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503


 例によって毎度の夜の報告会。

 今日はアレクもいるので1階の談話室でだ。

 昼食や夕食時は他の人もいて大きい方の食堂だったから、ダンジョンの話は出来なかったんだよな。

 まだメンバーが揃っておらず、皆でお喋りタイムだ。

 アレクはそれに加わっていないが、この中でただ一人の男性なのに慣れたもので、のんびりお茶を飲んでいる。

 ちなみに中身は男の俺はどっちにも加わらずに寝転がっている。


「失礼。遅くなりました」


 開口一番謝罪をし、部屋に入って来たのはオーギュストと、その副官のミオだった。

 リーゼルはまだ人と会う用があるとかで、彼が代わりに来るのは聞いていたが……ミオまでいるのか。

 彼女はダンジョンの事は知らされていないはずだが……まぁ、後数ヶ月とは言え、オーギュストのサポート役である彼女に、ダンジョン絡みの仕事を遠ざけるのも面倒だろうし、オーギュストも動きにくいだろう。

 他の面々を見ても誰も何も言わないし、問題無いか。


「……セラ嬢は聞かされていないのか?」


 キョロキョロする俺を見て、オーギュストが不思議そうな顔をしている。

 彼の言うように何も聞かされていないからな……。


「この娘、昼食後に部屋に戻ってから夕食までずっと寝ていたのよ。起こしても起きないし……」


「今日頑張ったからねー」


 セリアーナは呆れた様子で言ってくるが、実際今日の俺は頑張ったと思うんだ。

 下層の1フロアのみだったけれど、格上相手に最後までキレること無く優勢に立ち続けていたわけだし……消耗していたんだろうね。

 昼食後に部屋に戻り、ベッドに寝転がったところまでは記憶にあるんだが……気付けばテレサに夕食だと起こされていた。


「なるほど……アレクシオ隊長から簡単な報告は受けているが、後で詳細を聞かせてくれ。……ミオ? どうした?」


 頷いていたオーギュストはふとミオが一言も発していないことに気付き、振り向いた。

 釣られて俺もそちらを見ると、ドアのすぐ前で立ち止まったままの、変な物を見る様な顔をした彼女と目がバチっと合った。


 積極的にお喋りをしたことは無いが、それでも彼女とは一緒に仕事をした事もあるし近くの街まで行ったりもしている。

 こういったプライベートな場ではともかく、初対面ってわけじゃ無いのに……。


 はて? と首を傾げる俺と違い、オーギュストはすぐにわかったようで、なにやら説明をしている。

 多少困惑の色は残っているものの彼の説明で納得したようで、2人ともこちらにやって来て、ソファーに座った。


 座ったはいいものの、ミオの方は未だ緊張した様子。

 アレクは同僚だとしても、セリアーナにエレナ、テレサ、フィオーラ……女性陣が迫力あるもんな。

 セリアーナ達もわざわざ気を使ったりって事はしないし、ここはなんとか自力で慣れてもらうしか無いんだろう。


「ミオ」


「はっ!」


 だが、アレクは助け舟を出す気なのか、彼女に声をかけた。

 紳士じゃないか……。


「ソレはいつもの事だ。お前もこちら側に来るのなら慣れるんだな」


 何やらソレとかこちら側とかなんか思わせぶりな事を言っている。

 まぁ、言ってしまえばこの集まりは領地の裏幹部会みたいなものだし?

 いつまでもセリアーナ達にビビッていられたら困るってことだろう。


 セリアーナに耳かきされていて頭を動かせないので、心の中でウンウンとその考えに頷いた。


 ◇


 しばらくするとジグハルトも姿を見せた。

 これでメンバーが揃った事だし本題に入っても良いんだろうが……その前にオーギュストが話題を振ってきた。


「テレサ殿、それは新色ですか?」


「ええ。先日姫用に王都から取り寄せました」


 テレサは今俺の手の爪を塗るのに忙しく、オーギュストの問いかけに顔を向ける事無く答えた。


「……よくわかるね。団長」


 代わりに俺が話を引き継ごうかな?


「私は使わないがね。代わりにミオが調べて報告書に纏めてくれるんだ。ミオ、君はどう思う?」


 ミオは先程のアレクとのやり取りを除けば、部屋に入ってからほとんど口を開いていないからな……会話に加わるいいきっかけになるかもしれない。

 本題に入る前にワンクッション置けるし、ここは俺も一つアシストするかね?


 そう考えて、見えやすいように足を少し上げて指先をピコピコと動かした。

 今テレサが塗っているのは、普段塗って貰っている黒じゃなくて薄いピンクで、ちょうど足が終わりこれから手の爪に取り掛かるところだ。


「はっ……はい。そうですね……赤い髪と白い肌と合わさって大変お似合いだと思います」


 褒められた……照れるじゃないか。


「あの……セラ殿は何故いつも爪に黒を塗っているのでしょう……? 騎士や兵士ならともかく、あまり可憐な少女に使う色では無いと思いますが……」


 可憐な少女ってーのは我ながらちょっと不似合いな言葉だと思うが……確かにあまり子供に塗る色じゃない。

 あれはそもそも割れた爪を回復させるための薬用品でもあり、彼女が言ったように主に訓練で爪を割った女性兵が補修するために使われる物だ。

 俺は爪を割る様な事はしないし、そもそも自前の加護で治せるしな。


 まぁ……それを思えば当然の疑問だな。


504


「セラ」


 ここで彼等が入って来てから初めてセリアーナが口を開いた。

 ついでに俺の顔の上で右手の人差し指を立てている。

 右手の人差し指……あぁ、見せんのね。


「ミオー、これ見て」


 彼女が見えやすいように、右手を掲げた。

 右手の爪は、既に全部黒のマニキュアは落としている。


「……人差し指の爪だけ黒が塗られていますね?」


 まぁ、知らないとそう見えても仕方が無い。

 ここからだと顔が見えないが、それでも声から「?」といった様子なのは伝わって来る。


「違うよ。アカメ」


 呼びかけると袖から頭を出したアカメが、シュルシュルと指先まで伸びていき、【影の剣】を咥えるとそのまま抜き取った。


「……あ、それは恩恵品だったのですね……。なるほど、ソレを隠すために普段から指輪を複数着けたり、爪も黒に塗ったりしているのですね」


 指輪が外れた事で爪の色が元に戻ったのを見て、ソレが何か、そして何のためにジャラジャラ指輪を着けているかを理解したようだ。

 もちろん爪の色が変わるだけじゃ無いってのは彼女もわかっているだろうが、効果を聞いて来るような事はしないあたり、オーギュストの副官って感じだ。


「そうそう」


「……その、ではよろしいのですか?」


 違う色を塗っている事に疑問を感じたんだろう。

 だが、問題無い。

 そう答えようとしたのだが……。


「問題無いわ。この娘はしばらくダンジョンにはいかないそうよ。それにしても……お前変な芸を仕込んだのね」


 俺の代わりに答えたセリアーナは、感心した様子でアカメから指輪を受け取った。

 なんで俺じゃなくてセリアーナに渡しているんだろう……?


「面白いでしょ?」


 まぁ、仕込んだんじゃなくて勝手に覚えたんだけどな……。

 お陰で俺が恩恵品を外さずに寝ていても、代わりにアカメ達が外してくれるんだ。

 おまけにベッドのサイドボードにちゃんと置いてくれている。


 普段は自分で外しているが、たまーに疲れてた時とか忘れる事もあったからな。


「前は着けたまま寝ていた時は、私が外していたけれど、最近外し忘れが無いのはそう言う事だったのね」


「……うん」


 セリアーナも外してくれていたのか……気付かんかった。


 ◇


 場が和んだところで、ようやく本題のダンジョン関連の話に移った。


 アレクは中層全域の情報を、フィオーラは改装の進捗具合をそれぞれ報告し、どちらも順調で、そのまま進める様に……となった。

 で、俺の番。

 下層にチャレンジして、オオザルを仕留めきれなかった件だ。

 セリアーナ達には簡単には伝えているし、アレクの報告でも少し触れていたからオーギュストも、多少は知っている様だが、改めて詳細の報告をした。


 下層はボス討伐の際に踏み入ったが、皆強い上に特にジグハルトが張り切っていたからな……ノーカウントだ。

 今回は図らずも先遣隊のような役割を果たしてしまった。


「セラ殿の矢が通じなかったか……私は通常よりも強いと考えるがどう思う?」


「そうだな。魔境の影響を受けているのか、それとも下層だからか……。ジグさんはどう思いますか?」


「勘の良い魔物なら躱すくらいは出来るだろうが、アレを受け止めるとなるとな……。間違いなく通常種よりは上だろう。気になるのは投石でセラの行動を誘導した事だな……」


 報告が終わると、ダンジョン探索を主に率いる3人はあーでも無いこーでも無いと、真剣に話し合っている。

 ……真剣なのは間違いないが、楽しんでもいるんだろうな。

 勝手に結論を出すだろうし、こいつらは放っておいてもよさそうだ。


「セラ、当分ダンジョンに行かないとは言っていたけれど、構わないの? お前、ゼルキスでも中層で詰まった時に積極的に挑んでいたじゃない」


 ゼルキスのダンジョンでは中層のオーガに苦戦して、何度かトライを繰り返した。

 そして、攻略法を編み出して突破できるようになったのを、セリアーナは覚えていたのだろう。

 今回は早々に諦めた事を訝しんでいるようだ。


 だが……。


「あん時はさ、あくまで数が問題ってだけで、1対1なら勝ててたんだよね。だから、戦い方を工夫したらいけそうな気はしてたし、実際そうだったんだけど……。今回はねー……ちょっと倒せる気がしないんだよね」


 マニキュアを塗り終えて乾かすために両手を上げたままの変なポーズで答えた。

 今日の下層での戦闘を思い出したが……アレは無理だな。


【ダンレムの糸】はまともに当てるのは難しく、【影の剣】は通じこそするが、斬り落とすのは刃が短すぎるし、核や急所を突き刺すのも、思いっきり懐に入り込む必要があるから却下。

 同じくらいの強さの魔物でも、これが四つ足なら背後から接近してって方法を採れるんだが、二足歩行だしな……。

 そして、【緋蜂の針】もダメージこそ入るが致命傷には程遠く。


 俺が魔物を倒す手段ってのが基本的に恩恵品頼りだから、それが通じない相手になると何もできなくなるんだよな。

 かと言って、一朝一夕で下層の魔物相手に通用するほど俺自身が強くなるってのも不可能だし……。


 ちょっと、根本的に戦い方を考え直す必要があるのかもしれない。

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