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声の源は背後から……中層から下層にやって来たアレクだ。
急な背後からの声にも慌てないで済んでいるあたり、【猛き角笛】を使っているな?
気の利くやっちゃ。
だが、動くなとはいったい……?
「ん?」
ふと下を見ると、何かがオオザルに向かって飛んでいくのがわかった。
【祈り】で強化された俺でも影程度にしか見えないが、何かが括りつけられた矢のようだ。
「お?」
それはやはり矢だった様で、オオザルに見事命中したが、突き刺さる事無く弾き飛ばされて地面に落下した。
ただ、刺さりはしなかったが代わりにオオザルの顔の周りにオレンジ色の粉のような物が舞っている。
括りつけられていたのはコレか?
何かはわからないが、鬱陶しそうに頭を振っている。
「ぬぬ!?」
今度は矢じゃ無く人間が3人俺の下を通り過ぎ、オオザルに向かっていった。
武器を手にしているし、アレクが中層で狩りをしていた連中の中から連れて来たんだろう。
これはもう、オオザルは彼等の手に渡ってしまったとみるべきか……。
「……ぉぉぉ」
オオザルの下に辿り着いた彼等は、まず先頭の1人が槍を真横に薙ぎ払った。
足払いかと思ったが、左足を切り落としている。
槍の先端が光っているし、何かの加護……もしかしたらオーギュストと同種のものかもしれないな。
そして、片足になった事でバランスを崩したオオザルが、前に倒れ込んだところで、残りの2人が一斉に露になった背中に槍を突き立てた。
まるでクジラ漁だな……。
そして、どちらかはわからないが、その槍は核を貫いた様で、オオザルの死体ごと消滅した。
……俺があれだけ苦労して尚倒し方が見つからなかったのに、3人がかりとはいえ一瞬か。
見た事無い連中だけど……無茶苦茶強いな!
「セラ」
3人の強さに感心していると、下からアレクの声がした。
いつの間にか足元まで来ていたらしい。
「お疲れ。ちょっと時間を過ぎちゃってたね」
タイマーを確認すると1時間を過ぎていた。
アラームが鳴っていたのかもしれないが……色々うるさくて気付かなかったのかな?
戻って来ないから確認に来てくれたんだろう。
「お前の事だし心配はいらないと思ったんだがな……念の為だ。だが、オオザルがここで姿を見せるとは思わなかった」
アレクは、そこで言葉を一旦区切ると、広間を見渡して再び続けた。
「あまり荒れた様子は無いし、上手く戦っていたようだな。倒すよう指示を出したが……必要なかったか?」
オオザルを倒した彼等は、周囲に転がっている遺物を拾いながらこちらに戻って来ている。
浮足立った様子も無く、あの程度の事は余裕なんだろう。
「いやいや、ちょっと決め手に欠けてね……困ってたんだ。いいタイミングだったよ」
俺もなー……やられる気はもちろん無かったが、ちょっと倒せるかどうか不安になってたしな……あれだけ学習させてしまうと、逃げるのも躊躇われるし……。
1対1なら時間をかけたらいけたかもしれないけど、あのままだと魔物がリポップして……。
「あっ!?」
いかん! 大事な事忘れてた!
「どうしたっ!?」
「そろそろ魔物が復活する!」
倒し始めてからそろそろ30分以上経っているし、湧き始めてもおかしくない。
彼等が広範囲を薙ぎ払えるような大技を持っているのならともかく、そうでないのならちょっと面倒臭いことになってしまう。
「っ!? お前たち! そろそろ魔物が復活するそうだ。引き返すぞ!」
アレクの声を聞いた彼等は、まだ転がっている遺物を無視してすぐに駆け寄ってきた。
皆行動に迷いが無いな……。
何はともあれ、撤収だ。
下層……俺にはまだちょっと早かったかもしれないな。
◇
中層に引き返し、ついでに休憩も兼ねてしばらくアレクにくっ付いていた。
その間、オオザルを倒した彼等のことを聞いたのだが、彼等はどこかのクランなり戦士団に所属している冒険者では無いそうだ。
以前倒したサイモドキの縄張りから、さらに北に数キロほど行ったところにある鉱山。
そこの麓にある村を拠点に、主に坑道の魔物の処理を担っていたんだとか。
ただでさえ魔境に含まれて強い魔物が出るのに、さらに暗く狭い場所での戦闘ともなると、決して楽なものでは無く、効率的ではないからと冒険者達に敬遠されていた。
だが、彼等は逆にその環境が気に入っていたそうで、拠点に定めたらしい。
だが、それは領主の手が及ばないゼルキス領時代の話で、リアーナ領になってからはしっかりと騎士団が巡回している。
徐々に魔物の数も減り彼等の役目が減って来た。
で、僻地に入り浸っていたため知られてはいないが腕は間違いなく、人間性も悪くないし、アレクがスカウトしたらしい。
言ってしまえば、アレクの私兵だ。
いたのか、そんなの!?
そう驚きもしたが、彼は彼で領地でも騎士団、おまけに冒険者……いろいろな立場があるし、それぞれの立場でのサポート役も必要なんだろう。
俺が屋敷でゴロゴロしている間に、色んなことをやってたんだなぁ……。
今アレクは俺とのお喋りを中断して、中層で検証をしている冒険者達と何かの打ち合わせをしている。
まだまだここでの狩りを続けるようだ。
俺はー……そろそろ帰るかな?
埃っぽいし風呂に入りたい。
502
「フィオさん?」
ダンジョンでの狩りを切り上げてさっさと帰還を果たしたのだが、ダンジョンから出てすぐのホールでちょっとした改修作業が行われていた。
ポーション類の貯蔵庫の設置をするためで、フィオーラはどうやらその監督を務めている様なのだが……なんでかトンカチを手にし、腰に巻いたベルトには作業道具を下げている。
恰好もいつもの魔導士然としたものでは無くて、作業をしやすいパンツスタイルだ。
「あら、セラ? 探索はもう終わりなのかしら?」
「うん……今日は混んでたからね。フィオさんは何してるの?」
服を見ている俺の視線から何を言わんとしているのか察したらしい。
肩を竦めて説明を始めた。
「このホールは魔物の素材を組み込んで、ちょっとやそっとの事じゃ壊れないように頑丈に造っているから、手間がかかるのよ」
そう言うと、ベルトからノミのような物を取り出し、見せてきた。
なんか黒っぽい金属で出来ているけど……まさかこれ……。
「魔鋼製よ。これで壁の一部を術式から切り離してから作業するの」
やっぱ魔鋼か。
このホール全体がある種の大規模な魔道具のような物で、ダンジョンを繋ぐことで魔素を吸収して強化というか硬化というか、とにかく頑丈になるように出来ている。
どんな形で設置するのかはわからないが、確かに改装するのならこういった特殊な工具や、フィオーラのような人物が必要なんだろう。
その後どんな風に接続するのかだの素材に何を用いるだの随分熱心に説明してくれたが、その間にもあれこれ彼女に指示を仰ぎに来る者が途切れない。
「それじゃ、フィオさん。俺は屋敷に戻るね」
フィオーラも結構マイペースなところがあるし、俺への説明にスイッチが入ってしまうと、作業に支障をきたしかねない。
邪魔にならないうちに、さっさと退散した方がよさそうだ。
「あらそう? なら続きは夜にでもしましょう」
「う……うん、よろしくね」
既に説明モードに入りかけていたのか。
危なかった……そんな事を考えつつ、ホールを後にした。
◇
この屋敷には、風呂が複数ある。
その中で俺が普段利用しているのは、セリアーナの部屋に備え付けられた風呂だ。
大抵セリアーナの部屋に溜まっているし、そこを利用するのが一番手間がかからないからだ。
ただ、時折同じ南館の2階にある、女性客専用の立派な風呂を使う事もある。
外の狩りから帰って来た時に、まだ昼間でセリアーナの部屋に誰もいない時なんかがそうだ。
【隠れ家】の風呂を使う事もあるが、髪を洗ったり乾かしたりが面倒な時は、メイドさん達を伴いそちらを利用する時もある。
今日がまさにそうだ。
土埃とか被ったしな……1人でやるのはちと面倒でお願いする事にした。
ただ、この場合気を付けないといけないことがある。
「セラちゃんは今日は森に行ったの?」
俺の髪を洗っていた一人が、ふとそんな事を口にした。
多分この質問に深い意味は無いはずだ。
髪に土が混ざっていたとか、そんなところだろう。
だが、それでうっかりダンジョンに行っていたなんて口を滑らせたら大変だ。
「そーそー。そこのちょっとひらけたとこー」
そんな訳で、毎度適当に答えている。
この領地だと、街や村から一歩も出ないままって人も多いから意外と何とかなるが……中々気が抜けない。
とりあえず、話題を変えるか。
「それよりもさ、今日ってもうお客さんとかいないのかな? この後セリア様のとこに行こうと思ってるんだけど……」
「そうね……もう屋敷に滞在していたお客様は皆お帰りになったけれど、奥様は旦那様の執務室でお仕事をされているわよ?」
「忙しいかな?」
「記念祭の前後でお仕事が滞っていたみたいだし、忙しいんじゃないかしら……?」
「そうね……本館で働いている人達も今日は忙しそうにしていたし……、今は止めておいた方がいいと思うわね。セラちゃん、今は奥様達と一緒に食事をしているんでしょう? 昼食時にでも聞いてみたらどうかしら?」
「ほうほう。んじゃ、そーするよ」
イイ感じにはぐらかせたが、セリアーナは忙しいのか……まぁ、前世でも連休明けとか色々慌ただしかったもんな。
そーすると、風呂出た後どーすっかな?
ふぬぬ……と唸っていると、メイドさん達の話題はさらに二転三転として行った。
「そういえばセラちゃん、王都で流行っている髪型を知っているかしら?」
「王都で……? あー……あの手間のかかるやつね」
よく知っているな……と思ったが、平民ではあるが彼女達も領内じゃ結構良いお家の御婦人だ。
ちょっと遅れはしても情報を手にする伝手はあるんだろう。
まぁ、これで狩場の事から話題は完全に遠ざかったな。
それにしても、あの髪型の事を最初に聞かれるのが屋敷の使用人からだとは思いもしなかったな……。
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