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「これで皆の分買いなよ」


「っ!?」


 広げさせた手のひらに、袋から大銀貨をジャラジャラと置いていく。

 枚数は20枚ほど。

 全員分のと、ついでに飲み物を買う分くらいにはなるだろう。


「落とさんよーにね」


 驚く彼に向かいそう言った。

 我ながら偉そうだ。

 子供相手にお金を渡す。

 それも人から貰ったお金を……。


 でもなー……。


「いっ……いいのかよっ……こんなにたくさん!?」


 日本円にしたら20万円ちょっとか。

 彼等は別に貧民という訳じゃない。

 むしろこの街の冒険者絡みの仕事をしている者は、ちょっとしたバブルに近い状態で、稼ぎはいい方だ。

 それでも、子供にお金を持たせるような事は滅多に無い。

 そもそも、子供が気軽にお金を使う場所はこの街には無いもんな……。


「いーのいーの。オレのお金じゃないからね。領主様とセリア様からだよ。それよりも友達呼んどいで」


「あっ……おっ……おう!」


 追っ払うように手を振り振りすると、彼は待っている子達の下に駆けて行った。

 なにやら歓声が上がっているが、すぐにいくつかのグループに分かれて、各露店や広場の外へと散らばって行った。

 注文したり他のグループを呼びに行ったんだろう。


「よろしかったんですか?」


 と、これまで黙っていた護衛の兵が声をかけてきた。


「いーよ。どうせ旦那様もこんな風に使わせたかったんじゃない? オレ1人に持たせるには多すぎるもん……」


 最初はお土産でも選ばせるためにお金を持たせたのかと思ったが、あちらこちらを見て回ったが、2人が欲しがりそうな物は見当たらなかった。

 少なくとも、お土産を選ばせて、俺のチョイスを笑うって線は無さそうだった。


 それなら、全部俺に使わせるかと言うと……渡された額が多過ぎる。

 2人はアレで経済観念は平民と乖離していないし、その事はわかっていると思う。


 なら、俺に使い切らせるつもりかといっても……そもそも串1本でもう腹いっぱいだ。

 その線も無いだろう。


 んじゃー……何のためなのかとなると、アレだ。

 上司が部下に対して飲み会用に渡す軍資金。

 多分それだ。


 一応立場上、俺のこの街での役職は騎士団の2番隊副長だ。

 部下って言ってしまえば、2番隊の隊員の大半がそうなるが、あの荒くれ者のおっさん共が俺から奢られて喜ぶのか……喜ぶか。

 いや、でも彼等に奢るとなるとちょっと額が少ない気もするし……、子供達に奢るってのが正解だと思う。

 リーゼルならこの街の子供の人数とかも把握できているだろうし、そこから外に出歩く年齢の者とかを想定するくらい出来るはずだ。


「なるほど……。領主様の民への振る舞いもどうしても酒が多くなりますからね……。子供にまでは届きにくいという事ですか」


 言わんとする事が伝わったようで、ポンと手を打ったりはしないが、なるほどといった表情のマーカス。

 他の護衛達も頷いている。


「まぁ、別に全部使って来いって言われたわけじゃ無いし、残してお小遣いにしても良いんだろうけれど……。そもそもオレはお金は余ってるからね……」


「そうなのですか!?」


 そうなのだ。

 そもそも俺の収入は非常に多い。

 給料とかを貰っているわけじゃ無いが、【ミラの祝福】の報酬だけでも十分な額になっているし、冒険者としての収入もダンジョンが出来て以来、遺物を大量にゲットしている。

 さらにだ……。


「うんうん。住居も食事も服も全部用意してもらってるし、何か欲しい物があって注文したりしても、先にお金払われちゃってるんだよね……」


 衣食住のどれも提供されていて、時たま欲しい物があっても、店に出向いてその場で支払いを済ますもの以外は、屋敷に届いた時点でリーゼルが支払っている。

 最近は装備のメンテナンスくらいでしか自分の財布から出していない有様だ。


「な……なるほど。それは羨ましいですね」


 と、皆で笑っている。

 そういえば彼等の給料ってどんなもんなんだろう?


 ここは俺が奢っちゃろうかね?


「君等も食べたり飲んだりする? お金はまだまだあるよ?」


「ありがとうございます。ただ、私共は今仕事中ですので……」


 肩を竦めながら断られてしまった。

 真面目な連中だ。

 流石1番隊。


 ◇


 子供達と別れた後、再び街をぶらぶらとうろつくことにした。


「アレなんだろう……?」


 中央広場から、職人街がある北西部に移動したが、そこにも露店が広げられている。

 革細工や、骨や牙で作った小物なんかがメインで、食指が動くようなものは無かったのだが……1店俺の目を惹く店があった。


「木彫り細工ですが……動物とは少し違いますね」


 棚の上に並べられた、精巧な木彫りの人形。

 サイズはどれも30センチ近くはありそうで、そのモチーフは一見動物のようだが、少し違う。


「……魔物かな?」


 魔物……というより魔獣か。

 俺が知らないだけで、魔獣の彫刻とかを飾る風習でもあるのかな?


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「おおっ!? これはセラ副長。いらっしゃい」


 俺達に気付いた店主が、挨拶をしてきた。

 街での俺の呼ばれ方ってのは、大分いい加減だ。

 子供達は隊長と呼んで来るし、普通の店のおっちゃんおばちゃんは、セラさんセラちゃん。

 そこら辺は、領主側と関わりが無いから、わりかし自由だ。


 だが、このおっさんは俺の事を副長と呼んでいる。

 そういう場合は、商業ギルドや冒険者ギルドのお偉いさん、あるいは騎士団と関わりを持っている場合が多い。

 このおっさんもその口かな?


「店主、こちらに並んでいるものは一体? 魔物のようだが……」


「ああ……。そいつはこの領地で倒されてきた魔物ですな。縁起物みたいなもんですよ……」


 護衛の質問に答えるおっさん。

 倒してきた魔物かー……確かに、俺が一の森で倒してきた妖魔種や魔獣もいる。

 その代わり、ダンジョンで倒した魔物はまだいないな。


 言ってみたらトロフィーみたいなものかな?

 こいつらには勝っているぞーって。


 どの魔物も、実物よりカッコ良く制作されているのは御愛嬌かな?

 まぁ、折角よく出来ていても、不細工じゃー売れないか。


「……ん?」


 ふんふん……と説明を聞きながら、俺も彫刻を手に取ったりして眺めていると、陳列棚の奥に布が被せられた何かが目についた。

 2個あるが……、これも商品かな?


「ね、それは?」


「ん? ……ああ、それはですね……」


 おっさんは苦笑しながら布を取った。

 布から姿を見せたのは、クマと……なんだ? これ。


「ウチの親方とギルドの職人頭が彫った物なんですがね……」


 彼は困ったように説明を始めた。


 領内で倒されてきた魔物……言ってしまえば雑魚たちは、工房で働く職人が彫った物らしい。

 オオカミにイノシシ、シカにゴブリン、オーク……俺はまだ遭遇した事無いがオーガもいた。

 どれもよく出来ていると思う。


 だが、この領内で討伐された魔物で2体の大物がいた。


 1体は、かつて魔物の群れを率いて領都を襲撃したクマさん。

 魔王種でも無いにもかかわらず、ジグハルトが本気を出して止めを刺した強敵だ。


 そしてもう1体。

 正真正銘の魔王種にして混合種。

 領主自ら精鋭を率いて討伐に向かい、そして無事討伐を果たした、この領地の名前を冠する、巨獣リアーナ。


 その大物2体は自分達が彫ると意気込んで、仕事そっちのけで制作したそうだ。

 実際出来栄えは見事だが、それだけに値段もどうしても相応な物にする必要が出てしまい……。


 この2日間、客寄せも兼ねて棚の一番目立つ場所に置いていたそうだ。

 だが、狙いとは裏腹に、露店を訪れた客はそれを見て褒めこそするものの、値段を見ると店から離れて行った。


 逆効果になるって事で、最終日の今日は引っ込める事にした。

 すると、昨日まで来た客がアレが売れたのかと驚き、それならついでに自分も……と、比較的お手頃価格の雑魚……といったらいかんね。

 通常の魔物の彫刻を買って行ったらしい。


 良い売れ行きだったそうだ。

 ちなみに一番人気はオオカミの彫刻だったらしい。

 ……カッコいいもんね。


 ともかく、それだけだったら万々歳なんだが……。


「肝心のその2体が売れていないんですよ……」


「あらー……」


 それは悩ましい。


 商業ギルドは各工房も加盟していて、ジャンルごとのトップに職人頭がいる。

 その彼と、この露店のおっさんが働く工房の親方……この領地屈指の木工職人の渾身の一作が売れ残りか……。

 そりゃー、他の商品が売れても複雑だろうし、彼もその後の事を考えると、気が重いだろう。


「ちょっと見せてもらって良い?」


 そう聞くと、彼は笑って答えた。


「あ、はい。どうぞどうぞ。出来栄えは間違いないんですよ」


 まずはクマ。


 木彫りのクマといえば、前世の北海道土産を彷彿させるが、アレは鮭を取るポーズだった。

 一方こちらは、両腕を大きく広げた仁王立ちで、大口を開き正面を睨んでいる。

 いまにも襲い掛かって来そうな迫力がある、こっちは職人頭が彫ったそうで、見事な作品だ。


 で……巨獣リアーナ。


 俺はサイモドキと呼んでいるが、実際それが一番正確に姿を表現していると思う。

 額の両側に大きな角を持つ、長い尾のサイだった。


 実はこいつの姿はほとんど知られていない。

 別に隠すつもりはなかったんだが、とにかく巨体故にバラしたことや、腐敗を防ぐ為に特殊な布をかけていた。

 領都に運び込まれてからは、すぐに作業に移ったし……生きて動いている姿はもちろん死体ですら、民間人の目に触れることはなかった。

 せいぜい冒険者ギルドに所属する解体職人くらいじゃないかな……?


 つまり、こいつを彫った親方は実物を見た事が無かったんだろう。

 3本角で蛇の尾を持つ、大地を震わすほどの巨体……多分それくらいの情報で作ったんだろうね。

 この彫刻は、羽の無いドラゴン……そんな姿だ。


 どっちがカッコいいかと言われたら、文句無しにこっちだ。

 そっかー……領民の間では、サイモドキはこんな姿になっているのか……。


「そう言えばセラ副長は討伐に参加されたんですっけ?」


「うん……ちらっとだけどね。この彫刻、よく出来てるよ」


 実物に似ているかは別だが……まぁ、イメージは大事だね。


「んで、本当によく出来てるけど、いくらで出してたの?」


 この出来を考えると、多少高くてもいいとは思うんだ。

 客が引くほどの価格っていったいいくらなんだ?


「はあ……大銀貨5枚で……」


 俺の問いに、おっさんは頭をかきながら申し訳なさそうな声で答えた。


「馬鹿でしょ……!」


 祭りの露店で大銀貨5枚……。

 そりゃ客も引くわ。

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