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「手、貸して」


 前に座るセリアーナにそう言うと、訝しみながらも左手を伸ばしてきた。

 そして、その手のひらに棒の先端をグイっと軽く……。


「痛っ!?」


 セリアーナは思わぬ痛みに驚いたのか、自分の胸元に手を引き寄せて目を丸くしている。


「……何よ、それ?」


「マッサージ用の道具!」


 興味があるようだったので、はい、とセリアーナに手渡すと、エレナと一緒に変な物を見るような顔で弄り始めた。

 職人に直接注文出しただけあって、俺の手のサイズにぴったりだし、ヘビのマークもしっかりと入った特注品ではあるが……ただの棒だぞ?


「アレはどうしたの?」


 フィオーラは2人に加わりこそしないが、アレが何か気にはなるようだ。


 後ろを向きながらフィオーラに、なんで作ったのかも含めての説明を始めた。

 まぁ……大した理由じゃ無いんだけどね!

 2人も手を止めてこちらを見ている。


「工房で作って貰ったんだ。ちょっと前にね、セリア様がお疲れみたいだったから、寝る前にマッサージをしたことがあったんだよ。そしたらさ……」


 グッと一呼吸溜めて……。


「オレが渾身の力で背中とか腰とか押してたのに、もっと力を入れていいとか言ったんだよ!」


 力強く言い放った。

 いやー……あれは悲しかったね。

 改めて自分の力の無さと体の小ささを思い知ったよ。


 だが、どうも俺の熱い言葉は、彼女達には響かなかったらしい。


「……」


 何も言わず、セリアーナを見るフィオーラ。

 フィオーラからの視線を受けて、セリアーナは棒をエレナに渡してしばし考えこんでいたが……どうやら思い出したらしく「ああ……」と呟いた。


「…………あったわねそんな事。確か記念祭が終わった頃だったかしら?」


 寝落ちしていたのに、よく覚えているな。

 大した記憶力だわ。

 ともあれ……。


「そうそう。よく覚えてるね……。まぁ、ソレがあればもうそんな事にはならないからね! 近いうちに披露するよ!」


 俺は、ふんすっ! と鼻息荒く言い切った。


 ◇


 数日経って、秋の1月半ば。

 アレクとエレナの屋敷を訪れた。

 セリアーナの部屋からも屋根の先っぽが見えるくらいの、目と鼻の先にあるにもかかわらず、実は来るのは初めてだったりする。

 地下通路に、ここやオーギュストの屋敷に繋がる通路もあるが、別にわざわざ行かなくても領主屋敷で顔を合わせているからな……。

 よくよく考えると、知っている人の家とは言え、初めて訪れる場所に俺1人で向かうのって、この世界で初めてじゃないか?

 ちょっと緊張してきた。


 門の前には警備の兵が立っていて、俺が近づくとすぐに開けられた。

 雑談抜き……1番隊だな。

 実力というよりも規律面での精鋭を門番にだなんて……そういやリアーナ領の重鎮だもんな。

 これくらいが普通なのかな?


 ともあれ、そのまま敷地の中へ。


 高台の中腹を整地して建てただけあってあまり広さはとれず、この街の貴族の屋敷の中では平均くらいの大きさかな?

 上は3階まで、そして地下にもしっかり広がっているから、実際の広さは違うんだろうけれど、ミュラー家の王都屋敷くらいかな?

 3階部分は、街の外を監視するための施設があったりと、ちょっと面白い造りになっているそうだ。


 ちなみに、道を一本挟んだ向かいに建っているオーギュストの屋敷も似たような造りで、向こうは街を監視するようになっている。

 流石は騎士団幹部の屋敷って感じだな。


 さて、そのままドアの前まで進むと、中から開かれて使用人に出迎えられた。

 この屋敷で何人働いているのかはわからないが、迎えに男女合わせて6人……ちょっと大袈裟じゃないか?

 緊張するじゃないか……。


「……おじゃましまーす」


「いらっしゃいませ、セラ様。お待ちしておりました」


 初めて見るおっさんだが、確かエレナの親戚だったかな?

 チラっとそんな話は聞いた気がする。


「それでは、奥様のお部屋にご案内いたします」


 挨拶もそこそこに、もう1人のおばさん……もとい女性にバトンタッチした。

 そして、彼女の先導で2階にあるエレナの部屋に向かっていたのだが……。


「セラ」


「アレク!?」


 丁度2階に上がったところで、アレクが上から降りてきた。

 ラフな格好で仕事中って感じじゃ無い。

 エレナは今日は休みだが、彼もなのかな?

 アレクのスケジュールまでは把握できなかったな……。


 しかし、なんで上から来たんだろう……?

 街の外で何か起きてたのかな?


「なにかあったの?」


 アレクが対処するような事態ってのは魔物絡みだ。

 それなら、俺が飛んでった方が早いかもしれない。


 だが、そう聞く俺を見てアレクは笑っている。

 この分じゃ違うのかな?


「お前の事だから、上からくると思ったんだよ。後は俺がやるから、下がってくれ」


 どうやら、俺を待っていたらしい。

 そう言うと使用人を下がらせて、前を歩き始めた。


「いやー……いくらオレでも初めてのお家に窓からは入らないよ?」


 そんなに出入りする家は多く無いが、どれも家主からしっかり許可を取ってからにしている。

 ……なんかヴァンパイアみたいだな。


「そうだな。上の監視部屋にはいつも兵がいるから、これからはいつでもそこを使っていいぞ。ああ……地下通路もあるな……そこもだ」


 アレクは俺の言葉に笑って答えた。

 なんつーか、いつもより砕けた感じだな。

 自宅だとこんな感じなのかな?


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そのまま適当にお喋りをしながら廊下を進むことしばし。

エレナの部屋の前に到着した。


「一番奥なんだね」


エレナの部屋は2階の最奥だ。

すぐ向かいにも部屋があるが、こっちは誰のだろう?


「ああ。向かいは俺の部屋だな。上の屋敷の様に男女で棟を分けるってのは出来なかったからな。……っと」


ドアの前で喋っていると、中からドアが開かれた。

顔を見せたのは年の頃は20代後半でちょっと目つきが鋭い女性だ。


「奥様がお待ちです。どうぞ中へ……」


中々の迫力。

うるさかったかな?

何となしにアレクの顔を見ると、彼も苦笑を浮かべてこちらを見ている。


彼女は、ゼルキスのお屋敷にいたミネアさんの侍女であるジーナさんや、あるいはメイド頭のハンナさんの様な、いわば屋敷内のお説教役というか引き締め役なのかもしれないな。

似た雰囲気を感じる。

ウチの領主屋敷には誰かいたっけ……リーゼルの侍女のロゼかな?

でも、そんな様子は感じられないし……意外とみんなしっかりしているのかもしれないな。


そんな事を考えつつ中に入ると、アレクと同じくラフな格好のエレナが待っていた。


中は広めの部屋で、王都でセリアーナが使っていた部屋を彷彿させる間取りだ。

簡単な応接セットが置かれていて、エレナはそこに座っていた。

部屋の奥に繋がるドアが見えるし、向こうが寝室かな?


エレナの部屋に入るのはこれが初めてだが……飾りっ気が無くシンプルだ。

セリアーナの部屋もこんな感じだし、似た者同士なんだろう。


ルカ君は別室なのか乳母共々姿は無い。

普段はエレナと一緒に上の屋敷にいるが、今日はエレナもアレクもお休みだし、こっちにいるはずだが……。

部屋の中に子供用の道具は見当たらないし、こっちの屋敷にも子供部屋みたいなのがあるのかな?


「いらっしゃいセラ。後は私達だけでいいから、貴女は下がっていいわ」


「……はい。失礼します」


一瞬間が空いたものの、彼女はすぐに部屋を出て行ったのだが、その際に視線を感じた。

……警戒されてるのかな?

彼女が出て行った後もドアの方を見ていると、エレナが声をかけてきた。


「彼女は優秀だけれど、少し融通が利かなくてね……そのうち慣れると思うけれど、それまでは我慢して頂戴」


そう言うとソファーから立ちあがり、奥のドアに向かって歩き始めた。



秋の1月。


この月は、月の半ばに身内のイベントが二つ続いている。

エレナとセリアーナの誕生日だ。


俺の身分というか立ち位置は、仲間内ではセリアーナの直属の部下って事で落ち着いているが、あまり上下関係というのは存在しない。

大分緩い関係だ。

ただ、俺が最年少という事は確かで、何かと物を貰ったり気を遣われたりしている。


そのため、日頃のお返しも兼ねて誕生日には物を贈ったりしている。

あまり、下の者から貰う習慣というのは無いそうだが、ある意味身分がフリーな俺だからこそだな。

昨年は出産を控えていたり、何かと忙しくて用意できなかったが、今年はしっかり渡そうと思っていた。

義理は大事だ。


……ところがだ。


流石にネタが尽きてくる。

数回でネタが尽きる俺の発想の貧弱さはこの際置いておくとして、そもそもセリアーナもエレナもこの領地で欲しい物や必要な物があればいつでも手に入れられる身だ。

前世のように、物やエンタメが豊富なら何か見つけられるが……最近、あちらこちらの物が入って来るようになってはきたが、それでもまだまだ。


チラっとお貴族様のお祝いなんかを調べたところ、物を贈ったりはするが、それプラスパーティーを開いたりもしている。

演出込みでのプレゼントなんだろうな。

それは俺には無理だし、そもそも彼女達もそういったのは好まない気がする。


そこで思いついたのが、【ミラの祝福】を本気で行う事だ。


今までフィオーラとジグハルトにはやったが、効果は一目でわかるほどだった。

だが、あの時は身に着けたばかりの時だった。


あれから数年……。

日々使用する事で、もはや【ミラの祝福】の扱いは円熟の極みに達したといっていい。

流石にこれより先は無いだろう……って自分でも思う程だ。


全身を一気にやるが、初めの頃の様に長時間行うのではなくて、せいぜい2時間弱で済ませられるようにもなっている。

もちろん、普段より気合いを入れてやるから俺の消耗もあるが、【祈り】を発動する事でカバーできる。

妙な事ばかり自己完結しているな……俺。


「指も一本ずつやるんだな……」


一緒に立ち会い、施療の見学をしていたアレクが疑問を口にした。

今まで彼が見た事のあるのだと、手とか腕を纏めてやっていたからな。

今回の様に、細かく部位ごとに行うのを見るのは初めてなんだろう。


……もっとも。


「そーだよ。オレも、今回初めてやるんだけどね!」


昨晩イメトレ中に、こっちの方が効果が良く現れるんじゃないか……?

って思って、やり方を変えてみたのだ。

指なら俺でも一握りで収められるし、時間も変わらない。

少なくとも悪いようにはならないはずだと見ているが……効果はどうなるかな?

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