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489 偉い人・side その2


 集まった者達の間で安堵の声が広がる。

 何人かは表情に変化は無いが、やはり大半の者はそれを懸念していたのだろう。


 リーゼルの方に視線を向ければ、肩を竦めている。

 彼からしたら、そんな無理な命令を下すかもと、不安に思われる事は屈辱だろうが……ルトルの代官を務めた時期を入れても3年足らず。

 流石に信頼関係を築くには時間が無さ過ぎだ。

 本人もその事を理解しているからこそ、この仕草なんだろう。


 とはいえ、これは本題ではない。

 室内のざわめきも落ち着いた頃、改めてリーゼルが話を進めた。


 ◇


「……戦争ですかっ!?」


 リーゼルの言葉に、静まり返った室内がまたも騒がしくなった。

「事実なのか」「どことなのか」そして「我が国がなのか」……まあ、気にはなるだろう。


 我が国は新領地を設立してまで、王家主導で魔境の開拓に乗り出した。

 教会を通じて、中央から離れた未だ影響力の大きいままの東部辺境から、聖貨を定期的に運んでいる西部の有力勢力……帝国と連合国にしてみたら、そこを潰されるわけだし、何かしらの妨害を……と考えてもおかしくはない。

 実際その片鱗はあった。


 だが、今のところ想定以上に順調に潰せている。

 ダンジョン開通前後に、何かしらの妨害があると予測していたが、すでに開通しダンジョン内部の調査もひと段落した。

 内部に割く兵力を外に回す事が出来るため、領内の西部勢力の封じ込めも上手くいっている。

 その事は帝国や連合国も理解できているのだろう。

 彼等に怪しい動きは見られない。


 強いて気を付けるとしたら、領内の残有勢力と西部との連携を妨害しているため、その連中が独自に動く可能性だろうか?

 王都での結婚式の際も似たようなことがあった。

 もっとも、領都以外でそれをする意味は無く、領都内であればすべて私が把握できる。

 無駄に終わるだろう。

 私の加護抜きでも結果はさほど変わらないはずだ。

 だから、国内ではこの考えが主流だった。


 だが、西部の小国家のいくつかが、兵を東に集めているという情報が伝わってきた。

 大森林同盟は、加盟国が他勢力から侵略を受けた際には、互いに兵を派遣し合う決まりがある。

 そうなると、新領地だからこそ兵を出さなければ、他家や他国に侮られかねない。

 リアーナ領から兵力を持って行くにはいい手だ。


 室内で騒めく彼等を眺めると、複数種の驚き方があって面白い。


 1つは、戦争自体を予期していなかった者。

 1つは、予期していても、その策が潰れたと思っていた者。

 1つは、西部の動きをある程度掴んでいて、それでも尚、戦争は起こらないと思っていた者。

 様々だ。

 どうしても入手できる情報に限りがあるから、その情報網の太さによってばらけているのだろう。


 リーゼルは皆が静まるのを待つようだが、その前に1人の男が手を挙げた。

 アリオスの街の代官だ。


「よろしいでしょうか? 西部のいくつかの国が、軍事行動の用意をしているとは私の耳にも入っております。ただ、それでも帝国や連合国といった西の大国が動いている様子はありません。それでも事を起こすのでしょうか?」


「ああ。起こすだろうね。来年の春か秋……どちらかの雨季に合わせて布告してくるはずだ」


 リーゼルは自信を持って答えた。

 最初の1人が出れば、次は自分も……と次々に質問の声が上がったが、そのどれもに応じていった。


 ◇


 会議を終えて、私達はリーゼルの執務室の隣にある、談話室に場所を移した。

 代官連中は、まだ屋敷に残り、各々情報のやり取りをしているのだろう。

 ついでにリーゼルに対しての陰口も。

 まあ……それくらいは許そう。

 あの後の質問にも、答えはしたが肝心の情報は伝えていないし、対処も騎士団が行う……それだけだった。

 口には出さないが不満はあるだろう。

 だが、それも実際に事が起き、そして切り抜ければ問題無い。

 些細な事だ。


「……それで? 領地のお偉いさんが集められているのは知っているが、俺たちがここに集められたのには何か理由があるのか?」


 と、ジグハルトが口を開いた。

 会議が終わる少し前から、彼やフィオーラ、テレサやエレナもこの部屋に集められていた。

 アレクやオーギュストは騎士団幹部として先程の会議にも出席していたが、彼等は別だ。

 その彼等に、リーゼルは丁寧に説明をしていく。

 実質この集いは彼に理解を得るために行っているものだ。

 リーゼルもさすがにジグハルトには気を遣うようだ。


「なるほど……戦争は起きるのか」


 会議の流れやリーゼルの説明を聞いたジグハルトは、会議室の彼等と違い納得できている様だ。

 情報量にそこまで差は無いはずだが、やはり西部で傭兵としても活動経験があるからだろうか?


「ああ。過去にも東部で新たなダンジョンを開通させて1年以内に、西部が何かしらの動きを見せていたからね。ウチは幸い犠牲無しで切り抜ける事が出来たが、まともに挑むと少なくない数の犠牲が出てもおかしくない。それによって生まれた魔人の討伐や、そもそも減ってしまった精鋭の穴埋めで、どうしても兵力が足りなくなるからね。西部の目的は、勝つことでは無くて東部を混乱させて、介入の余地を作る事だ」


「若い頃に、詳しい理由を知らされずに東部の国に仕掛けたことがあったが……そう言う事か……」


 ジグハルトは積年の疑問が晴れたのか、随分嬉しそうだ。

 戦争という事態をあまり重くとらえていないのかもしれない。


490 偉い人・side その3


 その後もリーゼルの説明は続く。

 そして、先程の会議では話していない内容に話が入った。


「西部の有力勢力……特に帝国と連合国が方針を変えてきているんだ。ここ数十年の間、教会の内部に人を送り込み、東部から聖貨を吸い上げる方針を取っていたが……反発を招き、逆に東部から教会勢力がどんどん追いやられているだろう? だから、彼等は今東部では無くて西部に目を向けているんだ。……もちろん一時的なもので、いずれはまた介入しようとして来るだろうがね」


「ふん……。だが俺が知る限りでは、動くのはいくつかの小国だけで大国は動かないだろう? 同盟側の動きはわからないが、まず負けることは無いだろう? なら帝国や連合国は結局何を考えているんだ?」


「西部の再編だね」


 ジグハルトの疑問に、リーゼルは簡潔に答えた。


 西部には、私達東部が横断道と呼んでいる大陸西端から東部にまで通っている街道がある。

 西部はこの街道を中心に発展していき、街道が国内を通る国はそれだけで、大陸の主要国として栄える事が出来ていた。

 だが、今では複数の移動経路を持ち、この街道の重要性も全盛期に比べれば激減している。

 それに合わせてその国々も徐々に衰退していっているが、それでも長い間西部の主要国であったため、各国の王家に顔が利く。

 その中には、帝国が併合した国や、連合国に加盟した国も含まれる。

 だから、疎ましくなったのだろう。


 本来この件の本命は、あくまでリアーナ領に混乱を起こす事だ。

 だが、まずは私を害する策は全て不発に終わり、次に領内を荒らす策も潰された。

 後はダンジョン開通後を狙うだけだが……。


 最初私達が予測していたのは、ダンジョン調査に領内の戦力が割かれることだけだったが、魔王種がいたとなると、見込みが甘かったかもしれない。

 だが、その甘い予測はあくまで私達だけの話で、近隣領地はその際の援軍の準備をしていたようだ。

 記念祭の折に、遠回しに代理人に問い質すと、曖昧にではあったがそう漏らした。

 領主やその周辺を鍛えるためでもあるのだろうが、直接言えばいいのにと思ったものだ。

 西部もダンジョンには魔王種がいる事を知っているはずだし、それによる兵力の減少を前提にしていたはずだが、これも無駄に終わる。


 ダンジョンの事は外部に漏れていないが、先の二つだけでも失敗だと判断したのだろう。

 だから、リアーナの混乱から、西部の再編へと計画の軸を移した。


「不要になった小国をけしかけて、大森林同盟と戦わせる。西部の……それも小国の王族になればなるほど、情報が昔の儘固定しているのか、僕等同盟側を開拓初期のままだと侮っているからね。彼等にしたら勝てるつもりなんだろうが……当然同盟側が勝つ。そして賠償に聖貨を要求するが……まあ、払えない額になるだろう。そこで、肩代わりするから自分達の下に降れと、仲裁に入る訳だ」


 利用される身としては迷惑な事だが……西部のためにわざわざ労力を費やしても意味が無い。

 さっさと終わるならそれでいい。

 どのみち、メサリア王国は援軍に過ぎないわけだし、いい行軍演習になるだろう。


 さて、それらの説明を聞いたジグハルトは納得したようで、なるほど……と頷いている。


「それで、どれくらいリアーナから兵を出すんだ? 領地の警備もあるし、隊長格もすべて連れて行く訳にはいかないだろう?」


「そうだね。僕とオーギュスト、アレクシオに君……あとはルバン卿にも出てもらう。リアーナで対外的に名の知れた者たちだね。その代わりに連れて行く兵は50もいればいいだろう」


 隊長格を入れても総勢60人に満たない。

 新設とは言え、公爵領としては物足りないだろうが、リーゼルは別にしても、他の4人も十分に名を知られている。

 特にジグハルトは。

 たとえ数が少なくても、内外に侮られることは無いだろう。


 ジグハルトもその事を理解したようで、笑みを浮かべながら片手をあげて了承の意を示している。

 冒険者上りの騎士だと、こと戦争となると浮足立つことも多いと聞くが、アレクもだが傭兵を経験している者は、その点話が早い。

 頼りになりそうで、大変結構だ。


 ◇


 大まかな説明を終えた後は、簡単な部隊編成や、彼等がリアーナを離れた際の領地の守りについて話をしていた。

 基本的には、普段通り領都はもちろん領内は1番隊がそのまま警備する。

 2番隊はアレクとジグハルトが抜けるが、テレサとフィオーラも残るし、魔物への備えも問題無いだろう。

 屋敷に関してもそうだ。


 もっとも、私とセラがいる以上、何も起きようがないが……。


「あら?」


「どうかしたのかい?」


「ええ。セラがこちらに来ているわね」


 少し前に外から戻ってきたのは分かっていた。

 ダンジョンに行っていたのに、屋敷の外から戻ってきたし、何かあったのかもしれないが……。

 訝しんでいると、テレサがドアを開けに立ち上がった。


「近づいてくりゃ俺でもわかるが……いくら加護があるからって、よくわかるな……」


 感心するようなジグハルトの言葉に、皆も同意しているが……。


「壁を越えて真っ直ぐに向かって来て、2階の窓から屋敷に入るのはあの娘だけよ」


 疑問に答えていると、テレサがセラを伴い部屋に戻ってきた。


「おじゃましまーす! ……ぅぉっ……なんか勢揃いだね?」


 ダンジョンに出かけた時とは違う服装のセラが、無駄に元気よく部屋に入ってきたが、一瞬驚いた顔をしたかと思うと、首を傾げている。

 今日のことは、会議がある程度しか知らないし、この部屋にこれだけ集まっている事に驚いているのだろう。

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