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 雲一つなく晴天が広がる、リアーナ領都。

 そこをジグハルトと共に職人街に続く道を進んでいる。


 俺は普段街に出るときは、護衛にテレサかアレクが一緒にいる。

 2人が忙しい時は、騎士団から何人か……下手したらセリアーナやリーゼルよりも警備は厳重かもしれない……。


 だが、今日はテレサはセリアーナ達と共に、普通にお仕事で、アレクは昨日起きたダンジョンでの事故の検証やら何やらでオーギュストと共にダンジョンに潜っている。

 一応ジグハルトも誘われていたのだが……「気が乗らない」の一言で断っていた。

 なんでも、魔物やダンジョンの調査は好きでも、昨日のような事故には興味は無いらしい。

 確かに原因ははっきりしているし、対処法は個人じゃなくて組織で考える事だもんな。

 彼向きじゃないかもしれない。

 ちなみに俺も調査に参加するかと聞かれたが、「ピンと来ない」の一言で俺も断わった。


 んで、今日はダンジョンは閉鎖となり、俺は今日もダンジョンに向かう予定だったのだが中止となった。

 別に屋敷でいつも通りゴロゴロしていてもいいのだが、折角外に出る気になっていたし、今日は少し街で用事を片付けることにした。


 そして、昨日はなんか予定があったとかで屋敷にいたが、今日はダンジョンに向かう予定だったジグハルトも同様で、彼が護衛役を買って出てくれた。

 彼も俺の向かう先に用事があるからついでに……ってことだったが、いやはや豪華な護衛だ。


 それはさておき……。


「あっついねぇ……」


 額に汗が浮いてきた。

 舗装されたアスファルトやビルの熱の反射……室外機の熱気も無いこの世界でも、暑いもんは暑い。

 まぁ、この街は舗装が進んでいるからってのもあるかもしれないが……。

 日傘代わりの傘も置いて来たし……直射日光を頭部に感じる。

 帽子でも今度作ろうかな?


 服の襟を引っ張りパタパタと扇ぐが、あまり効果は無い。

 今の俺のは、エプロンこそ外しているが黒のワンピース……外出る時はいつもの恰好だ。

 黒だから、熱を持って暑い暑い……。


「んー……? まあ、夏だからな。だが、暑い事は暑いが今年はそれ程でも無いぞ? お前はもう少し外に出た方がいいんじゃないか?」


 俺のぼやきを聞いたジグハルトが、軽い口調でからかってくる。


「……涼しくなったらね」


 軽口を叩きあっていると、職人街にようやく到着した。

 中央広場は人も多かったがこの辺までやって来ると、通りを歩く住民の姿は無い。

 代わりにトンテンカンテン……と、木やら金属を削ったり叩いたりする音が、そこら中から響いている。


「場所はわかっているのか?」


「うん。一際大きい建物で上からでも目立つからね。すぐ見えて……あぁ、あそこあそこ」


 ジグハルトの質問に答えていると、通りの先に目指す建物が見えてきた。

 工房が建ち並ぶ一画なだけに地味な建物が多いが、その中でも一際大きく、おまけに地味な建物。

 あれが、お目当ての工房だ。


 敷地の外周を囲むように塀はあるが、特に警備がいる様子は無い。

 呼び止められる事無く中に入り、デカい扉を開けて中にお邪魔した。


 ◇


「ん? やあ、セラ副長…………っ!? ジグハルト様!?」


 工房に入ると、まずは一目見て俺だと気付いたおっさんがいた。

 記念祭の露店で店番をやっていたおっさんで、砕けた挨拶をしてきたのだが、彼は俺の一歩後ろを歩くジグハルトに気付くと、悲鳴じみた声でその名を呼んだ。


 工房内は色々な作業音で大分やかましいが、彼の声も作業音に負けず劣らず大きい。

 そして、工房内に響いたその声を聞いた職人たちがどよめき声をあげて、奥から顔を出してくる。


 そのおっさん達の視線は、俺のちょっと後ろに向いている。

 ……ジグハルトが目当てだな?

 恐らくジグハルトはこの街……というよりも領地で一番知名度がある。

 やはり、二つ名だったり最強だとかの呼び名は強烈なんだろう。

 ちょっとしたアイドルが登場したような雰囲気になっている。

 それに対するジグハルトのあしらい方も慣れたもんだ。


 おっさん達がおっさんに熱視線……暑苦しい。

 とりあえず、おっさん達の事は置いておくとして、俺の用件を伝えようかな。


「注文があるんだけど、いいかな?」


 騒ぎを聞き奥から出てきた、偉そうなおっさんに声をかける事にした。

 このおっさんもジグハルトに熱い視線を向けているが……我慢してもらおう。


「……ん? あっ……ああ、もちろんだ。棚か? それとも椅子か? 何でも作るぞ?」


 と、自信たっぷりに答えた。

 何でもか……実に頼もしい!


 ◇


 俺が今日わざわざ工房まで足を運んで注文するのは、魔物の置物だ。

 記念祭の露店でも領内の魔物の置物はあったのだが……如何せんデカかった。

 1体30センチくらいあった……流石にそのサイズを何体も……となると……。


 だから、今回1体10センチほどの縮小サイズで作って貰う事にした。

 ついでに、それを収納する棚もだ。

 別に誰に見せるってわけでも無いが、どうせなら綺麗に飾りたいからな。


「職人は誰を指名するんだ?」


「へ?」


 ……指名制なのか。

 なんも考えていなかったぞ……?

 傘は魔道具の工房で作ったが、あそこはミネアさんの推薦だったからな……工房側が良い様にやってくれた。

 今回は俺が自発的な注文で、自分で決めないといけないのか……どうしたもんか……あ!


「んじゃ、あのおっさんで」


 遠巻きにこちらを眺めている野次馬の中にいる、あの露店のおっさんを指名する事にした。


 まぁ、出来が悪いようなら竈行きだが……基本的に腕の悪い人ってのは若いうちに追い出されるし、おっさんになるまで働いているって時点で、ある程度腕は保証されている。

 パトロンなんて大したもんじゃ無いが……正直誰でも良いしそれなら顔を知っている彼でいいだろう。


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「……なあ、完成まで時間がかかるようだったが、良かったのか?」


 注文を終えた工房からの帰り道に、ジグハルトがふと思い出したように、聞いて来た。


 俺が注文したのは、魔物と獣の置物20体と棚1つだ。

 棚はガラス戸付きの高級品で、置物と合わせて金貨2枚。

 これが高いか安いかはわからないが、俺的には妥当だと思う。

 そして、完成までの期間が2ヶ月程かかる。


 置物自体は、作業の合間合間に進めていけばひと月ほどで仕上がるらしい。

 だが、ガラスは先程訪れた工房では扱っていないし、なんでもリアーナでは作っていないから、商会経由で他所の領地からの取り寄せになるそうだ。


 旧ルトル時代は、この街はいくつも木工工房があったそうだが、リアーナの領都になった際に工房を統合したらしい。

 角材だけ仕入れたりとかじゃなくて丸太を加工するところから始めるし、少人数の工房よりも一纏めにして大人数での作業環境にすると、それだけ効率よく作業が出来るんだとか。

 元々、今の親方や職人頭が所属していた工房だけに、特に揉める事も無くすんなりいったと聞いた。

 その伝手を使っても、これが最速なんだとか。


 これ以上早くとなると……。


「うん? あぁ……まぁ、仕方ないよ。流石に趣味の買い物で旦那様の名前を使う気にもならないし……」


 セリアーナやリーゼルの名前を使えば、色々無理をさせる事も出来るだろう。

 2人もそれくらいは怒らない気がする。

 だが、どうしても必要な物ってわけでも無いし、ここは普通に待つ予定だ。


「それよりも、ジグさんは何を頼んだの? なんかやたら細かく注文していたけど……」


 ジグハルトの注文した物はコの字型やE字型の机や棚で、高さや幅まで細かく打ち合わせていた。

 それらを何個もだし、自宅用って感じじゃなさそうだったな。


「机は地下で使う作業用だ。今採用しているのは魔導士協会や錬金術師が使う中では一般的なサイズなんだが……徐々に大物の素材が増えて来ただろう? 魔境という土地柄か魔物も強いし、普段なら処分していた箇所も利用しているからな……。冒険者ギルドの解体所と違って、使いにくいんだ」


「へー……ってか、そんなサイズの規格とかあったんだね」


 機械で作っているわけでも無いのに、規格化しているのか……。

 別に侮ったりしているつもりは無いが、この世界はたまーに俺が予期せぬところで、開明的なところを見せてくる。


「「賢者の塔」の流用だな。地下の施設の設計はフィオがやっただろう? 機材は良い物を入れているが、台や箱なんかはこだわっていなくてな……軌道に乗って来たし、今後はあそこを利用する者も増えていく。物置にしている部屋を整理して、もう一室作業部屋を用意しようと思ってな」


「ほうほう」


 色々集まってくる場所だもんな。

 そりゃー、手狭にもなるか。


 地下の施設は今はもう秘密じゃ無い。

 だからと言って、重要施設や領主の屋敷に繋がっているし、外部の人間が簡単に入っていい場所じゃない。

 職人だってそうだろう。

 だからジグハルトが直接職人の下に足を運んだのか。


「俺だけで工房に足を運ぶのもな……ちょうどいい機会だったな」


 そう言い笑っている。


 工房での様子を思い出すが、まぁ……大人気だったもんな。

 ジグハルトは、行き帰りの道でも直接声をかけられたりはしていないが、住民からチラチラ見られている。

 俺が1人で移動している時はそんな事無いから、ジグハルト目当てなんだろう。

 恰好はどこにでもいるおっさんと大差ないのに、それでも、彼だってわかるらしい。

 写真とか無いのに、どうやって知るんだろう?


 ……そういえば俺はこの世界の一般的な生活ってのを知らないんだよな。

 井戸端会議とかで情報が出回ってるんだろうか?

 ちょっと気になるな。


 屋敷のメイドさん達に今度それとなく訊ねてみようかな?


 ◇


 ダラダラお喋りしながら貴族街に入り、そしてそのまま屋敷へ……とはいかず、騎士団本部に向かった。

 俺が注文した品々は屋敷に運んでもらうが、ジグハルトが頼んだ分はこちらに運んでもらうことになっている。

 そのため、ここで事前に申請しておかないと、受け取りを拒否されてしまうそうだ。


 実にお役所仕事……領主直属の騎士団本部だし当たり前かな?


 受け取りの申請を済ませるとそのまま奥から通路へ。

 どんな風に置くのかを説明してもらうんだ。

 そして、そのままどんどん進んで行き、両側にドアがいくつも並ぶ一画に出た。

 騎士団本部側から見て、一番奥にあるドアが研究所……研究室……まぁ、リアーナの錬金術本部だ。


 何度かここには入った事はあるが、最近は通り過ぎる事はあっても中に入ることは無かった。

 そこへ入ると、驚きで思わず声が漏れ出てしまう。


「……ぉぉぉ」


 床には所狭しとデカい樽、デカい壺、デカい箱……棚には瓶がぎっしり詰まっている。

 作業用の台こそ綺麗に片づけられているが……今も何人かが作業をしているが、棚や足元に気を付けながら移動していて不便そうだ。

 フィオーラが片づける前の【隠れ家】より散らかっている。

 こりゃ狭いわ。


「今日はフィオはいないな……上か? 俺はこのまま中にいるが、お前はどうする?」


「んー……オレは屋敷に戻るよ」


 中もちょっと面白そうだが、浮いていても邪魔になりそうだしな。


「そうか。フィオを見たら注文を出したと伝えておいてくれ」


 ジグハルトはそう言うと、作業をしている者たちに声をかけて、中に入って行った。

 んじゃ、俺も帰るかな。

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