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 カっカっ! と訓練場に響き渡る木剣の音。

 ……言い換えよう。

 全然響いてない。


「……ぐぬぬぬぬっ!」


 今もまた俺が突きを放つも、リーゼルにピタリと止められている。

 なんで木剣で突いているのに、これまた木剣でこんな簡単に受け止められるんだろうか?

 普通だと硬い木同士で打ち合ったら、互いに弾かれるはずなのに……斬ろうが突こうがピタリと止められてしまう。

 そして……。


「ふぬぬっ……あっ!?」


 一旦距離を取って仕切り直そうと、後ろに飛ぶと、木剣を張り付けたまま同じ速度で同じ距離を、リーゼルも詰めてくる。

 どうしようもねぇ……。

 これはもう木剣投げ捨てて蹴りでもかますしか……と、考えていると、俺の身体の力み具合でなにか仕掛けてくると予測したのか、張り付けていた木剣を離して、ポンっと首筋に当てられた。


「ぬぅ……」


 新しいやられ方をしてしまった。


「そろそろ終わりにしようか? セラ君も疲れただろう?」


「……うん」


 確かに俺は汗だくだが、リーゼルは汗一つかいていない。

「も」ってところに優しさを感じる……。

 互いに剣を下ろして皆の下に向かった。


「もう終わりなの?」


「ああ。勘は戻ったからね。後は彼等とやるよ」


 セリアーナの言葉に、護衛の兵士達を見て答えるリーゼル。

 なるほど……今のはウォーミングアップだったのか。

 それなら緩い運動でちょうど良かったのかもしれないな……。


「貴方から見て、セラはどうだったかしら?」


「む?」


「そうだね……」


 そう言うと少し考え込む。

 基本的に彼はなんにでも即答するタイプだが、その彼が返答に詰まるか……別に悔しくは無いけどな!

 テレサの渡して来たドリンクを飲んでいると、リーゼルは考えが纏まったようで、顔を上げた。


「セラ君は、判断は良かったと思うよ。迂闊に攻め込まず、僕の身体全体を見てしっかりと動けていたね。身長差も考慮して、無意味に打ち合ったりもせずに突きを中心に組み立てたのも悪くない……」


 そこまで言うと、彼もドリンクを受け取り口にしている。

 予想外の味だったのかなにやら驚いているが……美味かろう。

 レモンに砂糖やら塩やらを加えたフィオーラの特製ドリンクだ。

 味は、酸味が強いスポドリだ。


「ほうほう」


 が……そこで何やら言いよどんでいる。

 なんだよ……意外と褒められていたのに。


「正直に言っていいのよ? 結局身体能力が低すぎるって」


「うぐっ……」


 いつの間にか後ろに回っていたセリアーナが、辛辣なセリフを吐きながら頭に手を置いた。


「フフ……。そうだね、どうしてもセラ君は小柄だから、生身での戦闘は厳しいだろうね。でも、恩恵品や加護の力でそれは十分に補えるし、それにヘビ達もいるだろう? 攻撃面は申し分ないしね。防御に関しても……確か【琥珀の盾】も持っていたね。風と併せて十分身を守れるんじゃないかな? 一発を防ぎさえすれば距離も取れるしね」


「その防御が問題なのよ……。この子、攻撃を受けたら硬直するそうよ」


「ああ……それはいけないね」


 ……俺の頭の上でなにやら話を始めている。

 頭を押さえられているから、顔を上げる事も出来ないし……全く。

 しかし、2人の話を聞いていると、訓練とはいえ戦闘時の俺の判断そのものは別に悪くは無いようだ。

 如何せん俺は、まともに訓練なんかした事も無ければ、冒険者や傭兵と言った戦闘を専門とした家の子ってわけでも無いから、知識も無い。

 魔物を倒すだけなら、ゴリ押しで何とかなっているが、いざ俺の戦闘における判断や勘ってのはどうなのかって時折疑問に思っていたが、そこまで悪くはないって事がわかったのは良かったな。


 ただ、頭の上の議論が、だんだん俺にどんな攻撃を経験させるかって不穏な方向に展開していってるのは気になる。


 ◇


「何かここの施設も充実して来たね……。前のでも十分と思ってたけど……」


「使っていくうちに不備が出てきたりもするもの。それに今年は多くのお客も招いたでしょう? 彼等から不満が出ない様に改修を進めたそうよ」


 地下訓練場に備え付けのシャワー室だが……何かサウナが出来てるんだよな。

 男女両方に造ったそうだ。

 もともとシャワーにマッサージエリアと貴族の客にも応えられる設備を用意していたが、進化している。

 俺もセリアーナも利用しないが、水風呂とかまであるし……好きな人は使うだろう。


 もっともこの施設を利用できる者は限られている。

 贅沢なことだ……。


「奥様……任せていただければ私共がやりますが……」


 と、本館付きのメイドさんが困惑気味に言ってきた。

 基本的に俺は南館をウロウロしているから、本館の使用人達とは馴染みが無いんだよな。


「問題無いわ」


 と、その申し出を一言で断り、そしてドライヤーを再度発動する。

 うーむ……俺も使えるようになりたいんだけどな。

 この魔法難しいんだよ……。


「それで、お前は今日の訓練で何か得たの?」


「あー……まぁ、攻撃のされ方には慣れた気がするね……。これは魔物相手には試せないからねぇ……」


 結局あの後は、色々な方向から攻撃をされて、それに対してどう離脱するかってのを試していった。

 恩恵品や加護抜きだから、実戦とはまた違うだろうけれど、攻撃をされるって経験を積めたのは良かった気がする。


「そう? ……お前も毎日ダンジョンに行くわけでも無いし、月に1度くらいは彼女達の訓練に混ざりなさい」


 女性兵達は、この地下訓練所を使って、テレサやエレナに訓練を受けている。

 そこまで本気の戦闘という訳じゃ無いが、剣や槍を振るうし、いい運動にはなっている。


「……考えとく。……あぃたっ!?」


 ペチンと後ろから頭を叩かれてしまった。


488 偉い人・side


 夏の2月の半ばを過ぎた頃、リアーナ領の全代官が領主の屋敷で一堂に会していた。

 記念祭には代理を出席させていた者も多く、その場合は帰還した代理と交代で騎士団の1番隊による護衛付きで、領都までやって来た。

 彼等に招集の理由は教えられていない。

 それでも、事前に仕入れた情報や領都に到着してからの情報交換で、ある程度のあたりはつけていた。


 記念祭で、領主リーゼル・リセリア・リアーナ公爵は、既に王都から聖貨の輸送部隊が出発し、その部隊が到着次第ダンジョンの開通に取りかかる。

 到着予定は秋の1月末か2月頭頃で、遅くとも2月末までにはリアーナ領領都にダンジョンが誕生することになる……。

 そうなると必然、冒険者を始めとした領都を目指す者も増えていく。

 その者達をどう受け入れるか。

 そして、問題が起きた時にどのように対処するか……。


 冒険者は、冒険者同士では連帯するしダンジョンでは揉め事を起こさないが、外でもそうだとは限らない。

 最低限のルールはあっても、武装した集団に違いは無く、警備兵の少ない小さな街や村では対処できない可能性もある。

 それには騎士団との連携が必要だ。

 関税や職人の手配等は代理人達が行ったが、ことが武力だけに、代官自ら出向き領主を始め各地の代官との折衝が必要なのだろう。

 1部の者を除いて、集まった者達はそう話し合っていた……。


「……ってところかな?」


「まあ……無理も無いでしょう。あの娘がいてこそだし……むしろ、気付かれている様では困るわ」


 一歩前を歩くリーゼルがこちらを振り向きながら、会議室に集まっている面々が今何をしているかの推測を、楽しそうに話している。

 ダンジョンはすでに出来上がり、さらに下層までの探索を行っている。

 この事を知る者は、私達を除けば2番隊の一部と冒険者ギルドの幹部、そして実績のある冒険者達……全部数えても100人を超えていない。

 その者達も、外部に漏らす様な馬鹿な真似はしないだろう。


「……今日はセラ君は一緒じゃ無いけれど、いいのかい?」


「ええ。あの娘に教えても仕方が無いでしょう?」


 そう返すと、リーゼルも先日の訓練所でのセラを思い出したのか、苦笑をしている。

 少なくとも現時点では、あの娘は人間相手の戦いには向いていない。

 あれだけ豊富な恩恵品や加護があるから、経験を積めばまた違うかもしれないが……。


「それもそうか……。まあ、どこまで伝えるか……は君に任せるよ」


「ええ」


 視線をリーゼルから前に移すと、会議室のドアの前には警備の兵が立っているが、普段と違い鎧を身に着けている。

 部屋の中にいる者たちの事を考えれば、示威行為の意味合いもあるのだろうが、ご苦労な事だ。

 その彼等はこちらに気付き頭を下げると、中に呼びかけ、ドアを開けた。


「じゃあ、行こうか」


 リーゼルを先頭に、会議室へと進んだ。


 ◇


 議題はまずはダンジョン関連から始まった。


 外部から訪れる冒険者への対処は、主に騎士団とクランや戦士団が行う。


 戦士団は、言ってしまえばクランの集合体だ。

 たとえ、その地で長く活動をしていても冒険者クランは、武装した者の集団でしかない。

 そのため、より大きな集団を作り自主的に管理をさせている。

 それが戦士団だ。


 もっとも、結成には領主側の承認が必要で、さらにせいぜい3~4個での結成しか認めていない。

 だが、それでも身分こそ平民だが地方での戦力としては破格で影響力も大きい。

 戦士団の纏め役ともなれば、その地の立派な顔役になれるだろう。

 王都で引き抜いた「ラギュオラの牙」もその戦士団の纏め役を務めている。


 現在リアーナ領には5つ戦士団が存在している。旧ゼルキス時代から活動している地元の冒険者たちが中心の団が3つ。

 そして、外部の冒険者を中心とした団が2つだ。

 対立しているわけでは無いが、敢えて、陣営を分けて管理させている。


 その分、極力仕事は均等に振り分けている。

 ダンジョンの先行探索は地元の戦士団の1つに任せたが、巨獣・リアーナの討伐には両陣営から1つずつ出てもらってたりと、配慮はしている。

 今回は、外から来るものへの備えだし、外部組に任せることになるだろう。


 また、各代官が懸念している事の1つに資金面の問題もある。


 以前に比べれば、訪れる人間もずっと増えたし、相応の金も落とされているだろう。

 かといって、それだけで今後も増えていく人間に備えての施設を用意するには、流石に足りない。

 だが、それも問題無い。

 リアーナ領は現在非常に豊かだ……むしろ金が余っているとさえ言える。


 このリアーナ領が出来て、魔境の開拓も進み始めた。

 当然、魔境の素材も豊富に収集されている。

 魔境の素材は、国内のみならず大陸中から求められていて、非常に高値で取引されている。

 永遠にそのまま……とはいかないだろうが、5年や10年でどうこうなることは無い。


 今のうちに集まった金を地方に分配できるし、丁度いい話だ。

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