207
485
記念祭が終わり、さらに数日。
滞在していた他所の者たちも領都を離れて、ようやく日常に戻ったと言ったところだろう。
チラっと聞いた話では、今までこの街で暮らしていた住民も、辺境の一地方都市から領都に変わった事で、大規模なお祭りになったことに大興奮だったとか。
日常に戻ったとはいえ、未だ街の活気は収まっていない。
ダンジョンに関しても、王都から聖貨が届き次第儀式に取り掛かり、秋頃には出来上がると発表した。
大ニュースだ。
そのため、一の森などで腕を磨こうと冒険者の活動ペースも上がっているんだとか。
もちろん狩場は魔境になるし、犠牲がゼロってことは無いそうだが、こればかりは仕方が無い。
酷な話ではあるが、力が足りなかったんだろう。
ダンジョンで死者が出てその死体を回収しそこなうと、それだけで維持費が増えていくし、魔人もポップするようになる。
その前に実力の無い者が減ってくれるのは、むしろ歓迎すべき事態なんだとか。
ダンジョンへの探索は、登録料を支払う必要があるが、それ以外にも独自の基準を設ける場合がある。
ここリアーナでは、一の森を始めとして、魔境での依頼実績も考慮することになるそうだ。
手っ取り早いふるい落としだろうね。
そして、登録料に関してはまだ具体的な枚数は発表されていないが、この街の冒険者は以前貯め込んでいた聖貨を放出しているからな……。
今のうちに貯め直さないと……と、必死になっている。
幸い、ここ最近何故か領地の腕利き冒険者たちは、狩りに出ることが無い為、今がチャンスとばかりに、領都のみならず開拓拠点にまで出向いて狩りを続けているそうだ。
お陰で、雨季前に領内の開拓もまた進みそうだと、聞いた。
……住民から聖貨を回収する為に、通常よりも高値で買い取り、そして再び聖貨を稼ぐ必要性を作り出して、ガンガン狩りをさせる。
若干マッチポンプ的な何かを感じるが、まぁ……良しとしよう。
アレクやジグハルトはダンジョンの調査に再び取りかかり、そして俺は……。
「…………ぐぬぬ」
「どうしたの? さっさとかかって来なさい」
地下訓練場で木剣を手に、セリアーナと対峙している。
外に狩りに行くのは暑いし、ダンジョンは人が多いしで、やる気が出ずに部屋にいたのだが、セリアーナに誘われてやって来た。
彼女も記念祭絡みのパーティーや会談続きで体を動かしたかったんだろう。
で、やってきたは良いのだが、ダンジョンの魔王種との戦闘で、幸い恩恵品や加護で防ぐ事は出来たが、俺は攻撃をまともに受けてしまっていた。
だから、俺も防御技術を磨こう……となり、恩恵品や加護抜きで剣を打ち合うことになった。
以前からたまにここでセリアーナも剣を振っていて、俺が相手をする事もあるが、その時は恩恵品や加護を使っている。
生身で……となると……なんも出来ん。
俺は両手持ちで中段に構えていて、セリアーナは片手持ちで半身になっている。
もう何本もやっているが、構えはいつもこれだ。
どこかに隙は無いものかと、じりじり回り込む様に動いているのだが……隙ってなんだ?
だが、このままグルグル周りを回っていても埒が明かない……。
「うぬぬ……ほっ!」
意を決し、突きを繰り出した。
リーチは片手の方が長いが、それだと簡単に払われてしまうから、しっかりと両手持ちだ。
これなら……!
パシッ! と片手で簡単に斬り払われた。
「ぐぬっ!?」
セリアーナの追撃に備えて、すぐさま柄と剣身に手を当てて盾の様に構える。
「ふぬっ!」
セリアーナの頭への一撃を受け止めた。
そして、切っ先を下に向けて、その一撃を受け流し……。
「たぁっ!」
空いた胴目がけて、横薙ぎの一撃を……。
「あれ?」
放とうとしたのだが、剣をセリアーナの剣に絡め取られて、そして落とされた。
さっき俺が試して、不発に終わった巻き打ちだな。
「はい。終わりね」
予期せぬカウンターに動きを止めてしまい、隙だらけになった俺の頭に、ポンと木剣が置かれた。
またも負けだ。
「動き自体は悪くなかったわ。私の剣も防げていたし、どう決めるかを考えて組み立てていたもの」
「うん」
まぁ、あくまで訓練だしセリアーナは加減をしていたんだろうけれど、それでもしっかり攻撃を受け止めて、不発に終わったがカウンターを決めようと考えて、実際動けてはいた。
自分的には中々悪くないと思っている。
「ただね……」
「ただ?」
「お前、結局遅いし弱いのよ。背も低いし」
「どうしようもないじゃん……」
ボコボコに言ってくれるな。
ぐぬぬ……と唸っていると、少し離れた位置で、テレサとエレナが女性兵たちに今の試合の動きを解説していた。
ついでに、あの場合どう動くのが正解だったかも。
セリアーナも隣に来て、それを聞いている。
どうやら初手を防がれた時点で、一旦距離を取って仕切り直した方が良かったらしい。
そして、笛を吹いて救援を待つ……。
で、俺の様に1人で相手をする時は、やっぱり時間を稼ぐ……それが正解だとか。
まぁ、彼女達の場合は警備が仕事だしな……敵を倒す事よりも、警備対象の安全を確保する事が第一だし、それならそう動くのがベストだろう。
俺の場合だったら……勝てない相手には逃げるのが一番かな?
486
休憩ついでに俺たちも、女性兵の講義を聞いていると、セリアーナに、テレサとエレナの3人が訓練所の入口を向いた。
前も似たような事があったが、誰か来たのかな?
今日のここを利用するような人物と言えば……。
「おや? 訓練所を利用していると聞いていたけれど……もう終わってしまったのかな?」
リーゼルが護衛の兵を連れて中に入ってきた。
座って講義を聞いていた女性兵達は慌てて立ち上がり、ビシっと敬礼をした。
まぁ、この領地のトップだもんな……。
リーゼルは、そんな彼女達に楽にするようにと手で示すと、こちらにやって来た。
恰好は、動きやすい訓練用のシャツにパンツだが……、彼もここを使うのかな?
そう思っていると、セリアーナが彼に訊ねた。
流石奥さん。
「いらっしゃい、リーゼル。今は休憩中ね。貴方も剣を振りに来たの?」
「ああ。今日はこの後は面会予定もないからね。ここ最近体を動かす事が出来なかったから、ここを利用しようと思ってね」
リーゼルが普段体を動かすのは、中庭か外の騎士団用の訓練所だ。
そういえばここを利用しているのを見た事が無い気がするな……便利なのに。
「そう……。セラ、お前相手をしてもらいなさい」
「ほぇっ!?」
体を動かしたいって言ってるのに……後ろの護衛とかじゃ駄目なんだろうか?
「お前、真っ当な騎士の剣を使う相手はテレサしか知らないでしょう? いい勉強よ。リーゼルいいでしょう?」
言わんとする事はわかるが……。
「ああ。セラ君、相手を頼むよ」
「あ、うん……」
いかん……真っ正面から言われてしまうと、断る事が出来ない。
……まぁ、相手はリーゼルだ。
しっかり加減してくれるだろう。
「セリア、セラ君はどんな訓練をしていたんだい?」
「対人での攻撃と防御の訓練よ」
つまり対人戦だな……。
だが、リーゼルはそれを聞くと、了解と笑っている。
彼を追って、俺もテクテクと壁際から離れてリーゼルと距離を取って向かい合う。
「セラ君、何時でも良いよ。君のタイミングで来てくれ」
「……はーい」
これが実戦なら、迷わず飛んで逃げるんだけどなぁ……。
とは言え、そんな事を言ってもどうにもならんし、ここは真面目にやりますかー!
ふんすっ! と気合を入れて、セリアーナの時と同じ様に構える。
そして、正面からリーゼルを捉えるが……彼の構えは、右手に剣を持ち、左手はやや引いている。
だが、体は正面を向いている。
盾とかを持つ事を前提にしているのかな?
テレサも似た様な構えを採る事が多かった気がする。
オーギュストは加護があるから、それを生かす為なのか、騎士というよりは冒険者に近い戦い方だからな……。
セリアーナも言っていたが、これがこの国の騎士の構えなのかもしれない。
「……ぬぬぬ」
どうすりゃいいんだ?
これ。
リーゼル……身長は180くらいか……俺との身長差は40センチ以上だな。
リーチ差は絶望。
そして、一見細身だが施療の際に腰や背中に触れることがある。
服越しでもわかるくらいには筋肉が付いているし……腕力差も相当なはずだ。
片手で構えているからって、俺の一撃なんか簡単に防がれるだろう。
……ならやっぱり突きか。
「ぐぬぬ……」
でもなー……隙なんてわかんないよ。
俺が見つける事が出来ないのか、彼に隙が無いのか。
多分両方だろうけれど……。
「セラ、さっさと動きなさい」
セコンドから厳しい声が飛んでくる。
仕方が無い。
とりあえず、突っ込んでから考えよう!
「……はっ!」
思いきり踏み出して、リーゼルの胸元目がけて突きを放つが、リーゼルは剣を持つ右手を僅かに動かして、俺の突きの軌道上へ。
剣越しにすぐに伝わって来る硬い感触。
防がれたか。
なら、一旦距離をとって……っ!?
突きを防がれたと思った瞬間に、もうリーゼルの左手が俺の目の前に来ていた。
そして勢いよく突き出された手のひらに視界を塞がれたのだが……。
「うあっ!?」
視界を塞がれた事に一瞬パニックになり、無意識のうちに【風の衣】を発動してしまったようだ。
「おっと!」
リーゼルは小さく声をあげると、風の勢いに逆らわずに後ろに飛んでいく。
そのままクルクルと2回ほど回転をすると見事に着地を決めた。
……お見事。
「……セラ駄目でしょう?」
セコンド……もといセリアーナの声には呆れが混じっているが、リーゼルは楽し気に笑っている。
「あははっ。オーギュストから聞いてはいたが、コレだったんだね」
実に楽しそうだ。
しかし、やはりこのにーちゃんも中々とんでもないな。
俺の突きを叩き落とすんじゃなくて、受け止めた事は、他の人でも可能だと思う。
根本的に俺は遅いし非力だからな。
だが、不意打ちのカウンターで風に吹き飛ばされたのに、自ら後ろに飛んでしっかり着地まで決めるとか……。
いくら俺がこの加護を所持している事を知っているとはいえ、そう簡単には出来ないだろう。
まぁ、怪我をしなかったのは良かったが……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます