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「もっ……申し訳ありません! セラ殿」


 大人しくなったネコの下からよたよたと抜け出すと、マリエラが慌ててこちらにやって来た。

 彼女は俺を抱き起こすと、パタパタと土を払い落としていく。


 ネコは大人しくなりはしたが、相変わらず俺を見て喉を鳴らしている。

 サイズが大きいだけにその音も大きく、グルルングルルンと凄い迫力だ。


 ……これ餌だと思ってる……なんてことないよな?


「……はぁ……えらい目に遭った……」


 そのままフラフラと、椅子に座るセリアーナの下まで行くが、相変わらず彼女は可笑しそうに笑っている。


 俺が呼ばれた先は屋敷の中庭で、ちょっとしたテラスの様になっている一画だった。

 俺達はあまり利用する機会は無いが、街を見下ろす事が出来て、リーゼルは他所からの客が来た時に、そこでお茶をしていたりもする。


 ふよふよと上からそちらに向かった時に、でっけぇネコがいるのはわかっていた。

 そして、降りていき、セリアーナに彼女達の事を紹介されると、ネコがこちらに近づいて来て、胸元にゴツンとぶつかられた。

 まぁ……猫だと、頭突きや体を擦りつけたりはよくある事だし、特に気にしていなかったのだが……。


 それからは、あっという間だった。

 ガバっとのしかかられて、ザリザリと……。

 アカメ達が反応しないし、攻撃じゃないってのはわかっていたから、俺も大人しくしていたけれど……凄い迫力だった。


「ねぇ、ほっぺ無くなってない……?」


 ついているのはわかるが、思わず聞いてしまう。

 あの舌はやすりみたいな感触だった……。


「……赤くはなっているわね。でも、ちゃんと付いているから安心しなさい」


 セリアーナに見せるとそんな答えが返ってきた。

 赤くはなっているのか……【祈り】を使っておこうかな。


「紹介はすんだことだし、2人とも座りなさい」


 セリアーナに着席を促され、セリアーナは屋敷に向かって、手を上げていた。

 お茶でも持って来させるんだろう。


 デカニャンコの速攻で、わけのわからない事態になっていたが、結局何の用で呼ばれたのかは聞いていないからな。

 ようやく本題に入るようだ。


 ◇


 席について程なくしてお茶が運ばれてきた。

 ネコはマリエラの後ろに移動し、大人しく座っているが、相変わらずグルルンと喉を鳴らしている。


「お前の何がそんなに気に入ったのかしらね……?」


 セリアーナも不思議そうに俺を見ているが、俺だって知りたい。


「恐らく、セラ殿が契約している潜り蛇の魔力に惹かれたのだと思います。このコも夜行性の魔物と相性が良いものですから……」


 何故だろう? と首を捻っていると、後ろのネコに目をやりながらマリエラが答えた。


 なるほど……きっとそれプラス【影の剣】もだな。

 アカメも最初はそうだったし、属性的な相性でもあるのかもしれないな。


 とは言え、スッキリしたし納得も出来た。

 これは今後も従魔と接する時は気を付けた方がいいかもしれないな。

 何と言っても、俺は普段からジャラジャラ身に着けているし……。


「まぁいいや……。んで、セリア様? わざわざオレを呼ぶとかどうかしたの? 紹介するためだけってわけじゃ無いでしょう?」


 ……無いよな?

 今の一連のやり取りはセリアーナも想定外みたいだった。

 セリアーナは基本的に俺に会わせる相手ってのは大分選んでいる。

 従魔持ちってのは確かに貴重かもしれないが、それだけでわざわざ俺を呼びつけるって程でも無い気がする。


「あら? 彼女を紹介するためよ?」


「ぐぬぬっ…………」


 俺の問いかけに、澄まし顔で答えるセリアーナ。

 それだけじゃ無いはずなんだが……。


「あ……あの、セリアーナ様……」


 申し訳無さそうにマリエラが間に入って来た。

 それを聞き仕方ないと言った様子で、一つ息を吐くとセリアーナは口を開いた。


「お前、おじい様たちが数年内に王都を去る事は聞いているでしょう? 彼女の夫がその後任候補の1人なのよ」


「……へー」


 春、王都を発つ際にじーさんがそんな事を言っていたが……王都の屋敷はいわば領地の大使館的な役割も兼ねている。

 分家とはいえミュラー家に連なる家だし、まぁ、別にいい気はする。

 第一印象でしかないが、実直な感じだし……ん?


「候補ってことは、他にもいるの?」


「ええ。元々王都の屋敷には分家の者が就いていたのだけれど、領地と王都の結びつきを強めるためにおじい様が就いていたの。その分後回しにしてしまったから、どこもやる気があるようね」


 結びつき……リーゼルとの結婚話とかの事かな?

 そう言った事情なら、分家の者より元当主で王都でも顔の利くじーさんが適任だったか。


「ただ、彼女の夫が現時点では最有力の1人ではあるわね。従魔使いの彼女がいるもの」


「うん」


 王都でどんな仕事をするのかはよく知らないが、こんだけ目立つ従魔がいるのなら、色々顔を繋ぐきっかけにはなるだろう。

 他の候補がどんな人たちなのかは知らないが、彼女の夫が最有力ってのは理解できる。


 でも、それで何でここに……一応長女ではあるし、今後も派閥の一員として深い付き合いは続けるだろうが、セリアーナはもう他所の家だ。

 彼女に顔を繋いでも、ゼルキス領内の人事にそこまで影響があるとは……。


「……あっ!?」


 だが、一つ頭に浮かんだことがあった。


「あら珍しい。気付いたのかしら?」


「……昨日知らされたことだしね」


 そういえば、俺は近いうちにミュラー家のお嬢さんになる予定だった。

 だから、俺に紹介するのか。


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 セリアーナの話は続いたが、要約するとマリエラだけじゃなくて、全員に対するある種のテストのような物だった。


 王都へ出向する候補の代理人達が領都に集う中で、親父さんから俺を養女にする事をそれとなく伝えられた。

 親父さん達がやったのはあくまでそれだけだが、代理人達がそれを受けてどう動くかってのを見たかったそうだ。


 領地から離れた王都では、どうしても独自裁量で動く必要がある。

 その際は本人だけじゃなくて、代理人にも相応の器量を求められる。

 まぁ、全部が全部指示待ちってわけにもいかないもんな……。


 ともかく、俺のことを聞いたはいいが、それで、じゃあどうするかってなる。


 記念祭のために多少余裕をもって集まったが、ゼルキスの領都からここまで普通に行くと1週間以上かかってしまう。

 それも、一からウチに来る準備を始めてとなると、もっとかかるだろう。

 その頃には記念祭も終わっているし、それなら大人しくゼルキス領都で予定通り過ごす方がいいだろう。


 だが、マリエラには従魔がいる。

 それも、夜に強いネコのだ。


 俺のことを聞くなり、自分の代理を立てて、一目散にウチを目指したんだと……。

 行動力の高い事高い事……。


「あれ? でもそれじゃあ、結局彼女が最初から決まってたって事?」


 従魔ありきのスケジュールのような気もするが……、それなら最初から彼女しかいないんじゃ?


「水路があるでしょう? ルバンが治める村から直通の道もひいているし、人を用意するにしても急げば数日よ」


「あぁ……あそこがあったね」


 ゼルキス領都から2日ほどの距離にあるオズの街。

 あそこから船を使えば確かにずっと時間を短縮できる。


「もっとも、その為には、事前にその事を調べておく必要があるし、リアーナの地で戦えるだけの者を揃える必要もある……。残念ながらそれが出来るほどの者はいなかった様ね」


「あらぁ……」


 確かに、一応道は出来てはいるが、魔物も普通に出て来る。

 ある程度は騎士団が巡回して間引いているが、突発的な貴族の来訪には対処できない。

 自前でそれをやってもらう必要があるが、その戦力を集める時間は無かった……と。


 そういう意味では彼女はちょっとズルをしていると言えるのかな?

 従魔っていう札を持っているし。

 それとも、それを個性として評価するのかどうか……後者かな?


 ただ、彼女自身も多少は自覚があるのか、少々気まずそうな顔をしているが……まぁ、その行動力は間違いないんだ。

 この世界の貴族界隈はそこを評価する傾向がある気がする。

 実際、急な来訪にも拘らず、セリアーナもどことなく楽し気な表情を浮かべている。


「推薦……なんて事は出来ないけれど、私からお父様への手紙を彼女に持たせるし、恐らく決まりでしょうね。お前も顔を覚えておくといいわ」


「うん!」


 正確には彼女の夫がだが、恐らくじーさんの後任になるんだろうな……。

 しかしまぁ……本人じゃなくて、その代理人の器量も見られるのか……おっかないな。


 ◇


「あれ?」


 2日目の夜。


 例によってセリアーナの寝室で、ゴロゴロだべっていた時、ふと昼間の事を思い出した。


 別れ際にマリエラから、夫が代官を務める街の特産品らしいアロマを頂いた。

 そのアロマを焚いていたからだろうか?



「なに? 間の抜けた顔をして」


「……せめて顔じゃなくて声の方にしてよ」


 確かにアホっぽい顔をしている気もするが……この際そこは置いておこう。


「それで、どうしたの?」


「うん。いやさ……結局、なんでオレに会わせようとしたの? そりゃ養女になるからだろうけれど……それだけのためにわざわざここまで来る程とは思えないんだけれど……」


 まぁ、悪い印象は受けなかったけれど、俺の印象なんてどうでも良いはずだ。

 それなのに、なんでこんな手間のかかる事をしたんだろう?

 正直仕事が出来さえすれば、俺は誰でも良いんだけど……。


「そうね……船が使えるようになったとはいえ、それでも王都は遠いわ。ウチからも、ゼルキスからも、お前を除けば気軽に行ける者などいないの」


「まぁ……そうだね。オレだって王都に行くのはちょっと気合がいるし」


 そう言うと、セリアーナは小さく頷き、さらに続けた。


「お前は東部の2つの領主一族と、親衛隊としての身分を持つ事になるわ。東部と王都、そして王家……それぞれとの繋ぎ役になるのよ。……そんな面倒臭そうな顔をしないの。昨日も言ったように、いくつかの仕事を除けば、後はこちらで引き受けてあげるのだから」


 うげぇ……という顔をした俺に気付いたセリアーナが、フォローを入れてくる。


「続けるわ……。候補に入った者達は私も知っているけれど、能力も人間性も大差は無いわ。例えばマリエラは従魔を持ち、他の者は他領の領主一族に親族がいたり、あるいは王都の騎士団に伝手があったり……ね。別に誰がなってもさほど問題は無いの」


「……ほう?」


 優秀な人材が沢山なのかな? と考えていると、ピっと指先をこちらに向けた。


「お前……ひょっとしてお父様に人見知りと思われているんじゃない?」


「へ?」


「基本的に王都ではウチの屋敷を使ってもらうけれど、それでもミュラー家の屋敷にも顔を出して貰うことになるわ」


「うん。……そりゃそうだよね」


 テレサも実家の屋敷が王都にあるが、俺と一緒の時はミュラー家の屋敷に泊まっていた。

 よほどお家同士の仲が悪いとかでもない限りは、そこらへんは割とアバウトなのかもしれないな。


「お前は、ゼルキスの頃から使用人同士は別にしても、仕事以外ではほとんど家人とも接してこなかったでしょう?」


 ……言われてみたら、そんな気もするけど……。


「オレその時8歳とか9歳だよ……?」


 山出し……どころか頭の中は異世界出身のガキンチョが、上流階級の人間とまともに接したりできないよ……?


 セリアーナも肩を竦めている。


「まあ……お前に気を使った人事なのかもしれないわね……。王都に行った際には、向こうの屋敷にも顔を出しておきなさい」


「……うん」


 忖度ってやつか……?

 とはいえ、セリアーナに念を押されなくても、それくらいはするつもりだしな。

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