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513 セリアーナ・side 2


 その日の夜。

 いつもの様に寝室でお茶をしているのだが、エレナは明日アレクがダンジョン探索に出発するため、その用意の手伝いに早いうちに屋敷に下がっていて、今日はセラとテレサの3人とでだ。


 話題は主に、ゼルキスの事。

 隣の領地の事だし日頃から情報を仕入れてはいるが、滞在期間は一日足らずとはいえ、それでも実際に見てきただけあって、それなりに収穫はあった。

 特に興味深かったのは、屋敷のメイドの入れ替わりの頻度が私がいた頃よりも、早くなっている事だ。


 領主の屋敷に働きに出られるような者は、平民の中でも家柄が良く、そして、教育を受けた者だけだ。

 それが、短い期間で入れ替わりが出来るほどいる……。

 採用の基準を下げたとは考えられないし、それはつまり、ゼルキス領の教育の水準が上がったのだろう。

 足を引っ張っていた辺境部を切り離したとはいえ、数年でこうも変わるか。

 今は平民の上だけだろうが、このペースではそう遠くないうちに下にも伝わっていくし、ウチも今のうちから平民の教育に力を入れておかないと、どんどん差を付けられていく。


 テレサを見ると、彼女もその意味を理解しているのか神妙な顔をしている。

 セラは……あまり興味が無さそうで、仲の良かったメイドが退職した事の方を残念がっている。


 そういえば昼食後の談話室でも、話題が施策に移ると興味を示していなかった。


「セラ」


「うん?」


「お前、政治には興味が無いの?」


 そういえばわざわざ確認をしたことは無かったが、どうなのだろう。


 平民の娘でも、稀に政治に興味を持つ者はいる。

 そういった者はいずれかのギルドに身を置いて、そこで実力を認められたら代官のもとに推薦される。

 そうする事であくまで文官としてだが、政治に関わりを持てるようになる。

 そこで見込まれるとさらに上へ……これはあまりにも確率が低いか。

 ともかく、伯爵家という高位貴族の義娘になるし、関わろうと思えば関われるが……。


「……あんま無いかな? 面倒だもん……オレ伝手なんて無いし……」


「ああ……」


 なるほど……確かに何をやるにも人を介するため、時間も手間もかかる。

 それをより効率良く進めるには、自分の代わりに動く者を多く抱える事だ。

 家や役職でそういった者を増やしていくが、セラにはまだそれは無い。

 何より、この娘は人を動かすよりも命令を受けて動く側だし、実際そちらの方が効率はいいだろう。


「セラ、お父様は何か仰っていたかしら?」


 私がこの娘をどう扱うかは伝わっているはずだが、まずはお父様の意向を確認しよう。

 すると、セラはニコニコしながら答えた。


「面倒な事は自分が引き受けるから、今のまま好きにしていていいよって」


 どうやらこちらに任せてくれるようだ。

 将来的に直属の部下を持たせるのも悪くないが……今はまだ必要ないか。

 だが、部屋に籠って机に向かう事だけが政治ではない。

 折角だし、少し勉強させようか。


「明日は街に出るわ。セラ、お前も付き合いなさい」


「ほ? いや……いいけど……。随分急だね? 仕事は良いの?」


「ええ。今やっているのは誰がやっても構わないものよ。私である必要は無いわ」


 陳情ならまだしも、ダンジョン絡みの決裁書にサインするだけだ。

 上層部が確認した事さえわかれば、誰でもいい。


「そか……。んじゃ、わかった」


 そう言うと、セラは「暑くなるかなー?」と暢気な口ぶりで、窓に近づいて行った。


「結構。テレサ、貴方も付き合いなさい」


「はい。エレナはどうしますか?」


「彼女も連れて行くわ」


「わかりました。明日早朝に使いを出します」


「オレ行こうか?」


 窓から顔を出していたセラがこちらを向いてそう言った。

 だが……。


「お前は朝起きられないでしょう……」


「ぐぅ……」


 などと唸っているが、今日はゼルキスから帰還したりで疲労もあるだろう。

 テレサを見ると、彼女もそう考えたようだ。


「それでは、私は明日の用意をします。お先に失礼します」


 そう言うと、テレサは空いた茶器を手にし部屋を下がっていった。

 頃合いだし、そろそろ私達も休むか。


 ◇


「……お出かけって、お仕事なんだね」


 救護院からの帰りの馬車で、セラが口を開いた。

 救護院の中では周りに人が居たからか、口を開かず大人しくしていたが……本人は否定しているが、やはり人見知りなんじゃ無いだろうか?


「今回は救護院だったけれど、任されている街や村の施設に顔を出して住民と触れ合うのも貴族の務めよ。他所だと護衛の手配などでもっと大掛かりになるけれど、ウチなら問題無いわね」


 とは言え、昨晩急に決めた事だし少々無理をさせたかもしれない。

 私も、そう頻繁にそんな無理を通すような真似はしないが、自制しなければ。


「お前は冒険者ギルドと商業ギルドには顔を出しているけれど、ここにもたまには顔を出しなさい。【祈り】を使えば治療の手伝いにはなるでしょう」


 教会側も治療院を持っているが、リアーナではその教会の影響力を徹底的に割くためにも、積極的に救護院に人員を回している。

 冒険者もそちらで治療をする事も多いし、護衛は必須だが顔を売るのには丁度いいだろう。


「あぁ……そうだね。他にもポーションの配達とかも出来そうだったし……。狩り場が空いていない時はいいかも」


 ……この娘にとっては暇潰しにしかならないのか……まあ、権力欲が無いのは悪くないともいえるかしら。

 まだまだ時間はあるし、ゆっくり仕事を教えていきましょう。

 

514


 リアーナ領都のすぐ側に広がる、一の森。

 現れる魔物や獣こそ国内の他所の地域と大差は無いが、決定的に違うのはここが魔境である事。

 1体1体が通常よりも強く、他所で経験を積んだ冒険者でも気を抜く事は出来ない場所だ。


「あっちぃ……」


 気を抜く事は出来なくても、暑いもんは暑い。

 もう秋だって言うのに、森の中は何とも言えない蒸し暑さ。

 日差しは木に遮られてそれ程でも無いが、狩り用の厚手のジャケットを身に着けると、汗ばむほどだ。


 特に今は滞空していて、風に吹かれる事も無い。

 お仕事中ではあるが、正直さっさと帰りたくなってくる。


「お、倒した」


 下を見ると、見習い達がゴブリン2体との戦闘を終えたところだ。


 数の上ならこちらは5人で優位に立っているが、それでもここのゴブリンは中々侮れない。

【祈り】を使っていないのに、無傷でしっかり倒すなんて大したもんだ。


 彼等は念入りに周囲の警戒を行いながら、死体の足をロープで括りつけている。

 このまま街まで引っ張っていくんだろう。

 毛皮や肉を利用するタイプの獲物ならこの方法じゃ駄目だが、ゴブリンなら問題無い。

 薬草採集が目的だった割に、しっかりと戦闘もこなした。


 そろそろ正式に冒険者デビューの頃合いだが、もうすっかり慣れたもんだ。


「隊長! 終わったぜ!」


 作業が完了したところで、下から俺に声が飛んできた。

 下に目をやれば、これ以上進むのではなくて、引き返す模様。

 見習いとは言え、もう2年近くこの森で活動しているし、どれ位が自分達の限界かわかっているんだろうな。


「たいちょー、じゃねーよ!」


 無駄と思いつつも下に向かって言い返すと、彼等と速度を合わせて、移動を開始した。


 ◇


 先程戦闘を行ったのは、森に入って数百メートルの浅瀬だ。

 魔物の強さも出現頻度も低く、見習い冒険者たちの研修先になっている。


 もっとも、俺は随分この引率業をサボっていたから知らなかったが、少し前まではもう少し奥まで進めていたらしい。

 だが、そろそろ領都にダンジョンが開通する時期が近づいて来て、森の中の冒険者の数が一気に増えた事もあり、少々後退して、探索は浅瀬のみとなった。


 リアーナのダンジョンは、何枚必要かは知らないが、他所と同じく聖貨が必要だが、それだけじゃ無くて魔境での依頼実績も必要になる。

 元々この地で活動していた冒険者は実績は問題無いが、他所からダンジョン目当てに流れて来た冒険者は違う。


 温い浅瀬での依頼は実績に加算されないそうだが、それでも魔境に慣れるためにお手軽な浅瀬での狩りは盛況で、見習い達はさらに浅い場所を利用するようになっている。

 本来だとどちらかと言うと地元の冒険者が優先されるそうだが、その辺はやはり正規の冒険者と見習いの差ってことで、譲る様にと冒険者ギルドで協議して決めたそうだ。


 さて、その他所からやって来た冒険者たちだが……中々魔境の魔物に苦戦している。

 わざわざ領地を越えてやって来るほどだし、彼等も地元じゃそれなりに腕自慢だったんだろうが……、なまじ経験がある分、ついつい自分達の知る魔物の強さを基準に挑んでしまい、エライことになる者がちらほらと。

 ってことで……。


「止まって」


「っ!?」


 あくまで引率ってことで、何か指示を出したりなんてしてこなかったが、これは別だ。

 何事かと身構える彼等にその場に留まる様に言いつけると、そこから少し離れた場所にある岩陰に向かって声をかけた。


「生きてるー? 死んでるー? 近づくよー?」


 その言葉に返事は……無いね。

 まだ死体になっていないのはわかるが、もう余力が無いのかな?


【妖精の瞳】は体力も含めた身体能力の総量のような物が、体を包む膜になって見える。

 疲れ果ててへたり込んでいたってその量に違いは無いが、瀕死になっているとその膜がほとんど見えないくらいに減っているんだ。

 ちなみに死体には何も見えない。


 俺は見習い達と一緒に移動していた時に、余力が尽きかけた瀕死と思しき人間の姿を捉えた。

 今声をかけた先にいるはずだ。


 手負いの獣も怖いが同じく瀕死の人間もそうだ。

 救助に近づいても、意識が朦朧としていると敵と誤認して斬りつけてきたりってのもよくあるらしい。

 その辺のことは彼等も座学で教わっているだろうが、対処できるかどうかは別だ。


 一応引率の手前、彼等を危ない目に遭わせるわけにもいかないし、何より俺なら1発は耐えられる。

 適役だな。

 ってことで、返事は無いが呼びかけを続けながら、残り後数メートルの距離まで近づいたのだが……。


「……うっ!?」


 鼻をつく嫌な臭いに、思わず声を上げ口元を手で押さえた。


 こりゃー血だけじゃ無いし……そもそも1人分じゃないな?

 俺が確認出来たのは1人だけだったし……ってことは……?


「近づくぞー? 攻撃しないでよー?」


 それでも呼びかけを続けながら、【風の衣】をやや強めに発動し、近付いて行った。

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