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 消滅することなくその場に留まる光の矢。

 そして、バチバチと漏電しているような音に、それに混ざって聞こえてくる唸り声……これ……もしかして、受け止められているのか?


「……え? マジで?」


 避けられたり外したりってのは考えていたが、直撃しても防がれるってのは想定外だった。

 だって、あのボスカマキリも甲殻がはがれていたとはいえ、ぶち抜いたんだぞ?

 こんな……普通の魔物に防がれるなんて思わないじゃないか……。


「ちょっ……ど……どうしよう……あ」


 逃げるか回り込んで攻撃を仕掛けるか、それとも見守るか……次の一手に迷っていると光と音が収まり、やがて消えた。

 今の一撃で砂塵が舞い上がりオオザルの姿は直接は見えないが、ヘビたちの目を通していまだ生きている事はわかる。

 どれくらいダメージが入ったのかはわからないが……とりあえず位置を変えた方がいいかもしれないな。

 風が吹いて無いからまだしばらくはこのままだろうが、地面を荒らしてしまったから、オオザルが投擲に使えそうな石ころがそこら中に転がっている。


「……おわっ!?」


 言ってる側から人の頭くらいありそうなデカい石が、先程まで俺がいた場所目がけて飛んできた。

 だが……。


「遅い……。ダメージはあったか?」


 飛んできた石は、仮にあそこにいたままでも回避できる程度の速度だった。

 仕留めこそ出来なかったが、しっかりとダメージは入っていたようだ。


「良かった良かった……。流石に直撃でダメージが無いようじゃ、逃げるしか無いもんな……」


 砂塵の奥から目を離さずも、移動を繰り返し毒が効いたままの魔物に止めを刺していく。

 これで、次のリポップまではオオザルと1対1だ。

 他の魔物に気を払う必要も無いし、多少の無理も出来る。


「……ふむ。魔力がほとんど残っていない。矢を防ぐのに使い切ったのかな?」


 咆哮に備えて、使用を控えていた【妖精の瞳】を発動して、オオザルがいる方向を見たが、魔力がほとんど残っていないのがわかった。

 どれくらいで魔力が回復するのかはわからないが、10分やそこらじゃ無理だろう。

 これなら2発目は防げ無い。


 これは……もらったな。


 ◇


 もらったなと意気込んだはいいが……砂煙が晴れない。

 もう2分くらい経ってると思うんだけどな……。

 矢だけじゃなくて、オオザルが食らいながらも耐えていた時に、一緒に巻き上げられていたのかな?

 流石に、視界が悪い中で接近戦を仕掛けるのはごめんだ。


「ぐぬぬ……おっ?」


 早よ晴れんものか……と待つことしばし、ようやく静まり、オオザルの姿が見えてきた。

 残念ながら五体満足のようだが……どうやら矢を受け止めたのは右腕だったらしい。

 出血こそみられないが、ダラりと力なく垂れ下がっている。

 右側に明確な隙が出来たな……おサルさんに利き腕があるかどうかはわからないが……攻めるなら右側からか!


 ゆっくりと右側に大回りで近付いて行く。

 俺を目で追いながらオオザルは唸り声をあげているが、距離があるからか仕掛けては来ない。

 そのまま10メートルほどの間合いを保ち続け、真横にまで到達したところで、一気に加速して後ろに回り込んだ。


「よいしょっ」


 そして、まずは【足環】で背中に取りついた。

 この急な加速にはオオザルも反応できなかったようだ。

 左腕を背中に回そうと頑張っているが、右肩寄りにいる俺には届いていない。

 これで右腕が動くのなら違っただろうが……ふふふ。


 オオザルを倒す時は、魔王種の時もノーマルの時も手足を落としてからだった。

 2足歩行で腕が長く、こちらに対応した動きをとれる頭もあるから、一気に止めを狙うんじゃなくて一手ずつ削いでいくのが、対オオザルのオーソドックスなパターンらしい。

 俺もここはそれに倣わせてもらおう。


「はっ! ……んん? おっと……!?」


 まずは右腕から……と【影の剣】で斬りつけたのだが……腕が太すぎる!


 骨までは断てたが、まだ皮どころか筋肉もしっかりと繋がっていて動かせるようだ。

 カウンターに、斬り込まれた右腕を振り回してきた。

 もっとも、自由に動かすのは無理な様で、ただ振り回しただけだ。

 いくらなんでも、これが当たることは無い。


 もう一太刀浴びせれば、あの右腕は切断できるだろう。

 だが、あのぶら下がった状態を維持したままでも、むしろ行動に制限を課せられていいかもしれない。


「さて……どーしよっかなー」


 左腕で投げてくる石を躱しながら、オオザルの周りを飛び回り続ける。

 碌に動かないのは自身でも理解しているだろうに、時折右手で石を掴もうとしているし、切り落とさずこのままにしておく方がいいかもな……。


 核があるのは胸元。

 流石にこの状態でも懐に飛び込むのは危険だし、もう少しダメージを与えますかね。

 胴体には難しくても、首や頭部……致命傷に繋がる部位へ攻撃を続けていけば、きっと隙も出来るはずだ!


500


「……あれ? これいけるんじゃね?」


 チクチク斬ったり蹴ったりしていたのだが、ふと気づいてしまった。

 もう10分くらい経っているし、2発目いけちゃうぞ……?


 結局このおサルさんは、よほどダメージが大きかったのか、まともに右腕を使っていない。

 精々筋力で強引に振り回すくらいだ。

 まぁ、それでも千切れていないのが、筋肉と皮膚の頑強さを物語っているわけだが……。

 ともあれ、このまま攻撃を続けていても、致命傷を与えるのは難しいだろう。


 だが、もう一度弓をドッカンとぶっ放せば……!


「ふらっしゅ!」


 離れていたとはいえ、この魔法はこいつも見ていたはずだ。

 だが、使ったのはあの1発だけだったし、頭から抜けていたのかもしれない。

 目潰しの直撃を受けて、左手で顔を押さえながら悲鳴じみた咆哮をあげている。


 ぬふふ……隙だらけじゃないか!


 笑いを堪えて、オオザルから30メートルほどの位置に下がり【ダンレムの糸】を発動した。

 もっと近い方が狙いは正確に付けられるだろうが、万が一暴れられようものなら、その距離だとちょい危ないかもしれないもんな。

 俺は油断しないぜ?


 発射の体勢を取りながらオオザルを見ると、左手で顔を押さえているのは先程と同じだが、さらに右腕まで振り回している。

 振り回しているが……こちらに仕掛けてくる様子は無い。

 確かに視界は奪っているが、それ以外の感覚には影響ないはずなのに……他の魔物もそうだが、やはり急に強烈な光を浴びるとパニックになるのかもしれないな。


 唸りを上げる弓を足と尻尾で固定し、腕を振り回しながらうろつくオオザルに狙いをつけた。

 放置していると回復するだろうから、悠長に狙いをつける余裕は無いが……それでも、この一撃で核を貫く必要は無いんだし、どこかに当たりさえすれば十分だ。

 この一射でさらなるダメージを与えて、そして、止めは【影の剣】……これだな。


「たぁっ!」


 オオザルが右腕を振り切ったタイミングで、発射した。

 例によって地面を抉りながらカっ飛んでいく光の矢。

 そして……間髪入れず響き渡る着弾と崩落の音。


「……はれ?」


 予期せぬ轟音に驚き声を上げてしまった。

 発射と同時に移動を開始していたので、ちょっと目を離していたのだが……何が起こったんだ?


 音から考えて、壁に当たったんだろうが……オオザルはどうしたんだろう?

 壁の近くにいたが……まさか貫通しちゃったのか?


 一発目以上に土煙がひどくて、状況が把握できない。

【妖精の瞳】を発動して、土煙に視線を向けようとした正にその瞬間。


「…………うぉわっ!?」


 土煙を切り裂き、俺目がけて何かがすっ飛んできた。

 慌てて上空に退避して一息つくと、すぐに下を見ると、先程まで俺がいた場所に無傷の左腕を叩きつけているオオザルの姿があった。


「……無傷?」


 厳密には右腕を怪我しているが、それは先程から。

 だが、そこを除けば損傷した箇所が目に入らない。

 目潰しを決めて、比較的近めの間合いからだったのに……躱したのか?


「まじで……? って、あぶっ……なっい!?」


 少々呆然として見下ろしていると、いつの間にか握りしめた小石の塊を俺目がけて投擲してきた。

 1個1個は小さいが広範囲にばら撒かれて、まるで散弾銃だ。

 幸い一つ一つの威力はそれ程でも無い様で、風で弾いているが、その風の結界に当たる都度に俺ごと揺らされている。

 最初に比べると速度も上がっているし、これを連発されるようだと、そのうち撃ち落とされるかもしれない。


「これはどうする……うわっ!?」


 接近戦を仕掛けるか、いっそ本格的に距離をとるかで迷っていると、今度は小石でなくて、手のひら大の大きな石をぶん投げてきた。

 アレが散弾ならこっちは大砲だ。

 半端な距離をとっていると両方を警戒しないといけないし、却って危ないかもしれない。

 それに、いま距離を空けた分も詰めて来ている。

 これで、無駄にジャンプでもしてくれたらその隙を空中で突く事が出来るのに……!?


「おっと……。流石にこの距離じゃー当たってやらないぞ?」


 今度は正面からじゃ無く俺の側面に回り込んでから、散弾の如く小石をバラバラと広範囲に景気よくばら撒いているが、一度見た事がある上に距離もある。

 お次は大砲だが、それもあっさりと躱した。

 石は俺に当たる代わりに壁に直撃し、大きな音を立てている。

 当たればただじゃ済まないだろうが、肝心の俺に当たらない様じゃー……壁?


「あー……壁際に追い込もうとしているのか……」


 回り込んだのはそっちの方が壁に近かったからだろう。

 壁際なら回避の選択肢も減るし、投擲が当たる可能性も増える。

 壁までまだ余裕はあるし、何より俺の場合はそんなの大した問題じゃ無いが……頭いいじゃないか……。

 こりゃ、色々見せちゃったし、ここで倒しておかないと面倒なことになりそうな相手だな。


 さてどうするか……全く……なんでこんな風に追い詰められてから本気出すかね?

 この強敵との決着をどうやってつけるか……それを見下ろしながら考えていると、不意に広間に男の声が響いた。


「セラっ! 動くなよっ!」

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