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街の散策はほどほどで切り上げて、領主の屋敷に向かった。
少々唐突ではあったが、夏の3月の終わり頃に訪れる事は伝えていたし、街をうろついている間に検問の兵から連絡があったのか、特に待たされること無く俺がいつも使っている部屋に通された。
風呂の支度も出来ていて、もてなす体制がしっかり整っているあたり、流石と言ったところだろうか?
リアーナの方は、記念祭のお客のもてなしは上手くいったが、リーゼル付きの侍女であるロゼ曰く、まだまだ事前に予定のある客の対応しか出来ないそうだ。
それこそ今の俺の様に、近いうち寄るかもーって客の相手はまだ難しいんだろう。
まぁ、そこら辺の事は経験を積んで出来るようになってもらおう。
……ところで俺が今日着ていた服は、いつもの黒のワンピースに赤い薄手のマントだ。
戦闘は全て避けるつもりではいたが、何があるかわからないし余所行き用ではなくて、一般的な生地ではあるが戦闘用の服をチョイスしていた。
着替えは【隠れ家】にもあるが、この屋敷には俺用の服も揃えてくれている。
以前はルシアナの服を借りていたが、俺用の衣装タンスまであるそうだからな……。
まぁ、仕立てたのは前の事だろうし、サイズがぴったりという訳にはいかないが、親父さんもその事はわかっているだろうし、問題無いだろう。
……とか思っていたんだけれど……用意された服はピッタリだった。
別に俺の好みってわけじゃ無いが、俺が普段からよく着ている服は、【浮き玉】に乗る事が前提で足が動かしやすく、尚且つヘビの出し入れがしやすい裾の広がったデザインをしている。
この国の女性は割とタイトな服装を好むし、少々流行から外れている。
にもかかわらず、似たようなデザイン……恐らく記念祭の折に、セリアーナから寸法を受け取って仕立てたんだろう。
それはいつもの事だが……二月も経っていないのに仕上がっているのか。
仕立ての出来はリアーナ領都の職人も引けを取っていないと思うが、突発的にこんな俺しか着ない様なものを用意できるかって言うと……ちょっと人手が足りないだろう。
うーむ……まだまだ差があるなぁ。
「どうしたの?」
リアーナとの差を感じていると、着替えを手伝ってくれていたメイドさんが、声をかけてきた。
後ろからでもわかったんだろうか?
「んー? なんでもないよ。あ! そーいえば、今日は屋敷には旦那様と奥様しかいないんだっけ?」
「ええ。アイゼン様はお一人で、フローラ様はルシアナ様と領内の視察に向かっているのよ。雨季前には帰還されるけれど一月近くになるわね。セリアーナ様も屋敷にいた頃は行っていたわね」
「ほうほう」
部屋に案内されている時にチラっと聞いたが、そんなしっかりしたお出かけだったのか……。
まぁ、気軽に領主夫妻が領都から離れるわけにはいかないもんな。
子供達が代理を務めているんだろう。
もちろん従者や護衛も一緒なんだろうけれど、皆大したもんだ。
「はい。終わったわ」
「ありがとー。お洒落な服は着るのが難しいね……」
普段俺が着ているのは飾りっ気の無い地味な物だが、今着ているのはあちらこちらに飾りがついている。
ただ似た物ってだけじゃなくて、ミネアさんの趣味が反映されているのかな?
普段の服だと、頭からガボっとかぶって、適当に腰の辺りで留めてエプロンをつけるっていう雑な着方で済むが、この服は背中側で留める箇所があったりと、そうはいかないからな……。
「本当ね……。セラちゃんは使用人の制服だって適当に着ていたくらいだものね」
俺の言葉に苦笑を浮かべている。
彼女は俺がセリアーナに拾われたころから働いているベテランさんで、俺がこの屋敷にいたのは短い間だけだったが、それでも覚えている様だ。
しかし……もう5年近く経つし、顔ぶれも結構変わってきている。
メイドと言えど、なんといっても領主のお屋敷で働くわけだし、身許もしっかりした人たちだ。
花嫁修業みたいな意味合いもあって、若い女性の場合は1年2年で入れ替わったりする。
領都出身の者もいれば領内の他所の街出身の者もいて、代官の推薦を受けて働きに来ている。
使用人の中で俺が屋敷にいた時親しくなった人もいたが、彼女達も地元に戻っている。
寿退社だ。
昔は、この屋敷で働く者同士でくっついたりして、そのまま働き続ける者も多かったらしい。
こっちは社内結婚だな。
そして、子供が出来ると、その子もそのまま親と同じルートを辿って行くと……。
だが、最近はそういったケースは減っているらしい。
俺が屋敷にいた時も、使用人の子供とかはいなかったもんな。
その代わり、子育てが終わり生活がひと段落すると、再び屋敷で働く事もあるんだとか。
なんだかんだで、領都の生活は魅力的なんだろう。
「それじゃあ、向かいましょうか」
「うん。お願いー」
風呂に入ってサッパリしたし着替えも済ませた。
とりあえず、親父さんに手紙を渡して、用事を片付けよう。
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メイドさんを伴い、ふよふよと親父さんの執務室に向かった。
同じ領主ではあるが、広く大勢が一度に仕事を行うリーゼルの執務室と違い、こちらはこぢんまり……と言うとちょっと違うが、親父さんが1人で仕事に専念できるような造りになっている。
ここの屋敷でも多くの文官が仕事をしているが、彼等用の部屋があってそちらで仕事をしている。
領地の成熟度の違いかな?
領主抜きでもしっかり仕事が回るようになっているんだろう。
さて、執務室前に到着したところで、案内のメイドさんは下がっていった。
あまり大したことは話さないだろうが、それでも他領の内部の話にもなるしな。
だが、何も言う前に行動するか……リアーナの方のメイドさんはもうちょい緩いかな?
もっと仕事を積み重ねる事で、成長していくのかもな。
ともかく、ドアを開けてくれてるし中に入るか。
「やあ、セラ。よく来たね」
執務室の中には親父さんと執事のリックが待っていた。
俺が風呂に入ったり着替えたりしている間に連絡を受けてはいたんだろうが……まぁ、いつも通りだな。
「ご無沙汰してまーす」
軽い口調で2人に挨拶をすると、預かってきた手紙の束をリックに渡した。
簡単なチェックを終えると、今度はリックからおやじさんへ……俺はソファーに勝手に座り、そのやり取りを見ている。
毎度の事だもんな……。
◇
「待たせたね」
「いえいえ。随分早かったですけど、もう良いんですか?」
手紙を一通り読んだのか、親父さんは机から顔を上げてこちらを見た。
時間にして10分そこら。
そこそこ数があったのに、全部読んだのかな?
「なに、内容だけ分かればいいんだよ……。さて、セラ。いくつか確認させてもらおう」
「あ、はい」
表情や口調こそ穏やかだが、目がマジだ。
一体何を聞かれるんだ?
「リアーナは、ダンジョンの魔王種討伐の際に、我らの援軍は必要ない。そう言う事だね?」
「む? そうです」
よかった……ダンジョンの事か……それなら俺もわかる事だ。
と、安心して答えたのだが、それを聞いた親父さんはリックの方を見ると……。
「どう思う?」
「恐らくは……」
「うむ」
何が「うむ」なんだろう……?
ポカンとしていると、再び俺の方を見て口を開く親父さん。
「魔王種が出現する……その情報を手にしている事は知っている。私からも流したしね。だが……確かにリアーナには個人で突出した戦闘能力を持つものを多く擁しているが、セリアーナもリーゼル殿もそれだけで討伐を確信することは無いだろう」
「はい。仮に討伐に失敗しようものなら犠牲も出ますし、戦力が下がってしまいますから……。簡単に次に……とはいかないでしょう」
「うむ。にもかかわらず、援軍は不要と……。セラ、リアーナは既に討伐を終えているね?」
「えーと……」
手紙に何が書かれていたのかはわからないが、正にその通りだ。
だが、これなんて答えりゃいいの?
要は、リアーナにはもうダンジョンが存在するって事だし、そうなるとどうやって聖貨を持って来たんだって話になる。
聖貨の輸送部隊はゼルキスを通過予定だから、彼等がまだ到達していないのはわかっているだろう……困った。
「ふむ……大方水路か何か……通常とは異なる方法で運び込んだのだろう。そういえば春に君とテレサ殿が王都に向かっていたね? その時に交渉したか……」
【隠れ家】の事は知らないから、手段はともかく……概ねバレているね……これは。
「セラの加護なら余人を排して王族とも面会が可能ですからね。お嬢様もよく考えたものです」
リックの言葉に親父さんは笑い、ついでにリックも笑っている。
セリアーナの成長を喜んでいるのかもしれないな。
だがっ!
俺は笑えない。
この状況はどうなんだ?
アワアワと狼狽えていると、親父さんはフッと笑った。
セリアーナもよくやる仕草だ……親父さんの影響かな?
「隠す様に言われていたかな? 私も詳細を聞く気は無いから狼狽えなくても良いよ。兵を引き上げるだけの確証を得られればそれでいい。どうやら問題無いようだし、他領には私から伝えておこう」
「あ、お願いします」
親父さんの言葉を聞き「ふぅ」と小さく息を漏らした。
なんだろーなー……セリアーナの様にズバッと斬り込んで来る感じでも無いし、じーさんの様にド迫力ってわけでも無いんだ。
むしろ穏やかな話しぶりだ。
それでも、滾々と理詰めで周りを囲まれていく感じで……疲れた。
親父さんとは今まであまり重要な事を話したことは無かったんだが……こんな感じなのか。
まぁ、ここは頼もしいと考えよう。
お隣さんだもんな。
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