時に比べたら効いているのか、時折痛そうなそぶりを見せていたが、足の時に比べたら大したものでは無く、恙なくマッサージを完了させることが出来た。

 そして、今は後回しにしていた頭部の施療を行っている。

 ツボ押しはエレナで試す事が出来たし、俺的にはこっちが今回の本命でもある。


【ミラの祝福】は髪を生やしたりだけでなく、単純にトリートメント効果もあるし、今までも普通に髪の毛を対象にやってきた。

 ただ、その方法は頭に手を当てて、ぬぬぬぬぬっと集中する事であって、頭部全体への施療髪の毛へのピンポイントなものでは無かった。

 まぁ、他人の髪の毛を素手で撫でまわすってのも気味悪いしな。

 やられる側も落ち着かないだろう。


 って事で、セリアーナの髪の毛をブラッシングしながら【ミラの祝福】を発動している。

 指を1本ずつ個別にやるのに続いて、これも新技だ。

 ちなみに、エレナの時にはまだ思いついていなかった。

 そのため、初めて見る動作にエレナは不思議そうな顔をしている。


「これは私の時はやらなかったけど、何か違うのかい?」


「一昨日思いついたんだよね。頭全体より顔と髪とで、分けてやった方がいいんじゃないかなって思ってさ」


「……それは大丈夫なの?」


 不安を覚えたのかセリアーナはこちらを振り向こうとしたが、顔に手を当てて前を向かせる。


「頭動かさないで……。自分の髪で試したけど問題無かったよ。少なくとも悪くなることは無いんじゃないかな?」


 ぶっつけ本番って事はいくら俺でもやらない。

 もっとも、全然気づかれていないあたり効果は薄いのかも知れないが……。

 ともあれ、俺が自分でも試している事に多少は安心したのか、大人しく髪をブラッシングされている。

 しかし、長いし多いし……これはちょっと大変だ。


 ◇


「………………」


 ブラッシングを始めて20分ほど経っただろうか?

 はじめは4人でお喋りをしていたのだが、徐々に口数が減っていき、終いには3人は黙り込んでしまった。


「……何を黙っているの?」


 不安気なセリアーナの声。

 だが、安心して欲しい。

 皆驚いて絶句しているだけだ。


「……よっし。終わったよ」


 なんだかんだで思ったより時間がかかってしまったが、出来栄えも想像以上だ。


 一歩下がって、無駄に煌めくセリアーナの髪を見ながら、俺は満足げに頷いた。


522


 髪の毛を讃える言葉ってのは色々あると思う。

 セリアーナの様な金髪の場合だと、陽光の様に輝くだの星屑の様に煌めく等々だな。


 この大陸の女性は、美人の基準の1つが長髪である事ってのもあって、髪の手入れは欠かさない。

 長けりゃいいってもんじゃなく、しっかりと手間をかけて手入れを出来るってのが大事だ。

 今はもう飽きられたかもしれないけれど、王都で一時的に流行ったらしい、やたら手の込んだ髪型も、髪に無駄な時間を費やせる余裕の表れって側面もあるそうだしな。

 生きる事にそこまで必要では無い髪に手間をかけるってのは、上流階級の女性のステータスなんだろう。

 あまり派手な物は好まないセリアーナも、髪に関しては結構こだわりを持っている。

 その彼女をして、今回の出来栄えは想像を超えたもののようで、先程から鏡の前で色々髪を弄っていたりと、エレナと一緒にキャッキャウフフとはしゃいでいる。

 ご満悦のようだ。


 2人の様子をソファーから見ているが、まぁ……無理もない。


「……なんかすごいね」


 実際やった俺も驚いている。

 髪の毛ってあんなにキランキラン光を反射するのか……。

 身体の方は目に見える変化は無いが、髪は一目でわかるからインパクト大だな。


「普段の加護も十分驚くべき事ですが……今回のはまた劇的でしたね……。姫には負担はありませんでしたか?」


 俺の肩や首を揉みながら、テレサが施療の負担の有無を訊ねてきた。

 だが、確かに普段よりも加護の効果は大きいが、負担は実はそれほどではない。

 精々腕を動かし続けたから、肩と腕が疲れたくらいだ。

 だからこその、この状況ってわけだな。


「ん……まぁ、集中したから疲れはしたけど……それくらいかな? 昔フィオさんに初めてやった時の方がよっぽど疲れたね。……ねぇ、フィオさんくすぐったいしそろそろ止めない?」


 隣に座るフィオーラにそう言うのだが……彼女は真剣な顔をして、俺の足の裏を棒で突いたり押したりを続けている。

 実にくすぐったい。

 ツボ押し棒を初めてセリアーナ達に披露した席には彼女もいたし、ちょっとお試しでセリアーナの手に使ったのも見ていたが、あれだけ痛がっているのが不思議なのだろう。


「もう少し試させて頂戴」


 ちなみに今の俺の体勢は、ソファーに座り足を伸ばしている。

 そして、背中側にはテレサが座っているのだが、足側はフィオーラだ。


 フィオーラは一しきり試して満足したのか、ようやく俺の足を放した。

 突かれ過ぎて、なんだか痛くなって来たよ……。


「……不思議ね。あなたはコレをどこで教わったの?」


「んー……? どこだったかな? 商人か酔っ払いか冒険者か……そこら辺かな?」


「そう……。まだ体系化されていないだけで、民間や冒険者の間で伝わっている療法なのかしら……? ジグに調べさせるのも悪く無いわね……」


 適当に答えたのだが、彼女の中で何かが繋がったのか、研究してみる気になったのかもしれない。

 アレコレと小さな声が漏れているが……果たしてどうなるのか……なんかジグハルトに仕事が押し付けられそうな気もするけれど……。


「そか……がんばってね。……ん?」


 セリアーナとエレナが鏡の前から離れてこちらにやって来た。

 自信たっぷりないつもの表情を浮かべているが……これはアレだな。

「どう?」と言わんばかりの表情だし、褒めろって事だな。


「綺麗綺麗。……いたっ!?」


 すぐ側までやって来た彼女に、パチパチと小さく手を叩きながらそう言ったのだが、ふっと手を伸ばしたかと思うと、鼻をピシっと弾かれた。

 デコピンならぬ鼻ピンだ。

 どうやらお気に召さなかったようだが……一応掛け値なしの本音なんだけどな……。


「お前の言葉は安っぽいのよ……」


 と、呆れ顔で溜息を吐いた。


 ぐぬぬ……と唸るも、なるほど……言われてみれば確かに。

 この世界の女性相手の……それもお貴族様相手の誉め言葉なんて、知らないもんな。

 そのうち勉強しようとは思っているが、使う相手もいないし……中々手を出す気にならない。


 そんな俺を見て、もう一度、それも先程より長い溜息を吐いた。


「まあ、いいわ。セラ、見事よ。今までの【ミラの祝福】でも十分だと思っていたけれど……驚いたわ」


 セリアーナは自分の髪を撫でつけながらそう言った。

 本当に気に入ったみたいだな。

 だが……。


「そりゃ良かったよ。でも、髪だけじゃ無いんだよ?」


 この髪の状態は想定外だが、一応この施療は他のも凄いはずなんだぞ?

 少しその不満げな気持ちが顔に出たのかもしれない。

 セリアーナはフッと笑うと、またも鼻を弾いて来た。


「仕方ないでしょう? 確かに痛みはすぐ消えたし体も多少は軽くなったけれど、エレナ曰く本当に効果を実感できるのは翌朝起床してからだそうよ? 今日は夜にパーティーがあるし、明日の朝にもお酒が残っているかもしれないわね。また明日もお願いしようかしら」


「……ぉぅ」


 まぁ、多少体が軽くなったりはあっても、すぐにわかるもんじゃないか。

 だが、お誕生日プレゼントのお代わりを要求されるとは思わんかったな……。

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