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ダンジョン絡みの話が終わると、後は肩の力を抜いて話せる話題だった。
リアーナの領都の様子や孫たちの様子、後は久々に訪れたこの街の感想等々。
特に何かを探ろうという訳でも無く、ただ純粋に話を聞きたかったんだろう。
聞かれた事にそのまま答える……うむうむ。
会話ってこんなもんだよな。
額に汗を浮かべながらってのは、ちょっと違うと思うんだ。
俺はあまり口数は多い方じゃ無いが、それでも先程までの緊張感溢れる空気の反動か、結局夕食の時間になるまでアレコレとお喋りに興ずることになった。
◇
たかが夕食と言えど、領主ともなれば仕事も兼ねていて、人と会う事もあるからな。
俺がその席にノコノコ顔を出すわけにもいかない。
ってことで、俺は食事は部屋で済ませていたのだが、食後再び親父さんに部屋に呼ばれることになった。
だが……。
「あれ? こっちなの?」
親父さんの執務室に向かうのかと思ったら、前を行くメイドさんは違う方に向かっていった。
こっちは確か……。
「はい。旦那様の私室で、奥様と一緒にセラ様をお待ちです」
「へー……」
一体なんだろう?
まぁ、俺もさっきは時間が無くて伝えてなかった事もあるし、丁度いいと言えばいいんだが……ってか、このメイドさんは新しく入って来た人のようだけれど、この屋敷でセラ様って呼ばれるのは落ち着かないな……。
この人にとっては俺は完全にお客様ってことなんだろうな。
そのまま会話も無く後ろについて行くことしばし、親父さんの私室に到着した。
「それでは、私は失礼します」
部屋に入ったところで案内のメイドさんは下がっていた。
どうにもこのお客様扱いってのには慣れそうも無いな……。
「慣れないかね?」
俺の様子を見た親父さんが一言。
「慣れませんねー」
一息ついて、改めて部屋の中に視線を戻すと、ラフな格好の親父さんとミネアさん。
そして、リックにミネアさんの侍女のジーナもだ。
ごく内輪の者だけが集まっているな。
「さて、何度も呼び立てて悪いが、少し話があってね」
「あ、はい。や、オレの方も先程言い忘れてた事もあるので丁度良かったです」
それを聞いた親父さんは、そうかと一言いうと、座るようにとソファーを指した。
……が、そちらに向かう俺の裾を掴む手が。
ミネアさんだ。
「そこまで硬い話ではありませんよ。セラさんも楽にしなさい」
そして、俺をそのまま自分の膝の上に降ろした。
まぁ……毎度の事だな。
そのまま膝の上に座り、【ミラの祝福】を発動した。
◇
さて、簡単に挨拶を済ませると、俺から話を切り出した。
「養子の件、ありがとうございます。セリア様から聞きました」
ついでにペコリ……と。
別に貴族になりたいとかは思わないが、それでも今後の事を考えると、この話はありがたい。
ずっとリアーナに引きこもっているのならともかく、俺は結構な距離を移動する。
それに、セリアーナに色々な誘いを断って貰うのにも、身分がある方が話が楽になったりするだろうしな。
別にどこか他所の国だったり、怪しい組織と繋がりがあったりするわけでは無いが、それでもたかが同じ領地出身の孤児を養子にってのはそれなりに面倒があったと、セリアーナに聞かされた。
今回はあまり時間が無かったので行わなかったが、もしかしたら親父さんのどこかにも負担がかかってしまったかもしれないし、しっかりと礼はしておきたい。
「構わないよ。実はその事で呼んだんだ」
「ぬ?」
なにか代わりに仕事でもやらされるのかな?
「君は娘からどのように聞かされているのかな?」
……養子の事だよな?
「どのようにって……なんか色々面倒な事を断りやすくなって、移動とかの手続きも不要になるよって、言われました。相続とかも無いし、別にオレが何かやる事は増えないし、今まで通りで構わないから、大人しく受けておけって……」
「ふむ……」
俺の言葉を聞き、親父さんは何やら考え込みながら、呟いている。
んんん?
何を言っているのかは聞こえないが、セリアーナの言葉を解釈間違いでもしてたかな?
と、首を傾げていると、俺を膝に抱えるミネアさんが口を開いた。
「きっとセリアーナさんは貴方の口から伝えさせたかったのでしょう。セラさん、あの娘に自分の子になるか? とでも言われなかったかしら?」
「む……? あ、なんか冗談めかしてそんな事言われましたね……断ったら、私の娘になるのが嫌なの? とか言われました……」
アレはただ俺を揶揄うだけじゃなくて何か意味でもあったのかな?
ミネアさんは親父さんに向かって「ね?」とか言っているし……。
親父さんは腕を組んで渋い顔をしているし、他の2人は我関せずといった様子だ。
ミネアさんの口調からそんなに深刻というか、面倒そうな感じは無いが……わかんないんだよ……こういったやり取りって。
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どーすんだ……?
と、親父さんの次の言葉を待っていると、ようやく口を開いた。
「セラ、君を我が家の養子にするのは、複数の理由がある。一つは王族を始め国内の貴族の中から、君が他国へ流れる事を危惧する声があった事だ。もっとも、政治的な意味合いでは無いのが面白いところか……」
「……うん。聞きました」
主に御婦人の間でそんな声が出ているそうだ。
だから、俺がこの国に留まる為にもこの話を推しているんだと。
で、一番面倒にならないであろうミュラー家の養子にって、セリアーナが話を持って行ったと聞いた。
別におかしなところは無いし、俺も納得していたんだけれど……。
「他にも東部と中央の繋ぎ役などもあるがね。まあ……それらが、他者が君を我が家の養子に推す理由だ」
「……はぁ」
俺が知っていることと大差無いな。
何でそれをわざわざ……?
と、疑問に思っていると、親父さんは少し間を置いて再び話を続けた。
「もちろんそれ等も十分な理由になるが……セラ。君はこのゼルキス領をどう思う?」
「……は?」
「少しわかりにくかったか?」
全くわからんかったよ……?
「ゼルキス領は、領主でありミュラー家当主でもある私、ミネアとフローラの2人の妻。さらにミュラー家と所縁のある者たちが結束して支えている」
そして「彼等もそうだ」とリック達を指した。
「……はぁ」
まぁ、リアーナ領でも、未だミュラー家の縁者が代官だったりを務めているくらいだもんな。
お膝元のゼルキスじゃそりゃそうだろう。
主要な役職を身内で固めるってのは大事な事だ。
「だが、ここ最近少々綻びが見え始めている。簡単に言うと、ミネアとフローラの派閥があるのだが、それらに対立の兆しが見え始めている」
「……あらま」
思わず目を丸くしてしまう。
その2人は俺が見た限り仲はいいと思うんだが……?
「私はフローラさんともルシアナさんとも良好な関係を築いているつもりなのに……困ったものだわ」
後ろでミネアさんが溜息をついている。
どうやらこの様子じゃ、彼女達本人じゃなくて周囲が勝手に動いているのかもな。
親父さんも、その言葉に頷いている。
「アイゼンとルシアナがいるだろう? 2人により自派閥の強化につながる者をあてがおうとしているのだ」
「ほうほう」
後継者争いみたいなことになってるのかな?
んで、領地を自分達の好きなようにすると……。
「派閥を作る事や、自派閥の者を推す事自体は良い。既に後継はアイゼンと決めているし、その者達もそれを覆そうとは考えていないようだしな。だが……対立派閥を蹴落とそうとする動きをしているのだ。領地が割れかねないし、それは何としても避けなければならない」
「……ほぅ」
「ゼルキスは広大な領地を持ち、さらに長く魔境に接していたため、今まで内部の権力争いをしている余裕が無かった。だが、リアーナに領地を割譲し魔境からも遠ざかった事で、よからぬことを考え出したのだろうな」
「なるほどぉ……」
この国……というか東部は、内部でぐちゃぐちゃに権力争いとかをやっている余裕が無いとは俺も聞いている。
魔境とか関係無しに、そこら辺に魔物がうろついているもんな。
派閥作ってアレコレやっている連中も、その辺はしっかりしているようで、後継云々には介入する気は無いようだ。
その代わり、対立派閥を潰して、自派閥で領地を掌握したいとは考えている。
だが、親父さん的にはそれはアウトなんだろう。
で、俺を養子にしてそれに牽制する……と。
……なんで?
俺が養子になる事に何か関係あんのかな?
「私は当主の座には早くから就いていたが、調整役として裏に回っている期間が長かった。だからだろうな……どうにも一部の武辺者達に軽んじられているのかもしれない」
頭上に「?」を浮かべたままでいると、フッと笑う親父さん。
いつもと違ってどこか自嘲めいた笑みだ。
「……はぁ」
先代がじーさんだったからなー……。
当主の座を早いうちに譲って、本人は東の端っこで魔物蹴散らしたりして開拓に勤しんでいたそうだし、リアーナにも自分の名前が付いた重要拠点があるくらいだもんな。
俺は剣を振っている所を見た事あるし、じーさんに負けず劣らず強いってのはわかっているが、その事を知らない人からしたら、就任当初からずっと裏方に回っていた親父さんは、じーさんに比べたらインパクトは薄いだろうね。
……でも、結局それがどう俺が養子にって話に繋がるのかわからんぞ?
「旦那様」
今まで黙っていたリックが親父さんに向かって言葉をかけた。
「む? どうした?」
「セラが退屈していますよ?」
その言葉に俺の顔を見る親父さん。
別に退屈はしていないが、要領を得ないな……とは思っている。
俺も親父さんの顔を見て、一つ頷いた。
「話が長いのですよ。ゼルキスの事情はこの際置いておいて、ウチの事情を話せばいいのですよ」
と、ミネアさん。
親父さんはそれを聞いて少々気まずそうな顔をしている。
まぁ、その様子を見るとじーさんの様な威圧感は感じられないよな……。
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