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親父さんが妙なオチをつけて話がひと段落したところで、いつの間にかお茶の用意をしていたジーナが、皆の前に並べた。
「……あ、ども」
相変わらず膝の上にいる俺は、手を伸ばすもカップに届かず困っていたのだが、ジーナが手渡してくれた。
一口二口飲みカップを置くと、待っていたのか親父さんは話を再開した。
「簡潔に、要点だけ言おう。セラ、君は私が養子に迎える。相続権は与えられないが、ゼルキスだけでなくて国全体でもほぼ制限無しに、自由に動けるようになるはずだ。君は貴族学院に通う気は無いそうだが、気は変わらないかね?」
コクリと頷いた。
面倒臭そうだもんな……学院。
「結構。ならば、2年後の春の1月……入学手続きが締め切られた時期に手続きを行おう。何か聞きたいことは?」
「えー……と、オレが養子にってのはわかったんですけど、結局それがなんで、ココでの問題の解決になるんですか……?」
そこなんだよな……わかんないのは。
「そうだな……。当たり前ではあるが、セリアーナとアイゼンは私とミネアの子だ。そして、ルシアナはフローラとの子……。だが、君はミネアやフローラとは関係の無い、私の子となる」
「……ほぅ?」
家と言うよりは親父さん個人との関係になるのかな……?
「そうすることで君は私の派閥という事になる。まあ、そんなものは実際無いがね」
「無いんだ……」
思わず声に出してしまったが、それを気にせず親父さんは話しを続ける。
「無いな。だが、それでもその君がセリアーナ……リアーナの領主夫人の下にいるという事は、意味を持つんだ。今後派閥間の対立が過激化して、直接的な争いが起きようものなら、リアーナが介入する口実になる。そういった場合セリアーナがどう動くか……領内の者なら想像つくだろう」
あまり穏便には片付けないだろうな。
だが……。
「あの……、それってセリア様頼りって感じで結局伯爵が軽く見られるままなんじゃ……?」
ウチを仮想敵役みたいな感じにして、領内の引き締めを図るってのはわかったけれど、あんまり親父さんの評価を改めるのには役に立たないと思う。
親父さんが軽んじられているってのがそもそもの理由っぽいのに、娘と義娘頼りって思われる気がする。
「問題無い。数年以内に兵を動かす機会があるだろうから、そこで挽回するさ。当初の予定ではリアーナのダンジョン攻略の助力で、彼等を牽制するつもりだったがね」
親父さんは苦笑しながらそう言った。
「……へぇ」
ウチの助力に周辺の兵の纏め役をする事で、武力のアピールってのを考えていたのか。
元々親父さんは周辺の領地との調整役をやっていたし、領内よりもむしろ他所からの方が評価は高いのかもしれない。
多分、きっちりこなして、上手い事やれたんだろうけれど……空振りに終わっちゃったんだな。
別の機会ってのは気になるけれど……話を聞く限り、俺を養子にする件は、あくまで領内の問題への解決手段の保険程度で、ちゃんとそれとは別の手段で勝算はあるようだ。
だが、それが何かってのは話す気が無い様で、親父さんはお茶を飲んでいる。
親父さんの話はこれで終わりなのかな?
まぁ、俺を養子にするミュラー家側の事情ってのは分かったけれど……。
「セリアーナは、自分達を利用するのなら私の口からしっかりと説明させたかったのだろうな。さて、セラ。もちろん断るのなら構わないが、どうするかな?」
「あ、大丈夫です」
俺としては問題無い。
親父さんの問いかけに即答した。
しかし、なるほどなー……今の親父さんの言葉でようやくわかったわ。
断りたかったら、断ってもいいって事だったんだろうな。
俺がどこかの養子にってのはほぼ決定事項のようだったし、その場合はセリアーナが養子にしていたんだろうが……。
親父さんに直接説明させたいって意図はあったんだろうけれど、なんてわかりにくい表現をするんだろうか。
「セラさん。セリアーナさんは、説明をしっかり聞いたうえで貴方に選ばせたかったのでしょうね。叱らないでくださいね」
「む……はーい……」
やや憤慨気味に鼻を鳴らしたのがわかったのか、ミネアさんが後ろから声をかけてきた。
叱るっつーてもなー……。
確かに今は主従関係でも、将来的には一応義姉妹になるが……口でも手でも勝てそうに無いもんな。
1つ返したら3倍4倍になって返って来そう。
何がおかしいのか、親父さんは俺を見て笑っているし……ぐぬぬ。
「セリアーナに対してもだが、無理に関係を変える必要は無い。まだ先にはなるが、今後もよろしく頼むよ」
「……はーい」
養子云々抜きでも、十分気安い関係だ。
今回の件も概ね理解できたし……まぁ、いいか。
その後もしばし会話が続いたが、俺が明日出発という事もあって程なくして解散となった。
親父さんの施療は次回に持ち越しだな!
◇
キーン……と、ゼルキス領都から高速でかっ飛んで来る事数時間。
我がホームタウンの街壁が見えてきた。
門番たちは、高速で飛来する何かに気付き一瞬身構えるも、すぐに俺だとわかったようで構えを解いた。
目の前まで行くと、その中の1人が口を開いた。
「やあ、セラ副長。何か忘れ物かい?」
ふっふっふっ……まぁ、彼等からしたら昨日の昼過ぎに出発したのに翌日の昼前に帰って来たし、何か忘れ物でもしたのかな? って思っても仕方ない。
「違うよー。もう帰り」
「……は?」
彼だけじゃなくて、他の兵達も目を丸くしている。
敢えて公表するような事でも無いが、もうわざわざ隠す様な事でも無いしな。
「んじゃ、通るねー」
「あ……ああ……」
呆然としている彼等をよそに、彼等に手を振り屋敷に向かって真っ直ぐ飛んでいく。
屋敷の裏手の崖を越えて、そのまま敷地内に入ると……。
「あら? 開いてる」
リーゼルの執務室の窓が開いているのが見えた。
ってことは、セリアーナもあそこか。
◇
「ただいまー!」
窓から中に入ると、お仕事中だったが……いつもの面々を除くと、門番たちと同じような顔をしている。
彼等も俺が昨日発ったのを知っているからな。
「おかえり、セラ君」
「おかえりなさい。お父様たちとは話せたのかしら?」
「話してきたよー。予定通りミュラー家にするよ。あ、後これ」
2人に返事をしながら、預かって来た手紙をセリアーナに渡した。
親父さんからはセリアーナとリーゼルに、ミネアさんからはセリアーナにだ。
「結構。後で詳しく聞かせて頂戴。テレサ、貴女も下がっていいわ」
「はい。では、姫。参りましょう」
「はいよー」
昼前とはいえ、まだまだ日差しは強い。
【浮き玉】の移動で多少は風は受けるが、それでも暑い事に違いは無い。
風呂入ってサッパリして、冷たいものでも飲もう!
512 セリアーナ・side 1
セラとテレサが出ていってからしばらくの間、執務室の中はざわめいていた。
あの娘の移動速度が、自分達の知るそれよりもはるかに速い事に驚いているのだろう。
「随分早かったね……。セラ君は単独であれだけの速度を出せたんだっけ?」
「【風の衣】と【琥珀の盾】を併用したのでしょうね。出発前に、もしかしたらいつもより早くなるかも……と言ってはいたけれど、私も驚いているわ」
部屋の時計に目をやれば、まだ昼前だ。
朝食後に出発したと言っていたが、恐らく3時間もかかっていないだろう。
屋敷の裏手に気配が現れた時は、一瞬ではあるが、私ですら引き返してきたのかと思ったほどだ。
改ざんしていない本来の速度を知っていた私でもそうなのだから、まあ、無理も無い。
私達の前で、無駄口を叩いている事も手を止めている事も許そう。
もっとも……。
「貴様等っ! 職務中に何無駄口を叩いておるかっ!」
カロスはそうでは無い様で、彼等に向かって怒鳴り声をあげている。
それを受けて、口をつぐみ慌てて仕事に戻った。
静かになった事だし私も手紙でも読むか。
◇
先に手紙を読み終えたリーゼルは、それに書かれていた内容を部屋の中の者たちに簡潔に説明している。
ダンジョン開通後の周辺領地のスケジュールだが、どうやら私のよりもさらに詳しく記されている様だ。
既にこの領都にダンジョンは開通しているが、その事を知らないものがほとんどだし。
彼等へ説明するには、ある程度情報が揃っていた方がいいだろうし、その為か。
気を遣わせてしまったかもしれない……。
などと考えていると話題は進み、じき起こるであろう西部との戦争への備えになった。
出兵の際にはこの東部閥はお父様が纏め上げる……爵位はウチの方が上だが、東部での影響力を考えると妥当だと思う。
そこに文官の1人が意見を出した。
「よろしいでしょうか? セラ殿があれだけの速度で移動できるのなら、他領への根回しも可能ですし、このリアーナが主導権を握ってもいいはずです。爵位もこちらが上ですし、むしろその方が自然ではありませんか?」
どうやら彼は、そうは思っておらず、リーゼルが主導権を持つべきだと考えている様で、彼だけでなくその意見に賛同する者も数名だがいる。
確かに、その考え自体は決して間違っているわけでは無いが……まだ時期尚早。
王族の箔とセラの伝達能力が無ければ成り立たないようなことはすべきではない。
リーゼルももちろんその事を理解していて、その意見を出した者や賛同した者たちを窘めている。
「セラ君頼りでは領地の今後が成り立たないだろう? それに、今でこそ彼女は妻の従者だが、数年のうちに伯爵令嬢になるんだよ? 命令なんかできないさ」
そう言って笑った。
釣られて笑う者もいるが、中には諦められないのか、未練たらしく私の方に視線を向ける者もいる。
「っ!? しっ……失礼しました」
睨まれた程度で意見を引き下げるのなら、さっさと諦めればいいものを……。
「……。ええ、気にしなくていいわ」
イラつきはしたが、領地の利益を考えればこその意見だ……許してあげよう。
「なに?」
ふと視線を感じたので、そちらを見ると、リーゼルが笑みを浮かべている。
「いや、なんでも無いよ」
「……フン」
……全く。
◇
その後もいくつかの質疑応答が行われたが、入浴を終えたセラが戻ってきたのと、そろそろ昼食時という事もあって解散となった。
普段は昼食後に再び執務に取り掛かるが、今日は屋敷での執務は午前だけだ。
明日は、アレク達がダンジョン下層の調査に出発し、その間の浅瀬や上層の調査を補佐するために、オーギュストもダンジョンに向かうことになっている。
ダンジョンの事を隠しながらの作業になるため、不在の理由を誤魔化さなければならず、そのためにいくつかダミーの任務を充てている。
こんな事で人手を割くのは無駄だと思わなくも無いが……後数ヶ月の辛抱だ。
「セラ君、向こうは何か変わりはあったかい?」
昼食を終えて、食堂から談話室に移動をすると、リーゼルがセラに向こうでの事を聞き始めた。
彼はゼルキス領都の滞在期間は少なかったし、隣の領地という事もあって、興味があるのだろう。
セラは小首を傾げながら、答え始めた。
「あんまり変わりは無かったかな……? ああぁ……、屋敷に向かう前にちょっと街をうろついたんだけど、冒険者の数がいつもより多かったかも。恰好から多分この辺の冒険者じゃ無いと思うんだよね」
「そろそろここに新しくダンジョンが出来ると聞いた者たちがやって来る頃だからね。ゼルキスに留まっているという事は……ウチの情報を探っているのかな? アレクシオ、君はどう思う?」
「その通りかと。ダンジョン以外での稼ぎ口や宿泊施設、領地の治安……リアーナの生活事情はまだまだ知られていないでしょうからね……。一度領地に入ると簡単には移動できませんし、まずはゼルキスに留まって様子見をしているのでしょうね」
セラは、アレクの話を聞き感心したように小さく口を開けて、声を漏らしている。
「ふむ……彼等が領都に来るとしたら、ダンジョンが一般開放されてからかな? まだ二ヶ月近くあるか」
「ええ。とは言え、ダンジョン目当ての冒険者全てを受け入れるには宿泊施設が足りませんし、周辺の村や街にバラけてもらう必要はありますね」
「まあ……想定通りか……」
領内の代官を集めて既に話は進めているし、十分対応できるだろう。
その情報を持って来たセラを見ると……興味が無いのかヘビたちを出して遊んでいた。
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