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 俺がミュラー家本家への養女入りっていう、俺にとっては衝撃のお話があった懇親会がお開きになった後、セリアーナはやって来た女性客の中から数組と会談を行った。

 その際には俺も同席し、【ミラの祝福】膝上verを同時に行っていた。

 むしろ、こっちが本命みたいな気もしたが……まぁいいか。

 普段の生地が厚いメイド服と違って、薄手の品の良い服だったから、皺になったりしないようにと緊張したが……恐らく効果に影響はなかっただろう。


 しかし……養女か。

 やっべぇな……養女とはいえお貴族様になってしまうのか……。

 なんか面倒な事とか増えるのかな……?


 話を聞こうにも、【ミラの祝福】を終えた時はもう夕方で、それから晩餐会になっていた。

 俺は基本的に酒の出る場には出ないから、今回も部屋で留守番だ。

 セリアーナはもちろん、エレナとテレサも出席している。

 乳母は部屋にいるが、それでも彼女達に聞いても、何か答えづらい事とかあるかもしれないし……。


 窓から外を見ると、すっかり暗くなっている。

 夏とはいえ、普段だと酒場くらいしか店は開いておらず、屋敷からだと建物の窓の明かりくらいしかわからない。


 だが、今日は街にはあちらこちらで明かりが灯り、賑わっている。

 お祭りだもんな。

 夜になって窓を閉めているから、喧騒は届かないが、きっと住民はあちらこちらで騒いでいるんだろう。

 ……妬ましや。


 別に俺も混ざりたいとは思わないが、記念祭イコールエンドレス皿洗いの記憶が染みついている。

 もうその店は無くなっているらしいが……。


 外を見て少し苛ついていると、屋敷の玄関辺りに向けて馬車が集まっているのがわかった。

 この屋敷に泊まる客もいるが、大半は外に宿を取っている。

 そろそろお開きなのかもしれないな。


 客の馬車の出入りが落ち着いた頃、セリアーナとテレサが部屋に入って来た。


「あら、まだ起きていたの?」


「あ、おかえりー」


 エレナの姿が見えないな……自宅に戻ったのかな?


「貴方達はもう下がっていいわ。ご苦労様」


「はい。失礼します」


 と、双子を連れて乳母達は下がらせ、テレサも俺達に挨拶をすると、自分の部屋に戻って行った。

 2人になった部屋で、セリアーナが何やらこちらを見ているが……。


「お前の事だから、何か聞きたいことがあるんじゃないの?」


「ん……まぁ、聞きたいことはあるかな?」


 養女に入る理由はわかったけれど、周りの反応とか色々わからないことだらけだ。


「そう。話してあげるから、向こうに行きましょうか」


 そう言うと、セリアーナは寝室に向かっていった。


 ◇


 夜会用の服から寝間着に着替えたセリアーナは、寝室のソファーに腰かけ、お茶を飲んでいる。

【隠れ家】で、彼女がわざわざ淹れたものだ。

 俺の分まで……。


 王都ではコルセットも使っていたが、こっちに来てからは使っていない。

 手抜きってわけじゃ無くて、いつ魔物が現れるかわからない土地だから、すぐに戦いに出られる格好でって伝統らしい。

 今は貴族の女性がそんな事をやる機会はほぼ無いそうだが、それが今も続いているって事は……きっと楽だからだろうな。


 しかし……お茶もだが、着替えなんかも、エレナがいる時は彼女が引き受けているが、いま彼女は自分の屋敷で生活をしているため、全部セリアーナがやっている。

 昔王都に馬車で行く時にも思った事だが、生活力があるねーちゃんだ。


「それで? 何を聞きたいの?」


「何がって言われたらまだ聞きたいことが纏まって無いんだけど……」


 まぁ、色々だ。


 セリアーナはそれを察したのか、はぁ……とため息を一つ付くと、話を始めた。

 どうやら彼女の方で内容を纏めてくれるようだ。


 ありがたや……。


「結局ね、お前に他所に行かれたら困る者が多いのよ。私は、お前が今の環境を気に入っている事はわかっているし、不満が無い事もわかっているわ。むしろ爵位や肩書きなんて重荷に思うって事もね」


「うん」


 たまに扱われ方に一言二言言いたくなる事もあるが、それでここを出て行くかって話にはならない。

 このままリセリア家の世話になるつもりだ。

 そして、今日まさに悩んでいたように、出来れば身分とか面倒そうな事には関わりたくはない。


 流石、よくわかっている。


「でも、そう思わない者もいるの。だから、お前や私達……もしくは王家に恩を売りたかったりする者が、そう言った話を持って来るの。あくまで恩を売る為だから、こちらにも悪い相手では無いのだけれど……」


 と、そこで区切ってこちらをチラリと。


「ほうほう……まぁ、オレはここが気楽でいいかな」


「でしょうね。だから前々から実家に話を通していたの。ミュラー家なら東部全体に繋がりがあるし、結局お前は東部閥のままだし……今と環境が変わることは無いわね」


「なるほどー……」


 爵位こそリセリア家の方が上だが、歴史はミュラー家の方がずっと長いし、影響力だってそうだ。

 ざっくり東部の一員として、ミュラー家の繋がりの中にいる。

 困った時はミュラー家、何かあった時はミュラー家。

 そんな感じだ。


 それが変わってしまう事を嫌がる者達がいたって事なんだろう。


「身分はミュラー家の娘になるけれど、相続なんて面倒な事には関わらないし、国内で自由に動けるようになる……その程度の認識でいいわ。今度ゼルキスに行った際にはお父様達に礼を言っておきなさい」


「はーい」


 貴族になるからって、あんま難しく考える必要は無いのか。

 それなら気楽なもんだな。


 返事をし、そろそろいい具合に冷めたお茶に手を伸ばした。


472


 記念祭2日目……といっても昨日とやる事は変わらない。

 記念祭は3日間で、王都だとそれぞれ式典のような物が行われるが、リアーナはまだそんな大げさな事をやる領地じゃない。


 ちなみに王都だと初日は処刑などを行う。

 昔セリアーナが【緋蜂の針】を使って処刑を行っていたが、ウチは幸い処刑するような罪人はいないそうだ。

 軽犯罪程度なら起きているそうだが……まぁ、まだ外部の者が大それたことをやる様な土壌が無いのかもしれないな。


 ともあれ、今日の午前中はセリアーナがチョイスした相手に、会談ついでに【ミラの祝福】を行った。


 昨日もそうだったが、遠方のお客さんがメインだ。

 近くの人だと、その気になれば来る事が出来るからかな?

 他にも意味があるのかもしれないが、その辺は俺が考えても仕方が無いか。


 ◇


 今日の分の施療を終えた後は、俺はセリアーナの部屋に戻っていた。

 他の皆は客と昼食をとっていたが、俺はそれには参加しなくてもいいそうで、1人この部屋に引きこもっている。

 もう客に会う予定は無いし、いつもの夏の定番である甚平に着替えて、リラックスモードだ。


 そして、他所からの頂き物の本をゴロゴロしながら読んでいると、部屋のドアをノックする音が聞こえた。


「はーい? って、あらま。どしたの?」


 ドアまで行って開けると、そこには主に屋敷の本館で働いているメイドさんが、服を手にして立っていた。


「セラちゃん、奥様がお呼びよ。……着替えを済まさないとね。奥様が仰っていた通りだわ」


 と、俺の恰好を見て、苦笑しながら中に入って来た。

 なんか俺に用があるようだが……それよりもセリアーナは何と言っていたんだろうか……?


「セリア様なんて言ってたの?」


 甚平を脱いで彼女から手渡された服を着ながら、セリアーナが何と言っていたのかを訊ねた。


 ……ところで、この服。

 薄いグリーンのワンピースだが……初めて見る服だな。

 デザインは昨日今日着ていた服と似ているが……新しいやつかな?

 サイズはピッタリだし、一緒に仕立てたのかもしれないが……この屋敷、俺用なのに俺が存在を知らない物が多過ぎないか?


「私も詳しい事は聞いていないけれど、お客様がお越しよ。……髪はどうしようかしら」


 彼女は背中のボタンを留めていたが、それを終えると今度は髪をどうしようかと悩み始めた。

 今の俺は解いて、前髪が邪魔にならないようにと、ヘアバンドをしているだけだ。


「適当に後ろで結んでくれる?」


 所謂ポニーテールだ。

 客が誰かは知らないが、なんか指定があるならともかく、なんも言っていないならそれで問題無いだろう。


 彼女は手早く俺の髪を結び、とりあえずは準備完了だ。

 それにしても、一体何の用だろう?


 ◇


「あわわわわわ…………」


 従魔という存在がいる。

 種族名では無くて、人間に手懐けられ、契約を結んだ魔物の事だ。

 俺も、アカメ、シロジタ、ミツメの潜り蛇3体と契約をしている。

 平時、戦闘時関わらずよく助けられている、頼もしい存在だ。


 俺は試した事は無いが、魔力を用いた呼びかけで強制的な行動をとらせたりも出来て、従魔だけでなくて主も国や領地に登録が必要になる。


 ……少し話は変わるが、ゼルキスもウチも、街道での犯罪率はかなり低い。

 騎士団が見回りをしているからというのもあるが、なにより魔物の出現率が高いからだ。

 そりゃー……犯罪者も、わざわざそんなところで活動しないだろう。


 そして、犯罪者も出ない代わりに個人での往来も控えめだ。

 大体は商隊を組んで護衛を引き連れて、移動している。


 さて……急なお客は、ミュラー家の分家でゼルキス領のどこかの街の代官を務めている方の奥さんで名前をマリエラ・バレンというらしい。

 30代くらいの、決して大柄では無いが背筋が伸びた活動的な印象を受ける女性で、今日の昼前に到着したようだが、なんと彼女は1人でここまでやって来たそうだ。

 いや、正確にはプラス1体か。


 そもそも貴族の女性が街の外に出るのは本来止められるのだが、彼女の場合は少々事情が違う。

 プラスの1体……彼女の従魔が強力だからだ。


「ひぃぃぃぃ…………」


 この世界にも猫はいる。

 前世でペットにされていた様な猫とはまた違うが、農村でよくネズミ対策に飼われているそうだ。

 そして、ネコの魔物も勿論いる。


「コール、止めなさい!」


 今コールと呼ばれたネコの魔物が彼女の従魔だ。

 俺の知るネコよりも足が大きく、ヤマネコに近い見た目だ。

 ただし、サイズが違う。

 人間と大して変わらない。

 人間サイズのネコ……それってほとんどトラだよな……?


「た……たしけて……っ!?」


 そのコールは、俺の何が気に入ったのかわからないが、先程から俺にのしかかり、頬をザリザリと舐めている。

 そして、主であるマリエラは慌てて止めに入っているが、上手くいっていない。

 ちなみにセリアーナは、よほど可笑しいのか笑い続けている。


 エレナとテレサは別の用で同席していないし……こうなったら【風の衣】で吹っ飛ばすか……?


「コール!!」


 だが、それをする前に、マリエラが先程よりも力を込めた声で名を呼ぶと、今度はぴたりと止まった。

 もしかして、今のが命令なんだろうか?

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