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「わお……」
岩陰を覗き込むと、そこには4人の冒険者の姿が。
いや、正確には瀕死の冒険者1人と、死体が3つだな。
医療知識は無いが、それでもこれは一目で事切れているのがわかってしまう……。
死体はどれも、手足はくっついているが鎧の脇から色んなものを垂れ流している。
傷の様子から、魔獣では無くて妖魔種……まぁ、ゴブリンだろうな。
得物が何だったかはわからないが、折れた枝でも腕力で無理やり刺すくらいの事はしてくる。
通常のゴブリンと同じつもりで挑んだら思わぬ攻撃を仕掛けられて、対処が間に合わずにそのままズルズルと……ってところか。
いつから居るのかはわからないが、見れば奥の方に逃げてきた痕跡がある。
魔物を倒したのか、あるいは逃げ切ったのか……どちらかはわからないがここまでやって来て、そこで力尽きたってところか。
まだ息のある1人は、腕や足からは出血しているが胴体部は無事のようだし、運が良かったんだな。
とりあえず手持ちのポーションをぶっかけることにした。
浅瀬を軽く周るだけってことで、今日はノーマルのポーションしか持って来ていないが、それでも無いよりはマシだろう。
「さて……どうしたものか」
このまま見捨てるわけにもいかないし、死体を放置するのもよろしくない。
森を出るまで後数百メートルだし、戦闘を俺が引き受けておけば、見習達でも運べない事も無いだろうが……。
「ふらっしゅ!」
ここは騎士団の連中に任せよう。
それから、笛を鳴らして後方で待機させておいた見習達も呼び寄せる。
いい感じに撤収まで事を運べていたし、どうせなら最後まで彼等だけに任せたかったが……まぁ、ここはひとつ騎士団の仕事ぶりを間近で見れるって事で、我慢してもらおう。
程なくして、俺の魔法に気付いた巡回兵がやって来て、死体と生存者の回収を行った。
その作業中の声がちらっと聞こえてきた話によると、予想通り彼等も他所からやってきた冒険者らしい。
そして、浅瀬は浅瀬でも俺たちの様に西門から出て真っ直ぐ向かったのと違って、もう少し北の方の探索を行っていたようだ。
俺はフリーパスだが、街を出る際には目的何かを検問で伝えるから、そういうのもしっかりわかるらしい。
しかし北の方か……結構距離があるな。
出てくる魔物は変わらないが、あの辺は整備が追い付いていないし、もしかしたら逃げている最中に方向がわからなくなってしまったのかもしれないな。
迷ってもとりあえず上にいけばどうとでもなる俺と違って、地上からだと浅かろうと深かろうと森は森だし、わからないよな……。
◇
「なー、隊長。俺等はここら辺の魔物しか知らないけど、他のところってもっと弱いのか?」
人数が増えた事もあってか、森を出るまで魔物に襲われる事も無く、無事街に辿り着いた。
そして、冒険者ギルドで収穫物や魔物の死体を引き渡していたのだが……そこで査定を待っている際に、1人がそんな事を口にした。
「副長な。うーん……?」
どう答えようか……。
彼等からしたら、自分達でも倒せているゴブリンに、なんで自分達よりもしっかりした装備を身に着けた大人の冒険者が、殺されるんだって思うんだろう。
わからなくもない。
んで、そんな冒険者が倒して稼げている他所の魔物は、弱いんじゃないかって考えるのも、まぁわかる。
俺は他所の魔物事情はダンジョン以外全く分からないが、それでも実際弱いそうだし、その考えは間違っちゃいないんだが……。
「強さってよりも、この辺の魔物は戦い方が違うんだよ。だから、他所の魔物に慣れていると不意を突かれたりするそうだよ」
と、微妙に答えになっていない、当たり障りのない風に答えた。
それを聞いた皆は、一様に頭上にクエスチョンマークを浮かべているが、伝え方に気を付けないと魔物や他所の冒険者を侮ったりしかねないからな。
地元の冒険者も大事だが、他所から人を集めるためにも、そういった事態は避けたい。
そこらへんのことは冒険者ギルドに任せよう。
ってことで……。
「査定終わるまで時間かかるし他の班もまだ戻って来ないよね。解体の勉強させてもらいなよ。最近処理する魔物の数が多いそうだし、人手は喜ばれるよ」
窓口のおっさんに「ね?」と聞くと、頷いている。
冒険者の数は増えても、職員の数はそう簡単には増やせない。
ダンジョンが一般にも開放されて、そっちに冒険者が流れるまでは、彼等も大忙しだ。
難しい作業は出来なくても、人手が増えるのは歓迎すべき事だろう。
「隊長はどーすんの?」
と、今度は別の1人が口にした。
ちなみに女の子だ。
「オレは今日は工房に用事があるから、これで終わりだよ」
そう答えた。
彼女はそれを聞いて少々残念そうな顔をしている。
解体作業は汚れる事も多い。
俺が一緒だと、ここのシャワーを始めとした色々な施設が使えるからな……解体抜きでも外で狩りをしてきたし、サッパリしたいんだろう。
「俺の方から話を通しておくから、しっかり手伝ってくれるんなら使ってもいいぞ?」
「ほんとっ!?」
そのやり取りを見ていた窓口のおっさんが、横から加わってきた。
そして、その言葉に喜ぶ女の子。
見習組には女子もいる事はいるが、数は少ない。
4人に1人ってところかな?
まぁ、女の子がわざわざ冒険者になるってのはどうなんよ、って意見もあるが、そこら辺は今のところ本人の意思を尊重する様で、冒険者ギルドとしては口を挟む事はしないそうだ。
とは言え、貴重であることに違いは無く、どことなく甘い気がする。
冒険者にならなくても、職員になったりってのは十分あるしな。
男子たちも、「俺たちにも使わせろ」と騒いでいるが、数が多いしどうなるかな?
「んじゃ、お先ー」
ともあれ、この隙にさっさと退散だ。
516
「ただーいまー……って、フィオさん?」
「お帰りなさい。お邪魔しているわ」
工房で注文していた品を受け取ってから、セリアーナの部屋に窓から入ると、部屋の主のセリアーナにエレナはもちろんだが、フィオーラの姿もあった。
夜ならともかく昼間っから彼女がここに居るのはちょっと珍しいが、3人で応接用の席に座りお茶をしている。
「届ける物があって持ってきたそうよ。お前が注文していた品はまだのようだけれど……」
「ぬぬ?」
なるほど……確かにテーブルには小さな瓶が何本も並べられているが、俺が注文した物は無いのか。
そんなに難しい物じゃ無いから、時間はかからないと言っていたけれど……。
「ごめんなさいね。完成自体はしているのだけれど、物が物だけに検査が必要だから、少し待つようにって領主様に言われたのよ。渡すのはもう少し待って頂戴」
少々申し訳なさそうなフィオーラ。
だが、確かに言われてみれば、ちょっと物騒な物だもんな……。
「なにか妙な物を注文した様ね」
「まーねー!」
呆れ顔のセリアーナに、胸を張って答えた。
俺がフィオーラに制作を頼んだ物は、対オオザル用の薬品だ。
前回のオオザルとの戦闘時に、救援に来た冒険者が使った目潰しだが、アレクに聞いたところ、あれはただの粉では無くて魔力に反応して纏わりつくアイテムだった。
一般に流通している物では無くて、彼等が独自に注文を出して制作して貰った物らしい。
で、俺は考えた。
俺もなんかいいアイテムを作って貰えないか……って。
その事をフィオーラに相談したら、快く引き受けてくれて、すぐに構想を固めてくれた。
燃焼液という、水に反応して燃えるアイテムがある。
凍結した水路を解かしたりするのに使われていて、俺も使った事がある。
俺が依頼したのはそれに似たアイテムだ。
魔物の核に反応して、周囲の魔力をかき乱しながら燃焼するダンジョン専用アイテムだ。
魔物にぶつける事で初めて効果を発揮するだけに、誤爆の心配も薄いのだが……、危ないものには違いないし、リーゼルの許可が必要ってのもわからなくはない。
アレク達が行った下層の調査でわかった事だが、各広間の魔物に何かしら異常が現れると、通路にポップする護衛の様な存在らしい。
さらに、通常のオオザルよりも魔境に現れるオオザルに近い強さなんだとか。
強さはこの際無視するとして、要はあの階層で狩りをするなら避けては通れない中ボスみたいなもんだな。
ボスは既に倒したのに……なんて迷惑なヤツ。
「それで? どうやって倒すつもりなの?」
アイテムの説明は聞いているのかもしれないが、どうやって使うのかは聞いていないのかな?
「ん? あぁ……ただの液体じゃなくてネバネバしてて、当たった場所に張り付くんだって。そこが延々燃え続けるの」
火炎瓶というよりはナパーム弾だな。
そして、これは止め用のアイテムじゃない。
「で、周囲の魔力を乱しながら燃えるから、【ダンレムの糸】を躱す事は出来ないと思うんだよね。とりあえず1発直撃さえ出来れば大分変わって来ると思うんだ。前回で我慢比べなら俺も負けないってのはわかったしね」
「2分近くは燃え続けるはずだし、一旦距離を取ってから狙いを付けるだけの余裕はあるはずよ」
素晴らしい……要望通りだ。
それを聞いて、セリアーナとエレナは顔を見合わせ、何事かアイコンタクトを交わしている。
「使いこなせるのなら問題無いわね。リーゼルには私達からも口添えしておくわ」
「むっ! ありがとー!」
2人の口添えがあれば、検査もすぐに終わりそうだ……リベンジの機会はすぐやって来そうだな!
「それより、お前はもう今日は用事は終わりなの? 見習の引率の後に用事があるとか言っていたけれど……?」
「うん。もう終わったよ。っと……そーいや、風呂入りたいんだった……。ちょっと奥で入って来るね」
部屋に入ったらフィオーラが居たからついつい話し込んでしまったが、着替えもしたいし風呂にも入りたい。
そう告げると【隠れ家】を発動するために、セリアーナの寝室に向かった。
◇
のんびり浸かって、ついでに洗濯も済ませて……30分程【隠れ家】でゴソゴソしていたが、再びセリアーナの部屋に戻ると、変わらず3人で話をしていた。
俺もそこに髪を乾かして貰うついでに混ざっていたのだが、ふと、何の用事だったのかと聞かれた。
俺が1人で街に用事があるって滅多に無いしな……気になったのかもしれない。
「少し前に工房に注文出してたのがあって、そろそろ出来上がるころだし受け取りに行ってたんだ。……コレね」
甚平のポケットに入れていたソレを出して、机に置いた。
「……棒?」
セリアーナが言うように、それは両端が丸く磨かれた15センチ程の白い木の棒だ。
ただ、こちらの世界では馴染みが無いのか3人とも不思議そうな顔でソレを見ている。
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