224

519


 エレナへの【ミラの祝福】は2時間もかからずに完了した。

 施療中に発動した【祈り】は3回で切れてたし、予定通りだ。

 そして、これがいつも通りの施療ならもう終了なのだが……今日はここからが本番だ。


「痛っ!? いたたたた………」


「ちょっと? 動かないでよ……」


「いっ……いや、待ってセラ、痛い。痛いよ!?」


 普段は物静かなエレナが、ジタバタしながら声を上げている。

 俺は彼女の足に乗っているが、体重が軽いからか振り落とされてしまいそうだ。

 もうこうなったら尻尾でも巻きつけるか……?


「セラ」


「うん?」


 ベッド脇の椅子に座り、たまに施療の様子を訊ねるくらいだったアレクが口を開いた。


「随分痛がっているが、これは問題無いのか? 今は【祈り】の効果も切れているんだろう? お前の力でここまで痛がるというのは……」


「あー……、うん。大丈夫大丈夫。力はほとんど入れて無いし、これは骨とか筋がどうこうって痛みじゃ無いよ。手、出して」


 彼の言わんとする事はわかる。

 俺の力でここまで痛がるって事は、骨とか筋とか……あるいは筋肉といった箇所に負荷をかけて、痛めつけていないか気になったんだろう。

 なんといっても、やってるのは俺だしな。

 口で説明するのは難しいし、それなら彼にも少しだが体験してもらおう。


「手か……?」


 訝しみながらも出してきた手を取った。

 そして……。


「痛っ!?」


 手のひらを上に向けて親指の付け根あたりを、ツボ押し棒で軽くグリグリっとすると、顔をしかめて手を引っ込めた。

 思わぬ痛みと、すぐに痛みが引いた事も合わせて目を丸くしている。

 この世界にもマッサージはあるが、少なくとも俺の知る限りではツボ押しは無いからな……驚いているんだろう。


 自分で体験して、とりあえず怪我をするようなものでは無いと納得したのか、アレクは小さく頷いている。

 そして、自分でも手のひらを押してみて、確かめている。


「……なるほど。お前もよくよく妙な事を知っているもんだな……」


「んー?  昔なんかで聞いたんだよね。セリア様のマッサージをした時に思い出しちゃってさ。お腹の中とかに効くんだって。疲れたりしてると痛いらしいよ?」


 昔聞いたってのは、嘘じゃない。

 生まれる前の事だけどな!

 効果に関してはどこがどう効くかとかは全く覚えていないが、締めに【祈り】をかけておけば、悪いようにはならないだろう。


「こっ……これで……終わりかな?」


 俺がアレクと話している間に息を整えたらしく、今までベッドに突っ伏していたエレナが、顔を上げてそう言った。

 そんなに長引くような痛みじゃないのに、この憔悴具合。

 武術をたしなんでいるのに、痛みには弱い模様だ。

 まぁ、攻撃を受ける訓練をするわけじゃ無いし、そんなもんなのかな?

 実戦で盾役を務めるアレクとは違うか。


 とりあえず、これで終わるかどうか。

 その問いには答えておこう。


「まだ」


 その一言で、エレナはガクっと枕に顔を落とした。


 ◇


 あれから10分ほどかけて足のマッサージを終わらせて、さらに腰、背中、肩とツボ押し棒でグリグリと押していった。

 とはいえ、足裏に比べたら大したことは無い。

 エレナも最初は身構えていたが、その事に気付いてからは随分リラックスしていた。

 そして20分ほど続けたところで、完了だ。


 開始から全部で3時間くらいだったかな?


 体力的には問題無いが、時間が少々かかり過ぎるし他所でやるのには向いていないかもしれないな。

 だが……効果は時間と手間をかけただけあって、いつものお手軽版とは比べ物にならない。

 フラフラと体を起こしたエレナだったが、まずは彼女を見たアレクが驚き、そしてその反応を見て鏡を見ても驚き……小さな鏡じゃ物足りないと、全身が映る姿見のある談話室に移動することになった。


 ◇


 談話室に移動する際にその事を伝えるべく、エレナの侍女……メイラーというそうだが、彼女を部屋に呼んだ。

 そして、先程のアレクとエレナに比べて、より大きな反応を見せた。

 驚愕! って感じだな。

 どうやら、俺の加護の事は耳にしていたそうだが、それでもここまでとは……ってところだろう。

 ともあれ、部屋を移り彼女の用意したお茶を飲んでいるわけだが……。


「あはっ……あはははははっ!」


 談話室では俺の笑い声が響いている。


「うひっ……! うはははははっ……ぉぇっ!? やめてやめて」


 笑い過ぎていよいよ咽せたところで、ようやく俺の足を揉む手が止まった。

 はー……しんどかった。

 ソファーの上で体をモゾモゾ反転させて起き上がると、下手人であるエレナは、腑に落ちないといった顔で己の手にある棒を睨んでいるのが目に入った。


 あれだけ痛がっていたし、彼女の気持ちはわからなくも無いが……仕方ないだろう?

 日常的に【祈り】と【ミラの祝福】を自身に発動している俺は、恐らくこの世界でも屈指の健康体だ。

 足を揉まれたって、くすぐったいだけでしかない。

 エレナもその事に思い当たったようで、諦めたのか小さく息を吐いた。


520


 折角のお休みなのに、俺が入り浸ってちゃお邪魔だろうと、お茶を飲んだ後はさっさと退散する事にした。

 帰りは3階の窓から出てきたが……確かにここからの出入りの方が便利だ。

 今後はこのルートを使わせてもらおう。


「ただいまー!」


 窓から部屋に入ると、セリアーナとテレサが机の上に何やら広げて作業を行っていたが、手を止めてこちらを向いた。


「お帰りなさい」


「お帰りなさいませ、姫」


 エレナ達もそうだったが、今日は2人も休みだ。

 来月半ば頃から秋の雨季に入るし、それに備えてまた忙しくなるのだが、ちょうど今は空白期間でもあるそうで、今日から数日は休暇期間としている。

 なんだかんだでセリアーナは昼間はいつも忙しいから、都合が良かった。

 流石に夜に何時間もってわけにもいかないもんな。

 主に、俺の都合で。


 ◇


 一旦寝室へ行き荷物を置いてから再び戻って来ると、机の上は片付けられて、代わりにテレサがお茶の用意を始めていた。

 俺の分もあるようだ。

 下の屋敷でも飲んできたが折角だし呼ばれよう。


「それで? エレナの施療は上手く行ったの? 新しい事を試すとか言っていたけれど……あの棒を使うのよね?」


 いつもの席に着くと、テレサを待たずにセリアーナが話を始めた。

 2人の誕生日プレゼント用に、新しい施療を開発したって事は伝えている。

 とはいえ、本来彼女はこういった事は聞き出そうとはしない性格なのだが……手のひらを一度グリっとやってるからな。

 気になったんだろう。


 ……どうしようかな。


「うん。上手くいったよ! エレナもアレクも出来栄えにびっくりしてた。セリア様も楽しみにしてていいよ!」


 自信たっぷりに俺がそう言うと、セリアーナは胡乱げな眼差しを向けてくるもそれ以上の追及はしない様で、「そう……」と一言だけ呟いた。

 言ってしまえば俺からの贈り物になるわけだし、その内容を聞き出すってのは少々はしたない。

 一応自分の身に起きる事なわけだし、そのことを聞きだすのは別におかしなことじゃ無いんだが……無駄に自分に厳しいからな。

 まぁ、ちょっと過程を省いたってだけで、嘘は言って無いもんな。


 セリアーナの視線を、敢えて無視し続けていると、お茶の用意が出来たテレサがやって来た。

 彼女の耳にも、今のやり取りは届いていたらしく、加わってきた。


「仕事はありませんが、エレナは明日はこちらに来るのでしょう? その時が楽しみですね」


 フンっ……と小さく息を吐くと、カップに手を伸ばした。


 こう言われちゃうと、もう何も言えないもんな……。

 エレナは明日やって来るし、なにより本人も3日後にわかるんだ。

 ここは堪えてもらおう。


 ◇


 そして3日後。


 セリアーナの誕生日だ。

 出会った時は14歳だったが……もう19歳。

 そして、2児の母。

 早いものだ。


 まぁ、誕生日を迎えたからって、何かが変わるわけじゃ無し。

 今日は夜から、領都内のお偉いさんを招待してのちょっとしたパーティーが開かれる。

 主催はリーゼルで、主役はもちろんセリアーナだ。

 まだ昼前だから時間に余裕はあるが、それまでにしっかりと【ミラの祝福】改とマッサージを終わらせなければならない。

 先日済ませたエレナに、テレサとフィオーラと、ギャラリーもたくさんいる。

 彼女達は、以前はエレナのベッドが置かれていたスペースに最近新しく置いたソファーに座り、興味津々といった様子で、こちらを見守っている。

 うむうむ。

 期待に応えるためにも気合いを入れないとな。


「セラ? 顔や髪はしないのかしら?」


 っという訳で、セリアーナの寝室で気合を入れて施療を行っているのだが……、全身をやる場合は通常頭から進めるのが今日は腕から始めている事に、セリアーナは疑問を感じたようだ。

 普段はベッドに横になって行っているのに、横にならずにベッドの端に座りながらってことも、拍車をかけているのかもしれないな。

 施療後のエレナを見てこの新しい手法の効果はわかっているが、ツボ押し棒の事はエレナも何とも答えにくかったようで、痛い事は痛かったが……とぼかしていた。


 だからだろうか?

 大人しく受けてはいるものの、珍しく声が気弱な感じだ。


 だが、これは単純に手順を変更しているだけの事。

 マッサージする際には横になって貰うから、折角髪を綺麗にしてもボサボサになってしまう。

 先に試したエレナはそうなっていたからな……どうせ手間は変わらないのだから、最後の仕上げに回す予定だ。


「随分丁寧にやるのね。加護の威力も私の時と同じかそれ以上?」


「力だけならフィオさんの時の方が上かな? でも、普段やっているよりはずっと上だよ」


「まだその棒は使わないのですね」


「コレを使うのは、先に加護を終わらせてからだね」


 フィオーラとテレサは興味があるのか、施療を見守りながらも質問が飛んでくる。

 それらに答えながらセリアーナへの施療の箇所を変えていくが、彼女も最初は身構えていたからか体が強張っていたが、順番は違うものの施療自体はいつも通りだと気付きリラックスしていた。

 じっくり丁寧に続けていき、【ミラの祝福】改は頭を除き完了した。


 さぁ!

 ここからだぞ!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る