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 今日は記念祭3日目の朝だ。

 つまり、最終日。


 まぁ、最終日だからといって、わざわざ国の端っこまでやって来たんだし、すぐに帰る……って事は無く、しばらく滞在してリアーナ領都での用事を済ませるため、しばらくの間はこの街も人の往来が多いままだ。

 とは言え、それでも最終日は最終日。

 出店などは今日までで、初日からの街の騒ぎも少しは収まるだろう。


 ……んでだ。


 今日もまたセリアーナのお客に【ミラの祝福】でもするのかなーと思っていたのだが……朝食をとってすぐにリーゼルの執務室に呼ばれた。


「……あれ? セリア様もいるの?」


 部屋に入るとリーゼルが自分の席についていて、さらにその隣には正装のセリアーナも一緒にいた。

 俺はまだ甚平だが……急いで着替えた方がいいのかな?


「ええ。お前はまだその恰好なのね……」


 と、溜息を一つ。

 が、セリアーナの小言が始まる前に、リーゼルの笑い声が割って入った。


「はっはっはっ。お早うセラ君。朝から呼び立ててすまないね」


「あ、おはようございます……」


 とりあえず挨拶をするが……何の用なんだろう?


 首を傾げていると、部屋の隅に立つ執事のカロスを呼んだ。

 トレーを両手で持っているが、俺の位置からは何が乗っているのかは見えない。

 彼はそのままリーゼルの前まで行くと、何かを机の上に置き下がっていった。

 置かれた物は小さな袋で、置く際にジャラっと音がしたが……お金かな?


「セラ君、これを」


 その小袋を俺の前に出す、リーゼル。


「これは……? ぉ?」


 とりあえず受け取り、小さく口を開いて中を見ると、銀色のコインが沢山入っていた。

 サイズは大小の2種類で、大銀貨と銀貨だ。


「お使いでもしてくるの?」


 お貴族様が、普段屋敷に商人を呼び寄せて購入するような代物は大抵高級品で、支払いは金貨の場合がほとんどだ。

 だが、市井のお店でとなると、金貨は使い勝手が悪かったりする。

 店同士の取引ならともかく、個人での買い物となると、銀貨や大銀貨が主流だ。


 出店の商品で何か買って来て欲しい物でもあるのかな?


「お前、記念祭の間ずっと屋敷にいるでしょう? 今日は出かけて来なさい」


「……ぬ?」


 ◇


 リアーナ領、領都。

 かつてはゼルキス領の最東端の街でルトルと呼ばれていた。


 魔境に接している事もあり、東側の街壁は頑丈に作られていたが、そこ以外は他の街よりも荒れた、広さだけが取り柄の街だった。

 だが、リーゼルが代官として赴任して以来、少しずつ改善していき、さらに新領地の領都となってからは一気に街全体の大改修が行われている。

 それと併せて、拡大もだ。

 旧ルトルの街から比べたら倍以上になっているだろう。


 かつてはざっくりと4区画に分かれていたが、今ではそこに貴族街も追加されている。


 貴族街は文字通り貴族の屋敷が建ち並び、領主の屋敷や騎士団本部も建っている。

 以前は街の南西部の高台に領主の屋敷が建っている程度だったが、その周辺の土地を徴収して、拡大した街の南西部一帯を占めている。

 新設したばかりの貴族街というだけあって、まだまだ空きスペースは目立つものの、建物は新しいものが多く、王都の貴族街にも引けを取らないほどだ。


 そして、貴族街に接する中央広場から広がる中心街。

 貴族達も利用する店や宿が並ぶ、ハイソなエリアだ。

 ここは昔からあったが、やはり街の拡大に合わせて規模が拡大されている。


 かつては街の東側にあった冒険者ギルドも、今では端っこでこそあるが、この中心街にある。

 旧ルトルの南西部を除く、3区画がほぼ収まっていると考えていいだろう。


 住民は少しずつ中心街の外に移動しているが、元々ボロイ住居が多かったから、新しい建物に喜んでいるそうだ。

 拡大に合わせた街壁の拡張を優先させていたが、それも落ち着いてきた。

 数年以内に完了する見立てだ。


 ◇


「随分にぎわいを見せますね。……あそこの者などは他領の者でしょうか……?」


「かもねー。ちょっとこの辺じゃ見ない物を扱ってるね」


 中央広場には露店が並んでいるが、多くの人が集まっている。

 その様子を見た護衛の兵の言葉に、相槌を打つ。

 彼等は俺の護衛にと、リーゼルが手配した1番隊の団員だ。


「街から発つ際には、持ち込んだ分の荷は減らしておきたいでしょうから、多少は値を下げてでも売り切りたいのでしょうね」


 そして、続けて言うのはマーカス君。

 いくつかの露店を指して、それぞれがどの領地の特産品かを説明してくれる。

 物知りなやっちゃ。


 昨日のマリエラしかり、なんか野心というか……バイタリティーというか……肉食系? な人と最近会う機会が多くて思い知ったが、やはり彼は独力での出世とかには向いていない気がするな。

 しかし、優秀な事に変わりは無い。

 上手い事なんとかならんもんか……。


「たいちょー!」


 マーカス君の未来について考えを巡らせていると、それを遮るように子供の声が耳に飛び込んで来た。


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「隊長、何してんだ!」


 冒険者見習いのガキンチョ共が集まってきて、口々に同じような事を叫んでいる。

 何で子供ってやつは一々叫ぶんだろう……?

 多少ばらけているが、男女全部で……20人以上いる。

 見覚えの無い子もいるし、友達かな?


 この街は結構治安がいいが、それでも外でこれだけの子供が一塊になっているのは結構珍しい。

 むしろ初めてかもしれない。


「隊長じゃなくて、副長! な。今日は街を見に来たんだよ。皆はどうしたの?」


「俺達はさー!」


 と、叫ぶ叫ぶ。

 年長組が宥めてはいるが、それでも実に騒がしい。

 まぁ……元気な事は結構だ。


 この子供達は、ほとんどが冒険者や商人の子だ。

 記念祭が開かれた昨日一昨日だけじゃなくて、記念祭の準備期間も家業の手伝いをしていたらしい。

 本格的に働きに出るのは14歳からだが、他所の街でも14歳以前から丁稚奉公のような事もしているし、この街でもそうだ。

 それを考えれば、妥当かもしれないが……。


 記念祭最終日。

 街を訪れている人間はまだまだ滞在するが、お祭りは今日までだ。

 そのため、親から今日は遊んで来いと、小遣いと一緒に送り出されたらしい。


 実はここにいる一団だけでなくて他にも散らばっていて、後で合流することになっているそうだ。

 今は出店で食べ物の物色中なんだとか……。


「なんか良いのあった?」


 一応俺も見回ろうと思っていたが、一つ一つチェックするのはとてもじゃ無いが、不可能だ。

 ここはマンパワーに縋ろう。


 またも口々に答えだす子供達。

 ふと視線を逸らすと、マーカスが街の見取り図を出して、名前の挙がった露店の場所に印をつけている。

 出来る奴だ……。


 しかし……聞いた限りでは、結構いいお値段の店も多いようだ。

 それもこの街の者が出店している店。


「……なんでかな?」


 この街で商売をしていたら相場とかはわかりそうなもんだけど……子供達もそこは避けている様だ。


「恐らく、猟師ギルドが材料を卸しているのでしょう。冒険者が卸す物よりも品質は良いのですが、その分値は張ります」


「……あーなるほどね」


 魔物にしろ獣にしろ倒す事は一緒だが、その際の処理の仕方で味が変わる。

 倒す事を優先する冒険者は、その辺をおざなりにしがちで、不味いとまでは行かなくても、味がいま一つな場合が多々ある。

 ところが、それが猟師達の仕留めた獲物の場合だと、まるで違う。

 ウチの屋敷で使っている肉も全部猟師経由だ。


 それを使っているのかー……。


「ただでさえ、魔境の獲物、という売りもありますし、他領の者は興味を惹かれるでしょう」


「ほうほう」


 他領の者へ特産品のアピールってところか……まぁ、人が集まるし、目の付け処は悪くない。

 だが……。


「流石に今日は客足は少ないみたいだね」


 子供達もゾロゾロ引き連れて、そのお高い一画までやって来たが、他と比べると客の数は少なく少々寂しい光景だ。

 俺はその中の一つ、串焼き? みたいなのを売っている店に近づいた。


「!? よう! セラさんか」


 大勢が急に近づいてきた事に露店の主は一瞬身構えていたが、その中に俺がいる事に気付き、手を上げ挨拶をしてきた。

 商業ギルドで何度か顔を合わせた事のあるおっさんで、確か肉の卸をやっている商会で働いていたはず。


「一本ちょーだい」


「あいよっ。だが、少々値が張るぜ?」


「いーよ。お小遣い貰って来たし」


「そうか。1本銀貨1枚だ。ちょいと待ってな」


 なるほど……いいお値段だ。


 だが、たかが1本といっても、中々大きい。

 30センチくらいはあるし、量も考えたら妥当なところか。


「ねー、君らって全部で何人いるの?」


 焼き上がりを待つ間に、一緒についてきた子供達に話しかける。

 大人にもある様に、子供達にも子供達のコミュニティーがあるが、俺はそっちには顔を出していないし、この街に子供がどれくらいいるのかとかを知らないんだよな。

 リーゼル達に聞けばわかるだろうが……今まで特に気にしなかったし。


「あー全部で……100人ちょっとかな?」


 年長者の1人が指を折りながら答えた。

 アレはグループの数でも数えているのかな?


「100……多いね……」


 そんないるのかよ……。


「焼けたぞ」


 思ったよりいたガキンチョチームの数に驚いていると、おっさんが串を差し出してきた。


「ありがと。ところで、これって何の肉?」


 銀貨を渡しながら、一体何の肉なのかを訊ねる。

 お品書きなんてないからな……俺には獣の肉って事しかわからない。


「イノシシだ。魔境産の肉だから味は濃いぞ」


「ほー……。むぐ」


 串に刺さった肉に齧り付き、咀嚼するが……思ったよりも柔らかい。

 何かに漬け込んでいるのか下味も付いているし……肉自体の味もいい。

 これは美味いわ。


「ねー。ここら辺の店は同じような物を出してるの?」


「あ? ああ……まあ、味に大差は無いはずだな。もっと買うか」


「そうだね……ちょっと」


 物欲しそうにこちらを眺めているガキンチョたちのリーダー格を呼び寄せた。

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